ねぇ、瑠璃ちゃん。

 花火大会の後、葉は勝が呼んでくれた救急車に運ばれ、病院で治療を受けた。

 右腕は見た目こそ酷かったが、幸いそこまで重症では無く、治療をすればちゃんと回復すると医者に言われた。

 しかし、やはりいくつか傷痕は残るそうだ。


 瑠璃と湖太郎に危害を加えようとした男達は全員入院。

 タケシは二日酔いでベッドから全く起き上がれず、残りの男達はテレビや雑誌でマッチョが映ると発狂して怯え、全員退院する頃には何倍も老けていったという。


 勝はあの後、彼女が仕事で来られなかった為、祭りの片付けを手伝い、ボディガードをしていたトレーニー達と合流。

 そのまま、アゲ横の人達と打ち上げを楽しんだそうだ。


 湖太郎は彼女と合流し、美世から貰ったチケットを使い、特等席で花火を見ることができた。

 彼は連絡が来るまで、ずっと葉を心配していたが、葉が瑠璃と合流して


『心配かけて、ごめん。瑠璃さんに会えたよ。ありがとう』


 と連絡を受けると、安心してそのまま彼女と花火を楽しんだ。


 そして、葉が怪我をしたと聞いた時は、珍しく彼が葉にお説教した。

 しゅんとなる葉を見て、はぁ。と溜息をついた後


「バイト。待っているからな。早く治せよ」


 とそれだけ言って笑顔で去って言った。


 何から何まで湖太郎の世話になってしまったこの数日間。

 葉はいつかお礼をしないと…思っていたが、そのチャンスは意外にも早くくることを、その時の彼は知らなかった。




 そして、瑠璃に浴衣をプレゼントした美世は―


「あら、葉ちゃん、瑠璃ちゃん、おかえ…、って、どうしたの!?二人とも!」


「ワンッ!」


 病院で一夜を過ごした葉と瑠璃はボロボロになって、ピローコーポに帰宅した。

 傷だらけの二人を見て、美世とジェットは慌てて駆け寄る。


「葉ちゃん、その傷…。それに瑠璃ちゃんもボロボロじゃない。二人とも大丈夫?私に手伝えることある?」


「クゥーン…」


 美世はボロボロの二人を見て不安そうな顔をし、ジェットも二人を悲しそうな顔で見つめる。

 葉も瑠璃も自分の怪我よりも、美世とジェットにこんな顔をさせた事が、辛くてたまらなかった。


「ごめんなさい。月長さん。心配かけて。でも、ちゃんと病院にも行きましたし、怪我も数週間きちんと薬飲んでいれ回復するそうです」


「そう、良かった。でも、葉ちゃん。何か手伝える事があったら言ってね。葉ちゃんほどじゃ無いけど、美世さんも料理。得意なのよ!」


「ははは…。ありがとうございます。そう言って貰えるなら、お言葉に甘えるかもしれません。よろしくお願いします」


「えぇ、もちろん。瑠璃ちゃん、あなたも困った事があったら、美世さんに…」



「…瑠璃ちゃん?」


 瑠璃は下を向いて、ずっと黙っていた。

 よく見ると、彼女の足元にいくつか滴が垂れており、ジェットはその滴が落ちる軌跡を目で追って、顔を見上げ、


「クゥーン…」


 瑠璃の足元にすり寄った。


「ごめん…なさい」


 彼女の声は消え入りそうだった。

 瑠璃は泣いていた。

 葉や勝、湖太郎、そして、美世にしてしまった事とその申し訳なさが、ここに来て一気に押し寄せた。


『自分が人に迷惑ばっかりかけていると思わない』


 とあの時、葉と誓ったが、それでも、その涙を止める術を、今の彼女は持っていなかった。


「美世さんから貰ったチケットも、浴衣も、全部ダメにしてしまって…。あんなに綺麗にお化粧して貰ったのに、私、全部無駄にし…」


 ギュ…


 瑠璃の体を美世は優しく抱きしめた。

 瑠璃の鼻に優しい懐かしい香りが入ってくる。

 彼の大好きだったおばあちゃん。

 美世の香りは彼女の祖母の香りと少し似ていた。


「ねぇ、瑠璃ちゃん。葉ちゃんとの花火。?」


 美世は優しい声で瑠璃にそれだけ質問した。

 瑠璃は美世を抱きしめて、泣きながら笑顔を作って答えた。


「はい。とっても、です」


「そう。良かった…」



「私はね、だけ聞ければ、もう充分よ」



「美世さん…。うっ、うっ、えぇぇぇん…」


 子供のように泣きじゃくる瑠璃。

 美世は泣いている瑠璃を優しく抱きしめていて、その姿は本当の家族の様だった。

 葉が優しい顔で二人を見ていると


「ワンッ!」


 彼の足元にジェットが寄ってきた。



『あの子はもう大丈夫。だから、今度は葉ちゃんの番だよ!』



 彼の足元で尻尾を振る黒芝はそう言っているような気が、彼にはしていた。


 優しい黒柴のおせっかいに葉は少し目が潤む。

 彼はジェットを抱っこして、


「ありがとう。ジェット…」


 と呟いて、美世を見た。

 

 彼女は『大丈夫』と言っているような笑顔だった。


 その顔を見て、葉はここが自分と瑠璃の戻ってくる場所で本当に良かった。


 そう思った。

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