俺の理性が持たない!
二人はお茶で一息ついた後、また沈黙の時間を過ごしてしまう。
「…」
「…あの、葉さん?」
沈黙の間を破ったのは、今度は瑠璃の方だった。
「あっ、はい。何ですか?」
彼はまさか瑠璃から話し始めてくれるとは思わず、少し慌ててしまう。
瑠璃は申し訳なさそうな表情だったが、意を決したように、しっかりと葉を見つめ言葉を紡いだ。そして、それは意外な言葉だった。
「ごめんなさい!迷惑かけた上に、私の恋愛プロデュースなんて面倒な事に巻き込んでしまって」
彼女はテーブルに頭をぶつけるのではないかという程の勢いで頭を下げて謝罪した。
葉はそれを見て、少し焦る。
「そんな、謝らないで下さい。俺が勝手に言った事なんですから。むしろ迷惑かけたのは俺の方ですよ」
「でも、でもっ!お姉ちゃんとの事とか、それに私、葉さんにエナジードレイン二度もしているし、ここに来てから貴方をずっとトラブルに巻き込んでいます…」
『夢見さん、自分の体調の事、言い訳にしないんだな。本当にこの人は…』
葉はオドオドしながら下を向く、瑠璃を見て少し微笑む。
『そうだよ。自分の事より他人の事を考えるこんな人だから。俺はきっと、あんな危険な賭けに出られたんだ。だったら、言う事は一つだろ…』
「夢見さん」
「は、はい!なんでしょう…」
瑠璃の声はまだ不安が混じっていた。そんな彼女に葉は自信を持って伝えた。
「俺が貴方の体調を心配することも、貴方の恋愛をプロデュースする事も全部、俺がやりたい事なんです。だから、謝らないで下さい。むしろ、こんな俺のワガママを聞いてくれて本当にありがとうございます」
「葉さん…」
瑠璃はまだ戸惑っていたが、声が少しだけ明るくなっていた。
「実績も少ない、プランも未熟なプロデューサーですが、約束します!貴方をもっと素敵な女性に輝かせて、素敵な男性に巡り合わせる事を」
葉は彼女の目を真っ直ぐ見て、瑠璃にそして、自分に誓うように言った。
「貴方だけの素敵な王子様。一緒に見つけましょう!!」
瑠璃はそれを聞いて、一瞬、目が輝く。そして、少し俯く。
自分の演説ダメだったか…?と葉は少し焦るが、彼女が顔を上げて彼をみた時にその迷いは消えた。
彼女は目を潤ませ、そして、彼の心を奪った、あの笑顔で笑っていた。
「はい!よろしくお願いします!私だけのプロデューサーさん!!」
『私だけのプロデューサー…』
彼女の笑顔とその言葉のダブルパンチで葉の幸福感は一瞬でMAXの数値を叩き出し、結果、彼の脳はフリーズし、彼女から目が離せなくなる。
彼の顔が少しずつ赤くなっていき、瑠璃は目に溜まった涙を拭いながら、それを怪訝そうな顔でみていた。
「あの…葉さん?どうかしましたか?」
その声で葉の脳にまたスイッチが入る。
しかし、彼は自分の顔が赤く、熱くなってきていることに気づき
「あっ、えっ、いや、そうですね。はは…」
と適当な言葉を並べるしかできなかった。
葉はなんとか会話をつなげようと、話題になりそうな事を考え始め、彼の目に銀のボウルが映った。
「あっ、そ、そうだ!これ!鯖の味噌煮!凄く美味しかったです!」
彼はそう言うと、少し頭を下げて、銀のボウルを彼女に返した。
それを受けとった瑠璃は器を持ったまま喜ぶ。
「良かったぁ。久しぶりに作ったから少しだけ不安だったけど、そう言って貰えて」
葉はなぜか、彼女の喜ぶ顔が直視できなかった。
それと言うのも、少し前から彼女を見ると妙にドキドキしてしまうからであった。
『なんだ?夢見さんが可愛く見えて仕方がない。いや、元から可愛いけど今はなんか輪をかけて魅力的に見える』
また、葉は少し前から部屋に甘い香り漂っている事に気付いていた。
それは数日前に自宅のベランダで香っていたものと同じ、いや、それ以上に魅力的な香りだった。
『さっきから感じている、この匂い…。恐らく夢見さんから、だよな、やっぱり。でも、今はそれを聞いている余裕が無い。早く何か話題を変えて、この部屋から出るきっかけを作らないと…』
『俺の理性が持たない!』
「あ、あの夢見さん!夕ご飯ってもう食べました?」
瑠璃は少しキョトンとしていたが、腹部をさすって自分がまだ夕食を食べていないことを思い出した。
「そう言えば、まだです。今日の献立もまだ決めていませんでした」
「なら、昨日の鯖の味噌煮のお礼も兼ねて俺、何か作りますよ!で、良かったら夢見さんの食べたいもの聞きたいなと思って…」
それを聞いて瑠璃はまた花の咲いたようにパァっと笑顔になる。
「本当ですか、葉さん!あっ、でも、やっぱり悪いですよ…。葉さんのご迷惑になってしまいます」
「良いんですよ!あんなに美味しいもの食べさせて貰ってお礼しないなんて、バチが当たります。これも俺が勝手にやりたいことです。あとは夢見さんが決めてくだい」
そう言うと彼女はしばらく考えたが、
「なら、ぜひお願いします!葉さんの手料理、大家さんから聞きましたけど、凄く美味しいって!私、葉さんの手料理でどうしても食べたいものがあるんです!」
瑠璃の声量は明らかに大きくなっている。その様子からいかに彼女が葉の手料理の心待ちにしていた事がわかり、彼もそれを見て嬉しくなる。
「なら、俺、ちょっと自分の家から材料とってきますよ。あっ、台所お借りしても良いですか?」
「はい、よろしくお願いします。あっ、葉さん、ごめんなさい…。私、その料理、あるものと一緒じゃ無いと食べられなくて…。ちょっとコンビニで買ってきます」
そう言って、瑠璃は立ち上がって、タンスから黒いズボンを取り出し、部屋を出ようとしたが、
「あっ…!?」
少しよろけて転びそうになる。
「夢見さん!?」
葉は彼女がまた体調不良でよろけたと思い、とっさに彼女の腕を掴んだが
「きゃあっ!」
「どわっ!」
二人はもつれ込む様な形で一緒に転んでしまった。
そして、葉はうつ伏せで上に瑠璃は仰向けで下に重なり、二人は少し間、痛みで動けなかったが、
「ご、ごめんなさい。夢見さん、今すぐどき―」
ドクンッ!
『えっ?なんだ、コレ?動けない…。夢見さんから離れられない』
葉は自分の目の前にいる女性から目が離せなくなり、いけないとわかっていても、そこから離れる事が出来なくなっていた。
葉は考えていた。
どうしてこういう状況になってしまったのか?
『やべぇ…早く退かないと。でも…』
彼の体は今、アパートの廊下の床に両肘で体を支えて、肘立て伏せの様な状態になっている。
その下には一人の女性がいた。
彼女の名前は夢見瑠璃。少し前に知り合ったお隣さんで、彼の恋愛プロデュースのクライアントだった。
「あ、あの、その…」
彼女の顔は羞恥心で耳まで赤くなっていて、少し涙目になっていた。
その表情が葉の加虐心を増幅させていた。
更に彼女の格好も彼に変なスイッチを入れる要因となっていた。
上に来ている白のワイシャツはさっき倒れた時の衝撃でボタンが外れており、彼女の豊かな胸の谷間、臍が見える状態になっている。
陶器の様な白い太腿はよりにもよって葉の股下に有り、彼女が少しでも動けば彼の内腿に当たるような位置にある。
そして、ちょっと前に入浴したのか、濡れて艶のある髪が床に咲く様に広がっており、そこからはシャンプーのいい香りが漂う。
まるでドラマや映画のラブシーン前の様だった。
『いや、マズいって…俺。早く退かないと犯罪者だぞ…いや、でも、』
葉は何故かそこから動けなかった。
それは彼女の放つ『香り』が彼の脳を麻痺させていた。
それは彼女の体や髪から発せられる化粧品の香りで無く。もっと、強力な、しかし表現出来ない様な甘い香りだった…
「…あの、私、」
彼女が口を開いた時、甘い香りが強くなる。
葉は目がチカチカし始め、そのまま目の前の美少女に飛び込みたくなる。
「夢見さん、俺…」
彼の我慢が近くなり、少しずつ荒くなる彼女の吐息が出でいる場所。
彼女の口に彼は自分の唇を近づけてようとする。
「ダメッ…。んっ…、よう、さん…」
彼女がぐっと目を閉じる。そこから、一筋涙が流れる。
そこで彼は思い出す。
あぁ、こんな事、前にも会ったな…
あの時もあの子は泣いていったけ…
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