一つお願いがあります
ガヤガヤ…
『さて、ここからが問題だな…』
葉と瑠璃の二人は楔神社の鳥居前にいた。
待ち合わせ場所の拝殿まで、まだ少し歩くのだが、問題はそこまで道のりだった。
先程の洋次の店は集客目的で境内の外に展開されていた。
しかし、この境内の中は甘酒やビールなどお酒を振る舞っている店舗も多かった。
その理由は『花火大会実行委員会』とデカデカと名前と書いてあるテントの下で、偉いおじさま方が、花火が始まるまで、のんびりと過ごすスペースがあるからだ。
その為、この辺りは特に酔っ払いが多かった。
『虎目さんからこの辺りの前情報は貰っていたが…くそー、もっと早くこの状態を知っていれば、待ち合わせ場所を拝殿近くになんてしなかったのに…』
葉は瑠璃の方を横目で見る。
彼女はイカ焼きと林檎飴、綿飴を完食したにも関わらず、今度はチョコバナナを幸せそうな顔で食べていた。それを見て葉は力が少し抜けた。
『もう、鬼門が近づいているのに。でも、この人が笑っていてくれると、なんだかどんなことでも頑張れそうな気がする』
「瑠璃さん」
「はい?」
彼女の口元に少しチョコが残っていたので、葉はクスリと笑い、自分の口元を人差し指でちょんちょんと指差し、彼女に合図を送る。それに気づいた瑠璃は慌ててハンカチで口元を拭った。
「瑠璃さん、拝殿までまた少し歩きます。ここからは酔っ払いも多いので、俺から離れないで下さい」
そう言って葉は瑠璃の手を握る力を少し強めた。
彼女も最初は不安そうな顔をしていたが、
「大丈夫です。正直、ちょっと怖いけど葉さんのこと信じていますから」
そう言って彼女は笑顔を作る。
境内に並べなれた提灯の灯りに照らされたその笑顔は、彼女の艶やかな髪を照らし、表現しようの無い美しさを生んでいた。
「はい。ちゃんとエスコートしますね」
そう言って、彼も不安を吹き飛ばすように笑顔を作った。
「おぉ、姉ちゃん可愛いね!どうだい。甘酒買っていかないかい?」
「あっ、いえ。大丈夫です。ありがとうございます」
「そこの綺麗な姉ちゃん、姉ちゃん。これ、この辺りの地酒だけど、試飲できるぜ。どうだい?」
「ごめんなさい。私、お酒苦手なので。お気持ちだけ貰っておきますね」
瑠璃は少し歩く度に出店のおじさん達にやたらと話しかけられた。
共通点として、可愛いや綺麗など褒められてはいたが、彼女自身は困った顔で対応していた。
『瑠璃さん、しんどいだろうな…。毎回、あんなに知らないおっさんに声かけられて』
男性が苦手な瑠璃にとって、見ず知らずの男に話しかけられる程、辛いことは無い。
しかも、浴衣を着て、おめかしもしていた為、鼻の下を伸ばして話かけている男性も多く、その男達が瑠璃をどういう目で見ているか、葉にも容易に想像ついた。
『さっさとここを出て、拝殿に行きたいのだけど…、いかんせん、人が多すぎる。やっぱり、瑠璃さんの好意に甘えないで、待ち合わせ場所変えて貰えばよかったかな』
葉はこうなる事を何となく予想しており、瑠璃に待ち合わせ場所変更の提案をしたが、彼女は『みんなが大変だから大丈夫』と笑顔で返し、葉もその好意を素直に受け取った。
そして、彼は今、その時の行動を後悔していた。
『くそっ…、結構、時間かかるな。瑠璃さんも頑張って、
葉は人混みをかき分けて、瑠璃の手に負荷がかからない程度に引き、前に進んでいた。
『瑠璃さんにこれ以上しんどい思いはさせられない。なんとかして先に…』
ギュ…
「えぁ!?」
葉は思わず、変な声を出す。
急に瑠璃が葉の右腕に抱きついてきたからだ。
彼の右腕に何が柔らかいものが当たり、しかも、彼女が近づいた事によって凄まじく良い香りがしてくる
。
『これってあのアゲ横の時の…。あっ、ヤバい。前に進まねばと思うのに、右腕の方に意識が集中してしまう。いかんぞ、葉。前に、前に進むのだ』
と彼の脳内では雄々しい気持ちで進んでいるつもりだったが、現実の彼は緊張でブリキの人形みたいにカクカクした動きをしていた。
『ふー、やっと拝殿が見えてきた。正直、もう少し瑠璃さんに抱きついてもら…、って、何を考えている、俺』
葉の目に拝殿の一部が見え、彼は安心とほんの少し残念な感情になったが、右腕に抱きついている女性の事を考え、歩行スピードをあげた。
『あと、少し。もう、少し。よしっ、人混みから…抜けた!』
「ぷはっ」
彼は開けた場所に出て、肺に新鮮な空気を取り入れた。
そして、右腕に抱きついていた瑠璃の方を向いた。
「すいません。瑠璃さん、お待たせしました。ここが待ち合わせ場所―」
瑠璃は俯いて、一言も喋らず、葉の右腕から離れようとしなかった。
そして、少し怯えた様に震えていた。
「瑠璃…さん?」
『まさか、虎目さんが言っていた、良からぬ輩に痴漢されたとか!?クソッ、なにやっている、俺』
と葉が自分の注意力の無さを嘆いていると、瑠璃がそっと顔を上げた。
「瑠璃さん、だいじょ―」
プルプルプルプル…
瑠璃は涙目で今にも泣き出しそうなのを堪えており、さっきまで大人な対応していた淑女は翼を広げてどこか遠くへ飛んでいっていた。
その代わりにそこにいたのは、先程より何倍も幼くなった女の子だった。
「よう、さ、ん…」
泣き出しそうな声で瑠璃が言葉を絞りだす。
「はい、何ですか?」
「おとこのひと、こわいぃ…。おさけのにおい、きもちわるい…。ふぇぇぇん…」
『現実世界で、ふぇぇぇん。なんて言葉使う人、初めて見たな。というか、この数時間でもの凄く幼児退行してしまったな、瑠璃さん…』
彼女の変貌ぶりに葉も苦笑いするしか無かった。
「ようさぁん。どこか、誰もいない場所に私を連れてって下さい…」
普通の男なら女の子からこんな台詞を聞ければ、『二人きりだぜ、ヒャッホウ!!』と片手を上げてジャンプするレベルだが、葉は目の前の女性が気の毒なくらい怯えているので
「はい…そうしましょう」
苦笑しながら、こう答えるしかなかった。
「ごめんなさい、グスッ…」
瑠璃は悪いことをして、謝る子供のようなお詫びを葉に告げた。
「ごめんなさい。すいません。美世さんに綺麗にして貰ったのに、全然淑女になれなくて、申し訳ございません。男の人苦手で、ごめんなさい。こんなおぼこ娘ですいません…」
拝殿のある場所のベンチに腰掛けて休んでいた瑠璃は怯えが治まったら、両手で顔を覆いメソメソしだして、謝罪の言葉を早口で述べ続けていた。
「あのー、瑠璃さん。大丈夫ですよ。というかむしろ良く頑張りました。あんなカオスな場所で…」
流石の葉もここまで落ち込まれると上手いフォローが出来ず、ありきたりな言葉しかかけられなかった。
『凄い落ち込みようだな…。でも、上手いフォローは出来ないし、うーん、どうしたものかなぁ』
と葉が悩んでいると、
ピコン
スマホから音がなる。
それに気づいた葉は、ポケットからスマホを出し、内容を確認して、
「あの…バカッ。なにやっている…」
と悪態をついた。
珍しく葉の乱暴な言葉を聞いた瑠璃は思わず彼を見る。
その視線に気付いた葉はバツが悪そうに答えた。
「あっ、ごめんなさい。実はここで合流する俺の友人が来る途中で財布を落として、探しているからここに来るのが遅れるって…」
「えぇっ!?大変」
瑠璃もそれを聞いて驚く。
葉は何かを悩んでいるような顔をして、先程まで歩いてきた道を見る。
その表情で彼女は彼が何を考えているのかわかった。
「葉さん、そのお友達の所に行って、お手伝いしてあげて下さい」
「瑠璃さん…。いえ、アイツなら大丈夫です。頭も良いから、きっと何とかなるし…」
葉がそう答えると瑠璃は首を横にふる。
「いいえ、葉さんの大事な友人が困っています。助けてあげて下さい。それに葉さんがすぐにそっちに行けないのは…私のせいですよね?」
「そんな、違います!」
葉は少し大きな声で瑠璃の言葉に反論してしまった事を後悔する。
そして、彼の後悔は顔に出ていた。それを見た瑠璃は優しく微笑んだ。
「ありがとうございます、葉さん。でも、私は大丈夫です。ここなら、すぐ近くにお祭りを管理している人たちもいますし、何かあったら、そこに駆け込めば大丈夫だと思います。だから、葉さん。ねっ?」
瑠璃は葉の顔を真っ直ぐ見て、また微笑む。
『瑠璃さん、本当は不安でいっぱいなはずなのに…。あぁ、もう』
葉は観念したように、その場で屈伸し、両手で頬を叩き、よし!と気合を入れた。
「瑠璃さん、ありがとうございます。俺、すぐ戻ってきますね」
「はい。待っています」
そして、湖太郎の元に駆け出そうとした時、葉はあることを思いつく。
「そうだ、瑠璃さん。一つお願いがあります」
「はい?何でしょう?」
葉はスマホを操作し、あるアプリを立ち上げた。
チャット形式で連絡を取り合う、『
「連絡先、教えて下さい」
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