なんか良いな、この響き
「すいません…」
「いや、何となくこうなるって事はわかっていました。俺も考え無しに行動しすぎました。すいません…」
瑠璃は申し訳無さそうに葉に冷たいタオルを差し出しながら、葉は左手で少し赤くなった頬をさすりながら、お互いに謝罪の言葉を述べていた。
『しかし、ちょっとでも先に進むと思ったけど…これは難易度高いなー』
葉も瑠璃の手に触れたいという欲がゼロだった訳でも無いが、それでも、瑠璃と手をつなぐ事で何かしらの進展は生まれると思っていた。
しかし、結果は惨敗。改めて先の長い戦いだという事を思い知らされた。
『夢見さん、美人なんだからもっと自信もってくれればなんだってできるのに…。根本的にこの自信の無さを何とかしないとダメかな。でも、俺も太っていた時、全く自信無かったけど、どうやって頑張ってたんだっけ?確かあれば姉貴に首根っこ掴まれていった市営の―』
そこまで、考えて葉は思い出す。そして、彼は瑠璃にある提案をする。
「夢見さん、明日、日曜日って予定あります?」
「明日ですか?とくに予定はありませんが…」
「じゃあ、俺と一緒に―」
「ジム行きませんか?」
「ジム…ですか?良いですけど?」
瑠璃は不思議そうな顔をする。
それもそうだろう。ついさっきまでは『手をつなごう』と言っておいて、今度は『ジムに行こう』。
彼が自分の恋愛プロデュースをしてくれている事はわかっていたが、それでも、急にこんな何の脈絡も無い提案が出てくれば困惑してしまう。
それでも、彼は話を続ける。
「そうですか!それじゃあ、詳しい話は明日するので、運動しやすい格好で明日、十四時くらいにこのアパートの廊下でお会いしましょう」
「は、はい。よろしくお願いします」
葉の勢いに押されて、瑠璃は何となくオーケーしてしまった。
「それじゃあ、夢見さん、俺は明日の計画を立てるのでこれで」
「はい。また明日、葉さん」
そう言って葉はテーブルから立ち上がり、瑠璃を見つめて言った。
「夢見さん、二人で頑張ってあなたの夢叶えましょうね!真珠さんだってそれを望んでいますよ」
「そうですね…」
そう言う彼女は何か言いたげな感じを残し、葉を見送りに玄関前まで一緒に進む。
そして、彼がドアノブに手をかけた時に口を開いた。
「葉さん、あのっ…!」
「は、はい。なんでしょう?」
突然、声をかけられて葉は慌てる。
彼女は少し恥ずかしそうに下を向きながら、彼に問いかけた。
「あ、あの、葉さん、私の姉の事、なんて呼んでいました?」
「えっ?夢見さんのお姉さんの事ですか?確か、『真珠さん』ですけど…」
「そう!それです!で、質問ですが…」
そう言って彼女は彼の目を見て言った。
「なんで、私は名前で呼んでくれないんですか?」
少しの間、葉の思考はフリーズした。そして、その言葉の意味を理解し、顔が徐々に赤くなっていった。
「えっ!?あっ、あのそれは…」
葉の声色に動揺が混じる。彼は慌てて、言い訳する。
「その、苗字が一緒だし、なんとなくですよ、なんとなく!」
それを聞き、瑠璃はむぅと頰を膨らまし、不満そうに言葉返した。
「じゃあ、私も名前で呼ばれたいです!お姉ちゃんだけズルいです!」
瑠璃は葉に詰め寄る。
彼は玄関のドアに背がぶつかり、逃げられない形になった。
近くなった瑠璃から良い匂いがする。
『近い。しかも、また良い香りがする。このままだとさっきと同じ事が…』
それでも、瑠璃は折れない。
彼の瞳を真っ直ぐ見つめたまま答えを待っていた。その表情があまりにも真剣なので、思わず彼はドキッとした。
『うぅ、ほんとは凄く恥ずかしいが、ええい。腹を決めろ!金木葉!』
「わかりました。じゃあ…」
そう言って葉は彼女の顔を見て、
「明日、十四時、その、よ、よろしくおねがいしますね。『瑠璃さん』」
と言った。
それを聞いた彼女は向日葵の様な明るい笑顔で
「はい!よろしくおねがいします!葉さん」
と返した。
それを見た彼は軽く頭を下げて、彼女の家を後にし、少し足早に隣の自宅に戻った後、自分の部屋に入った瞬間
ドンッ
と部屋の扉に背中を預け、両手で顔を抑える。
そのまま、ズルズルと背中をつけたまま下に降りていき、尻が床にペタンと着くと
「っあー、あの笑顔は反則だろう。マジで恥ずかしかったー」
自分の心情を吐露した。
『もうこれは明日から『夢見さん』とは呼べないな。でも』
「瑠璃さん…か…。なんか良いな、この響き」
葉は彼女の事を何の気なしに名前で呼べる事がどこか嬉しかった。
空は雲一つ無い晴天。見上げるだけで心が晴れやかになる様な日だった。
そんな中、自宅の扉の前で立つ葉は元気と覇気が無かった。
「眠い…昨日、張り切りすぎて計画立てていたのと」
『よ、よろしくおねがいしますね。瑠璃さん』
「あぁぁぁ、恥ずかしい…。何で俺、あんなに緊張してしまったんだ…?」
葉はその場にうずくまり、頭を抱える。
「はぁ、夢見…じゃなくて、瑠璃さんに会ったらなんて…」
「私がどうかしました?」
その声を聞いて、葉は顔を上げる。
彼の視野に映ったのは、上下青色のウィンドブレイカーに身を包んだ瑠璃だった。
「あ、えっ、その。おはようございます…」
「はい。おはようございます。葉さん。大丈夫ですか?もしかして、お腹痛いですか?」
瑠璃は不安そうな顔で葉を見下ろす。
ウィンドブレイカーの様な余裕のある服でも、彼女の双丘は美しい形を保っており、また、プライベートだとコンタクトをつけないのか、今日はいきなり眼鏡姿だった。
薄化粧で髪も後ろで纏めており、色々と葉のツボをついた姿で彼はドギマギしてしまう。
「いや、そういう訳ではええと…」
『うわっ、今日も可愛いな、瑠璃さん。しかも、この格好、また俺のツボをついているし…』
不謹慎極まりないとわかっていても、彼女の困った顔が魅力的に見えてしまう。
できれば、ずっと心配して欲しいと彼は思ったが
『いや、いかん。俺は彼女の恋愛をプロデュースする為に貴重な休日を預かった。ならやるべき事は…』
「大丈夫です。心配かけてすいません、『瑠璃さん』」
と葉は笑顔で答える。それを聞いた瑠璃は
「あっ、えっと、そうか。昨日から名前呼びになったんです…よね…」
とゴニョゴニョした声を出し、顔が赤くなっていた。
どうやら、自分で昨日、提案しておきながらまさかの対応していなかったのである。
『もー!!瑠璃さんー!可愛いけど、そういうところー!!!』
葉は心の中で悶々した気持ちを大声で叫んだ。
ジムに行く前から多少の疲労感を感じた葉であったが、瑠璃と二人暖かな、むしろ少し暑いくらいの陽の光を浴びながら、目的地のジムに向かっていた。
「良い天気ですね。こんな日は公園でお弁当を食べると最高ですね」
「そうですね。本当に雲一つないいい天気ですねー」
『うわー、良いなー、それ。瑠璃さんのお弁当なら絶対美味いからなー。今日、そっちにすれば良かった…』
葉は心の中でピクニックしている二人を思い浮かべ、悲しい気持ちになったが、あいにくと落ち込んでいる暇は無かった。
彼には瑠璃に素敵な王子様を紹介する為、少しずつでも恋愛プロデュースのプランを進めなければならなかった。
「そう言えば、すいません、瑠璃さん。貴重な休日をこんな事に使ってしまって」
葉は申し訳なそうに言う。
それを聞いた瑠璃は少し驚き、そして、彼の謝罪を否定する。
「そんな!謝らないで下さい。私の為に葉さんの貴重な時間を使ってくれているのだから、むしろ、お礼を言うのは私の方です」
瑠璃は彼の前で掌を前にして、慌てる。
それを見て、葉はなんだか微笑ましい気持ちになった。
「そう言って貰えて嬉しいです。それに俺の事は気にしないで下さい。瑠璃さんには言っちゃいますけど」
葉は少し照れ臭そうに、頰を人差し指かきながら言う。
「俺、ジム通い趣味なんですよ」
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