無理無理無理無理無理です!!

 二人はピローコーポから少し歩いた場所にあるジムの前に立つ。

 入り口のドアの上にはデカデカとジムの名前があり、


 『ロンズデーライトマンジム』


 と書いてあった。


「何というか、私の様な初心者には少し入りづらい建物ですね…」


「確かに、俺も最初はそうでした。でも、通い慣れるとトレーナーさん親切だし、入ってみると意外ととっつきやすいですよ。今日は俺の知り合いのトレーナーさんがいる、このジムの紹介特典『初回無料サービス』受けてみましょう」


 それを聞いて、瑠璃の顔は不安そうになる。彼は慌てて、補足説明する。


「大丈夫です。通常だとトレーナーさん指導なんですが、ここだと友人とか紹介者の案内でもオーケーなので、ジムの注意点だけ俺の知り合いから聞いて貰えれば問題ありません」


 瑠璃は少し涙目で安堵した表情になる。


『まぁ、そりゃそうだよな…。男苦手の瑠璃さんにとって、筋肉男の園であるジムなんて猛獣だらけの檻にはいるようなものだからな。俺がしっかりしないと!』


 葉は瑠璃を守るという決意を固めて、ジムのドアを開いた。




 ドアを開けるとすぐに目に見えたのは、ランニングマシンなどで軽い汗を流す女性やおじさんの姿だった。そこから、少し視線を外すとトレニーングマシンを使って運動する高校生が見え、瑠璃は少しだけ緊張していた肩をおろす。


「良かった。ジムなんて言うからもっと鬼の様な修行が待っているかと思ったんですが、これなら私もできそうです」


 瑠璃は明るい声で話すが、それを聞いた葉はあー…。と言い、そして、少し困った顔で答えた。


「いや、すいません。瑠璃さん。今日はマシンも使うんですが、瑠璃さんにはあっちにもチャレンジして頂きます」


 葉は申し訳なさそうに瑠璃に言い、彼女は彼が指を指した方を見る。


 ガシャン、ガシャン。シュゥゥゥゥ…


「も、もう無理です…」

「まだ、行ける!まだ、行けるよ!!」


「フゥン!フゥゥン!!」


 彼が指差した方は黒い床で出来ており、明らかに初心者お断り!みたいなコーナーであった。

 しかも、そこにいるのはルームランナーやマシンのコーナーにいる人物達とは明らかに異なり、日焼けした黒い肌、丸太の様な腕・脚を持つ男達の園だった。

 彼らのいるゾーンは異様な雰囲気を放ち、バームクーヘンの様なバーベルやチョココロネの様な形をしたダンベルを使い、阿修羅の様な顔でトレーニングをしていた。


 瑠璃は壮絶な光景が目に入り、思考がストップしてしまった。


「あ、あのー、瑠璃さん?」


 恐る恐る葉が話しかけると彼女は目に涙をうかべ



「無理無理無理無理無理です!!」



「どう考えても私みたいな貧弱もやしっ子があんな鍛え抜かれた戦士達みたいな人達の中に入れる訳無いじゃ無いですか!」


 彼女にしては珍しく、葉に物凄い勢いで噛み付いてきた。

 葉は興奮する瑠璃をなだめながら


「大丈夫ですよ。別に彼らの様な重りを持って貰う気はさらさらありませんから。瑠璃さんにはもっと軽量のものをチャレンジして貰います」


「でも、万が一催淫してしまったら…。あっ、考えただけでも震えてきました」


 そこは葉も懸念していた。

 瑠璃のサキュバスによる催淫作用。こんな屈強な戦士達の中でそれが発動してしまったら、いくら葉でも彼女と自分を無傷で守りきる自信は持てなかった。

 そこで彼は策を考えてこのジムに来ていた。


「それも心配ですが、任せて下さい。このジム、出口がそこまで遠く無いですしロックキーを解除しないと出入りできません。更に、万が一に備えて、こちらも心身共に鍛えている鋼の戦士にボディガードをお願いしましたから!」


「鋼の戦士?」


 瑠璃が怪訝そうな顔で葉の言葉の意味を考えていると、その答えは彼のすぐ後ろに現れた。


「やぁ!葉くん!いらっしゃい」


 彼の後ろにいたのは筋肉でパツパツになった白のポロシャツと黒いパンツを着た、ここでトレーニングをしている誰より屈強な身体をもった男性だった。


 その姿は爽やかであったが、言葉で彼の事を表すと


 まさに『鋼の戦士』だった。




「あっ、勝さん。おはようございます。今日も大きいですね」


「いやー、今日は軽めのトレーニングだからね。そこまでアップしていないよ。大会が近いから、調整していかないと」


「うわー、大変ですね。まぁ、ここが踏ん張りどころですもんね」


 瑠璃は葉と突如現れたマッチョとの謎の会話を不思議そうな顔で見つめていた。

 それに気づいた葉は、彼女に突然現れたマッチョマンを紹介する。


「あっ、紹介が遅れてしまってすいません、瑠璃さん。この人が今回、ジムの案内をお願いした」


「はじめまして!あなたが葉くんの紹介にあった、夢見瑠璃さんですね!僕の名前は金剛勝こんごうまさる。ここのジムのトレーナーをしています。よろしくお願いしますね!」


 金剛勝と名乗ったマッチョマンは良く通る声で瑠璃に挨拶をする。そして、何のためらいも無く、右手を前にだし、握手を求めてきた。

 それに対して、瑠璃は申し訳無さそうに挨拶をして葉の後ろに隠れてしまう。

 葉は少し困った顔をしながら彼に詫びる。


「あー、すいません、勝さん。瑠璃さん、人見知りで握手はちょっと…」


「おや?そうかい。いやいや、気にしないで。よくよく考えたら、初対面の女性にいきなり握手を求める僕が変なのさ。夢見さん。すいません」


 瑠璃は無言で申し訳なさそうに首を振る。


『勝さんのような比較的とっつきやすい男性でもこの状態か…。これはちょっと簡単にはいかないか』


 と葉は瑠璃のおぼこ娘レベルの高さを改めて認識する。

 しかし、瑠璃のそんな反応を見ても勝は爽やかに会話を続けた。


「いやー、しかし、話に聞いていたけど確かに夢見さん、綺麗な方ですね。葉くんは彼女の恋人なのかい?」


 瑠璃はボッと顔を真っ赤にして、首をぶんぶんと振る。


『うぅ、相変わらずの全力否定。まぁ、実際に違うから仕方ないけど』


「彼女の言う通りで恋人では無いですよ。瑠璃さんとは同じアパートに住むおとなりさんなんですが、訳あって今日一緒に筋トレに行こうって話になったんです。もっとも無理矢理誘ったのは俺ですが…」


 それを聞いた瑠璃は無言でクイクイと葉のウィンドブレイカーの裾を引っ張る。

 それに気づいた葉が振り返ると彼女は彼を見たまま無言で小さく首を振った。


 どうやら、ここに来たのは無理矢理連れてこられた訳では無く自分の意思で来たという事をアピールしたいらしい。


『ほんとにもう…この人は…』


 そんな、瑠璃の行動が可愛らしくて思わず葉は顔が赤くなり、微笑んでしまう。

 そんな二人のやりとりをみていた勝は空気を読み、少し間をおいた後、咳払いし


「うん。理由は何にせよ、運動に興味がある人は大歓迎さ!葉くんから聞いていると思いますが、夢見さん。まずは僕がこのジムの簡単なルールやマナーについて説明して、その後は葉くんの指導でトレーニングにチャレンジして下さい。あと、葉くんなら心配いらないと思うけど、ルールだから言っておくね!」


「怪我と無茶は筋肉を―」


 と言って勝は静かに右手を挙げた。どうやらハイタッチのポーズのようだ。


 瑠璃は彼の不思議な行動に首を傾げ、葉の様子を見るが、彼は明らかに顔が引きつっていた。彼女は少し様子のおかしい彼の服の裾をまたクイクイと引っ張る。

 それに気づいた葉は引きつった顔から少しだけ笑みを浮かべ、そして、


 すぅー


 と深く深呼吸し、


「硬くしない!!」


 と大声を上げ、二人は


「イェアアアアァァァ!!」


 バァチィィィィン!!!


「イデェェェェェェェ!!」


 お互いの掌を思いっきりぶつけた。


 その際に発せられた衝撃音で瑠璃の耳はしばらくキーンという音が響いて麻痺し、また、発せられた空気の衝撃で彼女の束ねた髪は一瞬浮き、更に前髪はグシャグシャになった。


「ふっふっふっ…。流石だね。葉くん、僕の張り…、ハイタッチを受け止めて息があるなんて…」


『今、この人、って言おうとしたよな?そして、普通、ハイタッチの後に息がある。とか言うセリフは言わんのだが…』


 葉は激痛のする右手を体の後ろに隠し、脂汗を流しながらも、笑って答えた。


「ハッハッハッハ!なーに、金剛さんに鍛えて貰っていますからね!これくらい余裕ですよ」


「おぉ!流石だ。じゃあ、この後のトレーニングも頑張ってね!」


「はい。もちろんです!」


 そう言って二人はハッハッハッ…と笑い出した。


 よくわからないテンションの二人についていけず、瑠璃は一抹の不安を抱き、トレーニングに挑むこととなった。

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