【Phase.4-7】散りゆく片翼に、茜さしたるひとつばな

 ――同刻、中央管理棟ロビー。



 目まぐるしく動く盤面を映し出す、観戦モードのコンソールパネル。

 その様相に釘付けられる四名(プラス離れて一名)から、にわかな声が上がる。


「うひょー! エンドゥーちゃんスッゲェー! ってか、俺のお姉さまがピンチ!?」

「あんたのじゃないでしょ! ……でも今あいつ何したの? 速すぎて地面の火花しか見えなかったんだけど……」

「外れた突きを地面に当て、反動で斬り上げに変化……あんな技を隠していたか」

「あ! ……お兄ちゃんが昨日言ってた『切り札』かも?」

「「マジで!?」」


 エンドゥーの妹と思しき女の子の一言で、フレンズ(仮)が驚きザワつく。

 人格も然る事乍ら、腕前でも『Rank.18』の示すとおりにエンドゥーの定評をうかがい知れる一瞬だった。そんな彼が初心者ノービス相手へ密かに温めていた切り札を出す時点で、大分とイレギュラーな戦局になっている証明でもあろう。



 賑々とした彼らより少し離れて観戦するリーゼも、初めて見た彼の剣技に思わず舌を巻く。

 何せ昨日、共に遊んでいた時はアサルトライフルのみで、充分に他プレイヤーを寄せ付けぬ立ち回りをしていた位だ。


 ……だが気が付けば、今はフレンドのエンドゥーよりも、母のイメージと重なるアルマを心より応援している。

 立ち回りも伸びやかでもありながら、それでいて何処か他者との壁を持つ佇まいの彼女。

 リーゼは無自覚にも彼女に対してシンパシーを覚えていたのだ。



 そんな彼女の腕が空に舞った現在の場面。

 だが、被害は炭化して動かなかったが切られたのみに止まる。既に爆弾を煽りを受けてHPの支払いを済ませていた部位だったため、追加のダメージはゼロ。身体バランスには係わるものの、実害はほぼ皆無であった。


、か……これは仕方ないなぁー」


 リーゼは『んだけども、まだ続く劣勢をどーやって跳ね返すのかねぇ……』という関心とともに、惹きつけられている彼女の一挙手一投足を、コンソール越しに固唾を呑みつつ期待を寄せてゆく。



 声高な彼らだって、視線だけはコンソールパネルから外していない。弾む会話の中でも、エンドゥーとアルマの行く末をじっと見つめていた。

 道行く他プレイヤー達も『何事だろうか?』と一瞬だけ彼らへ視線を送ったりするも、自分事を優先して直ぐにバトルロイヤル受付やフレンドとの会話へと戻っていく。


「確か……コホンッ! 『明日はアツシに一泡吹かせてやるぜ!』……って、お風呂前に言ってたんですよ」

「リリちゃん、あいつ声真似うまい! ……でもアツシ用? 剣道の全国覇者を倒そうだなんて、ふてぶてしいわねー」

「委員長、特定される言い方は止めて欲しいんだが……」

「アっちゃんも『委員長』って呼んでたから仕返しなんジャン? ……んでも今のって、有名なっぽい――」



──────────────────────────────



「――オレ流の『』とでも云おうか」

「ンッ……!」


 左腕を斬られながらも、勢いよく粉霧漂う地表に肩から落つアルマ。

 倒れた際に足元へ広がった砂埃を巻き上げ、視界は甚だ思わしくない……が、その塵舞う向こう側では天に掲げた紅の光刃が高々と振り被られている。


「ダメージ無し……焼けた腕の方だったようだが、まだまだ行くぞっ!!」


 直後、上段構えから一気に振り下ろすエンドゥーの縦振りは、剣圧を以て不明瞭なる視界を切り裂き、赤銅の半月を描いて地をも切り裂く『斬地アースディヴァイド』の剣技。



「――っ!」


 またしても息を飲み、倒れたままに地面を転がって回避するアルマ。

 すんでの所でセイヴァーを避け遂せたが、その場には翼を象った彼女の髪留め飾り、その半分だけが白銀色の髪ひとすじとともに真っ二つへ断たれている。

 まさにの反応となった。


 そのままアルマはセイヴァーの射程外まで、霧霞立ち籠める地表を転がり続ける……と、一瞬だけ背中に硬く冷たいが触れた。「この感触は――」と視線では確かめず、彼女の備える感覚質クオリアたちが『を逃すな』と警鐘を鳴らした瞬間だった。

 直感のままに健在な右手で件のモノを掴んだ直後、転がる勢いを殺さずに身を捩じらせて一気に跳ね起きた。


 立ち上がり大地を両の足で踏み締めた刹那、半分に欠けた片翼の髪留めからは、長い髪がと解けて夜に零れる。

 周囲に滞留する風は彼女の髪を緩やかになびかせ、艶やかな白銀のカーテンとして夜を彩る……が、煌めくは彼女の絹髪一つのみに在らず。


「はー……っ。凄い技、でした、ね……」


「……凄いって言うなら、技に対応した反射神経の方が出鱈目でたらめだと思うぜ? しかもか――」



 ――止めてた呼吸を緩やかに解放するアルマ。

 その手に握られていたのは、序盤にアオイのアサルトライフルを破壊したダガーであった。

 さきの爆発の余波で、健在であった一刀がここまで運ばれ、積もる粉塵で覆い隠されていたのだ。


 主との再会を幸甚とばかりに輝きを放った彼女の『』の字型ダガー。息を整え胸元へ掲げた刃面には、月光の反射とともに燃える様なセイヴァーを構えたエンドゥーが映り込む。



「これで少しは抵抗できそうです」

「正直、厄介な相手に握らせたと思ってる――だが、それでこそ己の望む戦いさ!」


 月白げっぱくを湛えた双刃が、此ノ夜このよに揺らめく。




 ≫≫ 戦闘時間残_6分41秒 同エリア ≫≫



「――セヤァッ!」


 終極はアルマの劈頭へきとう一閃にて斬り拓かれた。

 再びの跳躍から空よりの蒼き縦斬撃は、霹靂さながらの強襲を仕掛ける。


 受け側で対するエンドゥーは、冷静にも上方横薙ぎで迎撃を狙っていた。

 彼女の空戦能力は高いと認めているものの、こう何度も単調テレフォンに見せられては『対策済みだ!』と謂わんばかり。引きつけてセイヴァーを携る『脇構え』の型から一息に抜き放つ。


「甘い……ぜッッ!」


 先刻の一合で、力勝負ならばエンドゥーに分があるのは明白・明瞭だ。彼が狙うはこの一撃でアルマの体勢を崩し、次なる追撃で仕留める算段であった。

 肝心要の初撃を成功足らしめるべくと奥歯を噛み、この一刀にありったけの膂力りょりょくを込めて一気に振り抜く――と、必然として狙い定めていたのか、このモーメントでアルマの瞳に光が宿る。



「……今っ!」

「ぬっ!?」



 先んずる蒼と渾身の緋が十字に交差した瞬間――弾け合い・響き合う筈の金音は、余りにも肩透かしな程に、か細く鳴いた。

 加えて透かされたのは音のみに非ず。ダガーからセイヴァーへ伝わる柳の様な手応えに、エンドゥーは驚愕の表情を覗かせたのだ。



 ――その原因はアルマ本体の所在だった。

 押しきるべき相手である彼女は、インパクトの刹那にダガーの『く』の字部をセイヴァーに引っ掛けて脱力。

 空を舞っていた彼女の身体は、たおやかに爪弾つまび弓弦ゆづるの如く刃を使い、その身ごとセイヴァーというあぎとを下方より抜け、と彼の懐へ潜り込む形に軌道修正した。


「下、かっ……!!」


 1vs1タイマン環境ならではの集中力があったからこそ成就した此度、一度限りのチャンス。

 「フッ!」と吐いた呼吸とともに手繰り寄せたダガーをしかと維持したまま、アルマは屈み(グラン・プリエ)姿勢で着地。

 直後に頭上では、手応え無くエンドゥーの太刀が超速で翔け抜けるも、行く末は見送りもせずに彼女の刃が再び蒼の輝きを放つ。


「決めます!」


 エンドゥーの下方より伸び上がる蒼光が一筋。まるで先ほど受けた『ツバメ返し』への意趣返し、と錯覚しそうな軌道でエンドゥーへと襲い掛かってゆく。

 ……ここまでの至近距離で、しかも近接武器で随一とも云えるダガーの振り速度にする手段は現状皆無だ。



「――ならばっ!!」


 『ならば、足掻くまでだ!』と末の言葉だけを飲み込み、眼前の一閃に対して彼が出したアンサーはひとつ……セイヴァーに添えていた左手のみを離しては戻し、迫る彼女のダガーに割り込ませる事であった。


「セィヤッッ!!」


 ――彼女の一声とともに閃く蒼刃は、そのまま侵入してきた彼の左手首へ命中。



 当然として容易に切断するが、エンドゥーは躊躇う事なく「持っていけ!」の台詞を、流血エフェクトとともに吐く。

 ……彼の選択とはではなく、自らの左腕を供物として差し出すであった。

 唯一、ダガーよりも速く振れる武器。それが『素手』という武器の特性だ。しかしながら当然として防御能力は皆無に等しい。


 手首を斬り飛ばした刃は、更に奥へ控える彼のアバター本体へと襲い掛かる……が、彼女の予想外にも、反撃は二の腕付近でストップしてしまう。


「っ……!!」



 ――理由を辿るならば、アルマとエンドゥーの双方間距離が近かった事に行き着くだろう。

 主たるは、彼の肉体切断に必要なだけの運動エネルギー (武器の振る距離)を限定的にしか確保出来なかったのだ。

 そのため手首分の抵抗を受けては、次なる二の腕を切断足らしめるに至れず。そこから先の本体になぞ届くべくも無く。

 正にエンドゥーの判断が功を奏した局面だ。


 自らの身に留まる刃を見るや「勝機っ!」とえたエンドゥーは、刺さるダガーを腕の筋肉で締め上げると、厳然なるオブジェクトの如く彼女の刃を固定化する。

 この瞬間よりアルマの腕力ではビクともしなくなったダガーの輝きが僅かに曇る。



「抜けな――」

「――この勝負……己達が勝ち取るっ!」


 痛みの意識を振り払い、絞り出すようなエンドゥーの一声がアルマの声を掻き消した。



 ――直後、彼女の頭上から影を落とす一つのシルエット……急転して戻った彼のセイヴァーが降下を開始。それは紫電の如き赤の稲妻となり、逡巡の間断も皆無。彼女の頭上より降り注ぐ必滅の光だった。


 エンドゥーは自らの左腕を対価にアルマ両断を目論んでいる。残HPからして、命中=即死となるであろう危機感……迫り寄る死神の足音はすぐ其処だ。




――私は……


――充分に抗ったのだろうか?


――もう諦めるべきなのだろうか?


――これ以上は何も出来ないだろうか?




 アルマへ寄り添おうとする死神の向こうで、巡る葛藤が、思いが、内側で揺れ動く。

 しかし、それと同時に一つのほのおが心に灯される。


 彼女の心に……魂に刻まれた「Faith in alma (魂に従え)」という言葉が灯した光――敬愛する『或る人』の言葉であった。


 幼少の頃、バレエの道に進む未来を選んだ言葉。

 そして、これこそが此れまでの彼女アルマを支え、『alma(魂)』足らしめる原初オリジンの証。

 その魂が、諦める事を拒絶している。


 今も、今までも、そしてこれからも……何ひとつとして――



「私は――諦めない!」



 そう叫ぶよりも速くアルマは動いていた。


 ダガーをではなく、

 僅かにではあるが、このアクションで体幹がブレたエンドゥーから手を離すと、次は眼前に襲い来るセイヴァーの緋色に対して、いっぱいに背面へと反らす(カンブレ)



 揺らされた剣閃をライヴで修正しながら、眼前に迫るエンドゥーのセイヴァー。

 天まで昇り詰める様に、翔け上がるアルマの蹴り。


 意地と信念のぶつかり合う刹那の刻は、平等であり不平等でもある答えを双方へ明示してくれた。




 ≫≫ 戦闘時間残_5分46秒 同エリア ≫≫



「答えが、出たな」

「……ええ」


 1vs1開始より僅か一分足らずの彼らの攻防。

 此れを制したのはアルマ側であった。


 今、エンドゥーのセイヴァーは『決して手放すまい!』と固く強く握りしめた夜闇へ。天より優しく見守る月の内側で廻々くるくると舞っている。



 ――勝利を決したのはアルマの蹴り足の速度に因るものだ。

 彼女は現在、武器を一切持っていない (謂わば『素手 (足を含む)』という武器の二刀流)状態のため、攻撃速度増加のゲーム仕様『TAツインアームズ』の恩恵を享受していた。

 更にそこへ反りから生まれる運動エネルギー、腕の三倍とも云われる足の筋肉量、向かう攻撃への反動カウンター……様々なるファクターが重なったからこそ、先程までは動かなかったダガーを押し蹴り、迫るセイヴァーよりも速くエンドゥーの右腕ごと切断せしめるに至れた。


 これ等は知識としてではなく、彼女の本能と積み重ねた修練の賜物。その根源にある魂の置き場……感覚質クオリアとともに今日まで在り続けたから掴めた勝利。

 何れが欠けてもアルマは敗北を喫していたであろう、薄氷の一握だった。



 両腕を失ったエンドゥーのHPはもう一割も残っていない。アルマの正面で膝を突くも、倒れるのを拒否している彼が口を開く。


「楽しかった――反省は有るが、後悔は無い」

「そうですね……私も、楽しかったです」

「光栄だ。次は負けないぜ?」

「次……そうですね。また次――」



 ――刹那、時の刻みが停まったかのような錯覚。


 以降に続くアルマの言葉は一切無かった。

 エンドゥーは疑念とともに彼女を見やる……と、彼女は口許より紅が滴り落ち、直後には物言わずに大地へと倒れてしまう。


「! ……おい、アルマ氏!? おいっ――ッッ!!」


 何事かと投げ掛ける声の最中、アルマが倒れた理由を察したエンドゥー。

 仰向けに倒れた彼女の右脇腹には、流血エフェクトで象られた大輪の赫華がひとつだけ咲いていた。

 ……そして、近くには地を抉る弾痕がひとつ。


「――味方撃ち(誤射)……かよっ!」



 吐き捨てる様に呟いたエンドゥーは一瞬のみ一考。「……ふーっ」と添える溜息。

 それは悩むでもなく、何らかの決意を固める時間であった。


 直後に《チームチャット》回線を開く。


《……アオイ、そっちは大丈夫か?》

《エンドゥー! 問題ないけど……終わったの?》

《終わったが――いや、正確には終わりじゃなくて、お預けだ。済まんが今回はドローになる……悪いな》

《いや、それはいいけどー……なんか機嫌悪そうな声だよ?》

《最高の気分だったのが、一瞬で最低にされたからな。……詳しくは後で話す》

《うーん、まぁ了解だよ。じゃあ残り時間は隠れてるね》

《頼む》



 ここでアオイとの回線を切ったエンドゥーは、再びアルマを見る。


 彼女のHPは残量が視認できない程に少なく、現在のエンドゥー未満の状態。寧ろ良く生存しているものだとエンドゥーは思った。

 それこそ今、蹴りのひとつでも入れれば簡単に死亡へ至るであろう。


「……そんな勝利、己は望んじゃいない」


 苦々しく呟いたエンドゥーも、立ち上る噴煙と熱波に乗じて物陰へと身を隠しに移動を始めた。両腕を失いながらも去り行く背中より「また次にな、アルマ氏」と告げ、夜に消えてゆく。



 ≫ ≫ ≫ 



 ――戦闘残時間は間もなくゼロを迎える。



 エンドゥーらが消えて行った闇の向こうへ、幾度か飛翔してゆくカムイの狙撃……当然ながら当てずっぽうの攻撃が当たる奇跡は、再び起こらなかった。

 今もアルマの回線には、勝利を逃した彼の愚痴や文句が止めどなく流れて来ている。


 彼の言葉を聞こえたか、或いは聞こえずか。虚ろな瞳で霧の向こうに輝く十六夜月を見つめているアルマ。

 彼女の蒼き瞳は、その月さえ見えているのかも定かではない。



 ただ、傍らに遺された片翼の髪飾りは月灯かりを受け、淡く照り返す光だけが月への帰還を望むように、瞬く星空へと羽ばたいていった――



 * * *


 Draw!


 Winner None


 * * *



──────────────────────────────



 ≫≫ 10時50分_ファンタズマ中心部 中央管理棟 ≪≪



「……なんだかモヤモヤする終わり方だったわねー」

「混戦中に射撃すれば、こんな事もあるだろう?」

「アっちゃんチョードライ! ……でもでもエンドゥーちゃん、コレには結構ムカついてんジャン?」

「お兄ちゃん、こーいう台無しにされるのを嫌いますからね……」


 さきの戦闘でDraw引き分けリザルトが出たため、エンドゥーのフレンド達(ほぼ確定だが、一応まだ仮)が所感を話しながらも、身内二人のロビー帰還を待ち侘びていた……が、それは直ぐに叶う事となった。


「――みんな、戻った。時間いっぱい掛かって悪かったな」

「ただいま。僕はもう疲れたよ……」


 間近より転送の粒子エフェクトに包まれて出現したエンドゥーとアオイ。

 ここで待っていた四名は一斉に彼ら二人へ「お帰りー」、「お疲れチャーン!」と各々の言葉で労い迎えていた。



 ――少し離れ、エンドゥーらが仲間たちの元へ参じたシーンを目撃したリーゼも、ようやっと重い腰(単にエンドゥーの戻りを待っていただけ)を上げる。

 先程のアルマへの興味もあるが、先ずは確実なフレンド紹介をして貰うべくリーゼの下心ばかりが先走っている様子だ。


 いた気持ちのままに立ち上がり、彼ら六名の元へと一歩目を踏み出そうとした時――二十メートル程向こう側から苛立ちを隠そうともしない男の怒鳴り声が「フッザケんじゃねえーッ!!」と、響き聞こえてきた。


 雑踏の中でも響く程の音量だ。これにはリーゼやエンドゥー達のみならず、本来通り過ぎる筈の他プレイヤー達でさえも、野次馬的な視線を件の声主へと向けている様子。


「この声って……まさか!」



 或る種のイヤな予感が過ったリーゼの中で、優先事項が一瞬にして入れ替わる。

 瞬間、リーゼは駆け出していた。

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