それが今、僕のやりたいことだよ!

 そこにいたのは小さな王子様。彼の手には小さな王冠があった。


 彼は何も言わずに、それをマントに包んで地面に置いた。

 いらないもののはずなのに、彼はその王冠を乱暴に捨てる事はできなかった。

 それは静かに彼の前から消えていった。


「いらないのかい?」


 彼は後ろから声をかけられる。

 そこにいたのは黒い艶のある髪を持つ女の人で、とても綺麗な顔をしていた。

 その顔を彼はどこかで見たことあるような気がした。


「僕には、もう必要の無いものだから…」


 困った様に笑いながら言う、彼の言葉には悔しさが混じっていた。

 それを叶える為に努力してきたのに、その願いは叶う事なく、終わってしまった。

 彼の笑顔には、自分を嘲笑するかのような暗さがあった。


「そうかい…」


「あっ!」


 俯く彼の耳に声が聞こえた。

 彼が視線をそちらに移すと、彼の目に映ったのは思いっきり転んで、地面に体ごとダイブした女の子だった。

 彼女は『痛い…』と呟いて半泣きになりながらも、両手で立ち上がり、また、歩こうとすると


「あっ、痛っ!うぅ…」


 また躓いた。

 それでも彼女はまた両手をついて立ち上がった。

 その子を見た彼は胸の中が何故か熱くなった。


「あの子は何をしているのかな?」


「あの子はね、あなたが今、捨てたモノと同じモノを手に入れようと頑張って歩いているのさ」


 それを聞いて彼は驚いた表情で女性を見上げた。


「なんで?あれは手に入れても、絶対に良いことがあるとは限らないよ!?」


「そうだね。それでも、あの子は諦めないのさ。どっかの馬鹿があの子に夢を吹き込んでしまったからね」


 そう言う彼女は自分を嘲笑するように笑う。

 小さな彼でも彼女に夢を吹き込んでしまった人物が何となくわかってしまった。


「あっ…」


 ズデン!


 彼女はまた派手に転ぶ。


「ふっ、えぇぇぇん…」


 遂に彼女は泣き出してしまった。

 それを見て彼は自分の足元を見た。


 さっきまで自分が持っていたモノを探しに行くため、彼女は何度転んでも、立ち上がって歩き出す。自分がどれだけ傷つこうとも…。


 彼はそんな彼女を見て、自分に何ができるかを考え、


 ザッ


 気がついたら、彼女の元に歩き出そうとしていた。


「待ちな!」


 突然、後ろから声をかけられる。

 先程より、少しだけ険しい顔で彼を見る女性。

 けれども、少年はしっかりと彼女の目を見ていた。


「あの子を手伝うつもりかい?」


「うん」


「あの子は、あんたが思っている以上に大変な道を歩かないと、その夢が手に入らない子だよ?」


「うん。そうだね。だから、あの子あんなに頑張っているんだよね」


「万が一、あの子があんたと同じモノを手に入れても、あんたに何も残らないかもしれないよ?」


「うん。そうかもしれないね」


「それでも、行くのかい?あんた、あの子のことが好きなのかい?」


 それを聞いた少年は少し顔を赤くする。

 でも、はっきりと自分の考えを女性に伝えた。


「わかんない。でも、一つだけ言えることがあるよ」


 そう言って少年は笑顔を作って



「僕はあの子の夢が叶って、笑っている顔がみてみたい。それが今、僕のやりたいことだよ!」



 そう答えた。

 女性は少し驚き、そして、俯いて


「そうかい…」


 そう言った。

 彼女の顔を覗き込むと、一筋の涙が見えて、少年は少し困った顔をするが


「あっ、いたい…」


 視線を変えると、さっきまで泣いていた彼女はまた歩き出していた。


「行ってあげな」


 女性は初めて優しい顔をする。

 その顔があまりにも美しかったので、少年は顔が真っ赤なったが


「うん!」


 と言って彼女の元に駆け出した。




「ねぇ、君…」


 突然、話しかけられた女の子はビクッとして少年を見る。

 黒い髪をした、可愛らしい女の子だった。


「あなた、誰?」


 女の子は怯えながら、少年を見つめる。

 泣いている顔も可憐で少年はドキドキしてしまうが、


「えっとね、僕は君のお手伝いがしたい。…ダメかな?」


 そう言って、彼は転んで地面にへたり込んでいる彼女に手を差し伸べる。

 女の子はビクビクしながら、その手に触れる。


「あったかい…」


 そう言って彼の手を握る。

 彼女はゆっくり立ち上がり、彼を見る。

 少年はドキドキしながらも、一所懸命自己紹介をした。


「えっとね。僕の名前は葉。葉って言うの。よろしく」


 そう言って葉は笑った。

 その顔を見て、彼女も笑う。


「葉。じゃあ、葉さんだ!私はね、ラピス。ううん、瑠璃!瑠璃って言うの!」


 そう言って二人は笑い合う。

 葉は『さん。なんて要らないよ。呼び捨て良いよ』と言うが、瑠璃は『ダメだよ!初めましての人はちゃんと礼儀正しくしないと。って、おばあちゃん言っていたもん』と頰を膨らます。


 そして、それを見守る優しい視線に気づき、葉はそちらを見る。

 そこには、先程の女性が笑顔で二人を見守っていた。

 瑠璃はその顔を見て、何かを思い出しそうで、首をひねって考えていた。

 彼は大声で女性にお礼を言った。


「ありがとう、お姉さん。あなたに言われて勇気が出せた!ねぇ、お名前を教えて!」


 それを聞いた彼女は


「頑張れ!二人とも!」


 と言って彼の質問に答えずに、離れていった。

 そして、その声を聞いて、瑠璃が大事な事を思い出し、彼女の後を追おうとする。


「待って!行かないで!私、まだあなたとお話ししたい!」


 彼女は振り返らない。

 彼女のその様子をみて、葉も瑠璃の手を引いて彼女追いかける。

 しかし、一向に距離は縮まらない。

 瑠璃はずっと彼女を追いかけながら、泣いていた。


「待って!行かないで!」


 走りながら叫ぶ彼女は呼吸すら苦しそうだったが、それでも、大声で叫んだ。

 

 彼女に『夢』を与えた、大好きな人の事を―



「おばあちゃん!!」



 その言葉を聞いて、葉の意識は夢から現実に引き戻された。

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