二人で一緒に夢を、叶えましょうね!
「…、さん。…うさん!」
「ん、うぅ…」
葉は重い目蓋を開ける。
夢から現実に戻された彼の目に映ったのは
「葉さん!良かった!」
大粒の涙を流して、歓喜する瑠璃だった。
彼の頭は瑠璃の太腿の上にあり、気絶していた彼はまたしても瑠璃の膝枕のお世話になっていた。
「瑠璃…さん」
「はい。はい!瑠璃です。わかりますか?良かった、本当に良かった」
「ちょっ、瑠璃さん!?」
瑠璃はギュと目を瞑り、葉と自分の額を合わせる。
瑠璃の顔が近くなり、恥ずかしくなった葉は体を動かそうとするが、
『あっ、あれ?何で?』
彼の意思に反して体は全く動かず、
「痛っ…」
夢の世界から現実に意識が戻された影響で右腕に鋭い痛みが走った。
「あっ、ダメです。動かないで!あんなに長い時間エナジードレインを受けて、相当体に負荷がかかっている筈です。それに右腕だって、あんなになるまで…」
瑠璃の言葉を聞いて、葉は視線だけ動かし自分の右腕を見る。
彼の右腕はいつの間にか包帯でグルグル巻きにされていた。
「これって…」
「ついさっき、勝さんがここに来て、手当てをしてくれました。今、救急車を呼んでくれていますが、この花火大会で道が混んでいるから時間がかかるそうです」
「そうですか…」
ふぅ。と葉は息を吐き、今まで切迫していた彼の心は解けていった。
「葉さん」
「はい」
瑠璃は心の底から申し訳なさそうな顔をし、
「ごめんなさい」
と一言、彼に謝った。
「私、本当に馬鹿でした。皆さんが私の為にこんなに頑張ってくれているのに、迷惑ばっかりかけているって勝手に勘違いして。皆さんに何も返せて無いなんて。でも、私があの人たちの為に出来る事は―」
「まず自分が幸せになって、その幸せを皆さんに返す事。ですよね」
それを聞いて、葉は何か満たされた表情をし、そして、瑠璃の問いに答えた。
「そうです。瑠璃さんに協力してくれた人達はあなたの喜ぶ顔が見たくて協力してくれています。だから、まずは瑠璃さん自身が幸せになって下さい。瑠璃さんが関わった人達はみんな、あなたからのお返しが待ってくれる、いや、受け取らなくても幸せを祝ってくれる人達ですよ」
そう言って、彼は笑顔を作り、瑠璃もそれに倣って笑う。
『そう、俺だって、この笑顔が見たくて、ずっと頑張ってこられたのだから…』
ポタッ…
「瑠璃さん?」
先程まで笑顔だった、瑠璃から温かい涙が流れる。
彼女はそれを拭いながら、葉に言葉を紡いだ。
「ごめんなさい。でも、葉さん。これだけは、言わせて下さい」
「二度と、あんな無茶しないで…」
そう言って、彼女の目から大粒の涙が溢れ始める。
彼女も切迫していた心が解かれ、安堵に変わり、そして、今、葉を傷つけた悲しみと彼が無事で良かったという喜びが涙になって現れた。
彼女の声は嗚咽が混じっていたが、それでも、彼女は葉に伝えなければならなかった。
「私は、私は、葉さんも笑っていてくれないと…幸せになんてなれないです」
「瑠璃さん…」
彼はこの時初めて、自分の浅はかな行動を反省した。
けれど、同時に自分の右腕を潰しかけてまで、彼女を守れた事が少しだけ誇らしかった。
そっ…
「葉、さ、ん…?」
葉は涙が止まらない彼女の頬に左手でそっと触れる。
彼は困った顔をしながら笑う。
「泣かせてしまった俺が言うのも、変かもしれないけど」
「俺は瑠璃さんの笑っている顔が好きです」
それを聞いて、彼女の顔は涙目のまま赤くなる。
いつもの彼女が帰ってきて、彼は少しだけ嬉しくなった。
「だから、今ここで誓います。あなたがそう言ってくれるなら、俺は二度とあんな無茶はしません。だから、許して、くれますか?」
それを聞いて彼女は涙を拭い、少し拗ねたように言った。
「わかりました。今回は許します。でも、二回目は怒りますよ」
そう言って二人は笑い合った。
その時、空に何かがあがる音がして、
ドーン!!
夜空に花火が咲いた。
葉は夜空に咲いた花に視線を移す。
瑠璃も彼と同じ方を向き、少し残念そうに呟いた。
「始まってしまいましたね。せっかく、美世さんからチケット、貰ったのに…」
「そうですね…。月長さんには申し訳ない事をしてしまいましたが」
「俺は瑠璃さんと花火が見たかったから、今、幸せです」
それを聞いて、瑠璃は少し驚いて視線を葉に戻す。
彼は自分のセリフがあまりにも恥ずかしかったので、視線は空に向けたままだったが、耳まで赤くなっていた。
そんな彼を見て、瑠璃は少しだけ考え、勇気を出して、彼に伝えた。
「あっ、葉さん、まつげにゴミがついていますよ。少しこっちを向いて、目を瞑ってもらえますか?」
「えっ?あっ、はい。お願いします」
そう言って素直に彼女の言葉に従い、目を閉じて、仰向けになる葉。
フワッ…
彼の鼻に瑠璃の甘い香りがして、
彼の額に少し潤った、温かで、柔らかい感触がした。
『えっ!?』
突然の感触に彼は顔を真っ赤にして、緊張しながらゆっくり目を開ける。
そこに映ったのは、同じ様に顔を真っ赤にして、彼を見つめる瑠璃だった。
「瑠璃さん…今の―」
彼女は自分の人差し指を唇に当て、彼の言葉を遮った。
彼女が普段やらない様な仕草を見て、葉の体温は先程より上がっていき、彼の彼女の唇から目が離せなくなる。
そして、彼女は静かに口を開き、思いを伝えた。
「今はこの位しかできません…。私、まだまだ自分に自信が無いから。だから、葉さん。見守っていてくれませんか?」
「私が誰かを好きになった時に、自分の思いをちゃんと伝えられる女の子になれる日まで」
それを聞いた葉は視界が少しぼやけ始め、目から温かい涙が一筋落ちた。
「葉さん?」
「えっ、あっ、ごめんなさい。目にゴミが…、はは…」
彼は嬉しかった。
一度は自分のせいで夢を諦めると言っていた彼女がまた笑顔で頑張ると言ってくれた事が。
こんなに迷惑をかけて、困らせてしまった彼女が、それでも、葉を頼ってくれた事が。
そして、その夢が叶うまで側にいて欲しいと言ってくれた事が。
その言葉を聞いて、彼は一つの決心をした。
自分に大事な事を思い出せてくれた彼女にある事を伝えてたかったからだ。
「瑠璃さん、あなたが許してくれるのであれば、貴方の夢を叶える事。それを今の俺の夢にしても良いですか?」
「葉さん…」
「あなたのおかげで俺は恋愛の楽しさを思い出すことができた。だから、あなたの夢が叶う時、俺はその時に本当に知ることができると思うんです」
「人を好きになる事の素晴らしさを」
それは、彼、金木葉が一度は追って、手に入れかけた王冠。
しかし、結局、彼はそれで誰かを幸せにすることができなかった。
けれど、今、彼の目の前に現れた女の子は自分が無くしてしまった王冠を懸命に追いかけて、彼はその背中を押して、応援し続けた。
そして、知り始めた。自分が無くしてしまったものはこんなにも、素晴らしいものだったと。
だから、見てみたいと思った。
夢が叶った時の彼女の表情とその時、自分が手に入れたものを。
瑠璃は彼の言葉を聞いて、笑顔を作る。
その顔を見て、葉はぼやけた視界がハッキリとし、ドキッと言う鼓動の音と共に、顔が赤くなり、彼女から目が離せなくなった。
瑠璃の顔は、花火の灯りに照らされて、美しかっただけで無く、本当に幸せそうな顔をしていたからだ。
「はい。二人で頑張りましょう。二人で一緒に夢を、叶えましょうね!」
「瑠璃さん…」
それを聞いて、葉はまた泣きそうになるが、涙を堪えて、
「ありがとうございます。頑張りましょう。今ここでまた約束します。俺はあなたの初恋を最高のものにします!」
「はい!お願いします!葉さん!」
ドーン
それから、勝達が来るまで葉と瑠璃は二人で黙って花火を見ていた。
一言も二人は喋る事は無かったが、それでも、二人とも幸せな気持ちで満たされていた。
唯一、違うところ。
それは、葉は瑠璃の唇が触れた額が、
瑠璃は葉の額に触れた唇が少しだけ、
熱くなっている事だった。
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