【Phase.2-4】最初の脱落者、その先に漂う暗雲

 超絶技巧ちょうぜつぎこうとも云える『ニュートラライズ』そのものではなく、自称ネーミングをて言うリーゼ。

 セレスは『別の事に胸を張るべきでは?』と思うも、これ以上ツッコまない事にした。



 ――だが、攻撃の無効化だけでは終わらない。

 リーゼは先程、二挺のハンドガンよりそれぞれ弾丸を放っていた。

 左からの一発は『ニュートラライズ』……そして右から一発の行方はグライロウの叫ぶ一言で直ぐに明らかとなった。


「なん、だと……!? 俺の銃がぁっ!!」

「……えっ! 流れ弾!?」


 突如大声を出すグライロウ。この声に対し、キルリアとセレスは反射の挙動で視線を彼へ送る。

 目の前ではグライロウの持つアサルトライフルが、と物質分解される様に、粒子エフェクト光を床に溢しながら消滅していく瞬間だった。


《流れ弾なんかじゃない……あれは武器破壊!》


 攻撃無効化に続き、予想だにしていなかったリーゼの技術に驚くセレス。

 そんな混乱の状態でありながら、敵方のキルリアは主軸となりフォーメーションを立て直し始めた。


「グライさん! 大丈夫ですか!?」

「んなワケねーだろ! ……ったく、運が悪ぃ……!」

わたくしが前へ出ますから」

「チッ……当たり前だ、早くしろっ!」


 変わらず居丈高な態度のグライロウ……いや、危殆きたいに瀕した今だからこそ、素が出たに違いない。

 こんな相方のなじり・そしりに屈せず、健気にもアサルトライフルのリロードを終えたキルリアが、一歩前へと踏み出し「当たって!」とトリガーを強く、そして何度も弾く。

 直後に構えられたアサルトライフルの銃口から弾丸が射出……数は全部で五発。設定された彼女のパーソナルカラーである紫色が五つの線を描く。それは爪櫛つまぐしの如くリーゼへ襲い掛かった。


 リーゼとキルリアの距離間は残り約三十メートル少々。流石にこの距離では暗がりとは云えども外すのは期待できず、五発ともが全弾直撃コースだ……が。


「――Q.E.D.解は示された……ファントムッ!」


 この攻撃に対しても冷静に『ニュートラライズ』で迎撃を選択。

 二挺のハンドガンより左右三発づつの弾丸を放つと、キルリアの放った五線譜の様な紫色の弾道は金属の共鳴を響かせ、リーゼの赤色エフェクト弾とともに相殺。

 グライロウの時よりも弾数が多いためか、眩いばかりの粒子がパッと舞うと、一瞬昼間のように周囲を照らす。


 輝きを浴びて驚きに揺れる瞳のキルリアと、対峙するリーゼの自信に満ちた瞳が見つめ合う。

 同時に敵ながら彼女の判断力に対し、瞳に無言の賛辞を込めて贈る。


「いやー……自分で言うのも何だけど、コレって神エイムじゃない?」

「オープンチャットでドヤってますよ、リーゼさん……」


 いや、自分への賛辞の方が大きかったようだ。恰好良さ台無しの小物感溢れる台詞がポロリ。

 その余韻には浸らせないとばかりに、セレスのツッコミもオープンチャットで飛んでくる。

 だが自身が磨いた前作の得意技が、今作でも陰り無く発揮できた手応えを改めて実感した瞬間でもあった。


 更に、今回のリーゼが放った射撃も無効化だけに止まらない。

 キルリアの抱えたアサルトライフルも、先のグライロウ同様に粒子となり消滅してゆく。本日二挺目の武器破壊だ。


「そんな! わたくしの銃も!?」

「なん……だと? ……偶然にしてはひでぇ! なんでこんなに俺らばっかりに!?」



 ――受け入れ難い現実からこぼれたグライロウの判を押したような言葉で、敵チーム側が一瞬フリーズするも、時の刻み自体は止まる事が無い。


 こんな混沌化した戦場で最初に動いたのはセレスだ。「本当に狙って当てられるんですね」と感心を呟きつつも、彼等の混乱に乗じて敵方二人へと一気に走り詰め寄る。

 彼等までの距離は既に十メートルを切っており、間もなく混戦状態へともつれるだろう。


 リーゼはセレスへ誤射せぬよう《フォロー、任せて!》と伝え、一歩退いてサポートへ回る。

 功を焦らぬリーゼの様子を目端で見て「……本当、初心者っぽくない人だ」と、口元に笑みを浮かべては自分だけに囁くと、そのまま硝子天井の直下の敵陣へと踏み込んだ。

 同時にセレスはチャクラムを抜き放つとともに、獲物を狙う肉食動物の目つきへと変貌してゆく。今回の捕食ターゲットは、手前で茫然と立ちすくむグライロウ。


「これって偶然……じゃない? ――! グライさん!! 危ないっ!」

「あぁーん?」


 接触ギリギリでセレスを視界に捉えたキルリアは、迫る鋭い眼光に戦慄を覚える。

 辛うじて相方へエマージェンシーを告げるも、未だに呆けた言葉が返ってくるのみ……そこへ完全にトップスピードに乗ったセレスの白刃一閃。


「失礼!」

「うぬぁ!?」


 グライロウは避けられない。そう判断したキルリアは問答無用でグライロウの首根っこを掴み、自分の背後へ引き倒した。

 グライロウは背後の物陰へと転がり込む結果となったものの、準備も心構えもなかったのでしたたか尻もちをつき、不格好に天を仰いで倒れた。


「ッ痛ってェ……オイ、テメェ!! 何しやがるっ!」

「……間に合って!」


 グライロウは半身を起こしキルリアを非難するも、当人は謝罪どころか視線を送る余裕さえも無い。セレスはもう一足距離に居るのだから。

 キルリアはセレスの突進を迎撃すべく、左腕からデリンジャー護衛用短銃を、袖より飛び出すギミックホルスターから抜き放つと、瞬時に引鉄を弾く。

 セレスとの距離はもう五メートル程。エイムをする余裕なんて無い。


 相対するセレスは、キルリアの銃口をしっかりと見据えつつ、射出角をおよそ特定。弾道予測コースを避けるように身を屈め、踏み込むと同時にキルリアの銃弾がセレスの眼前へ襲い来る。



 ――放たれた弾丸はセレスの頬を掠め、左肩の肉を抉るも致命傷には至らず、HPは約一割程の減少に止まるのみ。

 本戦闘で初の負傷者となるが、当然この被弾は覚悟済み。ひるむ事も無く、加速した勢いのままにチャクラムを突き出す。


「くっ……! もう一度――」

「――遅い!」


 次弾を放つべく再度トリガーへ力を込めるキルリア。

 だが弾く引鉄よりも早く、機先を吠えたセレスは、チャクラムをキルリアの左肩口に深々と突き刺した。


 セレスが刃越しに感じた、確かな肉の手応え。

 直後、キルリアの「うぐっ……」という短い呻きとともに、HPは二割弱程減少。デリンジャーのグリップまでも手放し、後方へよろけてしまう。


 しかし、まだセレスの攻撃は終わらない。

 肩口へ刺したチャクラムから直ぐに手を放し、よろけるキルリアの左手首をデリンジャーごと掴むと、そのまま軽々とキルリアを枯れ木のように投げた。


 これにはリーゼも吃驚びっくりし、思わず口をく。


《うっわ!? ……レスリング?》

《半分、正解です》


 アクション中でも器用に《チームチャット》でリーゼの問いに答えつつも、セレスは攻撃継続。

 キルリアの手首を掴んだまま地面に叩きつけ、そのまま体重を掛けて倒れ込む様に、手首ごとデリンジャーを破壊した。


「――ッ~!!」


 声にならない悲鳴とともに、腕を押さえてキルリアが床へ転げてのたうつ。腕はあらぬ方向へ曲がり、デリンジャーは粒子化して砂の様に消えてゆく。キルリアのHPも残り五割少々。


 ここまで実行するも、未だセレスのコンボは途切れない。床面に倒れたキルリアの背中を抱えるように両腕でホールドし、後方へ向けてブリッジ姿勢を取りながら、そのままキルリアの身体を宙へ放り投げたのだ。



 ……キルリアの身体は綺麗な放物線を描いて闇の虚空を泳ぐと、約七メートル先に設置された、イベント観覧用パイプ椅子が並ぶオブジェクト一帯へ吸い込まれた。

 直後には盛大な金属音とともに、キルリアはオブジェクトへクラッシュ。彼女の身体は跳ねつつも、約十メートル程遠方で動かなくなっている。

 放物運動の力学論拠に基づく運動エネルギーがダメージ化し、残HPはもう二割を切っていた。


 人の身体とはこんなにも飛ばす事ができるのだろうか……エゲつないセレスの攻撃に身震いするリーゼ。


《コレって……生きてるけど、ほぼ戦闘不能だねぇ》

《さっきの正解、『キャッチ・アズ・キャッチ・キャン』って言う格闘術ですよ。それと――》


 言いながらもブリッジ姿勢から、腹筋だけで直立姿勢に戻るセレス。

 レスリングの原型と言われているマニアックな格闘技名を聞き、リアル職業はプロレスラーか何かだろうかとリーゼは勘繰ってしまう……が、本当にエゲつなかったのはこの直後だった。


《――恐らくで、もう生きてはいないかと》


 セレスがそう告げると同時に、キルリアの転がった約十メートル先……パイプ椅子の残骸より『――Piピッ』というアナログな電子音が小さく聞こえた。



 ――直後、耳をつんざく爆発音……否、そんな生易しくなんて呼べるモノではない。催事スペースの床面は揺れ、大気は振動。花火を間近で見た時の様に臓器までもが揺さぶられるヘヴィーバス重低音が轟いている。

 同時に爆心地からはソニックブームが発生し、十メートル以上離れていたリーゼの着る黒コートまでも生温い風ではためく。


《……これ、爆弾?》

《ええ、時限式の物をサブ武器で持ってました。彼女を投げたときに括り付けておいたのがしましたね》

《ポーイってした時に!? ……エッグッ!》


 爆心地は地面がえぐれ、キルリアが居た筈のその場所には一切の物質が失われていた。跡には空しく仄かな紫色のエフェクトとキルリアのHPバー表示だけがのこっている。

 HPゼロ、『死亡』というステータス状態の表示だ。



「……うぁああああ!!」


 突如、恐慌の声が上がる……もちろん約一名。

 声主のグライロウはリーゼ達に背を向けて逃走を選んだ。腰に下げたサブ武器のナイフを抜き「来るんじゃねぇぞっ!」と叫びつつも脱兎の如く催事スペースを離脱し、ショッピングモールの奥へと逃げ込んでゆく。


 リーゼは逃すまいとハンドガン構えるも、先程キルリアに良い位置へ転がされたグライロウへ射線が通らず、彼は転がるようにモール内で立ち並ぶテナント群へ逃げ遂せた。



《……追うしかない、か》

《あ、リーゼさん。ボクは武器が爆弾しかないので……済みませんが、先陣をお任せしても良いですか?》

《あー、チャクラムを爆弾で吹っ飛ばしたもんねぇ》

《ええ。チョット下手を打ちました》

《しゃーなしさ。一人は仕留められたしOKだよ!》


 少しばかり頑張り過ぎたのであろうか、リーゼはセレスへ労いの言葉を掛ける。


 ――この瞬間、セレスの頭上『Rank.1』表示にノイズが走る。まるで砂嵐のようにと乱れたため「……あれ?」とオープンで疑念を呟くリーゼ。

 だが本当に一瞬でノイズは失せ、現在は見知った元の表示に戻っていた。


《どうしましたか?》

《いや……セレスちゃんのランク表示が今、乱れたような?》

《……そうですか。まぁβですし、不具合の一種かもですね。あとで運営に報告しておきますよ》

《それが良いかもねー。……んじゃプレイに影響ないなら、行ってみよっか》

《了解しました》


 グライロウの後を追うリーゼ達は、陰翳いんえい続くテナント内部へと踏み込む。

 陣形はリーゼが先頭、十メートル程後方からセレスが後を追う。万が一どちらかが襲撃を受けても、一気に二人倒される事もなく、互いにフォローにも入れるという盤石さの並び。


 リーゼが《先、行くねー》とテナントへ侵入、一呼吸程置いてから歩き出すセレス。


 ――この時、セレスの口許は僅かな笑みを浮かべていた。

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