【Phase.2-6】人知を超えた力、密やかに動き出す計画

★戦闘での勝利とは……?


2vs2のチーム対戦では、相手のチームメンバーを全員『死亡』にすれば、勝利が確定する。

また、途中で『回線切断』となったプレイヤーは、自動的に負け扱い。

もし三十分経過しても双方のチームに生存者がいた場合は、ドローとなる。


生存チームの特権として、戦闘終了以降、生存者はフィールドを十分間だけ自由に利用できる。

パートナー同士で決闘するも良し。昼間ならカップルプレイヤー同士が街中デートをしたり、大きなイベント会場を占拠してライヴを開いたりも良しと、楽しみ方は様々。後でリプレイデータとしても閲覧できるので、各自が思い出を作って、公式HPに公開したりするなんて遊びも可能。

ただ、現在はβテスト期間なので、公式HP以外への情報流出は規約違反(アカウント凍結の可能性)に当たるため注意されたし。



──────────────────────────────



 リーゼがまばたきをする度、瞳より溢れる金色の粒子が宙へ舞い『目の前の悪意を駆逐せよ』と心を駆り立てる。


 殺意を向けられた光の源泉に対して恐怖におののき、背中を見せて走り出したグライロウ。自身の腕を一瞬で失い、何が起きたのか解らないまま……だが、ある確信だけが言葉となり漏れ出す。


「もう、駄目だ……殺される……!」


 『先程まで首を絞めていたのは、間違いなく俺だった筈だ。

 藻掻もがき苦しむ対戦相手へ、止めを刺すだけの仕事だった筈だ。

 武器が無きゃ弱々しい抵抗しか見せなかった奴だ。

 なのに……どうして? 何故だっ!?』


 懸命に駆ける間にも、『何故』という疑念が際限なく湧き出ては脳内で反芻はんすうする。それでも残された両の足を止める事無く、必死でリーゼとの距離を稼ぐ。

 脱兎の如く逃げつつもと後ろを見ると、もうリーゼとは十メートル程の距離を稼いでいる。このアドバンテージで、彼の内で危機感は僅かに緩和される。


 ――が、この時、グライロウの背中を追いたてるような一迅の風が吹く。

 その理由は解らぬまま、天運かと吹きつける風に乗じ、グライロウは次なる一歩を勢いよく進もうとするも、右の利き足を前に出しても進めない。

 では、左足なら? ……と試みるも変わらず。


「なんでっ!? なんでだよっ……!」

「――だって、理由を聞いたのに……アンタはあの時、答えてくれなかった」


 グライロウの疑問に対し、リーゼはプレイヤー(桐生リゼ)自身の口調で意味不明な言葉を紡ぐ。

 だが当の彼は恐慌状態で、言葉の内容に気付くどころでは無い。それよりも、リーゼの台詞が直ぐ真後ろから聞こえた事の方が問題だった。


「ヒッ!! なんでっ!?」


 慌てつつも現在の状況を把握し、走れぬ理由が判明する。

 今まで十メートル以上開けていた距離が、僅か一秒も掛からずに縮地しゅくちの如く詰め寄られている。しかも頭をで掴み、持ち上げられていたのだ。

 幾ら両腕を失った彼の体重が軽くなっている事を考慮しても、今のリーゼは異常な腕力だ。子どもの体重よりは圧倒的に重い成人男性を片腕で掴むという力。

 加えて一瞬で詰め寄った有り得ぬ速さを、グライロウはその身に味わう。


 包まれていた『恐怖』の次に、去来した彼の感情は『絶望』。

 指が徐々に頭蓋へ滅り込んでいく感覚……HPもスリップダメージとして減少し始めた。

 ささやかな抵抗として、ぶらりと下がった足でリーゼに蹴りを入れるも一切効いた様子もない。腰の入っていない所為かは解らないが、岩を蹴っているような徒労感しか得られず。

 その間にも続く、万力にも似た力強くゆっくりとしたリーゼの締め付けがグライロウのHPのみならず、打算的な思考力までも根こそぎ奪う。


「っぐぉ……ってぇよぉ……」

「アタシも、あの時は痛かった」


 もう口でしか抵抗が出来ない。痛みを言葉で吐き出しても、軽減が出来る訳ではない。だが、口を吐いて出る言葉を吐き出すしか出来ない。

 徐々に思考のままならないグライロウの頭部からは、崩壊を告げる粒子化が始まっていた。


「あの時ってなんだよー!? ……っぐぅううーっ!! はな……放せって!!」

「駄目だよ」

「……わかったから……俺の負けでいいから、な? 止めてく――」

「駄目だっての。バイバイ」


 グライロウのHPは残り一割を切っている。抵抗する術は奪われ、虎の子の『降参』を訴える位しかなかったが、それも一瞬で希望の芽を摘み取られた。

 残されたのは緩やかに『死亡』へ向かうだけの未来……彼の顔半分が粒子化したところで、リーゼの腕に更なる力が篭ると、遂に頭蓋部は果実の様に爆ぜ散った。



 * * *


 Congratulations

 Winner!

 『Li_ZEリーゼ』 and 『Celesセレス


 * * *



 敵チーム二名の『死亡』が確定したため、リーゼとセレスの勝利が確定。勝者を称えるリザルトが、リーゼの眼前にポップアップで透過表示された。


 ――その向こう側。

 階段付近で、セレスの姿を金色の双眸に捉える。


「あっ! アンタは――」

「……リーゼさん?」


 しかし、先程までパートナーであったセレスの姿が、現在のリーゼには黒いシルエットにしか映っていない。そう『排除すべき悪意の塊がやってきたのだ』と、瞳の金色が告げている。


「――もう一人いたんだ……消さなきゃ」

「ッ!!」


 リーゼは排除の意志を呟くと、セレスを目指してスタートを切る。

 その距離、約二十メートル。

 格闘技に精通していれば、本来なら迎撃に十分猶予ある距離のマージン。


 ――だが、そんなマージンでは足らぬと、尋常成らざる光景を目の前で見せつけられる。

 二十メートル程の距離を、僅か一秒程で詰めてくるという、明らかに人知を超える速度で疾走するリーゼ。まるでリーゼ一人だけが時間軸の違う世界の住人だ。


 早送りの様なリーゼの動きに戸惑いながらも、リーゼの次なる一手を冷静に見極めようとしたセレスは、迫る彼の瞳に視線を合わせる。

 この時、リーゼが湛える瞳の変化に気付く。

 「目が光って……いや、今は止める。それだけ」と、現段階で最適解と思われる体術の構えを取る。一呼吸を吐いて無駄な力を抜くと、カウンターに即応する自然体……軍隊格闘術『システマ』だ。


 神速の如き踏み込みから左腕を伸ばすリーゼ。迎え討つセレス。

 速度こそ早いものの、動きは完全に格闘技などたしなんでいないような素人の動き。『なら、活路はある!』と、軌道予測から狙いを定め、捨て身の一撃を選んだセレス。


 「――ココだっ!」


 セレスは急所へ自身の腕を置き、迫るリーゼの腕に絡めてし折る狙いだ。

 喩えコチラの腕が折られようとも、極めて、折って、締めて、落とす……『彼を止める!』と鋼の意志でリーゼの腕を迎え受けた。


 互いの腕が交わる刹那の刻――


「……ンッ、ゴアッ……!!」

「……」


 呻く声はひとつ。



 ――結果、軍配はリーゼ側に上がった。

 リーゼが腕を伸ばしてから、僅か一瞬でセレスの思惑を全て水泡へ帰させてしまう。リーゼの左腕は、迎えるセレスの右腕をいとも簡単に貫通すると、そのまま枯れ木の様に捩じ切る。突き出した左手はセレスの喉を掴み、片手で軽々と彼女の身体ごと持ち上げていた。

 予測を遥かに超えた人外の如きリーゼの膂力りょりょくに、自身の読みの甘さを悔やむセレス。自分の力では、は止められないと悟った瞬間。


「がっ! ……あぁ……ぐっ!」

「アンタも、アイツの仲間だね」


 辻褄つじつまの合わぬ会話とともに、リーゼの締め付ける力は徐々に強まり、セレスのHP減少が始まった。


 戦闘は終わっているが、フィールド内に残留するプレイヤー同士でダメージが入れられてしまうのが《MateRe@LIZE Nexus》の基本仕様だ。本来ならば仲間内で地形を利用した連携技練習等をする事を想定したこの仕様が、今回は仇となった。


「リ……ゼ……」


 現在、セレスのHP残は六割を切るも、狭まる気道から絞り出すようにリーゼを呼び掛けた。

 その声は命乞い等ではなく、純粋に相手を憂慮の気持ちを乗せる……セレス自身も短いながら、リーゼに対して気の合う仲間だという連帯感が、僅かに芽生えつつあったからに他ならない。


「それ、アタシの名……えっ?」


 首を絞める事で途切れ途切れに呼ばれた名前が、キャラクター『リーゼ』ではなく、プレイヤー『桐生』の名前に聞こえた。

 名の呼びかけによって、リーゼは反射的に首を絞めていたセレスを見る。セレスの苦痛に歪む瞳と、リーゼの金色に染まる瞳が交差する。


 この瞬間、リーゼが見えていた黒いシルエットは眼前より消え失せ、影の向こうに見えたセレスの顔と、首を締め上げる自分自身を初めて認識する。

 伴って、セレスを初めて見たときに覚えた、の正体に気付いた。


「その顔は……んがっ……あぁぁぁっ……!!」



 ――言葉の直後、リーゼの瞳に宿る金色の光は、と別れを告げるように空中へ霧散してゆく。

 後に残るは元の、リーゼの赤い瞳。


 金色の光を失った瞬間、リーゼは強烈な頭痛に襲われる。脳を内側から強制的に圧搾されているような、尋常ならざる萎縮感覚。

 同時にセレスを掴んでいた腕は脱力。セレスの首を手放し、リーゼ自身はその腕で自身の頭を押さえて床に崩れてしまった。



 地に伏すリーゼの視界には【Emergency!】と、直後に脳波異常を報せる『非常信号レッドアラート』が占有。プレイヤーの安全に配慮したゲーム内仕様で、脳へのダイレクトアクセス強制停止……つまり強制ログアウトの予告だ。


 そのカウントダウンが今、始まった。

 十秒から始まり、数値は九……八……七……と刻む。

 表示されるアラートの向こう、開放され気道を確保したセレスを見て呟く。


「なんで……がココにいるの……?」

「――こほっ……今――ゴホッゴホッ……!」


 息が整わぬまま、言葉足らずにリーゼへと問うセレス。

 片やリーゼの反応は無い。ただ、倒れたまま頭を押さえ、焦点の合わぬ眼でセレスの顔を茫然と見つめている。

 口を動かすも、以降の言葉は出てこない。



 ――【Emergency!】


 ――――【Emergency!】


 ――――――【Emergency!】



 リーゼの視界はアラートで真っ赤に染まり続ける。

 赤い視界に映るは、セレスの呼吸を整える顔。

 そして彼女の頭上にはランキングの表示……またもノイズが掛かっている。

 けれども今は、先程よりもノイズが幾分か弱いようで、その向こう側の表示が一瞬見えた。



 元々『Rank.1』と表示されていた場所。

 今はランキングの数字などは表示されていない。

 ただ『Administrator』という文字、それだけが赤光の向こうに映る。



 ――そのまま薄れゆく意識とともに、強制切断まで残り、

 三……、二……、一……


「リーゼさん、あなたは――」


 ゼロ――。



 セレスの声は最後まで聞こえぬまま、目の前には『Emergency Disconnect』……緊急切断、という表示とともにログアウト。

 ココでリーゼの世界は黒く塗り潰された。



 ▸▸Logout……《MateRe@LIZE Nexus》.

 See You !!



──────────────────────────────



 ≫≫ 戦闘終了後 ショッピングモール地下 ??? ≪≪



 右手はリーゼに破壊されたため、残る左手でと付記されたコンソールパネルを弾いていたセレス。

 そこに表示されていたのは『戦闘データ消去』という文字。自身の戦闘を後程リプレイとして閲覧できる機能があるのだが、今回の戦闘データをパネルタップで全て消す。


「これで……よし、っと」


 今日の対戦メンバーたちが、記録を辿ってリプレイ動画を閲覧・流出しないための処理。

 そして、最後に見たリーゼの尋常成らざる力を表舞台に出さぬための処理。


 管理者権限での操作を終えたセレスが、最後に意味深長な笑みを浮かべ呟くと、フィールドを後にする。


「またね、――さん」

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