あの人の王子様は俺じゃないだろ!
『暗い。瑠璃さん、大丈夫かな…』
雑木林の中に入り、祠を目指して歩く葉と湖太郎。
林の中は葉の予想以上に暗く、スマホのライトが無ければ、前方が全く見えない暗闇の中だった。
「暗いな、ここ。葉、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。サンキュ」
湖太郎の質問に葉は空返事してしまう。
彼の頭の中はもう瑠璃の事でいっぱいだった。そして、それを理解している湖太郎もその返事を聞いて、やれやれと笑う。
ガサッ
「あっ、やっと来たかお前ら。って、誰だ、お前ら?」
祠の前にいたのは瑠璃では無く、ガラの悪い男二人。
一人は仰向けで倒れており、もう一人は座って煙草を吸っていた。男が葉と湖太郎に送る視線はどう見ても好意的では無い。
葉は瑠璃では無い事とそこにいたのが、このようなモラルの無い人物だったことが重なり、落胆の表情を隠せなかった。
「おい。質問に答えろよ。てめぇ、舐めてんの―」
「いやー、すいません。俺たち道に迷ってしまって。あっ、そこのおにいさん大丈夫ですか?良かったら、俺、医者志望だから見ますよ」
危うく男にからまれる寸前だったが、湖太郎のアシストにより、二人の危機は回避された。
葉は倒れた男を見ようとする湖太郎に悪い。とアイコンタクトを送り、問題無いぜ。と湖太郎もアイコンタクトを返す。
「あっ、おい。まだ、良いって言ってねーぞ」
「脅す言い方しますけど、倒れた内容によってはすぐに治療しないと死ぬものもある。少し集中させて下さい」
それを聞いて、男は舌打ちをして湖太郎の言うこと素直に聞いた。
「うーん、命に別状は無さそうだけど。この人、お酒の臭いがするし、症状は一気飲みした時の急性アルコール中毒に似ているな…」
「はぁ?んな訳あるかよ?そいつ、一気飲み何杯しても今まで平気だったんだぞ!」
「いや、そういう意識がこういう事態を引き起こすんです。それにこの人、喫煙もしていますよね?二重でアウトですよ。それ」
「舐めてんのか?てめえ!」
「おい!あんた!」
男に胸ぐらを掴まれ、湖太郎はその場で立たされ、葉は二人の間に入りそれを静止しようとする。
しかし、湖太郎の目は相手を射殺すように男を見ており、自分の言葉は間違っていない。という強い意志を持っていた。
予想外の彼の態度に男は少し焦り、言葉をつないだ。
「俺らが悪いわけじゃねえ。あの、女。タケシがアイツの手を引いたから。それが原因だ!!」
ドクンッ…
その言葉を聞いて、葉の心臓の音が大きくなった。
『女の…手をひいた…?』
「へー、じゃあ、あなたはその女の子のせいで彼がこんな状態になったと…。そう言いたいの?」
「だから、そう言ってんだろ!?てめぇ、いい加減にしねぇと…」
「その人、青い浴衣を着ていた女の子ですか?」
「葉?」
彼の声は感情がこもっていなかった。
彼の態度が急変したのを感じた湖太郎は親友の異常に少し不安を覚えた。
「あっ?てめぇ、あの女の知り合いか?なんなんだ、アイツ。タケシがアイツの手を引っ張ったら、コイツ急に倒れて、その後、そいつ泣いてどっか行ったぞ?どいつもこいつも馬鹿にしてんのか?おい?」
ッガン!!
「おい!葉!?」
男の言葉を聞いた葉は何があったか瞬時に理解し、そして、彼の怒りは一気に沸点を越えた。
そして、先ほどまで二人を止めようしていたはずの葉は男の胸ぐらを掴み、近くの木に男の体を押し当て、憎しみの力を込めて持ち上げた。
親友の突然の行動に、湖太郎も驚きを隠せなかったが、すぐに冷静になり、葉と男を引き離そうとするが葉は全く動かなかった。
「て、めぇ、はなっ、しやが…」
「お前ら、何をしたかわかっているのか?あの人がどんなに頑張っていたか知っているのか?お前らの軽率で最低な行動があの人頑張りを全部無駄にしたんだぞ」
葉から発せられる言葉は尋常じゃない程の憎しみがこもっていた。
彼がここまで怒っている姿を見たことが無い湖太郎も冷汗をかいており、胸ぐらを掴まれた男はその目を見て、恐怖を覚え、さっきまで威勢が無くなっていた。
ギリッ…
「ぐぇっ、て、めぇ…」
「おい!葉、やり過ぎた!そいつ、マジでおちるぞ!」
首を締まってきている男は声色が変わってきていた。
湖太郎もこれ以上親友の凶行を黙って見ているわけにもいかず、全力で止めに入る。
「答えろ。あの人はどっちに向かっていった!?」
「あっ、あっち、だよ」
男は瑠璃の駆けていった方向を弱々しく指で示す。
それを見た葉は男を近くの藪に投げた。
「ぐはっ、ゲホッ」
男は藪に放り込まれて、思わず声が出る。そして、閉められた首に空気が入ってくるのを感じ、咳き込んだ。
「おい、葉!どうした。お前がこんなに怒るなんて普通じゃ…」
湖太郎は言葉に詰まる。
暗い林の中に差し込んだ月明かりで照らされた葉の顔を見たからだ。
さっきまで怒り狂っていた、親友は不安そうな顔で今にも消えてしまいそうなほど弱っていた。
「湖太郎、ごめん。俺…」
「ああ、俺も話の流れで何となく理解したよ。瑠璃さん、だろ。こっちは何とかする。だから、探しにいけ」
湖太郎は困った顔で笑う。
葉の行動もそして、これから彼がやろうとしていることもすべて許した顔だった。親友の優しさに触れて、葉はまた泣きそうになった。
「てめぇ!ふざけんな、このガキ!ぶっ殺してやる!!」
さっきまで劣勢だった男は落ち着いたと同時に一気に沸点を迎え、石を握り葉に襲い掛かった。
「させるか、バカッ!」
ガシッ!!
「がっ、は!てめぇ!」
「湖太郎!」
湖太郎は男に向かってタックルをお見舞いし、そのままマウントを取る。
しかし、沸点を迎えた男の激しい抵抗を完全にいなせないでいた。
「湖太郎!」
「良いから、行け!葉!あの人の王子様は俺じゃないだろ!」
そう言われて葉はハッとなる。
湖太郎はこんな時でも自信満々に笑っていた。
その顔を見て、葉は決心がついた。
「悪い!ごめん!湖太郎!本当にありがとう!!」
そう言って、葉は瑠璃の向かっていた方向に走り出した。
「はっ!お前の連れ、お前置いて逃げやがった。情けないな、おい!」
ガンッ!
「ぐぁ!」
友の悪口を吐き散らした男の顔面に頭突きが入る。
あまりの激痛に男の顔から涙が出る。
「バカか?お前。嫌がる女の子の手を無理矢理掴むようなお前らが、あんな良い男の悪口言って良い訳ないだろ?」
湖太郎は葉の駆けていった方向をチラリと見て、男に対して不適に笑った。
「お姫様のお迎えにお前らモブはいらないだろ。俺が遊んでやるよ!」
そう言って、湖太郎は取っ組み合いを始めた。
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