葉の悩みを聞いて、そう思いました…

『拝啓、葉さん。瑠璃さんには、会えたでしょうか?まず、私はあなたに謝りたい事があります。以前、私はあなたが勝さんの張り手を受けて、右手がパンパンに腫れた時、爆笑してしまいましたよね…』


『本当にごめんよ!葉!』


 湖太郎は目の前に転がっている男達の骸(本当に死んではいないが)を見て、葉に心の中で謝罪する。

 先程まで威勢が良かった男達は勝の張り手を受けて、全員沈黙した。

 その誰もが、頬がありえないほど赤く膨らんでおり、瑠璃に気絶させられた男が幸福に見えるほどだった。


「全く、葉くんにしている張りー、ハイタッチよりも少ない出力で相手したのに。やっぱり鍛えて無い人はダメだなぁ」


 勝は心底ガッカリしたような顔をし、湖太郎はその言葉を聞いて戦慄する。


『葉、俺、お前のこと改めて尊敬するわ…』



「うん。頼むよ!」


 ピッ


「いやー、お待たせ。もう少しで僕の知り合いのお祭りのボディガードマンたちがきてくれるよ。これで安心だね」


「えっ、マジすか?良かった」


 と言って湖太郎は横の骸達をチラリと見る。

 彼の安全はもう勝が来た時点で確率されていたが、色々言うのも面倒なので彼の言う通りにした。


「それにしても、葉くんから連絡はまだ無いのかい?」


「そうですね、まだ既読はつかないから探しているのかも…」


 流石の湖太郎も少し不安になり、葉を探しに行こうと思ったが、このタイミングで彼の彼女である『柘榴』が神社に到着したと連絡がきてしまった。

 ボディガードがいるとは言え、ここに、転がっている男と同種の人間がいないとも限らないので早めに合流したいと彼は考えていた。

 それを察し、勝が湖太郎に言う。


「湖太郎くん。彼女さん、もう到着しているでしょ?行ってきなよ。葉くんは僕が探しに行くからさ」


「えっ、でも…」


「大丈夫。ボディガードがいるとは言え、こういう人達がもういないとは言えないだろ?早く彼女に会って、安心させてあげないと」


 心の中を読まれたかの様な勝の言葉に湖太郎の顔が少し赤くなる。

 彼は少し考えた後、頬を両手で叩いて


「ありがとうございます。葉をよろしくお願いします」


 と勝に頭を下げた。

 それを見て勝は微笑む。


「うん。やっぱり葉くんのお友達だ。良い子だね」


「あっ、やっぱり、葉はそっちでもそんなイメージですか?」


 湖太郎は自分よりも親友が褒められた事が嬉しくて、はにかんで笑う。


「うん。努力家で真面目で、瑠璃さんと一緒に来た時も、本当に一生懸命教えていたよ」


 それを聞いて湖太郎は、ふふ。と笑い、少し考える。


「そっか、葉。あれだけ、女の子避けて生きてきたのに、変わってきているのか…」


「そうだね。彼女と出会ってからの葉くん、良い意味で少し変わったかもしれないね」


 勝も湖太郎の言葉の意味を何となく理解し、呟く。

 湖太郎はこんな所にも彼の理解者がいてくれた事に嬉しくなった。


「アイツ、本当、良い奴だけど、あと一つ、ずっと何か足りていないって顔していたんですよ…」


 湖太郎は思い出す。湖太郎が彼女との関係で悩んでいる事やマスターが奥さんの機嫌を損ねて、彼に相談や愚痴を言った時、優しい彼は困った顔をしつつも、きちんと話を聞いてくれた。


 けれど、マスターと湖太郎は知っていた。

 時折、葉が何かが欠けたような寂しそうな表情をして窓を眺めて、その後、すぐ無理矢理笑顔を作っている事を。

 二人は何とかその穴を埋めようと、色々考え、実行したが、それを埋める事ができなかった。


「それは俺やマスターも色々やってみましたが、はは…。結局、埋める事ができませんでした。いや、きっと、アイツのあの穴は他の人でも、そう簡単に埋める事はできないと思います」


 湖太郎も心のどこかで、時間が解決してくれるのを待って諦めていた。

 けれど、それでは何も変わらないという事も彼は理解していた。

 親友の為に何もできない自分を少し悔いていた、そんな時だった。



 葉から『お隣に凄く、美人な人が引っ越してきた』と聞いたのは…



 そこからだった。

 彼が少しずつ変わっていき、湖太郎達に自分の悩みを相談するようになったのは。

 彼はそれが、とても嬉しかった。

 そして、その時、こう思ったのだ。



「アイツの欠けているものを、彼女…、瑠璃さんなら、満たしてあげられる。葉の悩みを聞いて、そう思いました…」


「そっか」


 湖太郎と勝は同じ人物の良さを知っていて、そして、彼が持っている寂しさも何となく理解していた。

 だからだろう。そんな彼の為に、二人はこうしてお互いの顔も知らないのに、一緒に花火に行くなどと約束をしたのは…。

 彼らは葉に、何か協力できることが嬉しかったのだ。


「って、俺なんかアイツみたいに、もの凄く青臭い事言っている。恥ずかしい!」


「ハハッ、たまにそういう事言う人の方が、僕は好きだな!ほら、彼女さん待っているよ!早く行ってあげて!」


 勝はお得意のサムズアップをして、湖太郎も同じ動作をし、軽く会釈をして祭りの方へ向かった。


 本音が話せた彼を優しい表情で見送っていた勝は何かを思い出し、手を振って声をかける。


「今度、湖太郎君もジムにおいで!初回の無料体験。いつでも待っているよー」


 大声で勧誘する勝に湖太郎は少し転けそうになったが、


『機会があったら勝さんとも友達になりたいな』


 そう駆けながら、思った。

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