【Phase.2-5】近づく終結、果てに赫う金色の双眸

★《MateRe@LIZE Nexus》で格闘技経験って意味ある?


本ゲームでは『PSOフィジカルサポートオペレーション』という、アスリート並みの運動機能を補助するシステムが設定されているため、全プレイヤーが一律で優れた肉体性能を持つ。


格闘技は個人が習得し身に付けた技術であり、脳が技術を記録・再現するため、VR環境で十分機能する。

格闘未経験者は肉体が優れてても、動かし方までは未熟なままなので、殴り合い等では基本的に経験者側へ有利が付くだろう。


このほかにも、足が速い、身体が柔らかい、目が良い等も、脳の情報を利用するため恩恵がある。



──────────────────────────────



 ≫≫ 戦闘時間残_12分05秒 ショッピングモール内 テナント通路 ≫≫



 闇中、戒心かいしんも程々に、グライロウ追撃を開始するリーゼ達。

 彼が先程テナントエリアへ逃げ込んでから僅か十五秒ほどの後追いとなり、闇の向こうから地を蹴る靴音が円筒状の通路に反響し聞こえてくる。


《罠――の心配は大丈夫っぽいなぁ》

《ええ。慌てて余裕のない足音です。ナイフの反撃には注意ですね》


 目標はグライロウの撃破、ただ其れのみ。

 リーゼが「この先は確か……」と、道すがらに『記憶』したフロアマップを脳内にリロード。

 一番奥の区画まで百メートル程度。その突き当たりには雑貨のテナントルームがあり『改装中』と書かれていたヴィジョンが鮮明に浮かんだ。


 実際に目の前に広がる通路は、トラップに使えそうなオブジェクトも配しておらず、光量不足という以外は比較的開けて戦い易い場所だ。故にグライロウも敵二人相手にして通路で戦うなんて不利な選択はすまい。

 ……では、彼の選択は如何なものとなるだろうか?

 視界にインターフェース表示されている戦闘フィールドマップを確認すると、逃走するグライロウの光点はテナントエリアの一番奥へ差し掛かり静止していたタイミングだった。合わせて先程まで響いてた足音もピタリと止んている。


《お、止まったっ!》

《奥の部屋……に入ったっぽいですね》


 リーゼ「ふーむ……」と一瞬の思考を走らせた後、セレスにひとつ提案をした。


《一気に踏み込もうと思う。いいかな?》

《……解りました。気を付けてくださいね》


 グライロウ撃破を焦った末の提案ではない。反撃の策を熟考させる時間を与えないため、というのが真意だ。

 セレスもリーゼが「いいかな?」と可否を訊ねてくるあたり、何等かの意図あっての事だろうと直ぐに賛同した。


《あんがとねー! ――ただ、ツメが甘いのには定評あるんで……フォローよろしくね!》

《了解です》


 セレスは『一体誰からの定評だろう?』とよぎりもしたが、銃弾を撃ち落とす技術を持ったパートナーに対し、さしたる不安は抱いて無い。フォロー用の爆弾を準備し、リーゼと共に最奥の地を目指した。



 ≫≫ 戦闘時間残_10分52秒 テナントエリア最奥部 雑貨屋/改装中 ≫≫



 リーゼは雑貨屋の入り口まで無事に到達した。直ぐ後にはセレスが視認可能な距離にて待機。


《とうちゃーく!》

《……そこから中、見えますか?》

《待ってねー……》


 部屋の壁面一つを隔てる程の至近距離では、最早フィールドマップの光点での位置特定は難しい。そのため入り口を警戒しつつも、リーゼは内部へ半身を滑り込ませ、直接内部の様子を伺ってみた。


 雑貨店はドア無き部屋の体を成し、壁面には抽象概念をモチーフとしたロココ調のデザイニングが施されている。雑貨屋のみならず、カフェやロリータ服のショップにも向いていそうな店構えだ。

 窓も付いており、古式建築然の意匠を凝らしたシンメトリーのフレームより、月光が差し込んで照明代わりとなっている。この光が存外に部屋内の見通しを助けてくれる。


《んー……》


 リーゼは月の薄明りを頼りに、内部を更にチェック。彫像・テーブル・燭台等のレトロな調度品が並び、予想以上に物陰となる部分が多い。一見ではグライロウの姿を捉えられなかった。


《……ココからじゃ、何処にいるのかっかんないねぇ》

《いっそ、爆弾でも投げ込みましょうか?》


 セレスより大胆な提案が飛んでくるが、リーゼは《いや、中は狭いんで止めとこう》と直ぐに制止を提言。理由は物理学に起因するものだ。

 閉鎖空間で爆発が起きる場合、高圧エネルギー『デトネーション』が解放発生する。この場合の巻き込み範囲は……今立っている雑貨屋の入り口から、通路を抜けて約三十メートル先まで一気に噴き出すだろう。

 結果、リーゼ達も火ダルマになり、全員『死亡』の可能性まで想定される。出来ればそんな事態は避けたいに決まっている。


 セレスへの詳細説明を考えていたリーゼだが、先程の「中は狭い」という言葉ひとつで、爆発の性質をリマインドしたセレス。《……失礼、爆轟ばくごう(=デトネーション)が発生するんですね?》と言い、提案を引っ込めた。

 思わず察したセレスへの造詣ぞうけい深さに《さすが……!》と漏らすも、これ以上の称賛は戦いが終わってから。


《んじゃ最初の予定どおり、直接内部に入って炙り出してくるね。ヤバくなったらフォロー頼むよ、セレスちゃん》

《解りました。打撃系体術も使えますので、お任せを》


 リーゼは『マジで格闘家か何かなのかな?』と思いつつも、信頼の意を頷きで返し、雑貨屋へ第一歩を踏み込む……その瞬間だった。



 ――闇より奔る一筋の光。

 それは成す術もない速度で、リーゼの虹彩へ飛び込んでゆく。


《――眩しッ!》


 発生ポイントは部屋の右側に掛かるアンティーク調の鏡。反射した月光が目眩ましとなった。

 リーゼの技術『ニュートラライズ』でも迎撃不可の事象であり、余りにも想定外の意図せぬ攻撃だった。

 マトモに瞼を開けられないこの瞬間……物陰より山吹色サンライトイエローの光を帯びたナイフがリーゼへ飛来する。


《ヤッバいッ!》


 真っ白な視界の中で、殺意を帯びて仄かに光り迫るエフェクトだけがぼんやりと見えた。

 この視界では当然、虎の子『ニュートラライズ』も使用不可。止むを得ない現状に対し、リーゼは二挺のハンドガンを盾のように自身の前に放ると、ナイフが二挺のハンドガンと接触。直後にリーゼのハンドガンは二挺ともに粒子化から消滅の一途を辿る。


 武器を身代わりとした防御テクニックだが、武器ロストという大きなデメリットを負う事となる。しかし背に腹は代えられないため、リーゼは実行を選択せざるを得なかった。

 直後に、攻撃の役目を全うしたナイフが地面へ転がる。反響音が部屋中に響き渡ると、セレスも相方の異変を察知した。


《リーゼさんっ! どうしました!?》

《攻撃――ナイフ投げが来たっ!》


「クソッ、仕留めそこなったか……だけどなぁっ!」


 未だ霞む視界の向こうより聞こえるグライロウの声。

 同時にグライロウは物陰より姿を現し、自身のマントを肩から外すとリーゼへ投げつけ、被せるように上半身を絡め捕ると、そのままの勢いでマントに包まれたリーゼに対し突進を敢行した。


「元アメフト部を舐めるなよっ!」


 息撒くグライロウは低い姿勢でタックルを仕掛け、リーゼの両足を掴むと地面へ引き倒す。

 直後、リーゼは「ぐぁっ!」と雑貨店の地面へと身体を強く打ち付け、HPは一割程減少。


 ……が、この被害は始まりに過ぎなかった。

 倒れ込んだ場所はの上。


 ここは元々、螺旋階段をしつらえてた二階構造の店舗だったが、店舗縮小のために螺旋階段を取り払い、部屋の真ん中に出来た大穴へ人が落下せぬよう、仮設されただった。

 勢い良く倒れた衝撃と、成人男性二人の体重を支え切れずに木板は容易に割れ崩れた。


「うおぉおっ!?」

「何!? 見えないケド落ちてんのっ!?」


 階下の闇へと消えゆくグライロウとリーゼ。

 突撃を仕掛けたグライロウさえも想定外の結果だった。


「リーゼさん!」


 部屋の入り口まで駆け寄ったセレスだが、適度に保っていた距離が仇と成り、救いの手は間に合わなかった――。



 ≫≫ 戦闘時間残_8分44秒 ショッピングモール地下 ??? ≫≫



 闇の中で舞う粉塵。板の破片も時折、乾いた音と共に近くに落ち降る。


っつー……」


 リーゼは朦朧とする意識を奮い立たせ、周囲を見渡し現状を確認した。HPは三割程減っており、左腕が少し痛む……肩から落下したためだろうか。

 見上げれば存外に天井も高く、上のフロアまで約五メートル程。グライロウのマントが上方で引っ掛かっているのが見え、その向こう側より照らされる月明かりが、何だか自棄やけに眩しく映った。


 ココで少しノイズが乗りつつも、セレスからの《チームチャット》が飛んでくる。


《――リーゼさん、大丈夫ですか?》

《セレスちゃん。生きてるよー》

《今、別の階段見つけたので、そちら向かいます。少し耐えてください》

りょー(了解)っ。出来るだけ頑張ってみるよ》


 ……と、言ったものの、武器も無くかなりマズい状況だ。

 小学生よりNEETになったリーゼは、格闘技はおろか基礎的な運動自体、知識があっても経験とセンスは皆無。元アメフト部などとのたまうグライロウの攻撃を、これ以上を防ぐ自信なぞゼロに等しい。


 『こいつぁ、かなーりヤッバいなぁ……』と思った時――粉塵の向こうより伸び迫る腕が二つ。それらはリーゼの首に一瞬で絡み、その場へ引き倒されてしまう。

 当然、攻撃の主はグライロウ以外にない。


 「ったぁ!」


 地面に倒されたリーゼ。グライロウはそのまま馬乗りでマウントポジションを得ると、「ヘッヘッ」と下卑た笑いを浮かべつつリーゼのコート襟を掴み、そのまま首を締め上げる。

 現在の彼の顔つきは英雄ヒーローのような出で立ちとは真反対。悪役ヴィランそのものにしか見えない。


「――んぐっ!」

「こうしちまえば……あの変な偶然も起きねぇだろ?」

「……あ! ッ……がはっ!」


 さながら柔道の締め技だ。コート襟で頸動脈部を締められ、脳の酸素不足を疑似的に再現するVRシステムに因り、リーゼへ息苦しさの錯覚とともにHPのスリップダメージも与えてゆく。


「武器がなきゃそんなモンか? オラァっ!」

「……ぐっ、ウェッ……!」

「このままオチちまいなっ!」


 続くスリップダメージで、現在リーゼのHPは五割を下回った。

 万が一、気絶した場合はシステムから強制ログアウト……詰まり敗北を意味する。


 緩やかに薄れてゆく意識。


 減り続く残HPを心配してセレスが通信を送ってくるも、意識のブラックアウトが近いようで、その声はほとんど聞こえない。


《――ゼさ――今――か――!》



 ――聴覚は失われつつある。

 ――嗅覚も何ら感じられない。

 ――味覚だって、恐らく嗅覚に付随して無い筈だ。

 ――触覚、今締め付けられている感覚さえ殆ど無い。


 残HPは四割、今も減り続ける。


 ――視覚も、もう……。


 闇にも等しい中で見えるのは、光るグライロウの……彼のエメラルドグリーンの瞳がふたつだけ。

 両の瞳には狂気を孕み、リーゼを見つめている。



 ――その瞳、何処かで……?


 ――その目、やだ……!


 ――いや……来ないでっ!



 叫びたくとも声にならない声。

 その声は、アバター『リーゼ』ではなく、プレイヤー『桐生リゼ』のものだった。


 夢かうつつか、今という境界線が失われていく。

 五感の全てがうしなわれていく。

 自分が、ウシナワレテ、イク。



【――モウ、誰ニモ、何モ、奪セ、ナイ】



 そう、リーゼの唇が音もなく呟き動いた瞬間……リーゼの瞳の奥よりが弾ける――



「これでお仕舞いだっ! ……ッ!? ――グゥオオオオオオッッ!!」


 リーゼへ一気に止めを刺すべく、両腕へ更なる力を込めたグライロウ。

 だが、逆にHPが一瞬で半分以上失われたのもグライロウ自身。同時に叫びつつ、馬乗りになっていたリーゼの上から転じて床へのたうち回る彼……気が付けば両腕が失われており、その痛みを必死に堪えている。


「ふーっ……ぐぐっ……俺の腕に、何しやがっ……た!?」


 その問いに答える事無く、馬乗りから解放され、ゆっくりと立ち上がるリーゼ。

 何時の間にか手に持つを無造作に投げつけると、それ等は壁に激突し赤い流血エフェクトを撒き散らしながら消滅してゆく。

 消えゆく中で、一瞬見えたとはグライロウの

 分解されてゆく両腕には一切の関心を払わず、グライロウを無言で見つめるリーゼ。


「ヒィーーッ!!」


 怯えるグライロウ。

 彼のエメラルドグリーンの瞳には、先程まで相対していたリーゼとは違う『リーゼ』が其処に映る。


 対してグライロウを見つめるリーゼの瞳は、さっきまでは確かをしていた筈だ。


 ――しかし今、その双眸そうぼうは禍々しくもの光を、あたかほむらの如く立ち昇らせ、慈悲無き冷徹な眼差しを湛えていた。

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