この言葉を待っていたのかもしれない

『瑠璃の恋愛をプロデュース?なるほど、なかなか面白い提案ね』


「はい。プロデュースなんて言っていますが、その実は夢見さんがもっと前向きに恋ができるように俺がプランを作って、それを実行してもらう作戦です」


『ふむふむ、面白そうね。で、具体的に可愛い妹をどうするの?』


「そうですね。まずは、段階を踏んで男の人と接していって貰います。その間にも会話や笑い方などコミュニケーション能力のアップ、服装や髪形などの外見を更にグレードアップ。後は出会いの場に出向いて、素敵な男性を…」


『あぁ、もう大丈夫。予想以上に具体的なプランができているからそこは心配ないみたいね。でも、葉くん。あなた、誰かの恋愛をプロデュースした実績はあるの?』


「ありません。ですが、この方法である程度の成果が出ている事は検証済みです。というか、実際に変化があった人物を知っています」


『へぇ、それは誰?』


 葉は真珠の質問を受け、自分の胸に親指を立て自信満々に言う。


「俺です」


 瑠璃は目を丸くして驚き、真珠はへぇ。と声を上げる。


「俺は夢見さんの様に素敵な人ではありません。ですが、姉の指導によって全くモテない男の子から意中の異性が振り向いてくれるレベルまでは進化できるようにはなりました。俺の場合は素材が平凡なので時間がかかりましたが、夢見さんのような美人さんならもっと早く結果がでると思います」


『ふむ、興味深い内容ね。具体的なプランな上に実績もある。か…。確かに面白いわ。でもね、一つだけ問題がある。瑠璃のエナジードレインの件はどうなるの?』


 やっぱり、そこか。と葉は思った。

 瑠璃はそれを聞いて不安そうな顔をするが、葉には解決策があり、それを迷わず答えた。


「夢見さんに恋人ができるまでは僕からエナジードレインして貰って結構です。プロデューサーとして、クライアントの健康を維持する事も仕事に入っていますから」


 瑠璃はそれを聞いて、えぇ!と驚き、スマホからは、ほう。と真珠の感心する声が聞こえた。


『どうやら、本気で瑠璃の恋愛をプロデュースするみたいね…』


「はい。俺は本気で夢見さんの初恋を最高のものにしたいと思っています」


『ふぅん…』


 真珠は葉の提案に対して興味はあるが決断を踏み切れないでいた。

 それは彼女が葉の行動に対してあと一つの疑問点があり、それが解決できていないからである。


 一方、葉も真珠がこの提案を前向きに考えてくれている事はわかっているが、彼女が即決しない理由は自分の行動に対してある疑問点があるからだろうと思っていた。

 そして、彼は真珠からそれを伝えられるのを持っていた。


『いいわ、葉くん。そのプラン。でもね、最後に聞かせてほしい事がある』


「なんですか?」


『そこにいる私の妹は貴方にとって。そんな人の願いを自分の時間と体力を削ってまで叶えてあげたい理由はなに?』


「…」


 やっぱり。と葉は思った。


 そう。二人は家族でもなく、親友でもなく、ましてや、恋人ですらない。


 二日前にあったばかりの。それだけの関係だ。


 更に葉のやろうとしている事は彼女に『恋人を作ってあげる』事。

 『彼女の恋人になる』という事であれば、彼にも大きなメリットはある。


 しかし、葉のやろうとしている事はただの慈善事業。

 彼にとって得になることなどほとんど無い。

 人によっては頭のおかしい奴だ。と罵られても何も言えない。


 瑠璃も真珠と同じことを思っていたため、不安そうに葉の顔を見た。そんな、彼の顔は


『葉…さん?』


 微笑んでいた。そして、その瞳からは何かを決意したように真っ直ぐと真珠の声がする方を見ていた。

 瑠璃は不思議とその顔から目が離せなくなっていた。


「そうですね。僕が夢見さんの恋人になりたい。って、いう理由だったらここまで頑張るのは変じゃない。でも、僕がやろうとしている事はむしろその真逆。度の過ぎたおせっかいみたいなものですよね」


『そうね。下心があるなら、私もその行動原理は理解できる。まぁ、その場合丁重にお断りしたけど。でも、貴方のやろうとしている事は最終的には貴方に何も返ってこない可能性の方が大きい。それなのに、ただのおとなりさんにそこまでする理由はなに?』


「…」


 葉は考えていた。

 これから話すことは自分の恥の歴史。

 それを伝えたところで、真珠がこのプランを百パーセント承諾するわけではない。


『でも、それでも…』


 葉は瑠璃の方に視線を配る。

 相変わらず彼女は不安そうな表情だった。

 しかし、その表情を見て、彼の決心は固まる。


『俺はこの人の前で嘘をつきたくない』


「真珠さん。俺の初恋は苦い経験で終わってしまったんです」


『…』


 真珠は何も言わなかった。

 そして、彼の後ろで話を聞いていた瑠璃は枕を強く握った。


「それだけなら、まだ良い。自分が辛い思いをしただけだから。でも、俺はその反省を生かせず、よりにもよって『俺の事が人生で初めて好きになった人だ』と言ってくれた女の子まで泣かせてしまった」


『葉さん…』


 葉が辛い過去を吐露するたびに、何故か瑠璃も心が痛んだ。

 しかし、今もっとも苦しい時間の中にいるのは彼であり、自分はその手助けすらできない事を彼女は理解していたので黙って話を聞く事しかできなかった。


「俺はそのまま、男女の恋愛の舞台から身を引きました。いや、違うな。逃げ出したんだ。何も、何一つ片付いていないのに…」


『…』


「真珠さん。人から言えば他人の最初の恋なんてどうでもいい事かもしれません。でも、俺は人生で本気の恋を二つも失敗して次に踏み出せないでいる。それはもはや、呪いみたいなものです」


『…』


 瑠璃はじっと葉の顔を見る。枕を握る力が強くなる。


「でも、夢見さんは俺が勝手に諦めて逃げ出した舞台に一生懸命立とうとしている。何時間もかけて、沢山の努力をして、自分の命まで懸けて」


「葉…さん」


 瑠璃の目からまた涙が溢れてくる。葉の顔が少しぼやけて見え始める。


「これは俺ができなかった事を勝手に夢見さんに押し付けているだけかもしれない。でも、俺は、こんなに恋愛に対して頑張っている人の最初の恋が呪いで終わってしまうのが嫌だ!俺は、俺は…」



 それはかつて葉が目指していたはずなのに、少しの間違いで、呪いになってしまったモノ。

 そして、諦めて捨ててしまったモノ。


 その呪いはこれからも彼を苦しめるかもしれない。

 けれど、今、ここにいる女の子はかつて自分の捨てたモノをずっと大事にして、そして、それを叶える為にきっとたくさんの努力をしたのだろう。


 だから、彼はそれを叶える手伝いがしたかった。

 それが、彼に何も与えなかったとしても。


 目の前の女の子が自分の降りた舞台で輝く姿が見たかった。


「俺は夢見瑠璃さんに最高の恋愛をして欲しい!!」


「よう、さん…」


 その一言を聞いて彼女は涙を止める事が出来なくなった。

 そして、彼女は思い出していた。


 大好きだった、今は星になってしまった祖母の事を。


『あぁ、そうだ。おばあちゃんからいなくなった時から私は心のどこかで期待しなくなっていた。でも、ずっと、ずっと、この言葉を待っていたのかもしれない』


 彼女も葉ほどではないが心のどこかで諦めていたのかもしれない。

 自分がどれだけそれを願っていても、いつもほんの少し手が届かない。

 それが積み重なればどんな人でもその夢はただ辛いものになる。


 そして、周りはその努力に対して応援から心配、そして、否定に変わっていく。

 それがたとえその身を心配する家族であっても。


 けれど、今ここにいる人物は、彼女がずっと否定され続けていた夢を自分の損得顧みず応援してくれると言ってくれた。

 彼女は望んでいた。

 いつか、祖母と同じように自分の夢に対してこういってくれることを


『あなたの夢は叶うよ!だから、諦めないで!!って』


 瑠璃は何度も涙を拭うが、それは止まらなかった。

 けれど、泣きながらもその瞳は葉を見ていた。


 彼は彼女に気づき困った顔をして微笑む。

 それを見て瑠璃も笑った。


 その笑顔は葉がこれまで見た彼女の笑顔の中で一番輝いて見えた。


 恋愛の舞台から降りた王子様は、田舎から出てきた純粋無垢な少女をお姫様に大変身させるために走り出した。



 今、ここから。

 その物語は紡ぎだされた。

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