【Phase.9-Fleeting】水の星より、宇宙へ

≫≫ 13時54分_東京都新宿区神楽坂_神田川の水上レストラン_テラス席 ≪≪



「いやー! アタシらってば、結構ドラマティックな出会いだったよねぇー」

「どちらかと言えば、ドラスティック(過激)の方が正しくありません?」

「誰が上手い事を言えと……あ、コレ旨いっ!」

「リゼさん……」



 オードブルから順に運ばれてくる食事を目の前に、リゼは談話から「ホタテとサーモンのカルパッチョ」の味に舌鼓を打つ。


 向かいに座る華音は「でも本当、美味しそうに食べますね」と、リゼの食事風景を肴にスパークリングウォーターを一口含んだ。



 ――神田川よりそよぐ初夏の風は、彼女たちの出会いを言祝ぐよう、新緑の香りと新たな季節を運んでくれた。



──────────────────────────────



 緊張続きの盗難トラブルより脱した彼女らは、相対的な安堵から和やかな食事をお楽しみ中であった。


 料理の内訳は互いに異なり、リゼは品目充実のパスタコースで、華音は脂質を控えた肉料理コースのチョイス。

 そこへ添える会話の掛け合いはデート……ならぬ、女子会の絶妙なスパイスだろう。


 提供された順で互いに気になった料理はシェア。遅めのランチだった事もあり箸 (実際はフォーク&ナイフ)は澱みなく進んでゆく。

 リゼは合間で「食後にはアタシからのお楽しみがあるから、メッチャ期待しててねん!」と、ピースサインに些かのドヤ顔を添えて華音へ向けた。


 華音はリゼのコミカルなアクションに『こういう所、確かにあのリーゼさんぽいなぁ』と、高タンパク・低脂質の赤身肉ステーキを笑顔でパクリ。

 シッカリと噛みながら、ふと思い出した事がひとつあった。



「そういえば私、最初はあの男の人がリーゼさんだと思ってましたよ」



 それを聞いたリゼは、次に口へ運ぼうとしたローストビーフを皿上にポロリ。


「えーっ! あの泥棒君を!? だってアイツさぁ――」

「何しろあの人は――」


 被る声から続く帰結の言葉は、二人とも「ウォレットチェーンが……」と完全一致。双方から笑いが漏れた。



「アタシ、あんなん付けないってば!」

「だって、リーゼさんの着てたコートって金属が沢山付いてたじゃないですか?」

「ファイアーマンコートのベースデザインだから留め具ビットとジッパーじゃーん! チェーンだって付いて無いしさ」

「私には違いが……」



 確かにロック趣味で、かつメンズファッション寄りともなれば、方面的に造詣も深くない華音にとっては「似たようなもの」と思えても仕方ないだろう。背凭れに掛けたリゼの黒い革ジャンが、昼下がりの陽光に切なく照らされていた。


 この点は共感得られず。海老のフリッターを悔しそうに、そして美味しそうに「海老も善き哉」と頬張るリゼ。

 直後には仕込んだ持ちネタのように、海老を喉へ詰まらせると、水……ではなく、まさかのクリームソーダで一気に流し込んだ。ジャンクフードで飼い慣らされた彼女の胃は、甘味ある炭酸飲料でも水と変わらないらしい。


 華音はそんなリゼを癒しの小動物を愛でる様な眼差しで見ている。



「んぐっ、ぷぁ! ……あとさー、リーゼはもっとイケメンだったっしょ?」

「趣向の問題ですし、現実の容姿とは関係ありません。そもそも現実リアルの情報が無いうえ、結果的に私から声も掛けましたし」

「ええい、いまは正論なぞ要らぬ! 聞かぬ! かえりみぬ!」

「随分と我儘な29歳さんですね」

「……むぐーっ!!」



 口を尖らせて拗ねるリゼだが、道すがらの自己紹介の際、既に実年齢は伝えていた。

 聞いた時の華音は「10歳年上!? 年下だとばかり……美魔女じゃないですか」と驚いていたが、リゼは魔女と言われる年齢でもなかろうと複雑な表情であった(結局は精神衛生上、「美」という褒め言葉だけを受け取る事にしたが)。


 もっとも、これでは何方いずかたが年長者なのか……敢えて語らない方が良かろう。



 ≫ ≫ ≫



 ――メイン料理を食べ終えた二人は締めのドルチェをオーダーしつつ、続く会話の深度を掘り下げて展開してゆく。


 内容は主にリアル面。

 リゼは埼玉在住の警備業 兼 家事手伝い(NEETの定番肩書き)だと伝え、「自宅内部、異常無し!」とおどけた身振りまでする始末。

 内弁慶であるリゼだが、それ以上に久方ぶりの友人が出来たため、自分でも驚く程にはしゃいでしまった。


 対する華音はポーランドにバレエ留学中の現役高校生だという話より始まる。

 実はノルウェー系クォーター(父親がハーフ)であるという話にはリゼも驚いたが、よくよくと見ればVR内よろしくの瞳は瑠璃色ラピスラズリを湛えている。付随して背の高さも父親似との事だ。

 現在は卒業前の長期休みを利用した一時帰国中で、今年9月で卒業予定。以降は国立のバレエ団に所属をして海外生活を続けるらしい。



「んじゃ月末にはヨーロッパに帰っちゃうのかー」

「ええ。でも日本に居る今月は殆ど自主トレだけですし、良かったらまたお食事でも付き合ってください」

「お、いいねー。行こ行こっ! ……ってか、仮に来月以降遊ぶってなっても大丈夫さ。今のフルダイブ技術は凄いんだし、国が違う事なんてハードルにもなんないって」

「そう……ですね。確かにそう思うと、この先がもっと楽しく感じられますね」

「だしょー?」



 ……そんな未来の約束や展望を、運ばれてきたドルチェと共に楽しんだリゼたち。


 会話も丁度の節目を迎え、ドルチェ専用のフィッシュスプーンを置いたリゼはそぞろに「んじゃボチボチやりますかー」と、本日のトラブルで渦中となったドローン内蔵のキャリーを開いた。



「その鞄、ずっと気になってたんですよ。随分と大きいですけど……昨日仰ってた『MRスキャン』関連ですか?」

「そうそう。重くはないケド、けっこー嵩張かさばるんだよーコレが」

「確か……最大30センチ四方に納まる物品、でしたよね」

「シッカリ覚えてんじゃーん! ……んじゃを付けて≪ネクサス(ゲーム)≫にログインする準備しててねー」

「……! この場でログイン、ですか?」

「うん。ココで最適化した方がベターだなーって思ってね……あ、ちゃんとセキュリティもガッツリ掛けてるし、ログの残らないゲスト設定もしてるから安心してね」



 コレと言われ、華音が渡されたのはバイザー型のウェアラブル端末だった。


 安全の裏付けとして、確かに端末脇では『Private Secure』のランプが点灯しており、バイザーウィンドウには『Connect:LiZE's Server Only』の表示が見て取れる。

 更に内部プログラムでは十重とえ二十重はたえと厳重なプロトコルが施されている――華音の個人情報を抜き取るには、スーパーコンピュータを用いてブルートフォース(パスワード総当り)攻撃を仕掛けても優に数日は掛かるだろう。リゼ本人の脳をハッキングでもしなければ突破出来ぬ程に堅牢なモノであった。


 だが華音の心配はセキュリティではない。

 まさか屋外でログインをするとは露程も思っていなかったため、戸惑い混じりにバイザーを頭部へセットしつつリゼを一瞥。

 直後、視線の先で別種の驚きを覚えてしまった。


 当のリゼは既にヘッドセットのウェアラブル端末をクラウド接続させ、4枚もの仮想ディスプレイを空中展開。

 加えて仮想キーボードも先程食事をしていたテーブルに2つ投影し、既に忙しないタイピングを左右の手で個別実行していた。



「……人って、こんな早くキーボードを打てるんですね」

「そぉ? こんくらい打てないとライズ社 (株式会社リアライズの前身)製のタイピングゲームは全クリ出来ないのさ」



 リゼは父親から譲り受けていた30年程前のレトロゲームを思い返し、しみじみと懐かしんで言う……が、ここで言った全クリとは2P二人協力プレイモードを、両手を使ったソロプレイでパーフェクトクリアする『変態プレイ』と呼ばれるものを指していた。


 「ホントはメカニカルな物理キーが好みなんだケドねー」と、緩めの表情や言葉と相反して打音は更にペースアップ。彼女の『並列思考』能力が存分に発揮される瞬間だ。

 浮かぶディスプレイ群には次々とプログラムのソースコードが手動マニュアルで追加・連携されてゆく。



「ゲームは良く解りませんが……リゼさんって両手利きなのですか?」

「んにゃ、利き手が無いだけー。こーいう事以外は不器っちょだから、字とかメッチャ汚い……あ、でも食べるときは両手に箸持てるから2倍の早さで食べられるよ!」

「口はひとつだから倍速にはならない気がしますが……」

「そこに気付くとは天才かっ!?」

「ふふっ。何ですか、それ」



 華音がウェアラブル端末に自己の情報を読み出す合間、談笑中でもリゼの手は止まる事は無く、早々に全ての準備を終えた。

 眼前の仮想ディスプレイ4枚には各々、


 ・仮想サーバー運用プログラム

 ・サーバー管理者モニタ

 ・アドオン【reaRiZE_ver.2.0】プロジェクトコード

 ・実行コード ≪フラベルム≫ 調整コード


 なる名称が表示され、既に各メソッドがリゼからの新たなる指示と情報を待ち受けている。

 用意しつつもリゼは『ここまでユーザーが介入できる仕様なんて……運営は何か企んでいるのかねぇ』などと、意図的なものを勘繰りつつ――



「――んまぁ便利だしっか。おまたへーっ! さぁー華音ちゃん、ログインプリーズ」

「はい」



 頷いた華音は『何が起きるのだろう? 操作はいつもと変わらないから、普通にログインするだけのような……』と思うも、正面に座すリゼの爛々らんらんとした深緋色カーディナルレッドの瞳と視線が交われば、心導かれるように期待感が膨らんでゆく。



「ん? 何か心配な事あるー?」

「いえ、楽しみなだけですよ。では――」



 その気持ちはリゼに微笑んだ後、≪――マテリアダイブ≫ と音声コマンドとしてアウトプットされ、現実リアルの『黒咲華音』から仮想体アバター『アルマ』へコネクト。


 彼女はデバイスを通じて脳――感覚質クオリアの世界へと旅立った。



 ▸▸Login……Extra Connected.

 HELLO、《MateRe@LIZE Nexus_Test Server》!!




 ≫≫ テスト用フィールド_軌道エレベーター_宇宙ステーション内部 ≪≪



 ――彼女の瞳が開かれた。


 感覚質クオリアに導かれて辿り着いたその場所は、硝子越しに臨んだ果てなき漆黒の世界だった。

 ……それでも世界は、単に黒に染まるばかりではない。



 一等に曠然こうぜんたるは、眼下に望む水の惑星。

 そこへ添える様に星たちの瞬き、惑星に寄り添う衛星……現在地から蜘蛛の糸の様に垂れ下がる一筋の鉄塔も見える。



「あれは……地球?」



 現実界に於ける母星の名を呟くアルマ。

 けれども解は否。

 十分に承知していた筈だが、此処は仮想世界だ。


 幻想の如き景色の中、アルマの意識は未だ揺蕩たゆたうが、それも仕方あるまい。


 実際には初見でありながらも、教科書や天体図鑑等で見た知識・情報……そして彼女の感覚質クオリアが未知と云うべき此処を「よく知る世界」だと報せてくれたのだから。



 ――自分は今、大いなる「宇宙ユニバース」に居るのだ、と。

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