だから、お前にそういう報告するのは最後だよ
「ねぇ、なんでお前出会って間もない美人のお隣さんとそんなにフラグが立つの?おかしくない?俺の知らない間に異世界転生して別人になったとか神の雷を受けて女の子モテモテになる能力とか手に入れたの?」
湖太郎はコップに入った水を飲みながら、葉に言う。
葉がバイト先にカレーを届けに喫茶店のドアを開けると湖太郎はなぜか仁王立ちして待っていた。
「待っていたぞ!葉!さあ、早く俺に献上ひ―」
「マスター、カレー持って来たよ!」
「んー、無視!」
と馬鹿な漫才を繰り広げた後、湖太郎は容器を開け、マスターは炊き立ての米を皿に盛り、それを二人分用意し、二人でカウンターの奥でカレーを食べ始めた。
ちなみに二人とも仕事中である。
葉は二人が食事の間、エプロンをつけて、店番を任されていたが、心の中で
『この店大丈夫か?』
と思っていた。
そして、カレーをパクパク食べていた湖太郎は葉にそう言えばお隣とはどうなった?と質問されたので、ありのままを答えたら、そのような恨み言を言われた。
「お前は人にカレーを作らせておいて、よくもまぁそこまで言えるな。感心するわ」
「あぁ、これ?すげー、美味かった。流石、葉。よっ!この凄腕料理人!牛肉買いにいった甲斐があったわ!サンクス!」
「そして、急にデレるな!なんだ、お前!ツッコミ入れられたくて、やっているのか?」
葉と湖太郎のやり取りをマスターはカレーを食べながらニコニコしながら見ている。
これがヒマな時の『星の菜園』の光景なのだ。
そして、カレーの皿をカウンターで洗い始めた湖太郎は葉に問う。
「しかし、葉。話を聞いている限り、その美女と良い感じだな!上手くいけば本当に恋人になれると思うぞ?」
湖太郎はニヤニヤしながら言う。
葉ははぁ。と溜息をつき答える。
「あのな、前にも言ったけど彼女はただのお隣さん。恋人とかそんなになりたくて親切にしていた訳じゃないぞ、俺は」
湖太郎も葉の性格は知っているので、お隣さんが美人の年上女子じゃ無くても親切にする事は分かっていた。
しかし、彼はまだその話を続ける。
「そんな事はお前の性格、知っているからわかるわ!お前が底無しの良い奴だって事も!俺が言っているのは、その美女のお前に対する評価の事だよ」
『夢見さんの俺に対する評価?なに言っている、コイツ?』と葉は思った。
彼は怪訝そうな顔をするだけで特に突っ込んだ質問はしなかった。
彼の疑問を理解しつつも、湖太郎は話を続ける。
「お前、いくらお隣さんがお前より経験豊富な年上美女だからとは言え、女の人がそこまで見知らぬ男を頼るか?普通はおっかなくてできないだろ?」
確かに湖太郎の言う事は一理あった。
葉と瑠璃は同じアパートに住むただお隣さん。それだけの関係で二人ともそこまで会話もしていない。
しかし、葉と瑠璃は一緒に買い物までする中になった。
それも流れとは言え腕をまで組んで。
「俺もまだその夢見さん?だっけか、お前の話の情報分くらいしかその人柄を知らないけど、悪い人じゃないだろ? 」
「そりゃ、まぁ…。そう思いたいよ」
「ふっ。だろ?となれば、その人はお前を誑かして何か悪さをする人でもない。そう言う人がお前を頼ってきた。これはお前を少なからず…いや、かなり信頼しているって言う証拠じゃ無いのか?」
「ぐっ…」
葉は何も言えなかった。
湖太郎の考察は的を射ていた。
葉は自分の印象が良いのは姉の指導のおかげと思い込んでいる部分がある。
自分の人柄ではなく、姉が作った王子様の自分。
それが女の子に好かれる理由なのだと。
しかし、不思議な事に瑠璃の前だと全く王子様状態になれない。
普通なら自分の印象が良くなる理由は無い。
でも、瑠璃は葉を頼った。
王子様でも無い、ただの金木葉という男を頼った。
『本当に夢見さんは俺の事を…』
葉はそう思いかけて、でも、またすぐに否定した。
そこには、ずっと好きだった女の子の呪いの言葉が響いていた。
葉は湖太郎に言う。
「でも…やっぱり、俺に女の子を…」
コトン。
葉の前にコーヒーが置かれる。マスターが入れくれたものだ。
「はい。コーヒー。湖太郎君にも」
「あっ、どうもありがとう。マスター。食後だと更に美味く感じるよな、マスターのコーヒー」
「ふふっ。褒めてもコーヒーぐらいしか出せないよ。そして、葉くん。君がまだ例の事を引きずっているのはわかるよ」
「…」
実を言うと姉以外にも葉は自分と好きだった女の子の間に起きてしまった事を話した人間がいる。
マスターと湖太郎、そして、美世だ。
マスターはそれを知っているうえで葉に言葉をかけた。
「でもね、葉くん。僕も湖太郎くんの言う事は一理あると思う。そのお隣さんは誰でも良かった訳でも無いし、王子様の君も求めていなかった。君が親切に他人に接する人間、金木葉という人だったから頼ったのだと思うよ」
「…マスター」
葉には頭でそう望んでいても、自信が持てなかった。
二年間。彼がそれを引きずり、恋愛から離れ、それを忘れてしまった期間は長かった。
「だからね、葉くん。もし、その人が君にそう言う思いを抱いたとしても、過去の事から『自分は幸せにできない』って言葉で逃げてはダメだよ。その思いに対してだけ君の本心で真剣に答えなくてはいけないよ」
「…そう、ですね」
マスターの言う事は正しかった。
そして、それは葉にも痛いほどわかっていた。
しかし、長く残り続けた心のシコリは信頼する人の言葉でも簡単にはとれない。
それを知った上でマスターは言葉をかけ、そして
「とまぁ、君とそのお隣さんはまだ横丁デートしたくらいでここまでは僕たちの妄想だけどね!もし、二人がそんな関係になったらまた相談にのるよ」
と笑った。
『…まったく、この人は』
葉はこの人の元でバイト出来て本当に良かったと思った。
そして、それは湖太郎も同じ事を考えている。
「葉!何か展開があったら俺にも教えろよ。そっちの事に関してはお前より優秀だぞ!」
そ っちの事以外でもお前には負けっぱなしだけどな…と葉は心の中で思ったが、軽口を叩いて励ましてくれる親友に笑って言葉を返す。
「だから、お前にそういう報告するのは最後だよ」
葉はバイトが終わり、夕食の準備をする。
今日のメニューはカレー。三日連続である。
部屋にはそろそろスパイスの匂いが染み付きそうだった。
「あぁ、良い肉だな…。他の調理もしてみたい。しかし、シェフカネキは約束を破る男ではない。という事で、エイッ!」
葉はそう言うと圧力鍋に豚肉を入れる。
『俺の料理でも喜んでくれる人がいるのは、ありがたいことだよな…』
葉は呟く。
そして、下ごしらえをしている時に、昼間のマスターの言葉が蘇る。
『自分は幸せにできないって言葉で逃げてはダメだよ』
「逃げてはダメか…ほんとにその通りだな…」
葉は男女の恋愛の舞台から降りたのでは無く、逃げ続けてきた。
何かを達成した上で諦めるなら、こんなにも後悔しなかっただろう。
しかし、葉は一度プリンスになる事はできても、大切な人の王子様にだけはどうしてもなる事が出来なかった。
そして、彼は逃げ出した。
王子様でいる事も、好きだった女の子からも、そして、恋愛からも。
「もし、次に俺に好きな人ができたら俺は逃げずに向き合えるのかな…」
彼がそんな事を考えている時
ピンポーン!
ドアのベルが鳴る。
『あれ?今日、荷物とか頼んでいたか?』
彼は鍋の火を止め、エプロンを外し、ドアの小穴から外を見る。
そして、驚き、急いでドアを開ける。
ガチャ!
「こんばんは。葉さん」
「夢見さん!?こんばんは」
扉の前にいたのは、瑠璃だった。
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