あなたが俺に…、
「葉さん!何を!?何を!しているんですか!」
瑠璃の叫び声が闇夜に響く。
彼女は葉の正気とは思えない行動に、ただ叫ぶしかできなかった。
「だい、じょうぶです。眠気は完全に消えませんが、意外と俺、冷静ですよ…」
葉は右手に力を入れ、瑠璃を引く。
信じられない事に、さっきまで全く動かなかった瑠璃の体が坂を登っていく。
「嘘、なんで…」
目の前で起こる奇跡に、瑠璃も驚いていた。
『よ、し。痛みで、意識、が、戻ってきた。これなら…』
ギチギチッ…
「ぐっ、うっ…」
彼が瑠璃を引き上げる度に、有刺鉄線の針が彼の腕を蝕んでいく。
激しい痛みと脱力感が同時に葉を襲い、彼は言葉にならない痛みを訴える。
錆びた有刺鉄線が赤い色に染まり始め、一滴の血が下に落ちていった。
瑠璃はその血が下に落ちていくのを眺め、顔が青ざめる。
そして、葉の方を向き、
「もう、もう良いです!葉さんの手が、葉さんの手が壊れちゃいます!!」
悲痛な叫びを上げた。
しかし、彼の右手は有刺鉄線を、左手は瑠璃の事を決して離さなかった。
彼はまた両手に力を込め、瑠璃の体を引く。
ギチギチ…
有刺鉄線が不気味な音を奏でると、瑠璃の体は少しずつ、上に上がり、そして、葉の右腕からまた、赤い血が下に落ちていく。
葉はもう呻き声一つあげず、瑠璃は彼に意識があるかないのかわからず、ただ、怖かった。
「なんで…」
絞り出すような声で瑠璃が言葉を紡ぐ。
葉は何も答えず、腕に力を込めて瑠璃の手を引く。
そして、また錆びついた鉄の糸が不気味な曲を奏でる。
ギチギチギチ…、ギギギ…
ポタッ、ポタッ…
奈落に落ちていく、葉の血は少しずつ増えていった。
瑠璃は彼の腕から落ちていく血を、ただ、眺めている事しかできなかった。
「もう、もう、やめて下さい…」
彼女の嘆きに対して、彼は答えなかった。
彼は少しずつ、彼女を引いて上にあげていく。
そして、彼と瑠璃の距離が近づいた時―
ギチギチ…、ギギギ…、ギチンッ!
ブシュ…、ボタッ
何かが限界を上げた様な気味の悪い擬音が瑠璃の耳に入り、
彼女はもう耐えられなくなった。
「もう止めて!!」
彼女は目に大量の涙を浮かべ、葉に向かって叫んだ。
「何で!?何で、そこまでしてくれるの!私とあなたは、ただのおとなりさんですよ!どうして!どうして!そこまで優しくしてくれるの!?」
いつもより荒い口調で叫ぶ瑠璃。
彼女は自分の身の安全より、自分を救うためにその身を傷つけてまで、手を離さない隣人に心にも無い言葉を叫ぶ。
それ叫んだ彼女自身が、悲痛の顔をしていた。
彼女は自分の言葉で自分自身を傷つけていた。
それでも、彼女はもう限界だったのだ。
夢見瑠璃はもうこれ以上、金木葉が傷つくのが、見ていられなかった。
「…教えてくれたからですよ」
「えっ?」
瑠璃は葉の顔を見た。
その表情を見て、瑠璃は驚く。
右腕の激しい痛み、全身を襲う脱力感。
そのどれもが今の彼に苦痛を与えていた。
現に彼は苦痛で額に汗をかいており、顔色も悪かった。
それでも、彼は瑠璃に微笑んでいた。
彼女が今、自分が感じている不安がどこかに飛んでいくような安心感を与える笑顔で。
「あなたが俺に…、もう一度、恋愛の素晴らしさを教えてくれたからですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます