➥ Scenery.5_色づく未来で彼女たちは

【Phase.8-1】天の御使『reaLiZE』、二人を繋ぐは……オフライン!?

 ――前日、VR世界『ファンタズマ』にて。



「私、リーゼさんみたいな『武器』を使ってみたいです」



 リーゼが「何でも」等と口を滑らせた割に存外とソフトな願いを申し出てきたアルマ。

 聞いてリーゼは『へヴィなヤツが来なくて良かった』と胸を撫で下ろし、彼女と並んで歩きつつも子細を尋ねてみた。



「んーと……『エクシア』みたいな飛ぶヤツってコト?」

「エク――あ、烏さんでしたね! あれは操作が難しそうなので、そちらではなくて……ええと、建物の屋上で手のひらからと鉄砲を出してましたよね?」

「『reaLiZEアドオン』の方か! うーむ……」



 アルマの視力は驚異の3.0。

 先程の戦いで屋上よりリーゼがダイブした際、直前に手の内に生成したハンドガン。その根幹であり、バージョン毎に天使の名を冠する(予定の)統合アドオンプログラム『reaLiZEリアライズ』に備わる量子化クアンタムモード――量子の座標を固定化し武器を創り出すプログラムメソッド――を目撃していたのだ。


 そして彼女の内容とは関係なしに『ハンドガンを鉄砲って言うの、なんか可愛いなー』と、妙な所感を抱くリーゼ。


 確かに現行バージョンはリーゼ専用にハンドガン特化しているものの、僅かな調整をすれば他者の武器にも使える機能ではある。

 しかし、その特異なる挙動は『MRスキャナ』で読み込んだ物品に制御回路を直接組み込んで、プログラム連動をさせているもの……要約すれば「リーゼが作ったMRスキャン物品を、アルマが受け取る必要がある」という意味であった。



「アレねー……スキャンアイテムの内部に制御用CPUとメモリを突っ込んでるんだよねぇ」

「制、御……?」



 この時アルマは、リーゼより発された言葉のうち「制御」という比較的聞き慣れた単語だけを拾い上げ、なぞって反芻しただけであった。

 しかしリーゼはアルマの言葉を「制御とは、どの様な仕組みでされているのですか?」なる解釈ズレをし、続く子細を話し始める。



「イエス!

 内部に『武器』仮想体の演算領域を構築して、波動関数の位置座標を微分。んで、粒子の座標ベクトルを演算させるだけなんだケド……実際は波動方程式よりも、シュレディンガー方程式に考えが近いかな?


 物理パーツ内蔵して6次元メッシュ・トーラスを導入する事で、ペタ(10の15乗)クラスの速度が出るんだよ。

 更に『QUALIA』のエンジンと連動すれば二世代程前のスパコンに比肩しちゃえるんだ。CPUダイも進歩したしね。流石のイスラエル製!


 俺用のはグローブの掌へ媒介用に金属を少量を仕込めば完成ってワケさ。

 保存領域のお陰で既存外言語も使えるし、武器量子化みたいな重い情報の動的プロジェクトもシームレスにエグゼさせられて――


 ……って、あれ?


 アルマー?

 どうしたん?」



 リーゼが饒舌に説明をしている最中、アルマは右手で自身の頭を押さえ、もう左手の掌をリーゼに向けて差し出していた。それは決して手相などを見せてる訳ではなく、意味は説明の「停止ストップ」だった。



「……あの、何を言ってるのか意味が解らなくて……何も頭に入って来なくて……」

「マジっすか」

「あー、本当に頭痛かも……」



 彼女の頭脳は今、小ボケもままならないくらいに数学的・力学的思考を断固拒否していた。

 実際のところ、確かに彼女はシステムが休憩を促す一歩手前まで脳波が乱れていたのだが、それは運営のログへ密かに残されたのみ。誰にも知られる事は無かった。



 ≫ ≫ ≫



「……大丈夫?」

「ええ。もう問題ありません」



 微細な脳波異常から少し立ち止まってしまったアルマだが、それも一時的なもの。今は何事も無かったかのように二人は再び歩を進めていた。



 ――アルマ(のプレイヤー)は中学二年生の時には既にバレエ留学が決まっており、正直なところ勉学面はだいぶと疎かにしていた。

 そのためか、微分・演算・方程式といった単語には「苦労して覚えた気がするけど……何だったっけ?」と云う程度の記憶しか無かったのだ。

 無欠とも思えていたアルマが思わぬ弱点を露呈した瞬間であった。


 ……当然、リーゼの饒舌さが見せた蘊蓄うんちく含みの『オタク的習性』も原因の一端である事は否めないが。



 更に聞けば、どうにもアルマは現実の物品をゲーム内に持ち込める『MRスキャナ』の存在さえも「何ですか、それ?」と知らずの状態だ。


 『であれば、ひとまずは方向性のヒアリングだろうなぁ』と、リーゼは実際に作った場合の仕様確認へと話をシフトする。

 実にこの時、彼の内では既に彼女へのスキャン品を作成する気持ちが固まっていた。それは「相方と揃いの物で固めたら格好いいジャン!」という、結構と安易な気持ちからであった。



「――取り敢えず希望は『武器を欲しいタイミングで量子の座標固定……じゃなくて、と出せる』ってコトで良いかな?」

「そうですね」

「んー、初回挙動だけはオブジェクトにインスタンス仕込んでリモートで調整すればいいか……あとは《音声コマンド》経由でプロトコルを命令型から宣言型にコンバートして――」

「……うっ!」


 成るべく思考を噛み砕いてはいるのだが、時折聞き慣れない単語が出て来るとアルマは少し顔をしかめる。けれども今回は歩く足を止めていないので、脳へのダメージ(?)は少ない様だ。


 希望を聞きつつ、彼女向けの草案を脳内で固めてゆく。

 同時にMRの説明については、いっそ割り切って「『QUALIA』横のハッチに、俺が作った品物を突っ込めばゲーム内に具現化できるよ」という概要のみを伝えた。



「……そんな仕組みなのですね」

「思ったより簡単そーっしょ? 作るにしても今の構想なら明日には完成する見込みさ」

「そんなに早く!?」

「ベースが一応有るからねぇ……出来上がったら送るから、インスタントコード(配送業者以外に住所を知られない為の使い捨てパスコード)を後でメッセージに送ってね」

「気軽に言って済みません。それと、お品物の代金は支払わせてください」


 申し訳無さそうに伝えたアルマだが、リーゼは手を横に振って「いやいや、支払いは不要だよ」だと告げる。


「でも……」

「大したモンじゃなし、元々「何でも」の言い出しっぺはコッチだから言いっこなし! ……んー、でいってみるか――」



 言葉の前半は彼女へ向け、後半は自身に向けた独白だった。


 リーゼはココでふと、『reaLiZE』プログラムの構想を取り入れた計画を立てる。

 要件定義は既に脳内で組上がっているため、あとはプログラムの打ち込み――そして『MRスキャン』するための物品作成のみだ。


 けれども、新構想で組み上げるには一部の物品『パーツ』が不足している事をリーゼの『記憶』が告げてきたため、で買い足す必要が出てきた。


 そのパーツとは先程リーゼが「ちょっとした金属」と端折った説明をしたモノであり、『量子化モード』を実現するために必要な流体金属。

 原子番号31番、『ガリウム』だ。



 ――今から10年前。


 東京都文京区の「東京国立大学」に籍を置く工学博士、遠藤賢一教授の論文発表に因って液体のガリウムを固形化させ、自立型のロボットを創り出す方法が確立された。

 そのため多方面 (特に宇宙開発、災害現場)での有用性が認められた金属として扱われ、ガリウムの価格はここ10年程で凡そ15倍程にも膨れ上がっている。

 現在では入手自体が困難となってしまった代物である。


 ……しかし、リーゼはその入手ルートにがある。

 未だに通販でのネット出店もせず、この手の物品を取り扱う実店舗がJR秋葉原駅の程近くに存在しているのだ。


 この店舗の客層、その約九割が文京区にある件の「東京国立大学」に属する研究者たちで、残りの一割がリーゼのような事情を知る者たち、という訳だ。



「――明日の午前中はチョイと『秋葉原』に用があるから、夕方頃に仕上げてからの発送で良いかな?」


 それを聞いたアルマは直後、支払いを断られた難しい顔から一転、驚きの表情へと変わる。


「リーゼさん、お住まいは都内なのですか?」

「んにゃ、埼玉の大宮。電車で30分くらいだねぇ」

「あ、でも近い。 ――私は横浜なのですけど、実は明日、おかあさ……母の知人が開いてる『飯田橋』のバレエ教室へ午前中に伺う予定あるんですよ」

「近っ!!」



 今度はリーゼの方が驚きを声にした。しかも少々過剰なアクションまで付けるあたり、「お調子者」と思われる所以ゆえんだろう。

 そこへアルマは続けて「あの……午後、もしよろしければなのですが――」と切り出す。


「――お互いの近くでランチをご馳走させていただきますので、品物いただきついでに、使い方も教えていただけませんか?」

「ファッ!? ソレって、まさか……」



 今度はリーゼの足が止まる。

 割と本気で驚いている様子だ。


 けれども、先を歩くアルマは涼し気に微笑みながら、後ろ手にクルリとターンしてリーゼと向き合う。

 追従して円を描いた彼女の長い髪より香る菖蒲アイリスとともに、優しさを湛えた瞳を向けて続く言葉が告げられた。


「ええ、私たちのオフラインミーティングです」

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