➥ Scenery.1_開闢する運命

【Phase.1-1】アタシは桐生リゼ、βテストはじめるよ!

「ね、華音かのん? これからもさ……アタシと一緒に戦ってくれる?」

「勿論ですよ。リゼさんとならいつでも、どこまでも――」


 ――繋がれた二つの手。

 彼女たちはに出逢わなければ、きっと現在イマの二人は無かっただろう。


 この物語はアラサーNEET喪女の主人公『桐生きりゅうリゼ』が、失くした過去の記憶を取り戻すため、運命のパートナー『黒咲華音くろさき かのん』と歩き出す一週間前……とあるゲームのプレイ初日から始まる。



──────────────────────────────



「……朝? ん~眠ぅーッ!」


 クセっ毛の金髪ブロンドをクシャクシャと雑に掻き、寝巻きジャージを脱ぎ始めつつも、緩やかに起床する西欧系ハーフ喪女の桐生リゼ。

 自室に注ぐ暖かな日差しで覚醒したのだが、二十九歳NEETの身体に陽光は存外堪えるらしい。

 眩しさに紅差す目を細め、欠伸で間延びした表情を浮かべる彼女は「ってか、いま何時ー?」と呟き時計を見た。


「……10時58分、だと?」


 直後、リゼは目を見開いたまま動きが止まってしまった――



≫ ≫ ≫



 ――西暦2029年5月現在。


 今日は話題のフルダイブ型VRゲーム 《MateRe@LIZマテリアライズE Nexusネクサス》クローズドβテストの開始日。

 2vs2のチーム対戦をし、ランキング上位を目指す対戦型ゲームだ。

 開発元は創業七十周年を迎える老舗ゲームメーカー『株式会社Re@LIZEリアライズ』。


 βは限定二週間開催、しかも僅か5000名のみという狭き門たるプレミアムなテスターとして当選していた彼女。

 世界展開していたシリーズ前作 《MateriaLIZマテリアライズE》のヘヴィープレイヤーでもあったが、前作はフルダイブ技術が確立しておらず、普通のVR形式。

 今回の後継作 《MateRe@LIZE Nexus》より初めてのフルダイブ型VRゲームとなるため、並々ならぬ期待感を胸に抱き過ぎたようだ。昨日は遠足前の小学生よろしく、眠りに就いたのが日付を跨いだ明け方近くだった。


 こうして先程眠りから覚めたリゼ。

 見ていた時計の示す現在時刻は、午前十一時を回ろうとしていた……が、βテストのサーバーオープンは本日午前十時より。有り体に言えば寝坊というヤツである。

 そんな現実を受け入れたくなくて、リゼはベッドの上でフリーズをしていた、というのが顛末だ。



 ――此処は埼玉県さいたま市大宮区。駅はJR在来線だけでも22番線まであり、そのうえ新幹線や私鉄も複数止まる日本屈指の巨大ターミナルだ。


 駅の西口を出て車を真っ直ぐ走らせれば、僅か十分程で件のアラサーNEET女子が住まう家が見えてくる。約二百坪の土地にバロック調の戸建。建屋まで通じる広い庭はシッカリと手入れされ、多くの菖蒲アイリスが咲き誇る邸宅であった。

 そんな周囲より浮いた豪奢な家の二階角部屋より、彼女の絶叫がこだました。


「Nooooooooooーッ!!」



 ……そして時は動き出す。


 ベッドから転げ落ちつつもβテスターへと配布され、ソフトがプリインストールされた『QUALIAクオリア』なるハードウェアへ電源を投入。


 続き、近年にスマートフォンと取って変わったウェアラブルデバイスを連動させて頭部にセット。ゲーミングに特化したバイザータイプのモノであった。

 うわ言の様に「ヤバいヤバい」と呟きながらも、直ぐにタイトル画面が彼女の網膜へとリンク投影される。

 画面確認後には ≪マテリアダイブっ!≫ と音声コマンドを入力。デバイス内部の脳波コントローラがQUALIAと接続を果たし、直ぐに意識はVR世界へと誘われて行った。


 伴って睡眠から目覚めたばかりの肉体は、床の上に転がったまま再びスリープ状態へと移行したのだった。このまま床に転がっていれば風邪をひくかも知れないが、何よりもゲームが最優先。それがリゼのジャスティスだ。



 ▸▸Login……Connected.

 HELLO、《MateRe@LIZE Nexus》!!



 ≫≫ βテスト初日、午前11時_キャラクターメイキングエリア ≪≪



 現在のリゼは、自分自身と全く同じ姿をしたのアバターとなり、VR世界へと身を投じていた。

 ココでは自己の存在が不確定状態にあるものの、ゆらりゆらりと海の中を潜り進む様に漂う意識感覚が何故だか妙に落ち着く。ロジカルに言うなら、QUALIAを通じて意識がデータ化され、バイナリというデータの海を漂っているのだろう。


 そもそもQUALIAの語源は、人体に備わる五感の『感覚質クオリア』より名称が採られており、脳科学の分野では「」とも学者らが論じている。

 もっと砕いていうならば、VR世界と自己存在が繋がっている現在の半透明状態こそ、と同質なのかも知れない……少し科学へロマンチックを求め過ぎかもしれないが、理系女子であるリゼの意識が揺られる疑似的な感覚質の中で、そんな風にも想像をしてしまった。



 ――意識が暫く先へ進んでいくと光源が見えてくる。

 特に上下の感覚は無いのだが、喩えて言うなら海の底であろうか。

 光はステージライトのように黒曜の石場を照らしていたため、因果無くも「ここが目的地だ」と引き寄せられ、舞台のド真ん中に降り立つリゼ。



 底へ足を付けた直後「ようこそ、魂の在処へ」という仰々しい台詞とともに、目の前では眩い光が徐々に集いつつ、形を成していくシルエットが一つ。その姿はまるで――


「――ク、クマぁ!?」

「ええ、ええ。そう言われる方々、多数いらっしゃいますぞ」



 粒子が集うことで完全に容姿が確定したクマ(仮)は、なんとリゼの疑問に返答をしてきた。しかも鼻にかかるバリトンの効いた重低音声で。

 全身黒いカラーに短めの手足を備え、なんとなく何処かの企業がゆるーいマスコットキャラクターとして起用していそうなファニーなビジュアルが、見た目を可愛いと思わせてくれる。

 意外にも身長も高いようで150センチを超えていると思われる。身長156センチメートルのリゼと並んでもほぼ同等の高さだ。


「アンタは……?」

「これは申し遅れた。私の名は『リアラック』。本ゲームのナビゲーター兼マスコットキャラクターである。可愛いかろう?」


 確かに可愛い見た目ではあるが、反してなんとも返答し辛い台詞とともに慇懃な貴族風カーテシースタイルで膝をつき、リゼのログインを歓迎するリアラックなるクマ。


「あーうん、可愛い可愛い!」

「……ぞんざいな回答、ありがとう」


 リゼのおざなり回答に対して微妙な反応している様子から、結構優秀なAIが積まれていることは想像に易かった……が、リゼの意識は既に次なるステップに向いており、歪みなきゲーマー気質を見せる。

 やはりオンラインゲーム最初の醍醐味と云えば、何と言っても『キャラクタークリエイト』だろう。


「ってなコトで――早くキャラ作らせてよ!」

「本当にマイペースな参加者だ……まぁお応えして、クリエイトを始めようではないか」

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