葉さん、私、どうしたら、良いのかな…?

『えっ、誰?なんで、こんな所に…』


 突然の出来事に瑠璃は言葉が出なくなる。

 目の前に現れた二人の男は髪を派手な色に染め、耳にはピアスをつけていた。葉や勝ほどではないが、ある程度の筋量はありそう体をしていた。しかし、彼らとは異なり柔和なオーラが一欠片も無い。更に、煙草と酒の混ざった臭い、瑠璃を見ながらニヤニヤと笑う態度が不快感を募らせ、彼女の警戒心は最大値まで上昇していた。


「へぇー、可愛いじゃん」


「だろ?ねねっ、彼女。一人?」


「あっ、いえ…。一緒に来ている人はいます」


「ふーん、それって男?」


「あっ、はい」


 それを聞いた男二人はアイコンタクトをとる。

 どうやら、待ち人が女の子だった場合、彼らの中で対応が変わるようだった。


「じゃあ、そいつが来るまで、俺らと遊ばない?」


「あっ、いえ。もうすぐ戻ってくるって連絡あったので…」


「えぇ、良いじゃん。そいつもどうせゆっくり来ると思うしさ。ねっ、ちょっとだけ遊ぼうよ」


「えっと、その…」


 こちらが拒否の態度を示しても引かず、噛み合わない会話に流石の瑠璃も疲弊する。

 男二人は彼女の非常にわかりやすい嫌悪感を素知らぬフリをして会話を繋げようとしていた。


『うぅ、困るなぁ。探し物もあるし、葉さん達もう少しで帰ってくるのに。でも、なんだろ。この男の人達、葉さんとも勝さんとも、虎目さんとも違う』



『なんだか…怖い…』



 瑠璃は申し訳ないと思いつつも、恐怖心の方が強くなり、無言で彼らの横を通り過ぎようとするが


「ちょっと、まだ、答え聞いていないよん」


 ふざけた態度で男にとうせんぼうされた。


「えっと、すいません。急いでいるので」


 瑠璃の恐怖心はもう限界まで近づいていて、少し涙目になりかけていた。

 自分の思い通りにならない彼女の態度に男は舌打ちし、


「良いからさ!俺らと一緒に遊ぼうぜ!」


 ガッ!


 と彼女の手を乱暴に掴む。その瞬間、


 ゾワッ…


 瑠璃に表現しようの無い、嫌悪感が走り


「ここから離れた所に俺らの車があるからさ。一緒に行こ…」


 バタンッ!!


 と男は言葉発している途中で急に倒れた。


「おい、何ふざけてんの?彼女、泣いているじゃん」


 もう一人の男がニヤニヤしながら、倒れた男に近く。

 しかし、倒れた男の顔を見て、男は顔が青ざめる。


 倒れた男は白目をむき、口から泡を吹いていた。


「おいっ、タケシ!どうした、おい!?」


 倒れた男『タケシ』に対して、もう一人の男は必死に呼びかける。

 しかし、全く起きる気配は無い。


 ザッ


 何が後ずさるような音が聞こえ、男がそちらを向く。

 男の視線の先には、タケシよりも顔が青ざめていた涙目の瑠璃がいた。


「まさか…お前がなんかしたのか!?」


 そう言われて瑠璃は、


 ガサッ!


「あっ、おい、待てよ!この野郎!」


 無言で雑木林の中に駆け込んでいった。




「あー、到着。マジあの通り、酒飲んでいるやつ多すぎだろ…。服とかに匂いついて無いと良いなー」


 葉と湖太郎は人混みをかき分け、最後の難関を突破し、拝殿に到着した。

 湖太郎は先程の葉と同じく、新鮮な空気を肺に流し込み、悪態をつく。しかし、葉からのツッコミがないので気になって彼を見たが


「…」


 彼は無言で辺りを見廻していた。


「瑠璃さん、いないのか?」


「あぁ…」


 葉の声に覇気は無く、顔はここに来るまでずっと不安そうだった。というのも、彼女に連絡を送ってから、ずっと『既読スルー』されており、ここに来るまで何となく嫌な予感がしていたからだ 。


『瑠璃さん、どこだろう…?何か、何か、とてつもなく嫌な予感がする』


 心配で消えてしまいそうな葉の肩にポンッと手が乗る。

 彼がハッとして、振り向くとそこには湖太郎がいた。


「心配するな、葉。今度は俺も瑠璃さんを探す事、手伝うし。それに王子様がそんな顔だとお姫様だって不安だぜ?」


 そう言って湖太郎はニカッと笑う。

 彼なりの励ましに、葉の強張った顔が綻ぶ。


「…だな。って、王子様ネタまだ引っ張るのかよ」


 湖太郎の励ましに葉は弱々しくも笑って答えた。


「あの…、先程の方のお知り合いですか?」


 二人の後ろから声が聞こえ、彼らは振り返る。

 そこにいたのは、桃色の浴衣を着た女の子と仲良く手を繋いだ母親だった。


「先程の方?もしかして、その人、青い浴衣を着た女性ですか?」


「ああ、やっぱり。あのお綺麗な女性のお知り合いの方ですね。実はあの方、私の娘の落とし物を探しに雑木林に入っていって…」


 葉と湖太郎は拝殿の裏側を覗く。

 そこには鬱蒼した雑木林があり、ここからだと瑠璃の姿は見えなかった。


「娘の落とし物、そこのテントにいる管理の方が拾ってくれたみたいで…。あの人に一言お礼を言いたかったのです」


 そう言って母親は娘の方を見る。その子の手には大事そうにあるものが握られていた。


 それは林檎のアクセサリーが付いた髪留めだった。


「あのね、あのまっくらなもりでおねえちゃんが、たすけてくれ、ままにあわせてくれたの」


 それを聞いて、葉は彼女がいなくなった理由を察し、微笑む。


『あぁ、やっぱり、どんな姿をしていても瑠璃さんは瑠璃さんだ…』


 そして、女の子の前でしゃがみ、優しい顔をする。


「そっか、じゃあ、お姉ちゃん、今度は君の落とし物を探しに森に行ったんだね」


「うん。おにいさん、あのおねえちゃんのおともだち?おねえちゃん、まっくらななかこわくないかな…。あのね。おねえちゃんにあったら、りんちゃん、おれいいいたい」


 その言葉を聞いて、葉だけでなく湖太郎も微笑む。

 葉は彼女に小指を出して、


「大丈夫。お姉ちゃんはお兄ちゃん達二人で見つけるよ。りんちゃんがお礼言っていたよ。って、いうのもお兄ちゃんが伝えるから、ね?約束」


「うん。おねがいします!」


 そう言って、彼女は可愛らしくお辞儀をして、葉と小指を重ねて笑顔になる。

 母親は湖太郎を見て、ふふ。と笑い、湖太郎も何も言わずに無言で会釈する。


「じゃあね、りんちゃん」


 葉は彼女に軽く手を振り、湖太郎と二人で雑木林に入っていった。


「ばいばい!」


 彼女は全力で手を振り、母親はその背中に対して、静かに頭を下げた。




「はぁはぁ…」


 瑠璃は雑木林の中を駆けていた。

 彼女の美しい浴衣は木々の枯葉や草木の汁で汚れてしまっており、綺麗な下駄を履いた足元も泥や土で傷つき、汚れてしまっていた。

 彼女の顔も夢中で森の中を駆けていたので、木々の枝で数か所傷がついてしまっており、髪も乱れてしまっている。


 それでも、瑠璃は逃げるのをやめる事が出来なかった。

 木々の中を走り続けた彼女に一筋の光が見え、彼女がその光源に辿り着くと


「はぁ…はぁ…。ここ…、階段?」


 そこにあったのは、月明かりで照らされた、石を積み重ねて作られた長い階段だった。行く宛の無い彼女は無言でその階段を登り続けた。


 涙が止まらず、心も体もボロボロの瑠璃の中で色々な思考がずっとグルグルと回っていた。


『あの人の倒れ方。私の、私のせいだ。嫌悪感のドレイン、見るのは初めてだったけどあんなに強力だったなんて…』


 実は瑠璃が『嫌悪感のエナジードレイン』を自分の目で見るのは今回が初めてだった。今までは発動すると同時に彼女も気を失っていたので、姉が口頭でその効果を説明するだけだった。


 そして、彼女は今日、それを知り、後悔と恐怖の念で押しつぶされそうになっていた。


『あんなに、あんなに、強力だったの?私、逃げてきたけど、あの人が無事かどうかを確認する事が先じゃ無いの?』


 何かを考える度に、瑠璃の目から大粒の涙が流れる。


『私、こんなに危険な能力を持っているのに、。とか言っていたの?馬鹿みたいだな…。出来るわけ無いよ…。だって、あれが好きな人に向いたら、どうなるの?』


「うっ、うっ、ヒック…」


 彼女は我慢できずに遂に嗚咽し始めた。

 瑠璃の中で何かが折れかけていた。


『おばあちゃん、私、どうしたら良いの?もし、おばあちゃんみたいにその時がきたら、私、ちゃんと向き合えるの?怖いよ…』


 足だけ動かして、階段を登り続けていた瑠璃にあるものが映る。

 それは古く、歴史を感じさせる様な木製の建物。

 楔神社の宝物庫だった。


 心も体力も消耗した瑠璃はフラフラと歩き、柵に腰掛けた。

 彼女の涙は止まらなかった。


『あの、能力がもし、好きな人に向いたら…。お父さん、お母さん、お姉ちゃん。ううん、今は虎目さんや勝さん、そして、ジェットや美世さんに向けることも怖い。でも、本当は…』


 そして、彼女の頭の中にある人物が浮かぶ。


 たくさん努力しているのに、それを自慢する事も無く、

 他人の為に全力で頑張るくせに、見返りも求めない、

 でも、本人はそれを不幸とか大変とか思っていない。


「ただ、好きだからやっている!」


 そう言って笑う、おせっかいなおとなりさん。

 私の恋を応援してくれる、大切なプロデューサー。



「葉さん、私、どうしたら、良いのかな…?」



 バキッ!!


「えっ?」


 瑠璃の体を支えきれず、柵が悲鳴を上げ壊れた。

 憔悴しきっていた彼女は気づかなかったが、彼女すぐ横には


『柵の老朽化につき、寄り掛かりなどはおやめください』


 と看板が立ててあり、有刺鉄線も設置されていた。

 しかし、彼女にとって不幸だったのは、それが悪戯で破壊されていたことだった。


 彼女の体は暗闇の中に消えていった。

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