夢見瑠璃、行きます

 葉は今日も自宅の扉の前で瑠璃を待っていた。

 今日はニュースで気温が高くなると言っていたので、黒いスキニーパンツとシンプルな半袖のTシャツの上に白のシャツを羽織るという服装だった。


『うぅ、緊張する。前回は成り行きで一緒に買い物に行くことになったけど、今回は俺が誘って、瑠璃さんがオーケーしてくれた。これはつまり』


『正真正銘、ってことだろ!』


 結局、昨日の夕方、葉は瑠璃をデートに誘うことに成功し(ただし、瑠璃にはデートとは言わず買い物に行こうと軽い感じで誘っている)、そして、部屋に戻って両膝を床につき、両腕を高々と上げて歓喜した。

 しかし、予想以上の嬉しさで、緊張でほとんど寝ることが出来ず、結局、今日も睡眠不足による変なテンションになっている。


『しかし、昨日に引き続き今日も瑠璃さんの私服を見る事ができる。瞼は重くてもその姿をその目に焼き付け―』


 ガチャ


 隣の部屋の扉が開いて、瑠璃が出てくる。

 彼女は葉に気づいて、軽く頭を下げて挨拶する。


「お、おはようございます。葉さん」


 本日の瑠璃はライトブラウンの細見タイプのパンツに白のワイシャツ。その上に薄手のカーディガンを羽織っていた。

 昨日と比べてグッと大人びて見えるが、青縁の眼鏡と軽く束ねた髪が、彼女がプラベートで出かける事を表していた。化粧もシンプルだったが、ほんの少し唇に塗ってあったリップが艶やかだった。

 瑠璃はあんまりこう言う格好をし慣れていないのか、葉から視線を外して恥ずかしそうにしている。


 葉はただ買い物に行こうと気楽に誘ったのに、しっかりと可愛い格好をしてきてくれて、更にその様子も可愛らしい瑠璃を見て思わずこう呟いてしまった。


「…あぁ、可愛いなぁ」


「えっ?何か言いました?」


 葉はハッとなり、顔をゆでガニの様に赤くして、瑠璃に言った。


「いや、何でも無いです!素敵な、可愛らしい格好だなって…。あ…」


 彼は誤魔化そうと試みたが、結局、呟いた事と同じ事を言い直してしまい。

 目の前の女の子は顔が真っ赤になる。


「あ、ありがとうございます。お姉ちゃんに葉さんと買い物に行くって相談したら、結構真面目に選んでくれて。変に見られなくて良かった…です」


 もうお互い、目も合わせられないほど羞恥心で一杯一杯になっている。


 葉は嬉しさとこんな調子でデート行けるのか?と言う不安を朝から抱える事になった。




 二人はアパートの階段降りて、目的地に向かおうとしたが、アパートの前の通り道に出たところで足を止める。

 そこに見知った顔がいたからだ。


「月長さん!ジェット!」

「大家さん!ジェット!」


 二人の声が耳に届き、その人物は振り向く。

 このアパートの大家、月長美世とその愛犬ジェットだ。


「あら、葉ちゃん、瑠璃さん。おはよう」


「ワンッ!ワンッ!」


 美世は笑顔で挨拶し、ジェットも尻尾をぶんぶん振りながら挨拶する。

 二人は美世達に近づき、彼女と同じように朝の挨拶をする。


「ふふっ。二人でお出かけ?私の知らない間にもうそんなに仲良くなったの?二人とも優しい人だからお似合いよ」


 それを聞いて、二人の顔は似たように焦り出す。


「あっ、いえっ、お出かけなのは間違い無いですが。葉さんとはそういう仲ではまだ無く…」


 瑠璃は語尾がゴニョゴニョし聞き取りづらくなっていた。

 それを横で見ていた葉は苦笑する。


「ははは…、そうだったら良いですけど。実は今日、瑠璃さんの部屋に置く立ち鏡を買いに駅内のモール店に行こうかなと思って」


「あら、そうなの?確かにあの部屋、スペースの関係上大きい鏡が置けなくてねぇ…。ごめんなさいね、手間かけて」


「いえ、良いですよ。そのおかげでこうして買い物に行けますから」


 葉は先程から冗談っぽく美世の言葉を返しているが、半分以上は本音も入っていた。

 どんな理由でもあの部屋のおかげでこうして瑠璃と買い物ができる。それは目の前の女性のおかげだからである。


『月長さんには瑠璃さんをこのアパートに入居させてくれた事含めて本当感謝だな…』


 と葉が思っていると、


「ワンッ!」


 下を見ると、ジェットがもうおすわりをしていた。

 彼女は、私を触って?構って?の合図を葉に送っていた。

 葉は美世に目配せをすると、彼女は無言で微笑み返す。お許しを得た彼はジェットの前でしゃがみ、頭を撫で始める。


「あぁ、モフモフ…。ジェット、あったかーい」


 ジェットは大人しく撫でられていた。葉がジェットと癒しの時間を過ごしていると


「あら?瑠璃ちゃんは触らないの?」


 と美世に問いかけられた瑠璃は一瞬ビクッとなる。

 葉がワンコの肉球を触りながら後ろを向くと


 ソワソワ…


 明らかにを放つ瑠璃がいた。


「えっーと、瑠璃さん?」


「あっ、いえ。大丈夫です。そんな、葉さんとジェットが楽しい時間を過ごしているのに、私が割り込むなんて…。私は、その、また、時間のある時に」


「つまり、瑠璃さんもジェット撫でたいってことですね?」


「…」


「撫でたいんですよね?」


「はい。もの凄く…」


 彼女は観念したかの様に言う。それを聞いた葉はくすっと笑い、しゃがんだ状態のまま、黒い毛並みのお姫様の前にスペースを作る。

 ジェットもジェットで、今度は貴方が遊んでくれるの?と目をキラキラさせ瑠璃を見ていた。

 瑠璃は葉と同じように美世に目配せすると、彼女はまた微笑み返す。それを見た瑠璃はジェットの前にしゃがみ込み。


「ジェットー」


 と優しく頭を撫で始める。

 その姿は一枚の絵に見えて、葉の瞳に焼きついた。


『おぉ、ジェットと瑠璃さん。美世さんと同じくらい絵になるな。これは眼福ものだ』


 と彼が感動していると、


「あら?瑠璃ちゃん、良いのよ、遠慮しなくて。ジェットも前回みたいに遊んで欲しいと思っているから」


 美世からそう言われた瑠璃はまたビクッとなる。

 葉は彼女の言葉の意味がわからず、怪訝そうな顔をする。


『ん?どう言う意味だ?遠慮?瑠璃さん、十分楽しそうだけど…』


 葉が質問の意味を考えていると、瑠璃はすっと立ち上がり、着ていたカーディガンを脱いだ。

 突然の瑠璃の行動に葉が戸惑っていると、彼女はそのカーディガンを彼の前に出して


「ごめんなさい。葉さん、少しの間、この服預かってくれませんか?」


「えっ?あっ、はい。大丈夫ですけど…」


「あと、できたら少しの間、目と耳を塞いで、大家さんの後ろに隠れていてくれませんか?」


 葉は彼女の言っている言葉の意味が全く分からなかったが、瑠璃があまりにも真剣な目をしていたので、とりあえず言う通りにした。

 美世はその様子を微笑ましい顔で見ていた。


 そして、葉が美世の後ろに隠れて、目と耳を塞いだのを確認した彼女は


「夢見瑠璃、行きます」


 と小さな声で気合いを入れると、



 彼女にスイッチが入った。



「ジェットぉぉぉ!会いたかったぁぁぁ!」


 瑠璃は今まで聞いたことない様な甘い声でジェットに優しく抱きつく。そして、そのままジェットの顔に頬ずりする。


「ジェットー、このー、可愛い子めー。貴方はいつもモフモフだねー。わわっ、くすぐったいよ、もー。私は離れないから大丈夫だよー」


 瑠璃の愛で方は留まる事を知らず、ジェットも彼女の顔をベロベロ舐めている。彼女はそれを大喜びで受けていた。

 さっきまで一枚の絵の様な姿をしていた女性とは別人の様だった。


「ジェットー、ジェットー、モフモフー」


 瑠璃のご機嫌ゲージは限界を越えており、ジェットも彼女の顔をずっと舐めて、尻尾も振り回していると表現していいくらい振っており、ご機嫌だった。


 彼女は最後にお姫様の頭を軽く撫で、ふぅ。と息を吐くとすっと立ち上がる。

 やっと、自分の顔がベトベトなのに気がつき、ハンカチで顔を拭き始めた時


「ねぇ、可愛いでしょ?瑠璃ちゃん。あんなにジェットとスキンシップ取れる子そういないわよ?」


「はい。何と言うか、瑠璃さんの意外な一面が見る事ができました…」


『一言で言うと、凄く可愛かった!!』


 美世は葉が彼女の後ろに隠れる時、彼の手を取って、見といた方が良いわよ?と耳打ちをしてくれた。彼は瑠璃に気づかれない様に、こっそりと美世の後ろに隠れ、瑠璃の行動を見ていたのだ。

 もっとも、ジェットに夢中で隠れる必要も無かったのだが。


「あっ、あの。よ、葉さん、い、いつから、み、見て?」


「ごめんなさい。全部です…」


 それを聞いた瑠璃は下を向いてプルプルと震える。


「えっーと、瑠璃さん?」


 次の瞬間、彼の視野に映ったのは顔を真っ赤にして、涙目になっている瑠璃だった。


「葉さんの、ばかぁー!!」


 晴れ渡る空に瑠璃の大声が響いていた。

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