ついでに王子様!連絡しときな!
葉と連絡先を交換した瑠璃は彼の帰りを待ちながら、葉の連絡先のアイコンを眺めていた。
彼のアイコンはカレー。葉が自分で作ったカレーを自身で撮影したものである。
この写真を撮影している葉を思い浮かべて微笑ましくなった瑠璃は少し笑った。
『葉さん、本当にカレー好きだな…。以前のお礼に私も作ってあげたいな。でも今はそれよりも…』
瑠璃はアプリを開いてメッセージの項目を開く。
『これで、葉さんと色んなやりとりが出来る…って事だよね…』
葉から連絡先を交換しようと言われた時、瑠璃は最初、何のことかよくわからなかった。
そして、葉がスマホの画面を見せた時にハッとなり、少し慌てて、連絡先を交換した。
葉が湖太郎の元に駆けて行くのを見送った後、改めて自分が彼といつでも連絡出来る関係になった事に気づき、嬉しくなった。
『私、こっちに来てからこんな風に連絡先を交換する人ができたの、初めてだ。友達ができたみたいで嬉しい…けど』
『これは、葉さん、だから、こんなに嬉しいのかな…』
そう考えて瑠璃は少し顔が赤くなり、座った姿勢のまま、顔を腕に埋めた。
『早く、葉さん、戻ってこないかな…』
と瑠璃が考えていると、
「グスンッ、ヒック…」
祭りの喧騒で聞きにくかったが、瑠璃の耳に小さな泣き声が聞こえた。
彼女はガバッと姿勢を起こし、声のする方へ耳を傾ける。
『今、声…女の子かな?たぶん、迷子だよね…』
瑠璃は葉との約束、そして、以前のような迷惑をかけるのを恐れてしばらく悩んだが、
「ヒック、グスッ、うぁぁぁん」
その子の泣き声が大きくなり、それがあまりにも悲しそう聞こえたので、
『葉さん、本当にごめんなさい…』
と心の中で謝罪し、その声の方へ歩いていった。
『あっ、あそこにいる子、もしかして…』
瑠璃は拝殿の後を少し歩いた所にある祠で、その姿を見つけた。桃色の可愛らしい浴衣を来た女の子だった。
ガサッ
先程まで泣いていた、女の子は瑠璃の姿を見るなりビクッと驚き、怯えていた。
「えっと、ごめんね。驚かせて。なにかお困りですか?お姫様」
瑠璃はその子の前でしゃがみ、優しい顔をする。
「ままが、グスッ、いなくなって、りんちゃん、いろんなところあるいていたら、こんなにまっくらになっていたの…」
瑠璃は辺りを見回す。
祠の周囲は鬱蒼とした雑木林であり、月明かりも当たらず、とにかく暗く、陰鬱な空気を生み出していた。小さな女の子が何時間もいられるような環境では無かった。
「そっか、頑張ったね。でも、大丈夫。お姉ちゃんが明るい所まで案内してあげるから、一緒にいこう。ね?」
「うん!」
そう言って瑠璃はその小さな手をつないで、拝殿に向かって歩き出した。
「いやー、すまん。本当に面目ない。心から申し訳ないと思っている。今なら葉に土下座もできる!」
「いや、確かに結構しんどかったけど、そんなに謝られても逆に気持ち悪いわ」
拝殿から離れて、鳥居を抜け、洋次に挨拶し、やっと湖太郎と合流した場所はまさかの通りの入り口付近。
葉は瑠璃とゆっくり歩いてきた道を逆走する羽目になった。
「クソッ、葉くんみたいな良いやつに、こんな迷惑かけるなんて俺はクソだ!畜生!!わかったよ、土下座だろ!土下座が良いんだろ!でも、せめてお慈悲を!地面に擦り付ける額にはハンカチを引かせて!怪我していると彼女が無駄に心配する!」
湖太郎はいきなりその場で膝をついて座り、両手を床について悔しそうな顔で葉を睨んだ。
周囲の人々からは『イケメンに土下座を強要する極悪人』と葉は勘違いされ、彼に冷たい視線が注がれる。
しかし、そんな視線よりも彼の心の中はある女性の事で大半を占めていた為、
「んなこと、せんで良いわ!馬鹿野郎!!俺はとっとと拝殿に行きたいんだー!!」
と咆哮した。
彼の大声は屋台の喧騒にも負けていなかった。
「ったく、お前のせいでさっきから俺に集まる視線が痛いわ!」
「マジか!ヒュー、葉くん人気ものー。良いなー。俺も視線集まんないかなー」
「神様、どうか今度、コイツが財布落としたら、犬か猫の糞の上でありますよーに」
「やめて!許して!」
二人はそんな馬鹿な会話をしつつも、早足で通りを駆けていた。
湖太郎の財布探しが終了した葉は彼に一言『瑠璃さんが心配だ』と告げると、湖太郎は何も言わず、『じゃあ、急ごうぜ』と言い、急いで拝殿に向かって歩き始めてくれた。もっとも、今は湖太郎の方が、足が早く、葉の方が置いていかれていると状況になっている。
「それより、湖太郎。この辺りの待ち合わせ場所だと、楔神社の拝殿よりも『宝物庫』の方が良くないか?あそこなら、人もほとんどいないだろ?おかげで人混みかき分けて歩いて行くの、大変だったぞ」
楔神社には拝殿から離れた所に宝物庫がある。そこにはほとんど人が来ないので、葉と湖太郎はこの辺りで遊ぶ時は、だいたいこの宝物庫を待ち合わせの場所にしていた。
「あー、アレな。でも、あそこ結構、長い階段登るだろ。アレを女の子に歩けとは言いづらいわ。あと、あそこ最近、柵がぶっ壊れて、危ないって事で封鎖中にしているらしいぜ」
「えっ、本当に?そうか、それは知らなかったな…」
「だから、今回はちょっと面倒だけど、待ち合わせ場所を拝殿にした。あそこなら、出店も無いからすぐ人見つかるし。とは言え、場所を指定した俺が言うのもなんだが瑠璃さん、大丈夫か?」
「ん?あぁ、さっき連絡先を伝えたから何かあったらそこに連絡くると思うけど。湖太郎こそ、
『
彼女も葉達と同じく拝殿で待ち合わせの予定だったが、学校の都合で遅れてくると湖太郎は葉に説明した。
「という事で、後で俺が迎えに行くし、拝殿まで一本道だから迷わないだろ…って、葉!お前、今まで瑠璃さんの連絡先知らなかったの?」
「えっ?あぁ、おとなりさんだし、ジムも一緒に行くから、別に知らなくても良いかな…と」
「そんなこと言ったって、連絡は出来る状態にするに越した事は無いだろ?どうしたよ、葉?お前こういう事は抜かりない男だろ?」
「いや、たまたま忘れていただけだよ…。もう、良いだろ?行くぞ…」
そう言って歩くスピードを早める葉の背中を見て、湖太郎は疑いの目を向ける。
『うーん、マメな葉がこういう事を忘れるなんてあり得ないし、何か理由があるのか?まぁ、瑠璃さん美人らしいから聞きづらいっていうのもあるが…』
とここまで予想して湖太郎が何か閃く。
そして、彼の予想を確かめる為に葉に聞こえるように呟いた。
「なぁ、葉。気になる人から『既読スルー』されるの。あれ、結構しんどいよな…」
ビクッ!
葉の足が止まる。
それをみて湖太郎はやっぱり…と思う。
葉は何も言わずにまた歩き始め、湖太郎はその背中に言葉を投げかけ続けた。
「だよなー、俺も柘榴と付き合う前は結構、スルーされたよ。後から聞いたら『忙しかった』って理由だったけどな」
「…」
「こんな思いするならいっそ聞かない方が良かった。って、思う事もあったなー。だって、アレやられると他の事が集中できなくなるからな」
ピタッ
葉の足が止まり、彼は恨めしそうな顔で振り返り、湖太郎を見る。
湖太郎はニヤニヤしながら葉を見ており、葉は観念したように心の内を吐露した。
「あぁ!そうだよ!瑠璃さんから『既読スルー』されたら、気になって色んな作業に支障でそうだったら、今まであえて聞かなかった!悪いか!」
それを聞いた湖太郎はぷっ。と笑い、葉の肩に腕を回す。
「バッカ!悪いわけないだろ。俺だって同じような思いした事あるからな!」
「からかったり、共感したり、お前は一体何がしたいの?ったく」
葉はやれやれと言う顔で笑う。
湖太郎はそんな葉の背中を軽く叩き、また早足で歩き始める。
「よし。じゃあ、これ以上お姫様を待たせるのも悪いからスピードアップだ。ついでに王子様!連絡しときな!これから、行くよ!マイハニーって!」
「んな、恥ずかしい事送るわけ無いだろ」
葉は苦笑する。
しかし、湖太郎の言うことも一理あると思い、瑠璃に連絡を送った。
『財布、無事でした。
これから、そっちに向かいます』
ピコン
スマホの電子音が聞こえ、なぜか葉は少しだけ恥ずかしくなり、
「おい、湖太郎待てよ!」
照れ隠しをするように、湖太郎の背中を追った。
「林檎!良かった!怪我は無い?もう、勝手に出歩いたらダメでしょ!」
「うわーん、ままー」
『林檎』と呼ばれた女の子は瑠璃の手を離れ、母親に向かって両手を広げて駆け出す。母親も身を低くし、彼女を受け止めた。
「ほんとに…、もう。あの、あなたが林檎を連れてきてくださったのですか?本当に何とお礼を言って良いか…」
「あっ、いえいえ。たまたま、その子の泣いている声が聞こえたから、気になっただけですよ。お礼を言われる程の事でも無いです」
「いえ、あなたのおかげです。本当にありがとうございます」
そう言って、林檎の母親は瑠璃に頭を下げた。彼女は少し恥ずかしくなり、困りながらも笑顔を作っていたが、
「あっ!」
と林檎が何かを思い出したように、突然大きな声を上げる。
「どうしたの?林檎?」
「りんちゃんの、りんちゃんのあたまにつけるやつがない。さっきまであったのに…」
『あたまにつけるやつ?リボンか髪留めかな…』
慌てる林檎に対して、母親が優しく諭す。
「そうねぇ、どこかで落としたのかも。りんちゃん、また新しいものつけよ?」
「えぇ、だってあれおばあちゃんにかってもらったものだもん。りんちゃんさがす!」
そう言って彼女はまた泣き出しそうになる。
『祖母からのプレゼント』その言葉を聞いて、瑠璃の胸に何が刺さり、
「私、ちょっとさっきの辺り探してきますね」
「あっ、そんな、申し訳です」
「大丈夫です。すぐ戻ります」
そう言って、彼女はまた祠の方へ駆け出した。
「無いなぁ…他のところなのかな?」
暗い森の中、瑠璃はスマホのライト片手に彼女の落とし物を捜索していた。
見知らぬ女の子の落とし物を彼女は懸命に探していた。
『あの子の落とし物。おばあちゃんのプレゼントって…。見つけてあげたいな』
瑠璃がそう考えながら捜索をしていると
ピコン
スマホからお知らせの通知音が聞こえた。瑠璃はそれを確認した。
『財布、無事でした。
これから、そっちに向かいます』
「葉さん、お友達と合流したみたい。良かった」
そう言って瑠璃は嬉しくなり微笑んだ。
彼女はすぐにまた葉と会えると思って幸せな気持ちになった。
「そうだ。葉さんに連絡しないと…」
と瑠璃がメッセージを返そうとした時
ガサッ
鬱蒼とした雑木林の中から音がして、瑠璃はビクッとしてそちらを向いた。
「あれぇー、なんか良い匂いがすると思ったらめちゃくちゃ可愛い子いるじゃん。ラッキー」
そこにいたのは、ガラの悪い二人の男だった。
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