あなたへの罰ゲーム、それはね…

「真珠さん、俺は本気で夢見さんの夢を叶えてあげたいと思っています。そりゃ、初めて話すような男に大事ないもう―」


『もう、大丈夫よ。葉くん。あなたの熱意も十分に伝わった』


 スマホから彼女のふぅー。という息を吐く音が聞こえた。


『瑠璃の事、よろしく。こんな言い方をしていても私にとって大事な妹なの』


「はい。わかっています」


 葉は瑠璃の方を向く。

 彼女はそれに気づき、涙を拭いて、首を縦に振る。


「お姉ちゃん、私、頑張るよ。ここで夢を叶えるよ」


『そう。期待しているわよ』


真珠の声は嬉しそうだった。それを聞いて、二人の顔も自然と綻んだ。


『ただし、条件があるわ。いくら貴方が真剣にプロデユースしてくれると言っても、大事な妹をタダで預けるのは、姉としてなんか納得できない』


『うっ、確かに。いくら、俺の気持ちが本気でもただの隣人に妹の人生をかけるのは大きな決断だ』


 それでも、葉はハッキリと自分の意思を伝えた。


「わかりました。その条件教えて下さい」


『そうね。まず、期間は半年。その間にそこのおぼこ娘が男にキスできる位の女性に仕上げて』


「えぇ!無理だよ!レベル高すぎない!?」


 葉はそれを聞いて、少し頭が痛くなる。


『夢見さん…あなた、恋人を作ろうとしているんですよ?お姉さんの性格からいって、この条件は優しいほうだと思いますよ…』


 と思いつつも、目の前にいるのはサキュバスのくせに男性経験値ゼロの超おぼこ娘。葉は彼女を傷つけないようにハハハ…と笑うしかなかった。

 しかし、彼女の姉は葉ほど優しくなかった。


『葉くん、本当に大丈夫?このおぼこ娘、こんな事言っているわよ?あなた負け確定のギャンブルに大金かけているようなものよ?』


「い、いや、大丈夫です!俺でもなんとかなったんですから、夢見さんならきっとやれます!」


『たぶん…たぶん、大丈夫だ!』


 瑠璃の方はうぅー。と言って、また枕に顔を埋めている。

 葉はそれを見て『ちょっとヤバいかな…』と思ってしまう。


『まぁ、良いわ。さっき言った約束が守れなかった場合、葉くん。あなたには罰ゲームを受けて貰うわ』


 葉は自分の顔に一滴、冷や汗が垂れるのを感じた。

 瑠璃が不安そうな顔で彼を見つめる。

 彼は揺らぎかけた決意をまた強く固め、真珠に伝える。


「大丈夫です。どんな事があっても俺は夢見さんを信じます。どんな罰ゲームだってかかって来い!です」


 それを聞いて真珠はヒューと口笛を吹く。

 瑠璃は枕をまた強く抱きしめつつ、葉を見ていた。


『あなたへの罰ゲーム、それはね…』


 葉はじっとスマホを見つめる。

 瑠璃は緊張に耐えきれず、テーブルの上にあった茶碗を手に取り、残っていたお茶を口に運んだ。


『私と一夜共にしなさい』


 ブッゥゥゥーーーーー


 瑠璃は盛大にお茶を吹いた。




「な、な、な、何言っているの!?お姉ちゃん!」


『あら、サキュバスらしい素敵な罰ゲームじゃ無い?それに葉くんも美女と一夜できるんだから、損は無いと思うけど?』


「…」


 葉は固まっていた。

 彼は色々な罰ゲームを考えて覚悟もしていたが、まさか、それが自分と一晩過ごせ!だとは思わず、思考がフリーズしてしまっていた。

 何も言わない葉の代わりに瑠璃が必死に女王様につっこみを入れる。


「だいたいお姉ちゃん、彼氏さんいるじゃ無い!それ浮気だよ!浮気!いけない事だよ!」


『あら、人間なら浮気だけどあいにく私はサキュバスとの混血。人間界のルールは通用しないわ!』


「そうじゃなくて、倫理の問題!彼氏さん、かわいそうじゃない!」


『ふふ、サキュバスに人の倫理を問うなんて…。瑠璃も短期間でだいぶ人間界に染まってきたわね!』


「お姉ちゃんが非常識なの!おかしい人なの!」


 瑠璃と真珠の姉妹漫才が続く中、葉は完全に蚊帳の外だった。

 二人の会話がヒートアップする手前で彼は何とか自分の言葉をねじ込んだ。


「だ、大丈夫ですよ、夢見さん!要はあなたの夢を叶えればこっちの勝ちです。俺は元々罰ゲームなんて受ける気は無いです。一緒に勝ちましょう!」


「葉さん…」


 瑠璃から不安な表情は消えない。スマホから真珠のニヤついた声が聞こえる。


「ほらー、葉くんもこう言っているし、その条件で行きましょうよー」


 瑠璃はしばらく考えていたが、


「やっぱりダメです!」


 それでも、なお否定的だった。


『そうだよな…自分のせいで実の姉が知らない男と寝るなんて耐えられないよな…。あれ?でも、これ普通条件出す方、性別が逆じゃないか? でも、相手はサキュバス…。いや、混血…。あれ、俺なに言ってんだ?』


 葉が自分の言っている事が良く分からなくなっていると、瑠璃が話し始めた。


「私だって、葉さんが協力してくれるなら頑張りたいし、レベルアップして、お姉ちゃんを安心させてあげたいと思うよ!でも、キスはレベルが高いよ!」


 葉は苦笑いするしかなかった。瑠璃の熱弁は続く。


「それに私だって葉さんもその、男の人だからそういう事に興味があるっていう事もわかるし、そういった事が好きでも我慢できるもん…。ほんとは嫌だけど…」


 葉は彼女の意外な独占欲を聞けて、ちょっと嬉しくなったが瑠璃が次に紡いだ言葉を聞いて、青ざめる事になる。


「でも、お姉ちゃんとはダメなの!姉妹だから嫌っていうのもあるけど、普通の男の人がお姉ちゃんと一夜過ごすと…」


「最悪、死んじゃうもん!」




「…えっ?死ぬってどういうことですか?」


 葉は一瞬、思考が停止してしまっていた。

 瑠璃は少し恥ずかしそうな顔をして、姉の事を語り始めた。


「お姉ちゃんは私とは真逆のサキュバスでその、エッチに対して積極的なタイプなんです…」


『そりゃ、これだけ下ネタポンポン言う人なら何となくわかる気もするが…』


 と葉は思ったが、それを口に出すことは無く、心の中に押し込んだ。


「でも、誰彼構わずって訳でも無くて、自分が本当に魅力を感じた人だけ手を出すんです」


「…」


『へぇー。えっ?!待って!それなら、俺、真珠さんに魅力的だって思われているの?』


 葉は少し顔が緩みそうになったが、頭にさっきの瑠璃の言葉、というワードがでかでかと出たので、一瞬で真剣な顔に切り替えた。


「でも、お姉ちゃんのその、夜の姿は、普通のサキュバスよりも、その、凄くて、だいたいの男の人は一夜過ごすと木乃伊ミイラみたいになるって噂されているんです!」


 瑠璃の言葉の後半はもう半分ヤケクソになっていた。

 葉はだんだん自分の置かれている状況が笑い話になってない事を理解し、苦笑いするしかなかった。


「ついた二つ名が『竿折り姫』『胡桃枯らしの女王』とか我が姉ながらとんでも無いものばかりなんです。今の彼氏さんだって、強靭な肉体と精神を持つ人ですが、それでも、姉と一夜過ごした日はげっそりしていたってお姉ちゃんから聞きました」


 葉はいよいよ目眩がしてきた。

 少し前まで美女との一夜なんて甘い考えが少なからずあったが、相手は混血とはいえサキュバス。

 命がけの一夜である事を改めて理解し、少し前に感じた喜びは大きな翼を広げてどこか葉の知らない所へ飛んでいった。


『ふふ。流石、私、自分の知らない所でそんな大層な肩書きを得ていたなんてね』


 こんな不名誉な通り名がついているのに、何故か真珠の声は不敵だった。


『あっ、そうそう、るーりー。後であんたにその二つ名吹き込んだ奴教えて。…始末しとくから』


「ひっ!人殺し、いや、サキュバス殺しはダメだよ…お姉ちゃん…」


 『あっ、やっぱり気にしていたのね』と葉は思った。


『はぁ。まぁ、良いわ。でもね、瑠璃。私は大事な妹を今日話したばかりの男の人に預けるのよ。その覚悟くらい、試しても良いんじゃない?』


「でもっ、でも…」


 瑠璃はそれでも反論する。

 葉の事を信じてはいるものの、万が一でも彼に危害が加わらない自信が無い。


 そんなどこまでも優しい彼女の気持ちが葉には痛いほど伝わった。

 だから、彼は再度、自信を持って真珠、そして、瑠璃に伝えた。


「大丈夫ですよ、夢見さん。さっきも言ったけど、俺は元々素敵な貴方をもっと輝かせる自信があります。二人で見つけましょう!貴方だけの王子様を!」


「葉さん…」


 瑠璃の不安そうな表情は少しだけ明るくなった。スマホからも真珠のニヤついた声が聞こえる。


『あらあら、自分の命がかかっているのにお熱いこと。…でも、ありがとう。葉くん。貴方の覚悟しかと受け止めたわ。約束して。その子に素敵な王子様を紹介してあげて!』


「はい。もちろんです」


『うん。良い返事!じゃあね、瑠璃!頑張ってね!私も応援している!』


 彼女は満足そうな声で瑠璃に別れの挨拶を済ませ、通話を切った。


 葉と瑠璃はお互いヒートアップした会話の熱がなかなか取れなかったが、


「あの、葉さん。とりあえず…」

「そうですね。とりあえず…」


「お茶飲みます?」

「お茶下さい」


 息ピッタリで似たような事を良い、二人は笑い合った。

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