変な人で無いと良いけど…
金木葉の朝は少し早い。
それは彼が身支度に時間をかけるタイプだからだ。
ガチャ
シャワールームから湯気を立たせて、彼は出てきた。近くにあったバスタオルに手に取り、下半身を隠す。
彼の体はソコソコ締まっていた。筋肉モリモリ、腹筋バキバキ、切れてるよ!と言うわけでも無く、パッと見て「あぁ、運動頑張っているのか…」と言える程度には体のシルエットが綺麗だった。
「シャンプー変えたけど、合わないな。やっぱネットでNo.1とか当てになんないな…」
彼はダルそうに頭をかく。髪を乾かしながら、テレビをつける。
『…座の貴方は!ごめんなさい。今日の運勢は最悪です…。アンラッキーカラーは白と緑。ラッキーカラーは青です』
「…何で、アンラッキーカラーが二個もあるの?」
そういえば、さっきのシャンプーのボトルも緑だったな…。葉は朝からげんなりした気分になる。
髪を乾かした後、歯を磨き、ムダ毛の確認、更に化粧水を顔につけて、服を着る。
そして、立ち鏡の前でクルッと周り、最終チェック。ここまでの準備が彼の毎朝の日課だった。
『…毎朝、面倒だけどもう日課みたいなものだからなぁ』
彼ははぁ。と溜息をつき、扉を開ける。
空は雲一つ無い晴天。朝の日差しが眩しい。
彼はアパートの階段を降りて、その下に止めてあった自転車のロックを外す。
そして、今日も大学へ行くために自転車を引いていた。
そこで、ふと彼は気づく。
アパートの前に大きなトラックがある事を。
『あのマーク…引っ越し屋のトラックか。あー、そう言えば月長さん言っていたな。今日、俺の隣に引っ越してくる人が居るって』
葉は新しい隣人に興味はあったものの、学校に講義時間までギリギリだったので、まぁ、良いか。と思い、自転車をこぎだした。
『変な人で無いと良いけど…』
そして、彼はトラックの横を通って駅に向かう。
通り過ぎる時に二つの人影が見え、彼は通り様に頭を下げた。
一方は帽子を被った男性。恐らく引っ越し業者の人だろう。彼も帽子を軽く上げて、頭を下げる。
もう一方はその男性より少し背が低い人だった。そちらも通り過ぎた時に頭を下げる。
建物の影で良くは見えなかったが、
それは眼鏡をかけた女性だった。
「うーん、今日の分の講義はこれで終わりかー」
大学での昼。葉は一見、講義など真面目に聞かない適当な若者に見えるが実はそうでは無い。むしろ、教授からは印象が良い方だった。
それは彼があえて前の席に座り教授の目の届くところに身を置く事で睡魔に負けないようにする作戦が功を奏しているからである。彼のノートは講義中、眠気に襲われないよう、まめにノートに教授の話を書き込んでいる為、教壇からは熱心な学徒に見え、そして、同じ学徒からは
「ねぇ、葉くん。ノート見せて貰っても良いかな?後ろの席にいたからちょっと最後の方教授の声が聞こえなくって…」
前の席で積極的に勉強している人に見えるのだ。
今回は二人組の女生徒から声をかけられた。声をかけてきた子は背の低い黒髪の女の子。年下好きに好まれそうな感じだった。
そして、横には彼女の友達だろう。少し紙に茶色が入り、ウェーブがかった髪を持つ横の女の子より背の高い女生徒。こちらも明るく活発そうな感じの女の子だった。
葉は彼女のお願いを快諾した。
「あぁ、良いよ。どこから写して無いの?ちょっと見ても良い?」
「あっ、はい」
黒髪の女の子がノートを葉に渡す。パラパラとノートを見て、彼はふむ。と呟いた。
その何となく上から目線の態度に、茶髪の女の子に何かのスイッチが入り質問が飛ぶ。
「ちょっと、真白のノート何か変?横で見ていたけど、その子私より真面目に講義受けていたよ?」
「良いよ、桃。私、葉くんほどちゃんと勉強してないし…」
桃と呼ばれた女の子はちょっと強気な言い方をする。
しかし、葉は笑顔で答えた。それも、とてつもなく爽やかな笑顔で。
「あっ、いや。俺のノートよりも細かく書いてあって凄いなぁって思って。何かこれ見ただけでも、真白さんが一生懸命な子ってわかるよ」
「へっ?!あ、ありがとう…」
葉は彼女が写していない部分のページを捲り、そのまま彼女のノートと自分の緑色のノート、計二冊を渡す。そして、今度は茶髪の女の子に方に向く。彼女は文句を言われると思い、なっ、何よ?と少し警戒する。
「いや、さっきの俺の態度…。良く考えたら何様だよ。って感じだよね…。ごめん。君の友達に偉そうな態度をとって」
まさかの謝罪。言われた方の茶髪の女の子はえっ、あぁ…別に。と気まずそうにする。そして、彼は彼女にも言葉を続ける。二回目もとてつもなく爽やか笑顔で。
「でも、自分の事じゃ無くて、友達の為に相手に意見言うなんてカッコ良いね。桃さんの見る目変わったよ」
「ちょっと、見る目変わったって何?私って、葉にとってどんなイメージだったのよ」
と桃はまた文句を言いつつも、今度は笑顔だ。そして、そのリアクションは少し照れ隠しの様に見えた。
真白は急に褒められて、恥ずかしそうにノートを持っている。
二人の様子を見て、葉は笑いながらも心の中で思う。
『また、やってしまった…。姉貴命名、王子スマイル。その上、なんで俺はこんな寒いセリフがポンポコ浮かぶのか…』
女の子達は「ねぇ、葉君。この後暇かな?」「あっ、そうそう。この間、良い店見つけたの!三人で行かない?」と明らかに先程までと違い、台詞と声色から心の距離が近くなっている事がわかる。
葉は笑顔を絶やさず、かつ相手が傷つかないようリアクションもとり、頭をフル回転させ、この場を問題無く乗り切る方法を模索する。
『何か、何か、断る良い理由は無いか!?えっーと今日のスケジュールは…』
そこで思いつく。一筋の光明。
「あー、ごめん。今日、バイト仲間に早めに来てって言われていたのを思い出した。せっかくのお誘いだけど…また今度で良いかな?」
女の子達からは「そっかぁ…残念。でも、バイトだし仕方ないよね」「てか、葉も偉いね。私なら理由つけて断るのに」と言葉があがる。
良かった。何とか爆弾を踏まずに済んだ。葉は筆記用具を鞄にまとめ、「ノートは来週にでも渡してくれれば良いから…」と女の子に告げ、その場を離れる。
離れ側に女の子達から「またねー」と言われ手を振られ、それにも笑顔で答えた。
教室から外に出た彼は、二人が見えなくなった所で
「だぁー、疲れた」
と言いベンチに腰掛けた。そして、お茶の入ったペットボトルを空けて、一気に半分飲む。
『ほんと、これ治らないよな。習慣って恐ろしいな…』
彼はベンチに背を預け、上を見る。木漏れ日が気持ち良く、鳥のさえずりが聞こえる。しばらく、ぼぉーとしていたかったが、そうはいかない。
彼は残りのお茶を飲み干し、ベンチから立ち上がる。そして、うーんと背伸びをして、また歩き出す。
『マスターの店で昼飯食べて、そのままバイトするか…』
先程の会話で彼が言った、バイト仲間に~というのは、本当は彼女達のお誘いを断る為に葉がついた嘘である。
彼は彼女達のせっかくのお誘いを無下に断らないよう、このような嘘をついてしまい、そして、今その帳尻合わせの計画を考えているのだ。
『まぁ、せっかくの誘いをただ断るのも悪かったからな。とはいえ、やっぱり考えものだよな、この態度…』
小さく溜息をついて、彼は歩き出す。
金木葉は姉の厳しい指導のせいで身に着いたある習慣のせいで、ずっと悩みを抱えている。それは
色んな女の子の『王子様』であろうとする事だ。
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