こんな時間がずっと続けば良いのに…

「菫ちゃん。お姉ちゃんに会えて良かったね」


「うん。るりおねえちゃん。ありがとうございます」


 そう言って彼女は小さな頭をぺこりと下げ、瑠璃にお礼を言う。

 瑠璃はしゃがんだ姿勢のまま、どういたしまして。と同じように頭を軽く下げた。

 葉は二人の様子を微笑みながら見ており、そして、同じように様子を見守っていた菖と目が合う。


「良かったね。菖さん。菫ちゃん、怪我も無くて」


「本当に葉さんと瑠璃さんのおかげです。ありがとうございます」


 そう言って彼女も頭を下げる。

 自分よりも年下の女の子があまりにも綺麗なお辞儀をするので、葉は少し焦ってしまう。


「そんな。俺は何もしてないよ。菫ちゃんのそばにいてあげたのは瑠璃さんだし…」


「い、いえ。私もそんな、特に何をしたとかもないですし」


 同じように慌てる二人を見て、菖はなんだか二人が少し羨ましく見え笑う。

 そして、大事な妹の手をしっかりと握り、再度、二人にお礼を言った。


「いつかお会いする事があったらお礼をさせて下さい。本当にありがとうございました。ほら、菫。お姉ちゃんとお兄さんにお礼とお別れの挨拶」


「うん。るりおねえちゃん、ようおにいちゃん。ありがとう。ばいばい」


「うん。ばいばい」


「ばいばい。お姉ちゃんと仲良くね」


 葉達は二人に小さく手を振って、別れを告げる。

 二人は手を固くつないで、彼らに背を向けて歩いていった。


「しっかりした、女の子だったな…」


「そうですね。菫ちゃんも菖ちゃんと会うまではほとんど大声で泣かなかったですし。でも、本当に」


「仲の良さそうな、姉妹だったな」

「仲の良さそうな、姉妹ですね」


 同じような感想を同時に呟き、二人は目を合わせて笑った。


「さて、俺たちも買い物続けますか?」


「そうですね。そうしましょう…あれ?菫ちゃん」


 瑠璃はさきほど別れを告げた菫がこちらに向かって駆け出しくるのを見て、不思議そうな顔をする。

 葉も少し離れていた菖の方を見ると、菫の行動を優しい顔で見守っていた。


「るりおねえちゃん!」


「菫ちゃん!どうしたの?忘れ物?」


 そう言って二人の前に立った菫は、ギュと葉の左手と瑠璃の右手を取って、



 その二つの手をつなげた。



「あっ、えっと…」


「えっと、すみれちゃん?」


 瑠璃と葉、二人が少し照れと困惑をしながら、菫を見ると彼女は大輪の花の様な笑顔で二人に言った。


「おまじない!おねえちゃんたちが、もうまいごにならないようにって!」


「菫ちゃん…」


 瑠璃はその可愛らしい行動に彼女の名前をつぶやくしか無かった。

 そして、葉も似たような事を思っており、ただ黙って優しい顔を彼女に向けていた。


「ばいばい!おねえちゃん!またね」


 そう言って、彼女はまた大好きな姉の元に駆け出した。

 菫を待っていた菖は二人に軽いお辞儀をして、菫は二人に向けて大きく手を振った後に、また姉の手をしっかりと繋いで歩いていった。


「えっーと、葉さん。その…」


 残された二人は彼女のおまじないを受けたまま、しばらくそこから動けなかったが、葉は少しだけ彼女と自分をつなぐ手を少しだけ強く握った。


「葉…さん」


「菫ちゃんの言う通りですね。もう迷子にならないように」



「この手を離さないようにしないと、ですね」



 そう言って彼は照れ隠しをする様に笑顔を瑠璃に向けた。


 とくん…


「瑠璃さん、どうかしました?」


「あっ、いえ、あの、その、そうですね。よろしくお願いします」


「はい。じゃあ、行きましょうか」


 そう言って二人は歩き始めた。


「さっき走り回ったので、もう道は大丈夫です。家具のコーナーはこっちですね」


 葉と瑠璃はしっかりと手をつないで歩く。

 瑠璃は彼の話を笑顔で聞いていたが、ずっと、ずっと、胸の鼓動が早くなっているのを感じていた。

 そして、彼の後をついていきながらずっと考えていた。


『今はこの気持ちが話しやすいお隣さんとして好きなのか、それとも、恋愛対象として好きなのか、良くは、わからない。でも、葉さんとこうやって手をつないで、色んな所に行っているこの時間が、ただ、楽しい…』


 葉はずっと楽しそうに瑠璃に話しかけていた。

 彼も先ほどの菫と瑠璃の会話を聞いて、自分の迷いが吹っ切れていた。



 ただ、瑠璃さんと笑って、笑顔でいて欲しい。



 今の彼の望みはそれだけだった。

 そして、瑠璃も彼と似たような事を考えていた。


『あぁ、楽しいなぁ。出来る事なら、ずっと―』


「瑠璃さん!ありました!ほら、立ちかが―」


 葉は彼女の顔を見て、ドキッとする。



 つい先日まで、彼女は言っていた。

 男の人と手をつなぐなんてできないと。

 そして、葉と初めて手をつないだ日もずっと彼女は恥ずかしがって黙っていた。


 けれど、そのとき彼の顔に映った瑠璃は



 花が咲いたように、そして、本当に楽しそうに笑っていた。



 そして、彼女は思う



『こんな時間がずっと続けば良いのに…』




 二人が買い物に出かけた、次の日、瑠璃の家に新しい家具が仲間入りした。


 彼女の身長と同じくらいの装飾が少ない、でも、可愛らしい青い縁の立ち鏡。

 その上には同じく昨日買った一枚の布がかけてあった。


 それは明るい緑色で布の端っこに数枚葉っぱの絵が刺繍していた。

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