【Phase.9-Initiation】2029年5月吉日、LiZE meets……?
≫≫ 10時52分_埼玉県さいたま市_リゼ自室 ≪≪
――昨日は様々な事柄が生まれ・転がり・流され……そして迎えた「リアルでゲーム内フレンドと会う」当日。
昨夜 (というか先程)作成したMRスキャンの品物と、ウェアラブル端末を2セット。それ等をリゼが
あとは――
「――なに着てこうかなぁ」
慌ただしくクローゼットから引っ張り出した衣服を、次々ベッドへ放ってゆくリゼ。
既に出ているだけでも一週間は着るものに困らない衣類たちが、ひとつの山を形成していた……が、その殆どが黒ないし赤色のものばかり。
たまにグレーが混じるもデザインの方向性は一貫されており、一律「
その中でも『初対面だから無難に、無難に……』と留意しつつ、比較的大人しめのモノを選り分けていく。
「11時には出たいケド……イケるか?」
そう呟いて先程、時間確認の時計代わりに点けた仮想モニタのテレビには、午前のワイドショー番組を謳ったチャンネル放送が流れている。
其処にはトレンドに乗る見慣れたタレントたちの画面端ワイプとともに『軌道エレベーターの建設現場、最先端!』なる特集コーナーが組まれ、現在は生放送にて海外中継が映し出されていた――
「――今日は海外より中継です。
皆さんはこの場所、何処だと思いますかー?
そう、此処はパプアニューギニア!
小林建設さんが手掛ける『軌道エレベーター』建設現場、そこの地上2万キロメートル……詰まりは最端部へ特別にお邪魔しておりまーす!」
最近とみに良く見かける入社二年目の女性アナウンサーが、視聴者に向けて現地を紹介し始めていた。彼女の背景には雲が絨毯の様に眼下へ広がっているのが見える。
雲は凡そ1万メートルを少し超えると上層雲の切れ目 (雲の存在できる限界点)に到達――因ってアナウンサーの居る場所は、視覚のみで雲を突き抜けた遥か高所なのだと云う裏付けになっていた。
リゼは今日着る服に悩みつつも横目でチラリ。「へー。アソコん中の生放送なんて初めてじゃん」と呟き、服を選定しつつもシッカリと情報収集していた。
≫ ≫ ≫
「さて、今日この場所を案内していただくのは……なんとなんと! 小林建設の創業一族にして専務 兼 広報責任者、更にはご自身も一級建築士の資格をお持ちという美しき才女『
直後、カメラはアナウンサーの直ぐ隣へシフト。そこには工事用ヘルメットを被ったキャリアウーマン風の女性が映されていた。
パンツスタイルに眼鏡を掛け、フワリとした髪をアップに纏めた彼女は一見して綺麗系コンサバな印象を受ける。
パリッとした白いシャツと、伸びた背筋から醸し出される清潔感。そして何よりも見目麗しく整った顔立ちが、視聴者にひとときの清涼感を与えてくれた。
紹介を受けた小林有栖なる女性は、女性アナウンサー(とカメラマンらスタッフら)へ一礼。続きカメラ向こうの視聴者へ一礼をし、張りのある声で挨拶の言葉を紡いだ。
「ご覧の皆様、ご
番組特集コーナーのお題目どおりですが、正に此の場所が宇宙に一番近い最先端の場所です。
今回は生放送との事ですので、少し駆け足ですが内部をご紹介致します
……現在、赤道直下のパプアニューギニアをアースポートとして、地上2万キロメートルを越えたところですが、以降はこの5倍の約10万キロメートルまで伸びてゆく予定です。
また、火星と月の重力センターを高度1万キロメートル付近に建設中でして、2万キロメートルのこの場所には衛星ポート、更に4万キロメートル付近には
そこから先は火星への接続ゲート、最高点では太陽系全てへの発着点となるカウンターウェイトを作り、資源採掘なども行われる予定です。
これ等を支えるフレーム素材にはカーボンナノチューブを採用し、ハニカムで快適な可視性と剛性を兼ね備え、商用のみならず宇宙旅行にも最適な環境・安全性ならびに眺望を確保致しました。
もし高所が不得手な方がいらしても、エレベーターを三層フロアの構造にしておりますので、別フロアにてゆっくりと宇宙までの旅が満喫出来ます。
特に安全面は細心の注意を払い、常に地上と同じ気温・気圧へ自動調整されるよう――」
――有栖は内部設備と、建設に於ける注力ポイントを順番に紹介してゆく。
大手建設業の広報責任者と云うだけあり、自信に満ちた説明であった。
それでも、只の説明であれば少々専門的な内容。見る者を選ぶのだろう……が、それよりも視聴者が注目していたのは彼女の表情だった。
冒頭に
だが、彼女は単なる会社の広報としてだけでなく、自らが心より楽しそうな笑顔を浮かべて設備紹介をしており、語り口調からも「本当にこの仕事が好き」という事が意識せずとも感じ取れてしまうのだ。
今も目を輝かせてエレベーターのリニアフロート(
――約5分間の説明を終え、放送時間も残すところ1分を切る頃。
有栖は「以上が本設備の現状と今後の構想です」とアナウンサーへトークバトンを返すと、番組の流れは締め括りへとシフトしてゆく。
「――このように軌道エレベーターの建設は大変順調です。
そしてこの軌道エレベーターは……なんと、いま話題のフルダイブ型VRゲーム《MateRe@LIZE Nexus》内ステージとして用意され、いち早く宇宙ステーションまでの旅が楽しめちゃうんです!
同VRソフトは夏のローンチへ向け、現在βテストを開催中との事。当番組でもβテスト最終日には特別枠を組んでご紹介予定ですよー!
……これはβテスターさんたちが羨ましいですねー、小林さん?」
残り30秒を切った生放送。
内容は《MateRe@LIZE Nexus》のβテストへと及び、締めの一言をゲストである有栖へ振った女性アナウンサーだったが、ここで有栖の様子が変わり出す。
……いや、寧ろ抑えていたモノが溢れだしたのだろうか。
「そうですの!
ゲーム内では軌道エレベーター内部で戦う事となりますが、是非細部にもご注目くださいませ!
また、弊社では軌道エレベーターを『カエルムの搭』と名付けさせていただいておりますの。
……そういえば、ゲーム内では同名の『クラン』もありますので、βテスターの皆様方はお気軽に加入されてはいかがで――」
「――小林さん、ありがとうございました!」
目を輝かせて横道に逸れ出す様相を見せたため、女性アナウンサーが慌てて有栖の言葉を遮る。
何せもう放送時間は此れで10秒程しか残されていないのだ。後番組に繋ぐべく、女性アナウンサーは一息で自らが締める事にした。
「さて、今後も軌道エレベーター、そして《MateRe@LIZE Nexus》から目が離せません!
尚、《MateRe@LIZE Nexus》βテストですが、最終日はかなり大きなイベントを予定しているとの情報もあり、期待大ですね!
では皆様、また明日――」
ジャスト10秒で伝えるべき内容を伝えきる……流石のプロ根性を見せた女性アナウンサーであった。
その背後では有栖が残念そうに彼女を見つめており、直後には後番組でもある昼またぎのバラエティーへと画面が変わった。
≫ ≫ ≫
一瞬のみ呆気に取られたリゼが「……キルリアちゃん所のクラン勧誘? 地上波と一般人まで使って? いや、まさかね」と溢しては即時打ち消す。仮に勧誘とするなら有栖の話の放り込み方は余りに雑であり、PRにもなっていないと思った為であった。
それでも最後のお嬢様口調は、何故だか不思議と板に付いていた。『もしかしたら素の喋り方が「ですわ」口調なのかも知れない』と想像までしたリゼ。
だが、そんな思考も後番組の「さー、11時のバラエティーといえば当番組――」という、男性司会者の言葉でリセット。
再び「――時間ヤバッ! 服、服っ!」と、悩まなくて済む定番の服を手にして一気に着替えを進めていく。
――こうして準備を終えたリゼは特製キャリーを牽き、行き掛けに愛猫ホームズの頭を撫でながら「行ってくるね」と足早に家を出る。
通りがけの庭には大叔母の千代が見頃となった
「うん、都内で友達に会ってくる! 行ってきまーす!」
返答としてザックリと行き先を告げたリゼの一言に、千代はポカンとなってしまった……が、直後に彼女の頬を伝う涙が一筋。
この涙の理由は
「リゼちゃん、良かったわ……友達が居たのねぇ」
金色の髪を揺らしながら小走りする
──────────────────────────────
≫≫ 日本時間:11時31分(現地時間:12時31分)_パプアニューギニア独立国 上空2万キロメートル地点 ≪≪
――此処は赤道直下の程近く、パプアニューギニアのビスマルク海沖に造られた人工島。
日本との時差は僅か1時間進んでいるのみだ。
この島は日本企業である小林建設がアースポート(地球のベースステーション)とすべく埋め立てたポイントであり、そこからは天に伸び行く巨大な塔――小林建設が『カエルムの搭』と名付けた、建設中の軌道エレベーター――が聳え立つ。
「……あら、メッセージが?」
そう呟いたのは小林建設の若き専務にして広報の有栖だ。
彼女は現在『カエルムの搭』内部、地上から2万キロメートルの地点に浮かぶ三層構造の軌道エレベーター庫内に居た。
つい先ほど軌道エレベーター内での生放送中継を終え、今から地上へと降下移動を開始する直前であった。撤収 (帰国)準備を進める中で、彼女の眼鏡に内蔵されたウェアラブル端末へ1通の電子メッセージが届いたのだ。
早速メッセージを展開すると、彼女は僅か3秒で読了と共にその場へと崩れ落ちる。
その様子から周囲のテレビ局ADや、自社スタッフたちが心配して駆け寄ってきたのだが「大丈夫です。問題ありません」と各自の撤収準備を進めるように願い、自分は立ち上がるとロビーに当たるエレベーターの1層目から、控室のある2層目へと移動してゆく。
……上手いこと他者の視線が届かぬ場所へ移った有栖は、苦笑いを浮かべつつも再びメッセージを見た。
記載されていた送信者名は『グライ†ロウ』、宛先名は『キルリア』。
件名は『朗報!』……その本文内容は――
『今、生放送でウチのクラン名が小林建設の人から紹介されてたぞ!
ちょっと無理矢理な紹介だったが……でも感じの良い綺麗な人だったし、クラン加入の希望者が増えるかも知れんな。
――あー、綺麗って言っても俺はキルの方が……いや、何言ってんだ俺?
いやいや、何でもない何でもないッ!!
えーと、仕事頑張れよ!
じゃあなっ!』
有栖はメッセージを見て「もぅ……」と漏らすもクスリと笑う。
恐らくは口語をそのままメッセージにするダイレクト入力であっただろう。感情そのままが乗っている文体に、彼女の口角は上がりっぱなしだった。
「つい興奮してしまったので無理矢理、というのは否めませんが……でも反応が早いですわよ、グライさん」
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