【Phase.7-4】鬩ぎ合う心、削り合う身体
「お前にはこの世界の
トップスピードに乗ったチカの突進。そこから突き出された右腕より伸びる五爪。
鉄塊に包まれたその迸りは、闇より
「……速いっ!」
「そらぁっ!!」
チカの一撃は得物を持たぬ『素手』扱いの攻撃。そのためアルマがメイン武器とするダガーよりも速い攻撃が可能な唯一の『武器』でもあった。
想定を越える疾風迅雷の攻撃に、咄嗟の回避では間に合わず。
唯一、アルマの胸元に迫るチカの腕に対し『
一方でエクシア越しに近接戦闘を見守るリーゼだが、この攻撃に不明瞭ながらの
様々な思考を置き去りにして、チカの掌がダガーに接触。
――瞬間、覆われたアサルト・フレーム頭部の向こう側では、チカが邪悪な笑みを浮かべ「確定事項」をアルマへ告げた。
「まず一本、貰ったぞ」
「……っ!?」
捕まれるように触れられた直後、アルマのダガーには蒼の亀裂が走った。まるで紙でも握り潰すかのように、容易に中央部から圧し折られてゆく彼女の一刀。
「パキッ」と存外に軽い音の聞こえた時には、既にそのダガーは彼女色のエフェクトを帯びた破片を散らし、消失を始めていた。
《――この威力は
咄嗟の言葉に『ちゃん』付けを失念してしまったリーゼ。
砕け散った蒼色より導き出されたリーゼの答え――それはチカの装備する『オプションスロット』の内訳だ。
――チカの武装二ヶ所にセットした『攻撃力UP』に加え、同チームメンバーのカムイより委譲された
一つ一つでは攻撃力を1.2倍にしてくれる恩恵なのだが、同名オプションを重ねた場合の計算式は乗算式 (1.2×1.2×1.2)で、その解は1.728倍。
更に近接ならば『パワードスーツ』の腕力強化機能も算入し、チカの近接攻撃力は現在では約2倍近くまで跳ね上がる目算であった。
ダガー破壊の要因こそ未だに解らずのアルマだが、攻撃を受けた彼女自身も異様さに
加えてリーゼの警告も手伝い、後方への『
離れたアルマにチカは「逃がすか!」と掌を再度開き、内蔵銃からの射撃で追撃をするが、それはリーゼが撃ち落として無効化すると、二人の攻防は再度の仕切り直しとなった。
「今のは……?」
と、身を翻しながらも要因を掴みあぐねるアルマに、リーゼが間髪入れず答える。
《あれはトッピング……じゃなくオプションだね。アルマちゃんが『テレポート』を2つ入れてる所に、相手は『攻撃力UP』ってのを3つガン積みしてるんだ》
「……攻撃を
《うん。1つ増やす裏技みたいな事をしてるのさ。喰らったら正直マズい威力だね……あとチャットがオープンになってるよ?》
「あっ……」
ここで攻撃の性質を理解したアルマ。
ついでに気付けば、先程より近接戦に因る集中の
そのため口をついた言葉は、リーゼの言ったままを反芻したのみであったが、その言葉にはチカが反応を示す。
「ハッ、正解だ……でも解ったところで、お前に訪れる絶望は変わらないんだ――よっ!」
最後の一言を勢い良く吐きだすと同時に、ダガーを握り潰したチカの右腕は更なる追撃を試みる。
「先ずは――」と、二発の射撃で距離を詰めてくるも、リーゼがここで割り込んで黒のレーザー弾を撃墜。
しかしながらチカの足は止まることなく距離は直ぐに詰まり、今度は拳に因る一撃がアルマを襲う。
「――コレでも喰らいな!」
「お断りしますっ!」
間髪入れずの拒絶。
アルマは拳擊の軌道を視認後、迫るその一撃を柔らかな上体反らしのみで回避した。
舌打ちしたチカはその後も「まだまだぁっ!!」と、二発・三発目を拳・掌打と続けるも、アルマは闇に舞う蝶の如く、ひらりひらりと全てを躱し、避けて、再び躱す。
「……チョコマカと!」
「当たってはいけない、でしたね」
先程はホバーからの踏み込みは、突進速度や回り込むような腕の動きもあり回避しきれなかったが、今回は先程よりも攻撃側の条件が整っていなかったため、辛うじて被弾無し。
……とはいえ「見える」事に加えて、高速ラッシュを完全回避したのは驚くべき反射神経と肉体操作だ。
リーゼは惜しみ無い称賛をパートナーへと贈った。
そんな相方である彼女も、一方的に攻撃を受けて黙ってはおらず。ダガー二本を順手に構えると、刃の先まで彼女のパーソナルカラーたる
「今度はこちらからっ!」
チカが攻撃を重ねるべく拳を引いた瞬間、継ぎ目に見えた僅かな隙を見逃すまいとアルマの反撃が始まる。
──────────────────────────────
≫≫ 残り25分33秒 河川フィールド 工業エリア_第三区画 ≪≪
アルマへの攻撃が苛烈になる中、リーゼ自身は増援に向かうべく地下へ降りるために倉庫建ち並ぶ第三区画まで来ていた。
この区画はマップで確認すると橋の程近くに当たり、倉庫裏手に排水路へ通ずる昇降用の一連梯子が表示されていた。
途中で迷う事もなく到着し、「いざっ!」と降りる一段目に足を掛けたその時だった――。
「――ん? あれは……カムイ君か?」
川向こうの商業エリアにて、サーチライトを点けて移動する人影が見えた。戦闘に参加する4名以外は居るわけもなく、消去法で敵方のカムイと特定した。
彼の光が照らす先は、河川を管理する『排水機場』であった。
排水機場の役割は河川氾濫防止の水量調整……下水路ならびに排水路へ流す水をコントロールする施設だ。
建物の構造は極めてシンプルで、入り口『エントランス』と上階『コントロールルーム』の僅か2フロアのみ。
洪水対策としてコントロールルームまでは約30メートルもの高さが設けられており、移動には一つずつ備えられた階段かエレベーターを利用する事となる。
「あの場所――まさかっ!?」
ふと過った恐ろしい結末の予測。
もし仮に今、施設最上階に備わる機器操作で排水路へと水を流せば、一瞬にしてパイプ内部は満たされてしまうだろう。そうなれば内部に居る二人……アルマとチカの溺死率はかなり高いものとなるだろう。
『アルマちゃん一人を潰すために、上位ランカーの味方を巻き込むだろうか? そのうえカムイ君の暴挙を、こんな手の込んだ事をしてくるチカってのが許すのか?』
一瞬の思索を巡らすリーゼ。その答えは即時「No」一択だった。
恐らくカムイは腰巾着。あくまで主人格にして
決定的なファクターとしては、チカの背負っている大きなバックパックであった。
エクシアを通じて視認したリーゼの『完全記憶』情報……彼女のアサルト・フレームとバックパックは、背面で密かに蛇腹連結されており、ヘルム内での潤沢な酸素供給の役割を果たしていたのだ。
個人的な予測も入るが、恐らく水中でも暫くは呼吸可能な構造であろうと思われる。
「――このままじゃマズい!」
勿論、この予測が外れてくれるのがベターなのだが、状況的にいまの思考で至った結末が、最も仕掛けられる可能性が高いと思われた。
背筋には冷たいモノが、雨雫とともに伝っていく。
身体は反転、リーゼの視線は東側の商業エリアへ望む。
そのまま彼は地下に降りる事なく、橋へと……更にその先、カムイの居る排水機場へと向かって疾走を開始した。
カムイを止め、チカの企みを潰すために。
自分とアルマ、二人で掴み取る勝利のために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます