カップル以外やらないぜ、普通

「しっかし、海人かいとの奴おせーな。結構金持たせたから、カツアゲとかに合って無いと良いけど」


 洋次の言う海人とは彼の息子の名前だった。

 今の話から察するに葉達が来る前に材料の買い出しに行かせたようだった。


「カツアゲって、この花火大会でそんな事をする奴いるんですか?」


「あー、この花火大会、この季節にやるってことと、結構規模がデカいって事もあって、他の街からの客も来るのさ。だから、たまにルールのわからない奴がオイタすることがあるのさ」


『なるほど、だから、さっき虎目さん、。なんて事を言っていたのか…』


「ここ最近じゃ、この街の人達があんまり人を怒れないのをいいことに調子にのっている奴もいるみたいでな。子供とか女の子で迷惑被った人もいるみたいだ。俺の目の前でそんな事をする奴がいたら、ぶっ飛ばしてやるけど、あいにく店もあるから回れなくてなぁ」


『確かに、そんな輩、瑠璃さんには絶対近づけさせられないな』


 と思いながら、葉は瑠璃の方をチラリとみる。

 彼女は、美しい立ち姿で綺麗に列に並んでいるが、その目は列に並んでいる子供と同じ様にキラキラしていた。

 それを見た彼は一安心して、また洋次に声をかける。


「でも、そうなると海人君、少し心配ですね…。俺、様子みてきますか?」


「あぁ、葉ちゃんにはレディーを待つっていう仕事があるだろ?それにアイツも野球部所属だからな。簡単にはやられないさ。それに、今回はアゲ横でボディガードを雇ったからな!」


「ボディガード?」


「あれだよ」


 と洋次の指差す方を葉が見ると、


 ズンッ!ズンッ!


 コォォォォォ…


「やぁ、坊や、困っている事は無いかい?」

「うん、だいじょうぶ!ありがとう。!!」


 葉の目に映ったのは、褌一丁の体に法被を羽織った男達。

 しかし、その誰もが筋骨隆々の体をしていた。

 それもそのはず、そこにいたのは葉と瑠璃が良く行くロンズデーライトマンジムのトレーニー達だった。

 壮絶な光景に葉は言葉を失い、苦笑いする。


「なっ?すげーだろ、あれ?なんでも、あのジムに通っている酒屋の親父が軽い気持ちでお願いしたら皆快く受けてくれたんだと。屋台の割引券をプレゼントするだけで、だぜ?皆太っ腹だよな」


「そう…ですね」


「あの兄ちゃん達が見回りしてくれているから、今日は特にトラブル起きず平和なものよ!だから、葉ちゃんは瑠璃ちゃんの事をしっかり見てやりな!もしかしたら、アイツらに口説かれちゃうかもしれないからな!」


 と洋次はハハハと豪快に笑うが葉にとっては笑い事では無かった。

 つい先日、彼らに追いかけられそうになった時の苦い記憶が蘇る。


『俺、頑張れ…』


 葉は折れそうな心に鞭を打った。




「お待たせしました」


 両手にわたあめとりんご飴を持って、瑠璃が葉の元に戻ってきた。


「あっ、お帰りなさい。って、瑠璃さんそんなに食べるんですか?」


「えぇ!違いますよ!これは、その…」


 そう言って瑠璃はわたあめとりんご飴を一本ずつ葉に渡した。


「はい。これは今日、誘って頂いたお礼です。本当にありがとうございます。葉さん」


 急に笑顔でこんな可愛らしいプレゼントを貰った葉は、それを受け取ったとたん嬉しさと恥ずかしさで顔が赤くなる。


「ありがとう…ございます」


「いいえ!どういたしまして!あっ、イカ焼き預かって頂いて、ありがとうございます」


 そう言って瑠璃は空いた方の手でイカ焼きを受け取り、一口齧る。


「うーん、ちょっと冷めてしまったけど、やっぱり美味しい。甘いもの食べるとこの醤油の味がちょうど良いというか…」


 彼女の幸せそうな顔をみて、葉は少し困った顔で笑った。

 そして、彼も少し冷めたイカ焼きを一口齧る。


『美味しい。でも、これを一人で食べてもここまでの感動は、きっと、無かったな…』


 今日、瑠璃とここに来ることができて、本当に良かった。と彼が思っていると


「いやー、本当、こうして見ると凄く仲良いカップルにしか見えないけどなぁ」


 と、店の裏側で醤油の仕込みをしていた洋次が顔を出す。

 それを聞いた葉が苦笑しながら答える。


「だから、洋次さん、俺と瑠璃さんは恋人では無いですよ」


「そうなんだよなぁ。それが不思議でしょうが無いよ、俺は。だってそんなに仲良いからお互い食べていたイカ焼き交換したんだろ?そんな事、カップル以外やらないぜ、普通」


「へっ?」

「えっ?」


 葉と瑠璃は自分のイカ焼きを見る。

 二人とも似たような所を齧っていたが、良く見ると少しだけ、さっき自分の持っていたものと違っていた。

 それに気づいた様は照れを隠すように答えた。


「いやいやいや、いくら虎目さんでも見間違えたとか?だって両方とも見事なサイズだし」


「いや、確かに良いサイズのイカだが、一応俺は気を使って女の子にあんまりデカいの食わせるのはなぁ…と思って瑠璃ちゃんのイカは葉ちゃんより一回り小さい物にしたぜ?しかも、念のため割り箸根元に色もつけているから間違って無いとおもうぜ?」


 そう言われて葉と瑠璃は割り箸の根本を確認する。

 すると、葉の方には、瑠璃の方はの印がついており、しかも、洋次の言う通り、瑠璃のイカ焼きの方が大きかった。



 これにより、二人はお互いの食べていたイカ焼きを交換したと言う事実が証明されてしまった。



「…」

「…」


「なっ?間違い無いだろ?そんなに仲良しなのに付き合ってないなんて、不思議なこともあるもんだ…って葉ちゃん、瑠璃ちゃん、どうかしたか?」


「何でも無いですよ。ははは…」

「…」


 真実を告げられた葉は先程よりも更に顔が赤くなり、そして、彼は瑠璃の方をチラリと見る。

 彼女の顔は下を向いていたが、耳まで真っ赤になっていて、頭から湯気が出ているようだった。


 葉は瑠璃から貰ったりんご飴を一口齧る。

 以前食べたものよりもそれはずっと甘い味がした。

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