どうして、私は肝心な時に踏み出せないのかな…

 葉と瑠璃は電車に揺られながら、目的地のモール店に向かう。

 その中で瑠璃が、昨日からずっと疑問に思っていた事を彼に聞いた。


「でも、私が『立ち鏡欲しいなー』と思っていた事よくわかりましたね?昨日、聞いた時、葉さん、エスパーかと思いました」


 それを聞いて葉は苦笑する。


「そんな大層なものじゃ無いですよ。あの部屋にお邪魔した時、瑠璃さんの部屋、『立ち鏡無いなー』と思っただけですから」


「ふふ。ばれてしまいましたね。でも、それだけで欲しいものがわかるものですか?」


「そうですね。それもヒントの一つでしたけど…。瑠璃さんはいつ見ても、髪形や服装に乱れがなくて綺麗だな…と思っていましたから」


 急に葉に褒められて、瑠璃は、はわっ!と顔に朱がさす。


「そういう人はちゃんと自分の姿を確認してから出かける人です。だから、鏡は使う人なのに、全身が写る鏡が無いのはおかしいな?と思って。だから考えました。瑠璃さん一人では重たい荷物を持つのは大変だろうし、でも、使うのに置いて無いという事はいつも使うものだから実物見て購入したいのでは?と思って、昨日、聞いてみた…という感じです」


「凄いです!当たりです!葉さん、やっぱりエスパーじゃないですか?」


「だから、たまたまですって」


 そういう彼は言葉ではそう言いつつも、顔は照れていた。


『まぁ、これも姉貴のプリンスプランのおかげなんだけど…』


 彼女の姉は葉がモテる為に様々な事を教えた。その中の一部は彼の生活の役に立っているモノもある。

 そして、今日のように『相手の望むモノを考えて、的確な行動する事』

 これは葉の人間関係構築に大いに役立っている能力の一つである。


 彼女の姉は『女の子はサプライズに弱いから会話や行動から希望するモノを察して、それとなくプレゼントすれば喜ばれるわよ』という教えを葉に施していた。更に『それを恩着せがましくするのでは無く、あくまで、あくまで自然に!』と念を押して、ご教授していた。

 そして、これは元々優しい彼の性格にマッチし、今の瑠璃の様にサラッと欲しいものをあてたり、バイト先でもマスターのやって欲しそうな事を先読みしてやったりして信頼を得ていた。


 要するに彼は『気が効く上に、それがさりげなーくできる男』なのである。


『まぁ、後から知ったがこれをやり過ぎると、無駄に好感度上がって余計な誤解を生むんだけどな…』


 葉はこのスキルのせいで結構痛い目にもあっている為、現在は使うべきとそうじゃない時を見極める必要がある為、無駄に疲れる事も多々あった。


『でも、今は…』


「ずっと欲しかったけど、商品を見る時間も運ぶ方法も無いし困っていましたが…」


「今日、葉さんと一緒に買い物に来て良かったです」


『瑠璃さんが喜んでくれるなら、良かったかな…』


 彼と彼女を乗せた電車はその数分後に二人を目的地の近くまで運んでくれた。



「わぁ、今日は人が多いですね」


 モール店に到着した二人を待っていたのは、アゲ横に行った時と同じ、いや、それ以上の人混みだった。


『俺と瑠璃さんのデートは人混みの中がデフォルトなのか?確かに今日は祝日だけど…』


 葉はモール店の天井にかかっている天幕を見た。

 それによるとどうやら子供向けのイベントがあり、それ目的で家族連れの人達がこのモール店に来店しているらしい。


『あぁ、そういう事か…。客層が客層だけに瑠璃さんをいきなり口説いてくる連中はいないだろうけど…』


 瑠璃を見ると、明らかに、大丈夫かなぁ…という不安が混じった表情をしていた。


『この人ゴミだからな、しっかりリードしないと!』


 葉は戦闘開始前に小さく気合いを入れた。そして、瑠璃にある提案をする。


「瑠璃さん」


「はい。何でしょう?」


「手、つなぎませんか?」




「瑠璃さーん、大丈夫ですか?」


「は、はい。なんとか」


 葉と瑠璃は人混みをかき分けて、家具が販売してある階に向かう。

 二人の手は


 つないでいなかった。


『うーん、やっぱり手をつないで移動した方が良かったよなぁ。とは言え、またあんな感じで恥ずかしがられると、無理にとは言えないし…』


 先程の葉の提案は瑠璃が顔を真っ赤にして、考え込んでしまった為、却下となった。

 その為、二人はデート(と葉は思っている)なのに、お互いの居場所を声で確認しながら進むというとてつもなく面倒でよくわからない行動をしながら買い物をしていた。


『うーん、前進したと思ったが、なかなかそうすんなりとはいかないか。でも、まぁ、デートできただけでも、良いか…』


 彼がそう思っていると


「…ん、…な…いッ!」


「はい。瑠璃さん、何か言いました?」


 彼が人混みの中振り向くと、そこに彼女の姿は無かった。


「瑠璃さん?」


 葉の顔から一滴の汗が流れた。




「グスッ、おねえちゃんも、ヒック、まいごさんなの?」


「うん。お姉ちゃんもね、一緒に来ていた人とはぐれちゃった。だから、良かったら一緒に行こう?あなたのご家族もきっと見つかるから。ね?」


 瑠璃はしゃがみこんで目線を目の前の女の子と同じ高さにして話しかける。

 泣いていた女の子は目元を擦りながら、無言でコクンと頷いた。


『良かった。泣き止んでくれて。でも…』


 瑠璃は辺りを見回して、少し哀しそうな顔する。


『やっぱり、葉さんとははぐれちゃたな…』



 葉とはぐれる数分前、彼女は必死に人混みの中、彼を追っていたが、彼女の目にある光景が映り、足を止めてしまった。


 それはベンチに一人で座っていて、今にも泣きそうな女の子。

 家族とはぐれた様だった。


『あの子、もしかして迷子?でも、このまま止まっていると葉さんとはぐれてしまう…』


 葉が瑠璃に気づかずに人混みの中を進み、なんとか道を作ろうとしている。

 今ここで歩みを止めたら確実に彼と離れてしまう事は瑠璃も容易に想像がついていた。


『でも、葉さん、私…』


 彼女はもう一度、女の子を見る。彼女は不安そうに周囲を見回し、自分の家族がいない事を再度確認すると、ついに下を向いて、小さな声で泣き始めてしまった。


 それを見て、瑠璃はもう無視できなくなった。


「葉さん!ごめんなさい!」


 彼女は可能な限り大きな声で葉に謝罪すると、女の子の元に駆け出した。



『きっと葉さんと手をつないで入れば、今頃は二人でこの子の家族を探せていたのかな?どうして、私は肝心な時に踏み出せないのかな…』



『本当は手をつなぐの、嫌じゃなかったのに…』



 そう思って、彼女は哀しそうに自分の右手を見た。

 すると、その右手に小さな右手がちょこんと乗った。


「おねえちゃん、だいじょうぶ?」


 女の子は不安そうな顔で瑠璃を見つめていた。

 その顔を見て、彼女は弱気になっていた自分を心の中で叱咤する。


「だいじょうぶだよ。ありがとう。そうだ、まだ、お姉ちゃんの名前教えてなかったね!私の名前は瑠璃って言うの。あなたのお名前は?」


 そう言って、彼女は女の子に優しく微笑んだ。

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