俺が夢見さんのはじめての恋をプロデュースします!

「恋する事って、それって恋人作りにきたって事ですか?自分の命が危ないのに?」


 瑠璃は恥ずかしそうに頷く。

 しかし、その目に迷いは無く、彼女の言っている事が冗談では無いと葉は感じた。


『夢見さんが自分の命を懸けてまでしたい事って恋愛?でも、彼女ほどの美人なら良い人なんてすぐに見つかるのでは?』


 とそこまで考えて葉は思った。そして、それを確認するために真珠に質問する。


「真珠さん。さっき言った三つの方法の最後、もしかして、夢見さんの夢が叶う。って、事じゃないですか?」


 真珠は少し黙った後、ふぅー。と息を吐き、答えた。


『えぇ、そうよ。それができれば、そもそもさっきの二つの方法なんて選ぶ必要が無いの』


 やっぱり。と葉は思い、続けて、真珠に質問する。


「という事は、夢見さんにとって三番目の方法、つまり、その夢をかなえる事はそんなにも難しい事なんですか?」


 彼は瑠璃の顔を見る。

 彼女の表情は少し暗かった。

 

『葉くん、その子に恋人がいたこと無いって言ったけど、それは正確に言うと少し意味が違うの』


『意味が違う?』


 葉は怪訝そうな顔する。


『その子はね、ここに来るまで自分の父親以外の異性にほぼ関わった事が無いのよ』




「異性に触れたことが無い?で、でも!俺と初めて会った時あんなに堂々としていたじゃないですか!」


 葉は瑠璃と会った時を思い出す。

 彼女は大人の雰囲気を漂わせ、余裕のある素敵な挨拶をしてきた。そのレベルのコミュニケーション能力があれば、素敵な恋人なんていくらでもできるはずだと葉は思った。


『それはね。その子の努力の証。数年前までは異性が現れただけで泣く、気絶する。と、とてもじゃないけど、恋人を作る以前の問題だったのよ』


 彼女の方を見るとベッドの枕で顔半分を隠し、眉はハの字で申し訳なさそうに縮こまっている。真珠の言っている事に嘘は無いという証拠だった。


『しかも、異性と言っても単に男性っていう意味ではないの。その子はと名の付く動物からほぼ隔離されて生きてきた女の子。超おぼこ娘なのよ』


「そこまで、酷くないよ!そりゃ、ちょっと気合を入れないと初めての男の人との会話なんて無理だけど…」


『あら、言うわね。じゃあ、瑠璃。聞くけど、葉くん以外で初めて会った男の人と最大でどれくらい会話できるの?』


「…。あっ、ウソ、ウソ!位かな?」


『…ほら、このレベルよ?初めて恋愛でまともな付き合いができると思う?』


 真珠は呆れた口調で言う。瑠璃はぐぅ…。と言って、悔しそうに枕をギュッと握りしめる。

 それ見ていて、葉は思った。


『確かにこのままだと、夢見さんに初めて好きな人ができても、彼女が恥ずかしくてビンタして終わるか、または、男が辛抱できずに彼女を襲ってドレインされて終わるかのどっちかだな…。でも…』


『葉さん、私の夢は素敵な人と恋する事です』


 葉は先程の彼女の言葉、それを言った時の表情を思い出す。

 困った顔をしつつも、その目には強い意志があった。

 それだけ、彼女は真剣だった。自分の命を懸けるほど。


『瑠璃。貴方が今日までたくさん努力をしてきたことは横で見ていた私だって理解している。でもね、もう時間が無いの』


「で、でも!こっちで魔力を補給する方法さえ見つかれば、素敵な人を見つける時間だって作れるはずだよ!」


『無理よ。貴方の言う方法って、せいぜい魚の白子を食べる位だったじゃない。そんなものじゃ、そっちで活動するエネルギーの足しにもならないのよ。それに貴方のもう一つの問題だってまだ完全に解決したわけじゃないのよ!本当はこんな事言いたくないけど…』


 真珠ははぁ。と溜息をついた後、決心のついたハッキリとした声で瑠璃に告げた。


『夢を諦めるか、はじめての恋を諦めるか。今の貴方にはその二択しか無いのよ!』


 ズキッ…


 その一言を聞いて葉の胸に何かが刺さった。


 思い出すのは自分のはじめての恋と、自分の事をはじめて好きになった人だと言ってくれた女の子の事。


 この二つを思い出す時、彼の胸はいつも苦しくなっていた。


「…やだよ」


 絞り出すような声で瑠璃が言う。

 枕を抱きしめ、顔の半分を隠しているが、その目からは大粒の涙が流れていた。

 葉は彼女の泣いている顔を見て、ただ胸が痛かった。


「ずっと夢だったの。おばあちゃんからその話を聞いた時、この夢を叶える為ならどんな事でも頑張ろうって。だから、私、簡単には諦めたくない!」


 彼女は枕から手を放して、泣きながらもはっきりと真珠に伝えた。

 その目にはさっきほどと同じ、いや、それ以上に強い意志が瞳に宿っていた。


「私、サキュバスの混血だからなんて理由で自分の『はじめての恋』を簡単に諦めたくない!!」


 ドクン…


 それを聞いた時、葉は自分の胸が熱くなるのを感じた。


 他の人から見たら、その夢は嘲笑され、貶されるかもしれない。

 自分の命を懸けてまでやることか?と


『大好きな人と素敵な恋をする』


 それでも、それを叶える為に彼女はここまで来た。自分の命が危うくても。

 そして、それは葉が数年前に捨ててしまった思いであり、叶える事も、叶えさせてあげる事もできなかったものだった。

 そして、今、その夢を諦めたくないと言っている女の子がいる。


『考えろ、金木葉!このまま、夢見さんの泣いている姿を、指を咥えて見ているだけで良いのか!彼女は…』


『俺が簡単に諦めたコトに命まで懸けている人だぞ!』


 葉はなにか彼女にできる事は無いかと頭をフル回転させて考えた。


 そして、思い出す。

 彼が自分の姉と積み重ねてきた事。そして、それによって華の無かった彼の生活が変わっていった事を。

 それは、あの日、あの部屋で彼女の姉が『あんたを今日から王子様にする!』と言って始まったあるモテる為の大変身計画―


『プリンスプラン』


『…あった。これなら、俺は夢見さんの、力になれる!』




『でもね、瑠璃。貴方の気持ちもわかるけど、他に方法が…』


「夢見さん、まだ諦めないで」


 その声を聞いて、瑠璃は顔を上げる。

 視線の先には微笑んでいる葉が見えた。


「貴方の夢、凄く素敵です。だから、俺からもお願いします。サキュバスとの混血だからなんて理由で簡単に諦めたりしないで下さい」


「葉さん…」


 瑠璃はそれを聞いて涙目のまま、少し頬が赤くなる。

 スマホから真珠の声が聞こえる。


『葉くん、貴方が優しいのはわかるわ。でもね、これは私達、家族の問題であり、しかも、その子の命がかかっている。だから、善意で口を挟むなんて…』


「そうです。これは俺のおせっかいです。だから、この方法を選ぶかどうかは夢見さんが決めて下さい」


 葉は瑠璃の目を真っ直ぐ見て言う。

 彼女はしばらく視線を外せなかったが、涙を拭いて、何かを決意したように頷く。


『あら。じゃあ、私にも教えて貰って良い?その、を』


 葉は一呼吸おいてスマホに向かってハッキリとした声で答えた。


「俺が夢見さんのはじめての恋をプロデュースします!」


 金木葉。二十歳。

 これが彼の恋愛プロデューサーとしての第一歩だった。

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