瑠璃さん、外にでましょう!

夢見さん、手をつなぎましょう

「夢見さん、手をつなぎましょう」


 急に彼から真顔でそんな事を言われ、出来立てのカレーを食べるのに夢中だった美女は慌てて否定する。


「い、いくら葉さんでも恥ずかしいから嫌です!」


 それを聞いて、彼ははぁ。と溜息をつく。


「いや、俺とじゃ無くても良いんです。とにかく男の人と手を繋げられるように―」


「えっ?葉さん以外の男の人なんですか?なおさら嫌です!」


 美女は、今度はきっぱりと断った。

 それを聞き、彼は頭を抱える。


『もう、キスの手前の段階ですらこの状況か…。これはちょっと厳しいな』


 彼は目の前の美女をチラリと見る。

 彼女はとても美味しそうカレーを食べている。本当に幸せそうだった。

 その姿を見て彼は、美味そうに食べてくれるなぁ。と小さな幸せを感じる。


 彼女の名前は『夢見瑠璃』

 つい最近、彼―『金木葉』が出会ったおとなりに引っ越してきた美女だ。

 そして、訳あって彼は彼女の恋愛プロデューサーとして活動することになっている。


 なっているのだが…


『しかし、夢見さんの夢、素敵な人と恋をする。を叶えるためにプロデュースする事になったけど、まさかここまでおぼこ娘とは…。本当に夢見さん、サキュバスなのかな?』


 そう、彼女は素敵な人と恋人になる。という夢を叶えるためにこのアパートに引っ越してきたが、今まで男性とまともに話した事すらない超おぼこ娘なのである。

 更に本人が好む好まない関係無く、異性を催淫してしまう能力があるサキュバスと人間の混血女子でもある。


『でも、俺が提案している第一ステップは恋人を作る上でも、そして、作った後でも重要な事だ。これをクリアしない事には恋人なんて…』


「葉さん」


 突然、瑠璃に話しかけられ葉は、はい!?と上ずった声で返答してしまう。

 彼女は彼をまっすぐ見た後、にへーと笑って言った。


「大家さんの言う通りです。本当に美味しいですね。葉さんのカレー。食べられて、良かったぁ」


 そう言って彼女は満面の笑みを葉に向ける。

 それを見た彼は自分の顔が急速に熱くなるのを感じた。


『ぐっ、可愛い。もう説教する気にもならない。仕方ない作戦会議はこれ食べてからにするか…』


 そう思って彼も自分の作品を口に運ぶ。美味い。我ながら良い出来だと感じながら、自分よりももっと幸せそうにカレーを食べる目の前の美女をチラチラと見ていた。




「ごちそうさま」

「ごちそうさま」


 二人は食事を終えた後、瑠璃の淹れたお茶を飲みながら和んでいた。

 しかし、葉の頭の片隅には彼女に先程、提案した彼のプロデュースプランが諦められないでいた。


『さて、どうしよう。これから夢見さんの恋愛プロデュースを進めていくにあたってさっきのステップはどうしてもこなしていきたい。でも、あの様子じゃ理由すら聞いてくれ―』


「…なんで、手を繋ぐ。何ですか?」


 瑠璃の突然の発言に葉が驚いた表情をする。

 彼女は少し恥ずかしそうな表情をしながらも彼の返答を待っている様子だった。彼は少し考えながらも彼女に答える。


「そうですね。理由は色々ありますが、手をつなぐという事は恋人ができた時のファーストステップであり、単純に異性に慣れてもらう面でももっとも簡単に挑戦できる行為だからです」


 瑠璃はそれを聞いて、えぇー、そんなの無理そう…。という顔をする。

 そうくると読んでいた葉は自信をもってその理由を述べる。


 「『手を繋ぐ』と表現しましたが、握手でも大丈夫です。夢見さんのエナジードレインの心配もありますが、貴方のような人の手に触れられるなら相手も本望でしょう?ぶっ倒れても問題ありません」


「葉さん…今ちょっと姉と同じ黒い影が見えましたよ」


 瑠璃は姉の悪巧みをしている時の顔と葉の今の笑顔が重なってみえた。


「でも、私…男の人と会話も無理なのになぜそれからスタートなんですか?」


 と瑠璃は怪訝そうな顔をする。不安を感じる彼女に対して、少し考えて葉は質問に答えた。


「そうですね。その手を繋ぐ事ができる男性かどうかがあなたの恋人選びの一種のテストにもなるからです」


「一種のテスト…?」


 彼女の頭の上の?マークが更に増える。

 そんな彼女に対して今度は葉から質問が飛ぶ。


「夢見さん、貴方はどういう人と恋人になりたいんですか?」


 急な問いかけに対して彼女はえっ?と答えて、そのまま黙ってしまう。

 その反応を予想していた葉は内容を変え、再度瑠璃に問いかけた。


「…質問を変えましょう。例えば、夢見さんが話をして緊張しないし、ドキドキしない。更に真面目で仕事もできて、顔も整った男性に出会えたとします。それは良い事じゃないですか?」


「そう…ですね。それは素敵な人だと思います」


「ですよね…」


 そう言って彼は少し言うのを迷った様子を見せたが、彼女に問いかけた。


「じゃあ、俺がその人があなたの恋人候補に最適ですって言ったら納得できますか?」


「えっ?それは、その…」


 彼女は少し困って、そして、考える。

 しばらくすると、その答えが返ってくる。


「それは、その、何となくですが、違う気がします。恋人って確かに一緒にいて落ち着くとか、話しやすいとかも重要ですけど、それだけではダメで…もっと大切な何かが必要だと思います」


 瑠璃はおずおずと答える。それを聞いた葉は彼女に軽く微笑む。


「夢見さん、俺も貴方と同じ考えです。俺もそんなに恋愛経験は多くはありませんが、一つ言えることは俺も単に話しやすいとか一緒にいて落ち着くってだけで、その人を好きになったりはしなかったです」


 彼女は彼の話を真剣に聞く。その一途な表情をみて、彼も話に力が入る。


「人を好きになるって、その人の事を考えると嬉しかったり、不安になったりと表現悪いんですけど、情緒不安定になるんですよね。でも、だからこそ、それが両想いになれた時はとてつもなく嬉しいし、人生が楽しくなる。…と思います」


 もう二年も恋愛の舞台から離れた自分が言うセリフでは無いかもしれない。

 それでも、彼は伝えたかった。人を好きになる事の楽しさや苦しさ、そして、それが叶った時の嬉しさを。

 そして、そんな彼の気持ちがわかっているからこそ目の前の女の子は彼を真っ直ぐ見て話を聞いていた。


「で、話は戻りますがこれから夢見さんは恋愛するにあたって数多くの男性と会うと思います。その時に大事にして欲しい感覚が二つあります」


「二つ…」


 彼女の呟きを聞いて、葉は無言で頷く。


「まず一つは『その人と手を繋ぎたいか?』、二つめは『その人の掌に触れてドキドキしたか?』です」


 彼の提案を聞いて、彼女はふむ。と顎を手に置く。


「一つめは言ってしまえば簡単な足切りです。夢見さんがお話ししたくない!とか触れたくない!とか思った男性はガンガン切って下さい。それがどんなにお金持ちやイケメンでもです」


「ずいぶん、乱暴な気もしますけど何となく理由はわかります。何というか進展ないのにお互いの時間が勿体無いというか…」


 葉はその通りと言わんばかり、頭を縦に振る。


「そうです。彼らは夢見さんと少しでもお近づきなりたいかもしれないけど、あなたが嫌だなって思った時点で進展は0%です。だから、すぐに切って下さい。それが優しさです。断り方とかは、姉から聞いている方法を伝授します…」


 葉は、にがーい記憶を思い出す。


 彼の姉から女の子から『こんな感じで対応されたら、あんたは恋愛対象外。おとなしく身を引け』と散々教えられたからだ。

 そのため、彼は自然と相手に自分がどう思われているか何となくわかってしまうのだ。わからない方が幸せなのに。


「で、次ですが二つめはさっき言った実際にその人の手に触れた時のドキドキした感情度合で友達か恋人対象かを測定するテストみたいなものです。夢見さんの場合はドレインもあるから、本当にハンドシェイクみたいなもので良いです」


「恋人対象…それってわかるものなんですか?私、ほとんど経験ないのに…」


 葉はそれを聞いて少し微笑む。その返答に対して彼は彼女の不安を解消する答えを持っていた。


「逆ですよ、夢見さん。経験が少ないからこそ純粋に測定できるんです。色々な経験があると理性が本能を邪魔してがわからなくなる。それはある意味大人になるって事ですが…」



「恋愛なんて所詮、他人がその人にどんな良い人を進めても、本人の勝手で選んで、勝手に幸せになったり、不幸になったりするんです。だったら、最初から勝手やった方が後悔しないですよ」



 彼は苦笑いしながら答える。

 それを見た瑠璃は自分が悩んでいる事がくだらなくなってきて、思わず笑った。


「ふふ。葉さんの言う通りです。納得しました。手をつなぐテストの意味、そして、変に考えず自分の心に従って相手を選ぶ大切さが。今、教えて貰った事、しっかり覚えておきますね」


「はい。あっ、でも中にはそう言った感情を理解した上で言葉巧みに女の子を口説く男性もいるのでその辺りの精査はお任せ下さい。そこはプロデューサー役目ですので!」


「はい!お願いしますね」


 葉と瑠璃は互いに笑い合う。

 そして、少し笑った後に瑠璃が何か思い出したようにちょっと考え始め、そして、彼女の顔が少しずつ赤くなる。


「夢見さん、どうかしました?」


「さっき、葉さん言っていましたよね?手をつなぎましょうって」


「はい。言いましたね」


 言葉を続けようとして、彼女の顔は茹でられた蛸のようにドンドン赤くなっていく。葉はそれを怪訝そうな顔で見ていた。


「これはもし、もしもの話なんですが、葉さんと私が手を繋いだ時に、その、私がドキドキしたら…」


「葉さんも恋愛対象の男性って事ですか?」


「あー、そう言うことに…」


「てっ!えぇぇぇぇっ!」


 葉は思わず後ずさる。その考えは彼も予想していなかったからだ。

 しかし、瑠璃は恥ずかしがりながらも真っ直ぐ彼を見ており、その目は真剣そのものだった。

 そんな彼女の態度に対して、ふざけた返答を彼は出来ず、


「…じゃあ、手繋いでみますか?」


 こう言うしか無かった。

 それを聞いた彼女は無言で頷き、そっと人差し指を前に突き出す。


『…いや、これ手をつなぐというより宇宙人が始めて人間に触れるみたいな図だが』


 それでも、目の前の美女が恥ずかしそうに俯き、ぎゅっと目を閉じて差し出した手。無下にはできない。

 そんな彼女を見ていた彼も恥ずかしくなってしまい、少しずつ手を伸ばす。


 少しずつ、本当に少しずつその距離は縮む。

 お互いの指先は緊張がわかるくらい、震えている。

 二人は心臓の鼓動が早鐘を打つのを感じ、顔が少しずつ赤くなっていく事も感じていた。


 そして、もう少しでお互い指先が触れる瞬間―


「やっぱり、恥ずかしいですー!」


 葉の視野の外からビンタが飛んできた。

 景気の良い音を立て、彼は左方向に軽く吹っ飛ばされる。


「これが、見えざる左手っ…」


 葉は謎の言葉呟き、その意識はまた空に飛んでいった。

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