【Phase.7-5】叛逆の華、立ちはだかる上位プレイヤーの壁

 唇をキュッと引き締めたアルマ。

 チカのラッシュを潜り抜けた密着回避からの一転、カウンターを仕掛ける。



 ――先程の砕けたダガーはコモン武器であったため、オプションの『テレポート』も一つ消失したが、未だにオルタナティブ武器・ベース武器の二刀は健在。

 再び両手にダガーを握ると、各々が天地上下へ構えられた。



 直後、振るわれた鈍色の切っ先より生み出される蒼のラインは、流麗に闇を斬り裂いてゆく。


「エィアッ!」


 二刀のダガーは頭上より斬り下げ、足元より斬り上げられると、振り抜いた後には双刃ともに瞬時、彼女は逆手へ持ち替えると――


「――もう一度っ!」


 そのまま舞い踊るようにクルリと背中を向けたアルマが、今度は後ろ手にて斬り上げ・下げで衝撃を逃がさぬ斬擊の四筋を縦に描くと、最後には後ろ足を跳ね上げた『デリエール後方』蹴りにて蒼月を生み出しては捻り、正面へ向き直った。



 描かれた幾筋もの縦ラインは、荘厳に降り咲くウィステリア(藤)の華を想起させてくれる。

 息を吐かせぬ縦斬り&蹴りの複合五連の垂直攻撃をコンマ秒の内に実行――彼女の『華刃ブルームエッジ(以前リーゼが命名)』、その派生型斬擊だった。



「ぐっ……割り込んできたかいッ!」



 斬撃は突きだしていたチカの右腕へ全て集中し、縦に四つの閃きが駆け抜けてHPを2割程奪うが、腕の切断には至らず。

 加えて最後の蹴りはアサルト・フレームの肘部チャンバーを吹き飛ばし、そこから大量のエアが蒸気さながらに勢い良く吹き出された。


 チカの視界にはフレームの残り耐久値が30パーセントを切るバー表示が映り、武器破壊のリスクがちらつく状態……生身であれば完全に切断足らしめたであろう攻撃は、流石に硬いアサルト・フレームと云えども手痛いダメージを被った証だった。



 弾ける蒼の火花が花弁にも見えた向こうでは、攻撃を仕掛けたアルマ側も「……本当に硬いですね」と漏らす。

 金属の手応えばかりが残るものの、折角ダガーの間合いに迫っているのだから「追撃しない」という選択は無い。再度の攻撃を敢行すべく踏み出す一歩――が。



「ウチ相手になかなかやるじゃないか、ノービス女――ご褒美をやるよ」



 劣勢と思われたチカだったが、ヘルムの向こうから静かに吐き出す言葉とともに、鈍く光った瞳からは混沌とした感情を覗かせる。

 ピンキッシュであった光彩は爛々らんらんとし、喜びも、怒りも、驕りまでも織り上げた鮮紅せんこうへと輝いた刹那だった。



 ――掌を広げてアルマへと攻め寄るチカ。


 無造作に伸ばされた腕より「格闘による攻撃」という予測立てをする。

 だが次には掌底に内蔵された銃口より、射撃を告げる漆黒ジェットブラックエフェクトが集い始める。

 此処で一瞬「フェイントで銃撃!?」と予測が書き換わったが、それも瞬時に光が霧散。

 それが瞬きひとつの間に、繰り返された。


 直後、チカの腕は黒の光だけを朧に纏い、絡み迫る蛇の如きうねりを見せてアルマへと襲い掛かった。



「ヴァヴェルの竜 (ポーランド伝承の蛇竜)!? ……追ってくる!」



 余りの予測不可能な軌道であるものの、日頃の修練もあってか、アルマの身体は脳の指令よりも早く反射的な回避行動を取る――しかし、それでもアルマが身体を逃がす方向へとしてくるチカの手。



《この技術テク――まさかか!》

「掴まれ……ぐっ!」



 此度のに何らか気が付いたリーゼであったが、予測を告げるよりも早くチカの手はアルマを捕らえてしまった。

 余裕皆無のアルマに対し、『当然』とでも言わんばかりのチカの顔。通常では再現を試みても、まず成功できないであろう類の軌道であり、遂にアルマの右腕を捉えて離さず。


 そのままギリギリと締め上げられた腕を振り解くべく抵抗を試みるも、パワードスーツの腕力強化機能がそれを赦さなかった。抗うアルマへ愉悦めいたチカの声が囁くように聞こえた。



「遠慮せず受け取れ。なぁに、ウチの腕の礼さ」



 言葉の最中――言い終えるよりも早くチカのアサルト・フレームは、アルマの右腕を掴んだまま、内蔵するアサルトライフルよりゼロ距離の連射フルオートを開始。

 ライフルの残弾数は7発。その全てがアルマの右腕一点に浴びせられてゆく。



「……ッッ!!」

《アルマ!!》



 密着で放たれた非情なる攻撃は、リーゼが割り込む余地も無いままアルマの右手を一瞬で粒子に変えてしまう。

 伴って幾本の針に刺されたかの様な痛覚を、彼女の感覚質クオリアが享受した刻でもあった。


 弾け飛んだ蒼のエフェクトと同時に叫んだリーゼ。


 斉射で腕を粉微塵とした事に因って、アルマの拘束が解けてしまったチカは「まだまだぁ!」と再度の追撃を試みて腕を伸ばす。



《させるかっ!!》



 これに対しては機を伺い続けていたリーゼが、いち早くチカのヘルム部へとインターセプト射撃を放つ。

 実際にハンドガン単射など、アサルト・フレームに対してドアをノックする程度の効果しか無いが、視界だけは一寸ながら塞ぐ事ができる。お蔭でアルマへの追撃抑止と、体勢を整える為の時間を稼ぐには充分であった。


 痛みを漏らすまいと無言で耐えるアルマ。

 そして「チッ……ヒョロヒョロ弾がっ!」と忌々しくボヤいたチカ。


 一足分のみだが、再び彼女らは距離が離れた。



「っ……助かりました、リーゼさん」

《いや、寧ろフォローし切れずゴメンね……アイツ、『』を使ってきたか》

「……シュメ、キャン?」

《うん》



 器用にエクシアを頷かせながら、チカの実行した自動追尾攻撃のギミックを、痛覚で腕を押さえるアルマへ告げた。



《アレの正体は『ート・レー・セル』、略してシュメキャン。近接攻撃に射撃の誘導機能を付与するテクニックさ》



──────────────────────────────



 ≫≫ 10時58分_株式会社リアライズ本社 11階 技術主任室 ≪≪



 リーゼたち(主にアルマvsチカ)の戦いが激化しはじめた同時刻。

 場所はVRから現実へ――東京都大田区羽田にそびえる一棟の高層ビル、その内のワンフロア『技術主任室』とプレートの掲げられた部屋に移る。


 部屋の内装はシックかつシンプル。

 黒を基調とした木製のテーブル&チェアが揃いで一式、その合わせで黒革張りの3シーターソファーが一脚のみ。


 そして空中には複数の半透過モニタが展開され《MateRe@LIZE Nexus》の、下でピックアップされたリアルタイム戦闘が映し出されていた。



 ――モニタの向こう側……窓の外には羽田空港も一望できる。

 今も一機の旅客機が飛び立ってゆくタイミングで、部屋の主にして外国人ブロンド髪の男性は、蒼天を背に振り返った。



EX特別招待プレイヤーたちのゲーム内影響はどうですか、『あたり』さん?」



 流暢に話されたのは日本語。声や背格好からして二十代そこそこであろうか。シュッとスーツを着こなし、一見しては眉目秀麗の青年だろう

 ……何故、様々な要素がなのか。その要因は彼の顔に、日常から一線を画す「仮面」をひとつ身に付けていたからである。


 実の所「仮面」は彼のウェアラブル端末ではあるのだが、そのデザインが余りに突飛過ぎる。

 社交界……とりわけ仮面舞踏会の場であれば、きっと違和感は無かっただろうが、残念ながら此処はビジネスの場である。


 TPOには全く則していない仮面の男が尋ねた先には、黒机を挟む向こう側で『あたり』と呼ばれた、少し草臥くたびれた雰囲気の年配の男性が立っていた。

 彼はオフィスにそぐわぬ「仮面」へ些かの抵抗も見せぬまま、頭を掻きながら気怠けだるそうに仮面の男の質問へ答えた。



「あー、カンフル剤とでも言いましょうかねぇ……順調にフルダイブ型VRの活性化に貢献してくれてますよ――『ゲイザー』主任」



 『ゲイザー』と呼ばれた男は苦笑。仮面から唯一覗ける口元を歪めて返す。



「会社間の立場はありますが、敬語は止めてください。此処では貴方の方が役職が上なのですから」

「そうかい……んじゃキュヴェレイ創業一族の御曹司がそう言うなら、甘えさせてもらおうかねぇ」

「御曹司、ってのは特に止めてくださいよ。それに対外的に「血族」である事は伏せてるのですから」

「じゃあ坊っちゃんとかにしようか? ハハッ──っと、悪乗りしすぎたかね」



 軽口を叩く彼の名は『あたり 祐司ゆうじ』。

 今年64歳を迎える業界屈指のIT技術者であり、今作 《MateRe@LIZE Nexus》のフルダイブシステム根幹を構築した男でもある。



 當は今から約三十年前――ミレニアムと呼ばれた2000年。

 現在の『株式会社Re@LiZEリアライズ』の前身、『株式会社LiZEライズ』時代のプロデューサー(当時)で、その頃には珍しい「家庭用オンラインゲーム」の普及に大きく貢献した人物だ。


 生涯「現場第一」を貫く彼は、以降も様々なヒット作品を世に送り出した。

 ……しかし技術の普及・発展とともに、創業70年続くライズ社は相対的に衰退の一途へ。昨年は遂に倒産の危機に直面してしまう。


 そんな時、海外企業『キュヴェレイ』の経営者が大のライズ社(特に當の手掛けた作品の)フリークでもあり、助け船として100パーセント出資に名乗りを上げてくれたため、當を含めた当時の取締役たちは協議のうえで傘下に入る事となった。

 経営体制はこれまで通りで良いとの事だったが、再出発リ・スタートの意を込めた『リアライズ』への社名変更を経て現在に至る……という訳だ。



(余談だが、リーゼ(のプレイヤーであるリゼ)の父親も『株式会社LiZEライズ』の熱狂的なファンであり、娘の名前 (LIZE)は社名から拝借して付けた程だ。勿論、リゼ自身も父親に似て『ライズ(&リアライズ)』信者である)



 ――時代も、立場も、経歴も異なる彼らは、冗談も程々に視線をモニタへと移した。



 そこには熾烈な戦いが……とりわけ『EXプレイヤー』なる「リアライズからβへ招待を受けた者」がも含まれたリーゼたちの戦いがメインで映し出されている。


 ……だが、ゲイザーの関心はに向いており、何処か楽しそうに彼を見つめていた。



独特な発想で戦う人だ。 ……おや? 今のデータ挙動は――」



 ふと――ゲイザーは仮面へ軽くタッチして端末を起動すると、『管理者』としてログイン。

 続き、空中に展開されたソフトキーボードを操作した直後、画面にはリーゼの各種データが事細かに表示される。


 ゲイザーはエクシアが大破した瞬間、戦闘ログ内でリーゼの使用する一つのプログラムが目まぐるしく動き、通常では有り得ないデータ量を一瞬で処理されたシーンを目撃したのだ。

 本作品の技術主任としては当然として興味が湧き『何か隠し玉を持っているのだろうか?』と覗き込んだ……が、順にデータを目で浚って行くと、次第にゲイザーの指が止まってゆく。



「――! これは、凄いな……」



 そう小さく漏らして展開していた箇所は『導入アドオンプログラム』の項目だった。


 其処には『reaLiZE_ver.1.2【Exousiaエクシア】』なる名称のプログラムが一つだけ格納されており、最早「アドオン」とは言えない記述のプログラムメソッドを垣間見たゲイザーは、當にも聞こえぬほどに囁きで深く唸ってしまう。

 

「世界調和の能天使のうてんしエクシアか……調和どころか、中身は既存の世界概念まで破壊しそうだ」


 ……と、この時ふと、先日βテスターたちの前で発した自身の台詞を思い返し、声なき自嘲をするゲイザー。 



『確かに「創意工夫を期待している」とは言ったが、これは想像できなかったな。しかもまだ先のバージョン構想まで……流石は――さんだ』

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