あんたを今日から王子様にする!

 金木葉にとって姉とはどんな人か?と問われたら、答えは一つだった。


 彼にとって姉は 『いばらの女王様』である。


 彼の姉『金木華かねきはな』は美人だった。それは自他共に認められている事実で、身内贔屓もあるが、葉にとっても綺麗で自慢のお姉ちゃんだった。


 黙っていれば、そこにいるだけで『花園はなぞのの姫』と呼ばれ、容姿端麗なうえ、学問・運動でも優秀な成績を収めた超人でもあった。


 が、そんな彼女は表では『花園の姫』と呼ばれていても、葉の前では『茨の女王様』だった。


 彼女は『この世の努力しない不細工は全て死ね!』と世紀末の覇者もビックリな発言が口癖であった。

 それは身内とて関係なかったが、幸いな事に葉はそこまで不細工では無く、いわゆるだった。しかし、イケメンで無く、この普通の顔だった事が彼にとっての不幸だった。


 ある日、小学生だった彼が大好きな野菜の本を読んでいる時、中学生だった彼の姉は突然、彼の部屋の扉を開け、壁にある張り紙をし、こう叫んだ。


「あんたを今日から王子様にする!」


 壁には『プリンスプラン』というなんとも語呂が悪いテーマが掲げられていた。


 彼女曰くの葉をどんな女の子でも幸せに出来るようにするという計画だったらしい。葉も最初は色んな女の子が笑ってくれるからと無垢な気持ちでそのプランを快諾した。


 しかし、そこから地獄の日々が始まる。


 彼女の指導は苛烈だった。

 心理学から学んだ女性とのコミュニケーション術、相槌を打つ間、その時の表情まで徹底的に叩き込んだ。

 更に、『馬鹿はモテない』という理由からクラスの上位成績にねじ込めるよう猛勉強させ、『豚は何も得られない』という理由から毎日の運動もつきっきりで指導。

 更に更に、『料理ができる男は必ずプラスになる』という理由から自分と一緒に料理教室に通わせるという徹底ぶり。


 そして、少しでも怠ければ竹刀の制裁。

 結果が出なければ正座で説教。


 その様子は海外出張から帰ってきた両親が葉を心配して、彼女に忠告するほどだった。葉はその修行を受けている時は泣いていた、または落ち込んでいた記憶しか無かった。

 しかし、それでも彼は彼女の指導を嫌がってはいたものの、投げ出す事はしなかった。


 厳しい指導をこなしていくうちに、少しずつ女の子が喜ぶコミュニケーションが出来るようになり、学校の成績も徐々に上昇、運動もある程度は無難にこなせる様になっていた。そして、元々の野菜好きが功を奏して料理の腕はメキメキと上がっていった。

 そして、永き修行の果てに遂にその成果が出始めたのは、彼が中学生の時。女の子から告白されたのである。それもクラスの男子から陰で可愛いと噂される子から。


 葉は元々持っている他人に対しての『優しさ』と姉の地獄の修行を耐え抜いた『努力家』なところが評価され、彼のモテ度は徐々に上がっていった。

 バレンタインのチョコもある程度貰え、一部の女子からは「葉ってちょっとカッコイイ所あるよね」と噂されるようになり、憧れの高校生の先輩とお近づきになれたりもした。


 姉の思惑通り、このままいけば、彼はになれるはずだった…。しかし、高校生中盤時代からズレが生まれ始める。


 彼は良くも悪くも


 その為、女の子から「葉君って私の事の好きなの?」と問われても、「えっ?普通」と返答し、ビンタを貰い続けた数はいつしか十を越え、彼には


「王子様だと思って近づいたら、大奥になりそうだった」

「皆に優しいけど、好きになるとしんどい」


 など不名誉なキャッチフレーズがついて回り、酷いものだと、


「(女の子を)泣かすなら 殺してしまえ 金木葉かねきよう


 など物騒な俳句まで読まれる様になっていた。


 そして、彼が高校生最後の時、一人の女の子をとある理由から泣かせてしまった事を皮切りに、彼は王子様をやめ、恋愛から身を引き始めた。


 彼の恋愛プロデューサーだった姉は海外に留学しており、彼が王子様を止めると電話で告げた時、あっさりと許可してくれた。その時、姉が何か言っていたが、葉は女の子に言われた言葉がずっと耳に残っており、姉が何を言っているか聞き取れなかった。


 以来、彼は女の子との恋愛を意図的に遠ざける様にしているが、それでもプリンスだった時の癖は抜けず、こうしてその気も無いのに女の子に笑顔を振りまいてしまっていた。



※※※



「だー!疲れた!!」


 午前中に授業が終わった葉だったが、帰って来たのは夜の八時。彼は夕食の材料が入っている、スーパーの買い物袋をテーブルの上にドカッと置く。


「マスターもひどいよな…。何がちょっと残業してくれない?だ。ガッツリ閉店までバイトさせやがって…」


 葉は誰もいない部屋で恨み言を呟く。


 今日の彼は午前中のプリンススマイルの誤発も含めて、本当にツキがなかった。

 早めにマスターの店に着いた彼に待っていたのは戦場だった。


「やぁ、葉くん。今日は早いね。早速だけど、手伝って貰って良いかな?」


 彼のバイト先、喫茶『星の菜園さいえん』はマスターの自家製野菜で作られた新メニューが月一回発売される。

 この新メニューは発売すると必ずと言って良いほど爆発的に売れる。そして、不幸にも今日がその発売日だった。

 葉はマスターが用意してくれた昼食のサンドイッチを口にねじ込んだ後、そのまま戦場に突撃した。


 マスターの話だと、最初は一時間延長で良いから!という話だったが、帰るタイミングが掴めず、二時間三時間と積み重なり、結局閉店まで仕事をする事になった。


「今日は好きなもの作って、食べて、もう寝る!夏野菜と鶏肉のカレーじゃ!」


 彼はそう言うとキッチン台の上にカレーの材料を広げ、ニヤリと笑う。エプロンをバサッとカッコ良く?着用し、材料を切り始める。

 葉は三食ほぼ自炊しており、現在も料理のスキルはぐんぐん成長し、それに伴いレシピもどんどん増えている。特に大好物のカレーには並々ならぬ拘りも持っており、『スーパーで売っているものよりは俺の作るものの方がずっと美味い!』と自信を持っていた。


『それにしても、今日の女の子達、俺と一緒にいても笑って楽しんでくれたかな…?』


 彼が女の子からのせっかくのお誘いを断った理由。

 一つは一緒にいるといつもの王子様をやりかねない可能性があるため。

 そして、もう一つの理由。どちらかと言うと、彼にとってはこっちの方だ問題だった。


 彼はが無かった。


 姉のプリンスプランはあくまで大勢の女子を幸福する術であり、それは言い換えてしまえば、たった一人の女の子に『特別』というものをプレゼントできない能力だった。その為、彼は多くの女の子に優しくする、モテる事はできたが、いざ、二人になると、いつも怒られて女の子が自分から離れて行った記憶しか無かった。

 そして、彼は大好きな女の子との間で起きた、とある事件から恋愛という舞台から身を引く事を決意した。もう二度と大事な人を傷つけない為…。


「熱っ!!」


 沸騰したお湯が跳ね、彼の腕に飛ぶ。お湯が跳ねた腕をふうふうと拭きながら、ふと彼は思い出す。あの子もカレーが好きだった事を…


『葉には分かんないよ!女の子が好きな人とする――がどんなに大切か!』


 彼女の言葉は今でも葉を縛る。自分が不幸にしてしまった好きだった女の子。


「駄目だろやっぱり。俺なんかが女の子と関わるのは…」


 二年たった今でも王子様を演じた代償は彼を苦しめていた。




 テーブルの上に料理が並べられる。

 カレーはシンプルな皿に盛りつけられており、炊きたてのご飯の白とカレーの焦げ茶色が綺麗に半分で分けられており、そこから食欲をそそる香りが漂う。他の小皿にはトマトのサラダがカレーに欠けていた彩りを食卓に添えていた。

 最後に彼はマスターから貰った『星の菜園オリジナル自家製ラッキョウ+福神漬け』をカレーの皿にちょこんと乗せ、満足そうな顔をする。


「出来たー!やっぱ疲れた時は自分の食べたいもの食べるのに限るわー!では、いただきまーす!!」


 彼が最初の一口を味わおうとした、その時


 ピンポーン!


 突然、ドアのチャイムがなる。葉は一気に気が滅入った顔をする。


『誰だ…俺の素敵な時間を邪魔する人は。無視して食べるか?』


 しかし、扉の前の人間は動く気配が無い。

 ずっと居られても落ち着かないので、彼はめんどくさそうに溜息をつき、そっと立ってドアの小穴から突然の来訪者の顔を確認する。


『えっ?この人…』


 その姿を見て彼は少し驚き、ちょっと考えたが扉を開ける事にした。


「こんばんは。夜分遅くにごめんなさい」


 そこにいた人物を葉は見かけていた。それも今朝。


 扉を開けるとそこにいたのは、今朝かけていた眼鏡は外していたが、


 引越し屋と一緒いた女性だった。

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