凄く、嬉しくて、そして、楽しみです
「花火大会…ですか?」
「そうです。俺の友達も彼女を連れてくるんですが…どうですか?」
ジムの休憩スペースで葉は瑠璃に二度目のデートのお誘いをする。
あの無料体験から早二週間。
最初のトレーニングでなんやかんやあったが、結局、瑠璃はここのジムに入会する事を決めた。
もっとも、『一人で行くのは怖い』という事で葉と予定を合わせて一緒に行ける日のみという形にはなっているが、それでも今も続けられている。
「花火大会…。うーん、それって、男の人も、いますよね?」
「…そうですね。女の人しかいない花火大会って言うのは聞いたことないですね」
「ですよね。花火大会かぁ。興味はありますが、間違い無く人(男の)がいっぱいいるのは、ちょっと怖いなぁ…」
今まで葉の提案を割と素直に受け入れてきた瑠璃だったが、今回は珍しく思い悩んでいた。
それと言うのも、花火大会と言えばカップルや家族連れも多いが、やんちゃする若い男の人や酔っ払っている男性も多い。
少しずつ男性に慣れてきた瑠璃であるが、未だにエナジードレインや催淫の問題を抱えており、自分の能力が周囲に与える影響を考えると簡単には首を縦にふれなかった。
そして、それは葉も理解していた。
「瑠璃さん、誘った自分が言うのもなんですが、嫌なら断って貰っても大丈夫です。前にも言いましたが、俺はあなたに無理させてまで、プランを進める気はありませんから…」
「葉さん…」
「それに俺もそこまで花火大会に行きたい訳では無いんです。今まで行く相手もいなかったし、これからも一緒に行く人なんていないだろうな…と思っていたから」
葉はこの後の言葉を続けるか少し悩んだ。
しかし、瑠璃の目があまりにまっすぐと葉を見つめていたので、彼は心の中で小さく決心し、言葉を紡いだ。
「ただ、もし、瑠璃さんが良ければ、俺はあなたと行きたいなって、思って…」
「…」
そこまで言って、葉は自分の顔が下から上にかけて温度が上がっていくのを感じ慌てて照れ隠しし始める。
「いや、その、何度も言いますが、瑠璃さんが嫌なら断って貰っても、全く問題無いです。湖太郎には彼女いますし、別に無理してダブルデートなんて…」
「葉さん」
「はい!」
思わず上ずる葉の声。
彼は羞恥心で少し下を向いてしまい、ゆっくりと瑠璃を見るしかなかった。
瑠璃の表情は頬に赤みがさしていたが、笑顔だった。
「葉さん。行きましょう。私も、私も葉さんとだったら一緒に行きたいです」
その言葉を聞いて、彼は心の中で崖の上から大声で勝利の咆哮を上げた。
『やった、瑠璃さんと、瑠璃さんと花火大会だ!ヤバイ、嬉しさで頰が緩む。しかし、まだだ。まだ、笑ってはいけない。いやでも、これは嬉しい。どうしよう』
心の中の彼が狂喜乱舞していると、瑠璃はまた困った顔をしながら、葉に話しかけた。
「あ、でも、やっぱり私の能力の事もあるし、葉さんに迷惑をかけるのは嫌ですし、うーん、やっぱりどうしようかな」
「あぁ…。そうですね。そこを解決しないと、確か瑠璃さんは楽しめないですよね」
葉は心の中で狂喜乱舞していた自分を諌め、真剣に瑠璃の問題に向き合う。
『うーん、瑠璃さんと花火大会は行きたいけど、彼女に危険が及ぶなら何か手を考えないといけないし、どうしたものかなぁ』
と葉が悩んでいると、
「やあ、葉くん。今日も頑張っているね!」
「あっ、勝さん。こんばんは」
突如、彼の前に鋼の肉体を持つ人物が現れた。このジムのトレーナーであり、葉の知り合いでもある金剛勝だった。
「あ、金剛さん。こんばんは」
「あぁ、瑠璃さんもようこそ!こんばんは」
瑠璃は勝に軽くお辞儀をし、勝はそれを爽やかな笑顔と共に返して、またジム内の見廻りに戻っていった。
『相変わらず、勝さん凄い体だな。良いなぁ、あんなに大きければ、俺ももっといろんな事できるのに…。って、無いものねだりは良くないぞ、葉。自分の努力次第で筋肉には無限の可能性が…ん?ちょっと待った』
「瑠璃さん、今、勝さんとその、会話しました?」
そう問われて瑠璃はあっ、そう言えば。みたいな顔をする。
「そうですね。挨拶くらいなら…なんとか。葉さんみたいに一緒にトレーニングってなると、脂汗と動悸が止まりませんが」
今の話を聞いて葉は苦笑いすると同時に、瑠璃と一緒に花火大会に行くチャンスが生まれたと感じた。
「なるほど。なら、瑠璃さん、花火大会の男性がたくさんいる問題…何とかなるかもしれません!」
それを聞いて瑠璃の頭に?のマークが浮かんだが、葉は自信を持って頷き、
「勝さーん、ちょっと!」
と勝の元へ駆けていった。
「急に葉さんが駆け出していくから何事かと思いましたけど、なるほどそういう方法があったんですね。でも、大丈夫ですか?勝さんに悪いような気がします…」
「大丈夫ですよ。勝さん、明日は夕方から暇だって言っていましたし、それに彼女からもオーケー貰ったって言っていたので、問題無いと思いますよ」
葉は勝にお願いして、ある方法で瑠璃とデートする上での問題解決を狙った。
「花火大会かい?確かに、明日の夕方は昼の業務が終われば暇だけど…」
勝は葉の話を聞いてふむ。という顔をする。
ちなみに勝にも葉は瑠璃に許可をとって、男性が苦手だと言う事を伝えている。
それを聞いた勝はそれ以降、以前のような事が無い様にこまめに二人に声をかけるように気を使ってくれていた。
そこで葉は少し図々しいとは思ったが、思い切って勝に男性が苦手な瑠璃さんがまたナンパされると自分一人だと対処できないかもしれないので、もし良かったら彼女さんを連れて、葉ペア、湖太郎ペア、そして、勝ペアでトリプルデートしないか?と提案した。
要はデートにかこつけ、勝にボディガードを頼んだのだ。
「やっぱり、難しいですよね…」
葉は少しだけ残念そうな顔をする。
元々ダメ元であり、図々しいお願い。しかし、勝に断られたら、彼女の身の安全を考え、瑠璃とのデートは止めようと思っていたので、思わずその残念な気持ちが表情に出てしまっていた。
「いや、そんな事無いよ。彼女がオーケーならそれも良いなと思って。僕もここ最近忙しくてあんまり彼女と出かけていなかったから、丁度良かった」
「本当ですか!?」
葉はまたしても感情を隠せず、パァと明るい表情をする。
「次の休憩時間に彼女に聞いてみるよ。僕も最近、花火なんて近くで見ていないしね!」
「ありがとうございます。なら、俺は湖太郎に連絡してみます」
と葉と勝はお互いに相手に連絡をとって二人とも相手から了承を得たので、思いっきりハイタッチした。
そして、その衝撃で葉の右手はまた使い物にならなくなった。
「そうですね。せっかく葉さんがセッティングしてくれたデートです。なら、楽しまないと」
「えっ!?今、瑠璃さんなんて?」
「えっ?せっかく葉さんがセッティングしてくれたデ…」
とまで言いかけて、瑠璃の顔は下から上にグラデーションの様に赤くなっていく。
「も、もう、葉さん今わかっていて、聞き返しましたね!酷い!もう知りません!」
瑠璃さんはむぅとして、そっぽ向く。
それを見て、葉はクスクス笑う。
「すいません。思わず、瑠璃さんからそんな言葉が出てくれたのが、嬉しくて。でも、そうですね」
葉は少しだけ真剣な表情をして、遠くを見つめて微笑みながら言った。
「俺も、花火大会なんて行くのは本当に久しぶりで、まさか女の子と行く事ができるなんて思っても見なかったから、今はその…」
「凄く、嬉しくて、そして、楽しみです」
そう言った葉の顔は心から花火大会を楽しみにしているような笑顔をしていた。
その横顔を見る事ができた瑠璃は、ほんの少し勇気が出せて良かったと心から思った。
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