【Phase.8-2】逡巡の間は一切無く、直後に襲い来る異変

 ――近年、ネットやSNSで知り合った同士のオフラインミーティング(通称:オフ会)はここ数年で薄れつつあるものの、未だに形骸化もせずシッカリと残っている文化だ。


 やはり趣味の合う同士の第一現実の出会いは、第二現実たるフルダイブ型VRが普及しつつある現在でも重要視されている。



 リーゼ自身も以前、別ゲーム内の所属コミュニティで何度かオフ会へ顔を出した過去もある。

 昨今ではハーフ人口も国内でかなり増えているため、偏見はまず無いのだが、リゼ自身のその性格から「集団的なノリ」にはイマイチ付いていけず。

 次第にオフ会のみならず、コミュニティからも足が遠退くようになるのが定番の流れになっていた。



 反対にアルマ(のプレイヤー)は、ポーランドにてプレイしていたバレエ用のVRソフト《Giselleジゼル》で知り合った仲間と度々会うことも少なくなかった。

 『バレエ』という特定分野に限定されているためか、コミュニティ自体が希少な面もあるのだが、それ以上に実際に会うことで得られるもの(交流のみならず、技術・コネクション等)の恩恵も大きい。


 そのため、彼女の中では「オフラインで会う」という敷居が一般的なネット層の中でも低い。加えて、今回の様に「自分だけでは理解しきれないアイテム」の使い方までも聞けるのであれば、アルマとしては是非とも歓迎すべき結果に結び付くであろう流れだ。


 果てには『ランチの代金を支払わせて貰い、頂き物のお返しまで出来る!』と、得意気なまでリーゼに見せたのである。



「マジっすか……」

「ふふっ、良い案だと思いません?」



 ――アルマと入れ替わりで、今度はリーゼが頭を抱えそうになる話題を振られた瞬間だった。


 思わずととした真顔で固まり、彼女の話を聞いていたリーゼだが、逡巡する暇も生じぬまま、少し先の方より見慣れた一団の声々が飛んできた。



「――リーゼ氏ーっ! インしてくれて良かったぜ!」

「お兄ちゃん、妙な心配しすぎ!」

「でもさーこないだの様子もあるし、心配になるのは判るわー……って、その隣の人! エンドゥーを気持ち良いくらいボッコボコにした人じゃない!?」

「おやおやーリーゼクーン? 隅に置けないなぁ?」

「茶化したらダメだよノース君!」

「アオイよ。その台詞が既に茶化しているのを確定させてるんだが……」



 ……なんとも色とりどり(特に後半は色恋を勘繰る桃色寄りだが)の不協和音たち。


 発していたのはエンドゥーら『フライクーゲル』のクラン面々であった。

 彼らはじゃれ合いながらも手を振り、リーゼらの元へと向かい歩いて(エンドゥーはミレイを糾弾しながら、この二人だけは走って)来た。



 反射的にも挨拶代わりの手だけを彼らへ「やっほー!」の意で向けたリーゼだが、思い悩む間も逸した彼へ……



almaアルマ ≫ Li_ZEリーゼ [では、詳細を後程メッセージしておきますね]



 という台詞を、確定事項として耳打ちするアルマ。

 彼女としては初めて使う [ウィスパーチャット] が上手く機能し、微笑んだだけであったが、リーゼにはその顔が少し悪戯めいて見えてしまった。



「あっ……チョッ!?」



 けれども、直後にその顔はエンドゥーらへと向けられ、彼女はリーゼの紹介も待たず「こんにちはー!」と自ら歩み寄って挨拶を交わし始めていた。



「アルマ氏! 久しぶりだなぁ。俺とアオイの事、覚えてるかい?」

「ええと、確か……剣で腕を斬ってきて、爆発物を投げ付けてきた方々ですよね?」

「……それだけ聞くとコイツら唯の鬼畜ね――あ、あたしはミレイって言うの。ヨロシクね!」

「ウッス! 自分はアツシっス」

「アッちゃん、強い人には毎度積極的だよネ? 俺ちゃんはね――」



 ――と、この後も次々と挨拶とともに、アルマへと飛んで来る『フレンド申請』たち。


 アルマ自身も物怖じしない性格のうえ、面々は(一部は一方的に)彼女を見知っているため、存外スンナリと彼らに溶け込んだ様である。


 この時は当人たちも知らぬが、同じ高校生同士という事もあっての流れかも知れない。

 だが、彼らより一回り程も年上のリーゼ(のプレイヤー)はその輪へ入らず、未だに呆然としたまま彼らを眺めてボソリ。



「おうふ……」



 ≫ ≫ ≫



 以降、アルマへの挨拶を終えた彼らは、リーゼも輪へと引き込み――寧ろ揉みくちゃにして――二人を(手荒く)労うと、今回の事をリーゼが主導で語った。



 自身が凹んでいる時にアルマとペアを組んだ事。

 黒幕らしき人物 (チカには「他所に情報は漏らさない」と伝えたので、彼女の名は伏せたまま)と戦い、勝利した事。

 そして先日からの騒動が(恐らく)着落ちゃくらくした事を、『オフかー……マジかー……』と云う惑い顔のままに告げたのだ。



 今もエンドゥーとノースからは肩に腕を回されたまま。

 ミレイは腐女子の顔を見せて『眼福、眼福!』とメンズ三名の絡みをコッソリと楽しんでいたが、気付けば時間的に昼過ぎを迎えていた。



「お兄ちゃん。私そろそろ、お昼作ってくるね?」

「……っと! そういえば昼飯食べずに繋いだんだった」

「もー……エンドゥーが「とりあえずインが先だ!」って言うからでしょ。ならランチ休憩してから、また集まらない?」

「いいんちょ、賛成!」

「――だな」



 彼らが各々の都合も添えて一時解散の流れの中。

 アルマは此処で「済みませんが午後は予定がありまして……」と皆へ告げ、また明日以降に改めて『フライクーゲル』の面々と遊ぶ運びとなる。



「お疲れ様でした」


「アルマちゃん、落ちる台詞までチョークール!」

「お疲れッス!」

「今度はリベンジさせてもらうぜー、アルマ氏!」

「そんな事言って、まーたボコボコにされるわよ?」



 再びエンドゥーが「ミレイ……お前はまたーっ!」とミレイを追い掛けるシーンが始まる。完全にコントであるが、各位がアルマに一時の別れを告げ、彼女のログアウトを見送る運びとなった。


 アルマも彼らに対してコロコロと笑いながらも、リーゼたちに軽く手を振りながら、その姿は蒼粒子の向こうへ消えてゆく。



 ――そして、彼女色をした最後のエフェクトが、ファンタズマの空に溶けて消えた刹那の出来事であった。



 リーゼの張りつめていた緊張の糸が解けた……否、が来た、というのが正しいだろうか。

 彼はと体勢を崩し、重力のままに地表へと倒れ込んでゆく。


『マズ……無理かっ!』


 既に視界定まらぬリーゼ。限界を思うばかりで言葉に出来ず、たすけを乞う余力さえ無いらしい。

 霞む中に見えるのは、見慣れた広場の石畳を背景に、黄色い文字がインターフェースに表示されていた。



 ……その文字は【Danger!】。


 脳波異常から危険を報せるアラートだが、此れが先程の彼の視界から消える事無く占有し続けていたのであった。

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