【Phase.8-3】自戒せし諸刃の力【リンケージ】、生まれし熾天の剣《フラベルム》

 リーゼが力無くこの場へ倒れそうになるも、異変を最初に気付いたのは――なんとミレイ。

 「エンドゥー、ノース! リーゼさんを支えて!!」と叫ぶと、リーゼの両隣に居た二名は彼女の声でに動いていた。



 ……リーゼの身体が地面に膝が着く直前、不恰好ながらもエンドゥーとノースの支えが間に合い、辛うじて転倒を免れる。



「ミレイチャン、セーフだヨ! ……つーか、リーゼクンって結構ガタイいいよネ」

「リーゼ氏、大丈夫か?」


「――あぁ、メンゴメンゴ……ガタイも胃も大きいから、ちっとお腹空き過ぎたのかも……」


「コラぁっ!! リーゼさんは変に強がんないの! 明らかに嘘でしょうに」

「ミレイちゃん、僕も手伝うよ!」

「頼むわ。リーゼさん横に寝かせて頂戴」

「うん、任せて!」



 エンドゥーらの問いに対し、余裕なくもおどけて答えたリーゼだが、お叱りとともに血相を変えて駆け寄ってきたミレイとアオイ。

 後でリーゼは知ったのだが、ミレイは看護師志望、アオイはボーイスカウト経験者との事だった。



 ≫ ≫ ≫



 都市部と中央管理棟の境目に位置する現在地点は、追々クラン専用のハウスが建ち並ぶ予定の区画であり、βテスト期間は仮のビルオブジェクトが配されている。

 逆説するならば、βではまず目的が出来る事のない此のエリア。人通りはほぼ皆無であり、妙な騒ぎにも成らずに済んでいた。


「サンキューね、アオイ君」

「いえいえ。それよりも力を抜いて、楽な姿勢になってくださいね」


 閑散とした道の中央に寝かされたリーゼは、【危険デンジャー】アラートに染まった黄色の空を力無く見上げている。

 若し事態が更に深刻化すれば【緊急事態エマージェンシー】の赤へと代わり、回線の強制切断が始まってしまうだろう。


 アオイの介抱 (丁寧にトップスを脱いで枕代わりにしている)と共に、リーゼの顔に手を添えたミレイ。

 彼女は「はー……顔色もちゃんと変わるなんて、VRって凄いのねぇ」と言いつつも、手慣れた様子で首筋・シャツを開けて胸元・手袋を剥ぎ取って指先と順に見てゆく。



「アっくん、大丈夫だよね?」

「あぁ、こういう時の委員長は頼りになる。任せよう」


 心配そうに覗き込むリリィと、そこへ寄り添うアツシの姿が、ミレイの向こう側に見えた。

 妙に距離感の近い二人を不思議そうにボンヤリ見つめていたリーゼだが、それを「ほら、コッチ向くのよ!」と顔を掴んで制したミレイ。彼女の指が首筋に触れると、その熱がリーゼへ擬似的に伝わってくる。



「――んー……あたしもまだ素人だし、ゲームの中じゃ詳しく解らないけど、顔色と……あと爪の色も変ねぇ。多分だけど脳の酸素不足っぽいなぁ――リーゼさん、今は頭痛してるんじゃない?」

「ギクッ!」

「……効果音を口にするのは悲しいオタ性(オタクのサガ)ね。それじゃあ当たってるって事で」



 わかりみからの溜息ひとつを吐いたミレイは、リーゼの服装を正した後に膝をペシッと叩き――


「ハァ……決まりね。今すぐログアウトして寝なさい!

 出来れば病院。無理なら親とか看病の人に話して……それも無理なら売薬 (市販薬)飲んで寝て、起きたら病院。

 途中でヤバかったらすぐ救急車。あと水はすぐ飲んで。

 オッケー?」


 ――と、横たわるリーゼに言い聞かせた。



「……オッケーデス。んじゃ悪いケドこのまま落ち(ログアウト)させて貰いますよっと」


 元々はアルマに心配を掛けぬ為に不調を黙っていたのだが、流石にこうも看破されては素直に成らざるを得ない。

 寧ろ、今以上の過度な心配を掛けぬ為にも、リーゼはミレイの提案に従う事にした。


 ……ミレイの指示一声からエンドゥーらの迅速な動き、そして急場に於ける彼女への信頼度。

 もしかしたら『フライクーゲル』の陰のリーダーは彼女ミレイなのかも知れない、と思いながら。



 リーゼは礼を告げるべく「今日といい、このところといい、みんな色々アンガトね。それと――」と、別れまでを続ける最中「――そんなの今度でいいから!」の遮りとともに今度はリーゼの尻を軽く叩くミレイ。


「アウチ! んもぅ、解ったってばー」

「軽くしたのに大袈裟ねぇ……でも解ったならよろしい! 今日は安静にね~」


 エンドゥーたちも笑いながら「ゆっくりなー!」と告げてきたので、リーゼは気の良い彼らに甘え、寝姿のまま即時ログアウトした。



 ▸▸Logout……《MateRe@LIZE Nexus》.

 See You !!




 ≫≫ 12時20分 桐生家_リゼの部屋 ≪≪



 ――場面は仮想から現実へ。

 その身体もVRアバター『リーゼ』から、プレイヤー『リゼ』へと移る。


 ゆっくりと開かれる彼女の赤瞳。

 僅かに霞む視界は自室の天井を映しており、その傍らには愛猫ホームズが寝ながら片目開きでリゼの様子を「起きましたか?」と一瞥していた。



「ええ、起きましたよ……っ!」



 彼女はホームズへ返事 (?)をしながら、頭部よりバイザー型のウェアラブル端末を外すも身体が自棄に重く感じられる。なんとか端末だけは頭部より外した……が、これ以上身体が動かなくなってしまう。


 以降しばらくはベッドから起き上がれずのまま。

 加えて、横たわりながらも頭部に走る痛み――けれども、リゼはそのまでも理解している。



「うー、やっぱ現実でも頭が痛い……反動バックファイアだなぁ」



 呟いたアレとは、先ほどリゼ(ゲーム内のリーゼ)が開いた――【リンケージ】を指していた。



 ――全てがスロー再生される中で、自身はその制約を受けぬ一方的な偏位へんい世界。

 何故、自分はそのような世界の住人となれるのか、今は解らない。

 それでも【リンケージ】の仕組みだけは、体験・反動から自ずと解していた。



「これは脳のクロックアップの一種、か――」



 ……先ほど、謎の男の声で告げられた【リンケージ】なる事象。

 端的に云えばリゼの帰結どおり『脳の思考が加速し、周囲を置き去りにする程まで周波速度クロックを上げた結果』、というモノである。


 此れだけならば「走馬灯」にも近しいのだが、此度の事象は肉体までもが加速した世界に追随しているため、慣用句の指す「走馬灯現象」とも本質は大きく乖離している。



 そして【リンケージ】の存在を知った今……男が言う『扉』を開ける鍵はリゼの手の内にある事も実感していた。もし再度『扉』の前に立つことがあれば、恐らくは容易に【リンケージ】状態にコネクト可能であろう――と。

 だが、その『扉』に至る道までは依然として解らぬまま。まるで不発弾を抱えた気分であった。



「しかも使ったらキッツーいアリ……ソレがこの頭痛っつーワケだ」



 不発弾という喩え……即ち、メリットに対するの存在を指している。

 今回は時間換算にして1秒程度の発現であったため「頭と身体が重い」程度で済んでいるが、βテスト初日に発現させた【リンケージ】は30秒近く――その反動で約半日も気を失う程の痛みに苛まれたβテスト初日を思い起こす。



 また、脳の事象でありながらも思考のみならず、肉体加速までに至った要因についてはリゼの持つ『完全記憶』と『並列思考』能力にトリガーがあった。


 彼女の膨大な記憶力を脳が制御するため、常人ならざるタスク数と容量を以って起こしたクロックアップ――それは思考のみならず、神経細胞ニューロンが発する肉体への電気信号インパルスさえも同時に加速させる代物……即ち、肉体加速とは電気信号インパルスの異常活性化に因って引き起こされる。

 瞳が金色カナリアに輝いたのも、脳と直結する視神経より電気信号インパルスが表面化した付随現象である。


 これ等はリゼの脳だからこそ生まれた『副産物』と云えようが、現段階に於いてその仕組みまでは彼女の思考が至っていない。



「んでも仮にでアレを使った日にゃ、頭痛だけじゃなくて……」



 ――代わりにリゼの弾き出した解がひとつ。


 【リンケージ】とは当人の「脳」が引き起こす事象。それはVRだけでなく、現実界でも顕現できるという「証」でもあった。

 控え目に呟いて憂うリゼ。

 その不安はが、此度の事象に一切加味されていない事にあった。


 VRという仮初めの肉体アバターだからこそ、非常識なまでの肉体加速も意に介さず出来た――が、現実の、しかもインドア寄りの鈍った肉体であるリゼ本人が【リンケージ】を使おうものならば、自身の身体は無事では済まないだろう。



「……筋繊維とかズタズタになるよなぁ」



 軽々に想像しては、豆腐が崩れるが如きビジョンが浮かび、そら恐ろしさに身震いするリゼ。

 加えて、やはり漏れ無く頭痛は付いてくるのだ。

 もし今すぐ【リンケージ】が使えたとしても、試すつもりは毛頭無い。


 そして仮に、これ等デメリットを意に介さず【リンケージ】の発現を繰り返す事にでもなれば、さらなる破滅が待っている事も想像に易い。



「脳細胞は焼けて、脳の老化が加速して……近いうち若年性の痴呆症になるかもね」



 アラサーという実年齢に対して「若年性」という言葉を添えた事に一瞬だけ自嘲するも、実際問題は笑い事では済まない。


 此処でようやく上半身だけを起こす事が出来たリゼ。

 ベッドに座ったまま、残る頭重の中で『身を切る行為はゲーム中だけに留めておくべきだ』と自戒へ至る。



「破滅願望なんて持っちゃいないんだ。もうアレは使使でおこう」



 彼女の顔を心配そうに覗き込むホームズが、猫らしい鳴き声を上げた。



 ≫ ≫ ≫



 その日の夕方。


 頭痛及び頭重も治まったが、今日一日はログインを控える事にしたリゼ。

 理由として、仮にゲーム内に入ってミレイたちに見付かろうものならば、今度は「安静にしなさいって言ったでしょう!」と叱咤されたうえ尻を蹴られかねない(加えてまた変な連中に襲われるかも知れない)と考えたからだ。


 そのため気持ちを切り替える意味でも、今日の残る時間をアルマ専用のMRスキャン品作成に着手していた。



 現在リゼは投影された仮想モニタを見つめながら、二つのキーボードをせわしなく叩いていた。

 仮想型とメカニカル型、左右に配した二つのキー上を踊る様に舞い跳ねるリゼの指が室内音響をリズミカルに創り出し、空間を支配している。


「ココの参照は仮想サーバー。以降は脳波コントローラにも適用……あとは――」


 モニタに投影されていたものはプログラムメソッドで、現在は既に仕上げの段階に入っていた。

 打ち込まれた内容は『ダガー』に特化しつつも、武器を創り出すだけにしては膨大なオブジェクトが記憶容量を占有しており、かなりと異質なモノになっていたのだ。


 ……そして、当のアドオンのプロジェクト名称は『reaLiZE_ver.2.0【Flabellumフラベルム】』と記されていた。



「――うっし、コードはコレでよしっと! あとは……グッヘッヘ!」


 打ち込みを終えた直後、何やら下衆な笑い声を上げたリゼ。

 29歳女子であるリゼの思春期はとうの昔に終えてる筈だが、脳内のだけは、どうにも青春ド真ん中に居るらしい。

 若しかしたら「欲望」や「下心」と言い換えても差し支え無いだろうか。



 ――更にはその夜中、丑三つ時 (午前2時半付近)に差し掛かる頃。


 草木も眠る午前様の時分だが、桐生家――特にリゼの部屋――は不夜城の如く「ガッシャ! ガッシャ!」と、アナログな機械的サウンドを鳴り響かせていた。

 其れは先程までの打鍵音代わりにと、AI搭載ミシンがスパンデックス生地とレザー生地を織り上げる様にして縫い合わせ、BGMのようにリズムを刻む音であった。


 睡眠に差し支えのあるレベルのdB騒音値と思われるのだが、セットした当人リゼは何のことも無さげに直ぐ脇のベッド上で横になり、だらしなく涎を口端に垂らしながらいびき混じりで寝息を立てていた。

 これが彼女の日常かと思うと、なかなかにゾッとする。


 当然、愛猫のホームズはそうもいかず。「こんな部屋で寝れますか!」とばかりに、今日は別の部屋でご就寝中であった。



「……スー……グゴッ!」



 部屋の消えた明かりの中で、と浮かぶ仮想ウィンドウには、ミシンに縫製指示をしているであろう「セクシーな女性用コスチューム」のデザインデータとともに「進捗率:76パーセント」と表示されていた。


 更には別ウィンドウも展開されており、そこには『明日の13時、飯田橋駅ビル1階の広場で待ち合わせで。シクヨロー!』と、アルマへ送信したメッセージが残されていた。

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