るりおねえちゃん、ずっと、わらってたよ!

「あっ、あれ!瑠璃さん!それにあの子、菖ちゃんが言っていた格好と似ている。あの子が菫ちゃんだ! 」


 葉は心の中で喜びと安堵の感情が同時に生まれる。

 彼は二人に声をかけようと近づく


「お待たせしました!る―」


「おとこのひと?うーん。わかった!じゃあ、そのひと、るりおねえちゃんのこいびとさんだ」


 その言葉を聞いて、彼の歩みは止まってしまう。

 そして、彼は思わず近くの壁に隠れてしまった。


『って!なんで隠れた、俺?いやでも、恋人なんてワードが出たら気になると言うか…』


「あっ、あっははは…。すみれちゃん。よく知っているね。でも、残念。恋人…さんではないんだ」


 葉はそれを聞き、ですよねー。と思いつつ、落胆もしていた。

 彼の中でこのやり取りはもはやテンプレートになりつつ、もう落ち込む準備ができていた。


「こいびとさんじゃないの?そっかー、ざんねん。じゃあ、どんなひとなの?」


『すみれちゃん!ナイス質問!って、だから、俺、なにを考えている。でも、』


『瑠璃さんは本当の所、俺のこと…どう思っているんだろう』


 葉はずっと考えていた。

 瑠璃が自分の事を慕ってくれているのは、彼が親切なお隣さんで自分を恋愛対象としてみていないから。

 だから、安心しているのだと。


『いや、誤魔化すなよ、葉。俺の方こそ瑠璃さんの事をどう思っている…』


 彼は彼女、そして、自分の気持ちが分からず、その場から動けなくなる。

 瑠璃の方を壁の陰からこっそりと見る。


 瑠璃は考えていた。

 その時間は少し長く、言葉を、二人の関係を表す言葉を真剣に選んでいるようだった。


 そして、しばらくして彼女は口を開いた。


「好きな人…かな?」


「えっ!?」


 葉は思わず声を出しかけて、慌てて口を塞ぐ。

 道行く人が彼の事を、不審者を見るような目で見つめていたが、彼はそれどころでは無かった。


『瑠璃さんが、俺の事を好き?それって…』


「ええっ!?おねえちゃん、そのひとのことすきなの?やっぱりこいびとさんじゃないの?」


「えっ、ええっと、ちょっと、ちょっと違うの!好きって、その、恋人さんの好きとかじゃなくてね。うーんと、ほら、すみれちゃんがお姉ちゃんの事を好き!みたいなそんなかんじかな…」


 すみれの頭には?が浮かんでいる。

 瑠璃はどう彼女に説明していいかわからず、苦笑いするしかなかった。


 一方、葉は頭を抱えてその場でうずくまってしまう。

 周囲の人からヒソヒソと声が聞こえてきたが、もはや彼にそれを気にする余裕は無い。


『あー、俺のアホー。期待したらこうなるってわかっていただろ。でも、これで瑠璃さんが俺の事をどう考えてくれているかは…。わかった。きっと瑠璃さんは俺の事を家族みたいなものだって考えてくれているんだ…』


『そして、それは俺が恋愛対象じゃないって事だろうな…』


 そう考える葉の顔は頭ではそれを理解していても、そして、彼女がなんとなく葉に対してそういう感情あった事を予想していても。


 今にも消えてしまいそうなくらい影があった。

 彼は自分が落ち込んでいる事に気づけなかった。


「でもね。お姉ちゃんはその人といる時、とっても楽しいの!」


『えっ?』


 葉はチラリと瑠璃の方を見た。

 彼女は頰を赤くしながらも、小さな女の子に笑顔で話をしていた。まるで自分の夢を語る少女のように。


「実を言うとお姉ちゃんね、男の人と一緒に歩くこと、怖くて、今まで出来なかったの。でもね、今日その人がここに一緒に来ようと言ってくれた時、怖い気持ちよりも、ずっと、ずっと嬉しかったの」


『瑠璃さん…』


 彼女は葉の事を語る時、ずっと笑顔だった。

 今まで怖いと思っていた事が葉と一緒だと楽しくなる。

 それを聞いた時、彼は目頭が少しだけ熱くなるのを感じた。


「だからね、お姉ちゃんは今日、あの人とお買い物に行けたことが」



「ただ、嬉しいの」



 それを聞いて、葉は、ふふっ。と笑った。

 もう、彼の顔には先程の様な影は無かった。


『馬鹿だな、俺…。自分で決めたじゃないか。俺はあの人のああいう顔が見たくて恋愛のプロデュースをしようって。例え自分に何かが残らなくても、今はただ、あの人が楽しいと言ってくれる。恋に臆病だった女の子が前を向いて歩いてくれている…』



『今はそれだけで、俺も嬉しい』



 そう葉が思って、熱くなりかけた目頭を擦っていると、彼の目に今も一所懸命に妹を探す菖が映った。

 葉は彼女を呼びに行くため、そっとその場を離れた。


「うーん、ふくざつなかんけいってコトなの?すみれよくわかんないな…」


「あっははは…。ごめんね。ちょっとすみれちゃんには難しかったよね」


 瑠璃は困った顔をして笑い、菫はジュースの残りを飲み干す。

 そして、彼女は瑠璃に満面の笑みで話した。


「でもね。すみれ、ひとつだけわかったよ。お姉ちゃんはそのひとのこと、きっとだいすきなんだよ!だって、すみれにお話してくれたとき」



「るりおねえちゃん、ずっと、わらってたよ!」



 それを聞いて、瑠璃はハッとなる。

 彼女は自分の指先を口元に少しあて考えた。


『私、笑っていた…?葉さんの話をしている時に?』


 彼女は改めて考える。

 自分にとって葉は本当に恋愛対象では無いのか…と。

 そう考えた時、もう思考の波は治まらなかった。


『ねぇ、瑠璃。私にとって葉さんは本当にただの話しやすい隣人ってだけ?一緒にいてこんなに楽しいのに…、はぐれてしまってこんなに寂しいのに…』



『私、本当は、葉さんの事が恋愛対象としてす―』



「菫ッ!」


 急に大きな声が聞こえ、瑠璃はハッとなる。

 彼女の目に瞳に涙を浮かべて安堵する女の子が映っていた。


「あやめおねえちゃん!」


 菫は菖の元に駆け出し、菖は床に膝をついて両手で飛び込んできた彼女を受け止め、きつく抱きしめた。


「バカッ!菫のバカッ!あんなに…、あんなに、お姉ちゃんから、離れるなって言ったでしょ!」


「うわぁぁぁん、ごめん、ごめんなさぁいぃぃ…。おねえちゃん、ごめんなさぁい。うわぁぁん」


 菫は彼女の腕の中で、大声で泣いてしまう。

 菖も彼女を抱きしめながら泣いていた。


『良かったね、すみれちゃん』


 瑠璃は抱き合う二人を見て優しい顔をする。

 彼女は二人の姿が幼少期の自分と姉に重なってみて、少し寂しい気持ちになったが、


「瑠璃さん」


 その声を聞いて、彼女は寂しい気持ちから嬉しさと安心した気持ちになる。


「葉…さん」


 彼女が声の方に目を向けると瑠璃と同じように優しい顔をした、葉がいた。

 それを見て、瑠璃は菖を連れてきてくれたのが、彼だという事を理解した。


「あ、あの、葉さん、私…」


「良いんです」


 そう言って彼は首を横に振る。

 そして、今も抱き合って安堵の涙を流す二人を少し見て、はにかんだ笑顔を彼女に向けた。


『良かったですね!二人がちゃんと会えて!』


 その笑顔を見て、瑠璃には彼がそう言っている様に見えた。


 それを見て、瑠璃も彼に笑顔を返した。

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