だから、俺はあなたにこう言いたい

 美世からチケットを受け取った葉と瑠璃は、彼女とジェットに別れの挨拶を済ませ、階段を登る。

 そして、葉が自分の家のドアノブに手をかけた時


「葉さん」


「えっ?あっ、はい。なんですか?」


 不意に彼女に声をかけられ、葉は少し慌てて扉を開こうとする手を止めた。

 瑠璃の方を向くと、彼女は嬉しそうな顔をしていた。


「花火大会、誘って頂いてありがとうございます」


「あっ、いえ、そんな。俺も、その、瑠璃さんと一緒に行けて嬉しいと言うか…」


 急に彼女からお礼を述べられ、葉はしどろもどろに返答してしまう。

 それを聞いた瑠璃ははにかんで笑いながら、


「えへへ。そう言って貰えると嬉しいです」

 と答えた。

 そして、彼女は少しだけ俯き考え、その後、葉の方を向いて答えた。


「私、本当は葉さんに声をかけるかどうか悩んでいました。もしお隣さんが怖い男の人だったらどうしようって。失礼な隣人だって思われるかも、しれないけど、それでもやっぱり…」


 それを聞いた葉は落ち込む訳でも無く、悲しむ訳でも無く、ただ、優しく微笑んで返した。


 なぜなら、彼はもう知っているからだ。


 瑠璃の秘密、彼女がサキュバスと人間のハーフであること

 彼女の悩み、異性の生気を吸収してしまい、そして、意図せず催淫してしまうこと

 彼女の夢、素敵な人と恋すること

 そして、彼女がその夢に対してどれだけ真剣に考え、どれだけ涙を流しても諦めないで、どれだけ頑張ってきたのかを



 葉はもう、おとなりさんがどんな人か、知っているのだ。



「瑠璃さん、気にしないで。貴方から聞かせて貰った話を聞けば、そう思う事なんて当然です。俺だって初めて会う人がどんな人かなんて一目みただけではわかりませんよ」


「葉さん…」


 葉も少しだけ間を開けて考える。今、自分が彼女に返せる言葉を考える為に。

 そして、言葉を紡いだ。


「でも、色んな悩みを抱えていても、瑠璃さんは勇気を出して、俺に声をかけてくれた。だから、俺はあなたにこう言いたい」



「瑠璃さん、あの日、勇気を出して、俺に声をかけてくれてありがとうございます」



 そう言って、彼は軽く頭を下げて、そして、瑠璃に笑顔を向けた。


「…」


「えっーと、瑠璃さん?」


 ポロッ


 彼女の瞳から一筋の涙が流れる。

 それを見た葉は思わず慌てる。


「えっ!?ごめんなさい、瑠璃さん。何か俺、変な事…」


「大丈夫です。ちょっと、目にゴミが…」


 目元を拭って涙を止めようとする瑠璃だったが、彼女の意に反してその瞳からは小さな滴かポロポロ流れてくる。


「ごめん、なさ、い。なかなか、ゴミ、取れなくて、えへへ…」


「瑠璃さん…」


 葉は自分の鞄の中からポケットティッシュを取り出そうとする。


「葉さん」


「あっ、はい!」


 急に呼ばれた葉は瑠璃の方を見る。

 彼女はまだ泣いていたが、


 彼が瑠璃に初めてあった時のように、素敵な笑顔でそれは夕陽の色で輝いていて、瞳から流れる涙はキラキラと光り、一枚の絵画のようだった。



「私もあの時、葉さんに挨拶できて、本当に良かったです」



 ドキッ!と葉の心の中で大きな音が鳴る。


「花火大会、楽しみにしています。一緒に行きましょうね!」


 そう瑠璃から言われた葉は、笑顔で返答し、そして、満たされた気持ちで自宅の扉を開けた。




 花火大会、当日。

 葉と瑠璃のデート前の定番の待ち合わせ場所、自宅の部屋の前―

 では無く、今日の待ち合わせ場所はピローコーポ大家の住んでいる部屋の前。

 つまり、美世の部屋の前だった。


 それというのも、先日、瑠璃は美世から浴衣を貰うことになっており、彼女は葉よりも一足早く美世の家にお邪魔し、浴衣の着付けや手直しを手伝って貰っていた。

 葉はジェットと遊びながら気を紛らわしていたが、それでも、彼女が気になり、ずっとそわそわしていた。


『あぁー、落ち着け、落ち着け。俺。瑠璃さんの浴衣を前に気持ちが昂ぶるが、今日、デートする場所は今までの中でも最難関。Sランクの任務だ。下手すれば、瑠璃さんがナンパされまくって悲劇が起こるなんて事もあり得る』


『気を引き締めないと…』


 そう葉が心の中で小さく決意すると


 ガチャ…


「お待たせしました」


「あっ、瑠璃さん。いえ、だいじょ―」


 葉は彼女の姿を見て、言葉は失う。

 それは彼女の姿があまりにも、あまりにも、あまりにも美しかったからだ。


「どうでしょうか?似合っていますか?」


 彼女の着ている浴衣は深い碧色をした浴衣で、金魚の模様が入っていた。

 派手さは無いが、可愛らしい、瑠璃に合わせて作られた様な浴衣だった。


 彼女の綺麗な黒い髪は浴衣に合わせて纏めてあったが、いつもよりも艶やかに仕上げられていた。

 そして、濃くは無いがいつもよりも大人っぽい化粧をしており、それがまた彼女の華やかさを彩っていた。

 彼女はいつもように顔を赤くして、下を向いてもじもじしていたが、その仕草もいつも倍可愛いらしかった。


「…」


「あの、葉さん、その、何かお言葉を…」


「あら、葉ちゃん。瑠璃ちゃんがあまりにも綺麗になって、驚いて言葉も出ないのね?」


 瑠璃の後ろから急に現れた美世に二人は驚く。

 美世は瑠璃の肩に両手を置いて、瑠璃を一瞥し、そして、葉を見て悪戯っぽく笑う。


「どう?自分で言うのも何だけど、とても、綺麗にお化粧できたわ。いつも瑠璃ちゃんとはまた違った可愛らしさでしょ?」


「美世さん、そんな、この浴衣のおかげですよ…」


「そんな事無いわよ。確かにその浴衣も素敵な柄だけど、瑠璃ちゃんが来てくれるから更に輝くのよ」


「うぅ…。でも、本当に素敵な浴衣です。ありがとうございます。大事にしますね」


「いいえ。こちらこそ、貴方のような素敵な女の子に浴衣をプレゼントできて良かった。花火大会楽しんでね」


「はい!」


 そう言って笑う瑠璃の笑顔は夜空に花開く花火の様だと葉は思った。

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