恋人さん…ではないんだ
「瑠璃さん、どこにいるのかな…。全然、見つからない」
葉は瑠璃とはぐれたフロアを人混みの中、懸命に捜索していた。
しかし、彼女は見つからず、彼は焦りと捜索で乱れた呼吸をベンチに座って整えていた。
「クソッ!なにやっているんだ、俺。こんな場所で瑠璃さんの催淫が万が一でも起きたら、危ない目に合うのは彼女だぞ」
葉は自分の不甲斐なさに腹を立てる。
そして、ある程度呼吸が整った為、すぐに次の行動に移そうとした時、彼は一人の女性を見かけた。
「―、―!」
遠目で分かりにくいが、どうやら誰かとはぐれたらしいと葉は察した。
そして、背丈から見るに葉より年下の女の子。
はぐれてしまったのは、おそらく自分の妹が弟といった感じだった。
「あの子も誰かとはぐれたのかな?こんな人混みの中じゃ、一人の子供を探すのも至難の技だぞ」
葉はなんで迷子センターに連絡しないのだろうと考えているとその答えはすぐにわかった。彼の頭上からひっきりなしに迷子のアナウンスが流れている。
「なるほど、こんな状況じゃ、迷子センターに頼っている時間も余裕も無いか。でも…、ごめんなさい!俺にも探している人がいます。誰か他の人があの人に手助けしてくれますように…」
そう言って、彼は心の中で祈って、また瑠璃の探索に戻ろうとする。
しかし、彼女に救いの手はなかなか差し伸べられない。
「―、―!ッー!」
声を発する彼女の顔は不安で一杯で、そろそろ泣きそうなくらい悲痛の表情だった。
葉はそれを…
無視できなかった。
「っ!瑠璃さん、ごめんなさい!あの子の話を聞いたら、すぐに迎えに行きます!」
彼は心の中で瑠璃に謝罪し、迷子を探す女の子の元に駆けていった。
「そっか、すみれちゃんはお姉ちゃんとお買い物に来たんだねー」
「うん。おねえちゃんといっしょにお母さんのプレゼントをかってあげたくて。ほんとはおねえちゃん、ダメっていっていたのに、すみれ、ワガママいってついてきたの…」
そう言って、自分の事を『すみれ』と言った女の子はまたグズリそうになる。
二人は手をつないで彼女の姉と葉を探しており、瑠璃は開いた方の左手で小さく頑張れ!のポーズをして彼女を励ました。
「大丈夫!きっとお姉ちゃんもすぐに見つかるよ。そしたら、二人で一緒にプレゼントしてあげよう。その桔梗のブローチ」
「るりおねえちゃん…。うん、すみれ、がんばるね!」
『ふふ。お姉ちゃんの後をついて回っていた時の事思い出すな。お姉ちゃんどんどん先に行くから一緒懸命ついて行ったけ…』
瑠璃は小さな彼女の姿を見て、幼い頃の自分と重なり、微笑ましい気持ちになる。
しかし、過去を思い出していく内に少し悲しい記憶が呼び起こされ、少しだけ彼女の表情に影がさす。
『でも、私が催淫の能力に目覚めてから私が出歩く時は決まって、お祖母ちゃんやお母さん、そして、お姉ちゃんが付き添ってくれた。私はみんなに迷惑をかけてしまっている。そして、今も葉さんに迷惑をかけている』
「おねえちゃん…」
ギュウとすみれの小さな両手が瑠璃の左手を握る。
ハッとなって彼女を見ると心配そうな顔で瑠璃を見上げていた。
それを見て瑠璃は自分が相当弱気になっている事に気づく。
「えっと、ごめんね。人がたくさんいる所、お姉ちゃんあんまり得意じゃなくて。そうだ!すみれちゃん、楽しいお話をしよう!すみれちゃんのお姉ちゃんのお話聞かせて!」
それを聞いた彼女はパァと明るい笑顔になる。
その表情を見るだけで、彼女が姉の事を大好きだという事がわかり、瑠璃の表情にまた優しい笑顔が戻る。
「うん。おねえちゃんはね、ちょっとおこるとコワいけど、いつもやさしくてね―」
「瑠璃さん!菫ちゃん!」
葉は尋ね人の名前を呼びながら、同じフロアを回る。
葉が話しかけた女の子の話によると彼女の妹の名前は
彼女の姉、
彼女の話によると二人で買い物に来ていた所、彼女が靴紐を直している時に振り向いたらもういなかったという話だ。
菫とはぐれた菖はずっと自分の事を責めていた。
「私の、私のせいだ。あの子のワガママに折れて、手をつないで、入れば大丈夫だ。なんて思って。あの子、絶対泣いている。寂しく泣いている。私のせいだ!」
気が動転していた彼女に向かって葉は優しく諭した。
「菖さん、今は後悔よりも二人で手分けして菫ちゃんを探そう。俺もさっきまで自分で誘っておいた人とはぐれるなんて、大ポカをかまして後悔していたけど…。後悔しているだけでは、何も進まない。それに一人で探すより二人で探した方が効率いいからさ!頑張ろうよ!」
そう言われて、菖は涙を堪えて首を振る。
彼女とまた三十分後にここで落ち合うという事にして、二人は捜索に走ったのだ。
「クソッ!二人とも見つからない。優しい瑠璃さんの事だから、もしかしたら迷子の菫ちゃんを見つけて、一緒にいてあげるなんて思っていたけど…」
と考えて葉はハッとなる。
そして、思い出す。
瑠璃という人物がどんな人かを
「そうだ。瑠璃さんならもし迷子の女の子を見つけたらこんな人混みを歩かせるような事はしない。二人がもし一緒ならいるとしたら、あそこだ!」
葉はまた、人混みをかき分けて、捜索に戻った。
「はい。すみれちゃん、どうぞ」
そう言って瑠璃が蓋を開けて菫に差し出したのは、葡萄の味のジュース。
葉の予想通り、彼女は疲れ切っている菫を歩かせるのは可哀想だと思い、葉とはぐれたフロアから少し離れた休憩スペースのベンチに座り、彼の姉とそして、葉を待っていた。
「ありがとう。るりおねえちゃん」
「ううん。こっちこそ、お話ありがとう。菫ちゃんのお姉さん、優しい人だね!」
大好きな姉が褒められ、彼女はまたニッコリと笑い、瑠璃から貰ったジュースを一口飲む。彼女もお茶のペットボトルの蓋を開け、それに口をつける。
「ねぇ。るりおねえちゃんは、だれとまいごになったの?るりおねえちゃんのおねえちゃん?」
瑠璃は菫の質問に優しい顔で答える。
「ううん。お姉ちゃんが迷子さんになったのは、男の人だよ」
「おとこのひと?うーん。わかった!じゃあ、そのひと、るりおねえちゃんのこいびとさんだ」
それを聞いて彼女はぼっと赤くなる。
子供の無邪気な一言でもそのワードは瑠璃の弱点だった。
「あっ、あっははは…。すみれちゃん。よく知っているね。でも、残念。恋人さん…ではないんだ」
「こいびとさんじゃないの?そっかー、ざんねん。じゃあ、どんなひとなの?」
それを聞いて、瑠璃は考える。
その時間は少し長く、言葉を、二人の関係を表す言葉を真剣に選んでいるようだった。
そして、しばらくして彼女は口を開いた。
「好きな人…かな?」
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