【Phase.10-1】空の遥かで、乱れ咲く円舞
通路で見合う二人の男と女。
神秘に満ちた宇宙空間と星々の瞬きは、この男女らを際立てて照らす。ロマンスを語らうには極上のロケーションだろう。
けれどもリーゼより語られたのは甘美な言葉ではなく、突然の宣戦布告。抒情的な空気など一切無い。
同時に宇宙ステーション内部に備わるアナウンスパネルには『VS-Mode』のアラートが切り替え表示された。
「……勝たないと履き物をいただけないのですね?」
「そのとーり。負けたらそのセクシーコスをキープってコトで!」
なんとも妙な事になった、とアルマは正直に思った。
しかしながら常に自身を磨き続け、先を目指し続ける環境に身を置く彼女にとって、現状の様に個を競う勝負事は嫌いではない。
実際でもバレエ演目の役を巡り、ライバル達と戦う機会なども多く、伴う勝利や敗北を経て深まる交流も知っている。
そして現状、アルマはリーゼの実力を良く知らぬまま「弾丸を打ち消せる」という知識のみしか持ち合わせてないのだ。『彼を知るにも悪くない機会なのでは?』と一考する。
加えて先日は薄氷の勝利となったチカとの戦い……上位プレイヤーである彼をチカと比肩するプレイヤーと見越すならば、今後の自身の為にもなるだろうという打算的な思考も無意識下にはあった。
『なら――』と彼を見据え、瞳の
「――解りました。まだ不慣れですが、全力で頑張ります」
「いいねぇ! よろしく頼むよ」
「はい。では……行きますっ!」
軌道エレベーターステージ、時刻設定は零時、天候は晴れ(宇宙空間ではデブリの多寡に影響し、極少の設定)、戦闘時間は30分間リミット。
二人の戦いにジャッジを下す者は居ない。
観客も、結末を見届ける者も居ない。
地上4万キロメートルの遥かな高みで、ただ互いの意思だけが結末を決める戦いだ。
期待・緊張・興奮を絶妙にブレンドした表情の彼と彼女は、たった1枚の布を巡って駆け出した。
≫≫ 戦闘時間残_29分59秒 宇宙ステーション内_オービタルリング接続通路 ≪≪
会話の距離間で切られた火蓋だ。
双方は僅かに10メートル程しか離れていない。
「――セァッ!」
アルマは右手を振り払うと、腕の蒼い
その鋭さは手持ちで放つ武器と何ら遜色なく……否、寧ろ連撃としての繋ぎが一層と洗練された手厳しい攻撃となってリーゼに襲い迫ってゆく。
キャスト慣れをしているアルマにとって、この短距離では必中と言って差し支え無いだろう。
「……ファントムッ!!」
リーゼも当然、痛みを素直に受けるつもりは毛頭無い。
刹那の軌道演算から、一刀は左手に握る赤銃アリステラで、もう一刀は烏として飛翔する黒銃エクシアの
必殺にも近い刃への対抗手段は、彼を前作のトッププレイヤーにまで押し上げた技術『ファントムブレイカー』だ。
「いきなし投げからかい!」
「流石ですね……でも、まだっ!」
唐突さを訴える台詞とは裏腹に、「初撃はお互いに想定どおり」だと彼らの表情が雄弁に語っていた。
そんな二人の中間地点で、『ファントムブレイカー』に弾かれた刃たちが宙を舞った。
宇宙を背に一刀は二人の真横――勢い良くシリカガラスの方へ飛んでゆく。
もう一刀は垂直に中空へ弾かれていたが、リーゼに向かって跳躍に踏み出していたアルマは、空中でそのダガーを掴む。
続く「破棄」をイメージされた刃は蒼の粒子に変換されると、再び彼女の纏う右グローブの
『成る程、回収ってこうなるのね』と≪フラベルム≫仕様を肌で解しつつも、その身は止まらずリーゼへ降下攻撃を仕掛ける。
「そんなアクション有り!?」
「セヤァッ!」
ワンアクションで回収と攻撃を
アルマは落下運動を活かし、右爪先より生成した新たなる刃で彼の脳天へと打ち降ろす。半円を描いたその軌道は、オーバーヘッドキックにも酷似している。
加速と遠心……これ程までに運動エネルギーが発生していては、対抗の『ファントムブレイカー』を放っても、彼女の光刃に押し切られてしまうだろう事は明白だった。
そう判断したリーゼがバックステップを踏みつつ距離を取って回避する。
続き、アルマが無防備となる降下中を狙い、烏型のエクシアより射撃を実行する回避・迎撃の二段構えだった。
手に持つアリステラは、再度キャスト攻撃を仕掛けられた際の保険として温存した。
対峙する事で相方の
『さぁ、どう出る?』とアルマの出方をリーゼは見つめる。
……しかし、エクシアより放たれた光弾の先で、的となる筈のアルマは突如として消失する――オプション、『テレポート』の使用であった。
「
記憶情報より算出し、彼女の背中よりジャスト1メートル後方――テレポート出現地点の座標を導き出すと、銃口のみを傾けて、ノールックのままアリステラのトリガーを弾いた。
その場所はリーゼの左斜め上方、頭上より1.5メートルの死角ポイントだ。
放った光弾は既に出現していたアルマの首元へ――高ダメージが見込めるヘッドショットとして命中した。
「――ん、くっ……!」
短く聞こえたアルマの微かな呻き。其れはダメージに因る痛みを押し殺しての声だろうか?
直撃のダメージ期待値は概算で4割強の見込みである。結果を視認するため、リーゼが後追いで振り向いた……直後、その顔は驚愕と賛辞の色へ染まった。
「……首から
直撃した筈のアルマの首元には、蒼の
「ケホッ……攻守、交代です!」
「うっへぇー!」
喉に受けた衝撃だけは消しきれず。咳払い一つから歯を食い縛り、再び攻撃側に回ったアルマ。
先程からの仕掛けで伸ばしていた右足の刃を一気に振り抜き、リーゼの頭部を狙う斬撃一閃。
終わらずの攻勢に対し、グッと息を飲んで上体を反らせたリーゼは辛うじて直撃は免れるも、こめかみを僅かに掠めてサイドに伸びたメッシュ色の髪が宙を舞った。
「ぷはぁっ! ……ヤッバかった」
「まだ、です!」
「いーっ!?」
更なる連撃を告げた直後、アルマは落下中の攻撃に使った右足を空中交差させ、左足へシフト。再びリーゼへ逆足の光刃が襲い掛かる。
主に『グラン・パ・ドゥ・シャ』と呼ばれ、跳躍からの足を入れ替えるバレエの技術、その変形・応用であった。
再びの回避が間に合う距離ではない。やむを得ずリーゼはアリステラより迎撃『ファントムブレイカー』の一射。
狙いは彼女の左足
――パッ、とぶつかり合った赤と蒼の粒子は焔の如く盛った。
同時にアルマ初撃のキャストを撃ち弾いたダガーがいま、跳ね返ったシリカガラスから「キンッ!」と金音を立てて床に落ちた。
その光刃より反射した水の惑星の輝きとエフェクト光に照らされ、男女の顔は緊張を帯びながらも、刹那を愉しむ視線が絡み合う。
『こんなにヤル子が俺の相方なんて、素敵じゃないの!』
『まるで私の出来るすべてを受け止めてくれているみたい……楽しい時間ね』
無言で抱いた互いへの感動は胸中に。
今この瞬間はまだ、醍醐味を味わう時間なのだから。
双方間距離は空対地の関係ながらも完全な近接状態にあり、既に1メートルを割っていた。
アリステラに因る迎撃は彼女の攻撃を完全に止められずとも、斬撃軌道を反らす効果を得られた。伴ってアルマの体勢が空中で無軌道に揺れる。
当然リーゼはセオリー通り(には当て嵌まらない相手だが、状況的に)、離れて飛翔している烏型エクシアより追撃の一射を慣行した。
「コイツは厳しいハズだっ!」
「んっ! ……それでも、履き物は私がいただきます!」
直撃確定。
そう思われた現状でアルマは強い意思表明を叫ぶと、彼女は頭から落下しつつも再びの『テレポート』使用に踏み切った。
『あの姿勢からテレポって……その空中感覚、どーなってんのさっ!』
幾度の空中方向転換を繰り返し、外的な揺さぶりまでも受けているのだ。常人ならば前後不覚どころか
しかし驚きを声にする間も無く、アルマの出現場所はリーゼの真横だ。
演算の必要もなく、僅か拳ひとつ分の距離で黒いブーツに包まれた膝が彼の顔面へと迫っていた。
未だ空中を舞うパートナーに『いつから人は空を飛べるようになったの!?』と、称賛にも近しいインプレッションがリーゼに過る。
再びの攻防一転は、赤銃アリステラを持つ左腕を割り込ませ、上腕の
「マズッ!」
「ヤァアッ!」
ガードの向こう側で、アルマのブーツに走る蒼のラインが膝へ光を集めてゆく。ダガー生成の兆しだ。
リーゼは咄嗟にアルマを膝ごと身体で押し返し、彼女との距離を取ろうと試みた。
自身が≪フラベルム≫の製作者だからこそ出来た反応だった。
「!! ――ッ
それでも突き放すより、ダガー生成が一瞬早かった。刃の先端がリーゼの腕へと刺さり、HPは1割弱の減少。
ここで
僅か1分にも満たない、彼と彼女の即興
そのリード――即ち先手はアルマ側に軍配が上がった。
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