そう、だったな。湖太郎。今の俺に足りないのは―
「なるほど、女の子のファッションやメイクの知識か…。確かにそれは、プロでもない限り男の知識だと限界はあるか…」
湖太郎は二杯目のコーヒーを飲みながら、先程の雰囲気と異なり真剣に考えてくれている。
他人の悩みは可能な範囲でちゃんと話を聞く。そして、今の葉の様にアドバイスを求められれば、きちんと答える。
これも湖太郎が人気者のイケメンである理由の一つだった。
「そうなんだよ。ここに来て、女性との関わりを断捨離してきた事が仇になっていて。良い方法が思いつかない…」
「いやー、お前に女の子の友達がいてもそう簡単にはいかないって。服や化粧の方法なんてそれぞれで好みややり方が違ってくるし、その方法が瑠璃さんに合うかどうかもわからないだろ?ここに関してはやっぱり詳しい人に聞くのが、一番良いだろ?」
「うっ…。一理ある。とは言うものの、俺にそんな知り合いいないし…」
「そうかぁ?一人いるだろ。お前の近くに容姿端麗、文武両道。しかも、教え上手の才女が。彼女に聞いてみるのは?」
「誰だよ、それ?そんな人いるわけ…」
と言って彼は思い出す。
表は花園の姫、裏は茨の女王様であるあの人の事を。
「…彼女は最終手段だ」
「言うと思ったよ。まぁでも、そのあたりは普通の男が頭をひねっても出来ることは少ない。そこら辺は男女問わず、その道のプロ。あるいは知り合い探そうぜ?マスターもいたら教えてくれないかな?」
「うん。そうだね。僕もパッと思いつかないけど、奥さんならいるかも。ちょっと伝手を探してみるよ」
「俺も彼女に聞いてみるわ」
「二人とも悪い。恩にきるよ」
そう言って葉は手を合わせて、頭を軽く下げる。
それを見て、湖太郎とマスターは目を合わせて、ふっと笑う。
「そんな事より葉。そっちはまぁ後回しにするとして、まずはおとなりさんが男性に慣れてもらう方が重要じゃないか?」
「うっ…。それもそうだが。どうしたものか…?」
それを聞いて葉は腕を組んで考える。
湖太郎は彼を見てしばらく考えた後、妙案が浮かび、口の端を上げ、ニヤリと笑う。
「んなもん、決まっているだろ。お前、明日の祝日。その人とデートに行け」
「はぁ!?なんでそうなるの?」
「家に引きこもって生まれる男女の出会いなんて、せいぜい出会い系サイトとかくらいしかないだろ?恋愛の『れ』の字も分からん上に、男性経験が少ないその人にいきなりそれは逆にレベルが高い。だから、瑠璃さんには現実の男を知ってもらう為、まずは外に出で、街行く男性とかカップルの様子とか見た方がずっと勉強になるだろ?」
「う…、まともな答え。でも、デートする理由が無いと誘い辛いし…」
そう言って悩む葉に湖太郎は考える間もなく、アイディアをぶつける。
この手の話題になると経験値の高い彼の言い分が理にかなっている。
葉が勝つ確率はゼロだ。
「瑠璃さん、最近引っ越してきたばっかりだよな?ならその人の家に無いものを買いに行く。と言って誘えば良いだろ?どうだ?」
「ぐぬぬ…返す言葉も無い」
完全に葉の詰みだった。ここまできてしまえば、もうひと押しだと湖太郎は思った。
そして、彼は知っていた。葉が簡単に言い訳したり、諦めたりして、逃げない人間だと。
「その人も話聞く限り、嫌な事は嫌って言える人だ。もし全力で断られたら、次を考えれば良い。その時はまた俺も考えてやるよ。葉。後はお前の『勇気』の問題だよ」
「勇気…」
その言葉は今の葉の心に、一番響く言葉だった。
『確かに瑠璃さんは嫌な事は嫌。とちゃんと言える人だと思う。なら、後は俺の勇気の問題か…。考えろ。どうやって彼女を誘うのかを』
葉は色々な誘い文句を考えて、考えて、思考を巡らせていくうちに。
自分があのアパートに引っ越してきた時、最初に買った家具の事を思い出す。
『そう言えば、あの部屋、アレが最初からついて無かった。あの家具、瑠璃さんの部屋にも確か無かった! 』
そう思って葉はガタッと椅子から立ち上がって、コーヒーを飲み干して、二人に礼を言う。
「湖太郎、マスター色々相談に乗ってくれてありがとう。俺、やってみるよ!」
「おぅ、頑張れよ!」
「ファイト!葉くん!」
二人の声援を受け、葉はすぐに着替えて喫茶店を後にした。
三杯目のコーヒーを淹れてもらった湖太郎はそれを口に運ぼうとする。
「…なかなか、上手い焚き付け方だね。湖太郎くん、勉強になったよ」
ゴフッ!
湖太郎は思わずむせる。彼がマスターを見ると、ニヤニヤしていた。
「やっぱり、マスターにはばれていたか…」
「まぁね。でも良いと思うよ?結果的には葉くんも喜んでいたし。それに…ねぇ?」
「あっ、マスターもそう思います?まったく葉のやつ。二年間のブランク、結構でかかったのかなぁ…」
マスターはそれを聞いて、ふふっ。と笑う。
「今までの話を聞いていただけでも、瑠璃さんがなんでそんなに頑張れているのか理由がわかりそうなものだけどなぁ…」
そう言って湖太郎はまだ熱の残るコーヒーを一気に飲んだ。
葉はピローコーポに着くと瑠璃の家の前の扉に立つ。
そして、部屋のチャイムを押す手前でピタッと手が止まる。
『俺、瑠璃さんの生活にこんなに踏み込んで良いのかな…。いくらプロデューサーでも女の子の休日を二日も貰って…』
『俺はあの人に価値あるデートを案内できるのか?』
確かに葉と瑠璃は数日間でどんどん距離を縮めていた。
しかし、彼ら二人は学校が一緒でも、同じ職場の同僚でも無い。
今までも、もしかしたらこれからも、同じアパートに住むおとなりさんだ。
そんな人間がいくら彼女の為とは言え、ここまで、おせっかいをやいて良いのか?彼は本気で悩んでいた。それが、金木葉と言う人物だった。
『湖太郎は、瑠璃さんは嫌な事ははっきり言う人だって言ってくれた。でも、気も使える人だ。もし俺が買いものに誘って、彼女にとって無駄な時間にしてしまったら、彼女の場合それこそ俺が寿命を縮めてしまったのと同義だ』
「あれ、葉さん?こんばんは」
葉は声のした方を向く。
そこには、水色のワンピースを来た瑠璃がいた。今日は眼鏡をかけてはおらず、コンタクトだった。艶のある髪は昨日と同じく、軽くまとめてあり、子供っぽくも見えれば、大人っぽさもある不思議な姿に見えた。
「えっ、あっ、瑠璃さん。こんばんわ」
「はい。えっと、ごめんなさい。今日はちょっと出かけていました。私に何か御用ですか?」
そう言われて、葉は自分の姿を見る。
瑠璃の部屋の前でチャイムを押そうとしたまま静止。どう見ても家の主に用事がある人であり、そうでなければ不審者だった。
「あっ、いや、その…」
彼は慌てて、チャイムを押そうとした手を引っ込める。それを見て瑠璃が首を傾げる。
『何をしている、俺。これじゃ、完全に不審者。いや、それにしてもワンピースは予想して無かった。可愛い…じゃなくて!えっと、えっと』
彼の脳内で色々な思考が慌ただしく駆け巡る。
そんな時、バイト先での湖太郎との会話が思い出される。
「葉。後はお前の『勇気』の問題だよ」
『そう、だったな。湖太郎。今の俺に足りないのは―』
「瑠璃さん!」
「はい!何でしょう?」
葉が急に大きな声を出すので、瑠璃は驚く。声の主も自分が予想以上に大きい声を出してしまっていたので、自分に驚く。
彼は緊張していた。それでも、言葉を紡ぐ。
「明日の休日、俺と…」
「立ち鏡、買いに行きませんか?」
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