【Phase.4-Encore】未来への一歩は、自分の魂に従え!

 ロビー中に響き渡る程の「オープンチャット」が聞こえれば、現実でも「何事か?」と衆目も集めるだろう……其れはVR世界も変わらない。初日にリーゼが目撃したキャットファイト等は最たる良い(真の意味では悪い)例だ。


「アッチか!」


 その声はリーゼが観戦時に『記憶』したばかりの、少し低めで侮蔑混じり男声だった。

 発生源と思しき場所は五十メートルも離れてない。到着ポイントにはご多分漏れず、ざわめくギャラリーらが他人事の眼差しで遠巻きに眺めている様子。


 リーゼは彼らギャラリー達を掻き分け、中央の開けたスペースまで辿り着くと、男女二名のプレイヤーが向かい合っていた。


 先ず見えたのは先程のバトルで頑なにニートスタイルを貫いたカムイ。『記憶』していた声も彼のものだ。

 そして対面に立つもう一名は――


「居た……彼女だ」



──────────────────────────────



「だーかーらぁー! 貴様はアホか!?」

「アホって……」


 人混みの輪の中ではカムイが一方的にアルマを捲し立て、対する彼女はつまらなそうにそっぽを向き、聞く態度には見えない。


「貴様ぁー、聞けぃいっ!! 大体、何故俺様の止めを邪魔したんだぁー?」

「はーっ……貴方は本当に自分の事ばかりですね」


 アルマの態度と言葉をと受け取ったカムイは更に顔を真っ赤にして彼女を指し、「キ、キサ……貴様ぁぁあっ!」と更なる糾弾を続けた。



 ――のたまう彼の主張は「狙撃の射線に入って邪魔をされた」、「連携を無視されて彼女が勝手に突っ込んだ」、「フォローしても礼の一つも無い」……等々。

 あまつさえ「相手チームへポイント献上するためにワザと試合を妨害した」とまで妄言を吐く始末だ。

 対人慣れをしている流石のリーゼも、部外者でありながらに呆れてしまう言葉だった。


「遠藤君のランク的に、格下(低ランカー)狩りしても意味無いっつーのに……」



 カムイが最初に主張した内容なら、初心者ノービスがやりがちなプレイだ。不慣れなプレイヤーに対する先達としてのとするならば、大勢としては理解できるだろう……ここまでキレる必要は無いが。

 しかし、という自身のミスには言及しないうえ、後半に関しては言い掛かりも甚だしかった。


 お陰でギャラリーたちも約半数はお察しと「アホらし……」、「ロビーで騒いでんじゃねぇ!」等と吐き捨てつつ解散。

 残る半数ほどは仲間待ち等、暇潰しとして傍観を続行。場所が対戦の受付カウンター付近という事もあり、存外に多くのプレイヤーが残っていた。



 ……この様な中でも未だに一方的に口を開くカムイだが、取り巻く野次馬たちも当人たちの気持ちを汲み取らず、勝手を言い始めていた。


「ネーチャン。そいつウルセーから、もう謝っちゃいなよ」

「キャラメイク上手いねー! そんな奴ほっといてチャットしようぜ」

「そーいう男はプライドたけーから。俺もそんな目に遭った事あるよ!」

「誰もが通る道だから、犬に噛まれたと思って、な?」


 と、声は幾分とアルマ寄り(ナンパまで居る始末)ではあるものの、叫ぶカムイのアウトプット分量だけ、逆に口数少なのアルマが相対的に不利な空気へとなりつつあった。

 そのため、次第に周囲からは彼女側が折れる提案ばかりが出てきていた。


 勿論、自身の追い風部分のみにはシッカリと抜け目なく乗るカムイ。


「そうだ! 俺様に謝罪するんだ!」

「お断りです。意味がわからない……」

「貴様が悪いと言うのに!」

「……何を言っても無駄なんですね」



 ――彼に対しても、野次たち対しても、アルマは冷ややかな視線を向けている。



 温度の無い声で言葉を洩らす彼女。

 その蒼き瞳には空虚な光を宿し『どうでも良い』という曇り色が滲んでいる。

 此処ファンタズマの空も彼女の気持ちを代弁するかのように、分厚い積雲が昼近くの高い日差しを遮っては憂いに沈むままだ。


 先程に彼女が諦めなかった戦い、熱い鬩ぎ合いの先に望んだ結末は、こんな言い争いではない。

 この場にはマウントを取りたいだけの悪意しか無く、純然とした覇を競う一瞬は此処に存在しない。

 そしてエンドゥーと同じく、アルマもまたその一瞬をフイにされた被害者だった。



「――貴方のような人の居る世界、私には合わなかったみたいですね」



 一拍の後、口から零れた彼女の言葉。


 続く言葉はこの世界との『決別』になるであろう……リーゼはオンラインゲームに没頭した約二十年間で、幾多の別れも経験してきている。

 切り出しからの雰囲気で察するのは非常に容易であった。


 観戦の時にエンドゥーと激しくも熱く斬り合っていた彼女の剣。

 命を削り合う戦いでわらう彼女に見惚れ、夜に舞う姿を美しいと思ったリーゼ。



 『彼女が消える? いや、ダメだ。

  ゲームってホントは誰でも楽しく遊べなくちゃウソだ。


  それに自分の考えや視点とは全く異なる彼女。

  その強さを知って、もっと理解できれば――。


  きっと高みまで行けるし、そんな景色を見たい。

  出来るなら彼女と……彼女は、アタシの……』



 ――理屈として『自身の昇華』を挙げ、自分への動機付けをするリーゼ。

 だが共に織り込んだ本音は願望であり渇望にも等しい。

 彼の心は既にアルマをβ版のパートナーとして選んでいた。


 理由を熟考すれば「上位プレイヤーのエンドゥーと渡り合えたから」とも出てくるかも知れないが、実際は「いちプレイヤーとして惚れた」がリーゼの直感――その根本に在る感覚質クオリアが導き出した無自覚の本心であった。


 シリーズ前作 《MateriaLIZEマテリアライズ》でも、リーゼは相方を感覚質クオリアに従って選び、後にその相方は日本ランク一位・世界ランク六位のプレイヤーにまで上り詰めている。

 自身の直感を信じられる裏付けは、前作の相方が示してくれていた。



 ……このとき野次馬たちを一周して見渡せば、エンドゥーたちも今し方、この場に到着したのが見えた。

 彼らも渦中に立つアルマ(とカムイ)には気が付くが、いさかいの状況得心までに時間を要するだろう。


 しかし彼女が間もなく発するであろう『決別』まで待ったナシの現状。

 当事者に近いエンドゥーらの立場としても本件は介入すべきではない……仮に対戦相手だったエンドゥーが入ってくれば、それこそカムイの言い掛かりに信憑性を持たせてしまうだけなのだから。


「だったら――」


 瞬間、リーゼの脳内では持ち前の完全記憶能力を以て 《MateRe@LIZEマテリアライズ Nexusネクサス》のβテスト初日から今日現在に至る記憶情報を全て、一瞬間でリロードし終える――当然、この状況を打破するを得るためだ。

 その記憶の中で、幾度か視界の端に映り込むカムイの情報を見つけ出したリーゼ。手持ちとしては幾分か心許無さげだが、アルマへの敵愾心てきがいしんさえ剥がせれば作戦は成功なのだと割り切る。


「――まー、足りない武器分はハッタリかませば良いか……後は豆腐メンタル(小心者)代表として、なけなしの勇気ひとつ持って行ったろうじゃないの!」



 リアルの彼女(桐生リゼ)では出来ないであろう一歩を、リーゼと云う仮面を被って災いへと踏み出す。

 リーゼの『記憶』にアルマとのと、そして自分自身の未来を切り拓くために。




 ≫ ≫ ≫ 



「――大体貴様なぁ? チーム戦なんだから貴様の愚かな判断で俺様にもリスクが……」

「もういいです」

「良くねーだろっ!」

「……こんな所にもう来なけれ――」


 『もう、うんざり』の気持ちが生み出すアルマの言葉を遮り、ワザとらしく足音まで鳴らしながら、息せき切って舞台の中央へと割り込むリーゼ。


「――いやーアルマちゃん、お待たせお待たせーっ! ……アレー? 浮気してた?」


 突如割り込んできた場違い気味の乱入者……もとい、闖入者ちんにゅうしゃに衆目が集まった。

 皆が皆「アイツ誰だ?」、「知り合いなのか?」とギャラリー間で憶測が飛び交う。

 この時にエンドゥーとは目が合ったので、挨拶代わりに片目でウィンクを送っていると、調子を乱されたカムイは癇癪かんしゃくの種をリーゼに投げつけてきた。



「ぬぬぅ……おい貴様、誰だ!? 関係ない奴は引っ込んでいろ!!」


「ん? 俺を知らないの? 浮気相手のアンタ、相当だねぇー」



 少し表現で、カムイの問いに答えるようで答えてない飄々ひょうひょうとした返しをするリーゼ。当然煙に巻かれた彼……そしてギャラリー達の顔には『?』の符号が浮かんでいた。

 しかしそれは「知り合い然」とやって来られたアルマも同様。リーゼとは初対面なのだから。



 ――此処まではリーゼの想定どおり。

 衆目を彼女から引き剥がし、視線をそのままリーゼが引き受ける算段であったからだ。


「貴方……一体――」


 アルマは「一体何方どなたなんですか?」と疑問を投げつけようとした時に、続く言葉が止まる。原因はリーゼから遮るように送られてきた[ウィスパーチャット]で告げられた言葉だった。



 Li_ZEリーゼ ≫ almaアルマ [――Fe en alma(魂に従え)、ってね。今から余計なお世話するけど、スグ終わらせるから任せて!]



 名前を指定した人物にのみ聞こえる秘匿性の高い [ウィスパーチャット] 形式で告げたリーゼ。

 更には歩を進めつつ、彼は人さし指を唇の前へ。を意味するゼスチャーで自分とは初対面である事を伏せるようアルマへ伝える。

 ……が、実際にはこのゼスチャーは不要でもあった。


「……っ!」


 今、リーゼがアルマへ送った「Fe en alma」。

 この言葉はアルマが心に抱く英西(英語×スペイン語)混在の信念「Faith in alma」と同義の、純粋なスペイン語版であったからだ。

 自身の名付けにも由来する魂の言葉……それを知る人物は世界でも然程多くはないであろう。その事を知っているアルマは、リーゼの一言に思わぬ衝撃を受けて動きさえも止めてしまっていた。



「さて、間男を追い払いますかー」


 軽口を叩きつつアルマ脇を擦り抜け、カムイと対峙する形になったリーゼという盾。

 激高するカムイの炎は未だ盛っているようで、矛先は完全に割り込んできたリーゼへと移り、苛立ちと敵意を向けてくる。


「……だから、誰だって聞いてんだ! 貴様もソコの無知な女と同じく、無能な初心者ノービス仲間かぁ!?」

「知りたがり屋さんだねぇ……んじゃ気になって仕方なさそーだし、皆さんに自己紹介からしますか――ねっ!」


 最後を言うが早いか、リーゼは達へ一斉に『フレンド申請』を送った。



 ――フレンド申請をする場合は通常、直接視認した顔を思い浮かべる事で申請可能となる。

 またフレンド申請をされた側も、このとき相手の名前・ランキング等がロビーで見る事が出来るようになる。そこからフレンドを受諾するか否かは選択可能だ。



 初対面でもある彼ら全員の顔を即時『記憶』して一斉フレンド申請……完全記憶を制御するため、幾つもの思考を同時に個別処理できる『同時並列思考』を持ち併せたリーゼならではの妙技だった。

 普段ならばマナー悪行為であり、且つ特に意味の無いアクションなのだが、今回リーゼが狙う策略のひとつ、『自身のを全員の手元に一挙開示する事』が履行できた。



 * * *


 Name:Li_ZEリーゼ


 Rank.84


 * * *



 存外に高いランクだったので、カムイを含めた半数以上のプレイヤーはそこに驚く……が、さらに一部の前作プレイヤー達がリーゼのを見て俄かにザワ付き始めた。



「この名前……もしかして、リーゼか?」

「メンテ時間以外はいつも居る廃人プレイヤーの? まさか……」

BOT(自動プログラム)よりもゲームで働き続けられると噂の奴か!」

「前は重課金の女キャラだったよな……騙っているだけかも知れんぞ」

「前作でナンパされたことある!」

「あの悪名高い奴を? やるなら『』の方を騙るんじゃないか?」



 チラホラと聞こえるのは負の言葉と渦巻く疑念の声々。

 まで聞こえてきた……ナンパしたのとBOTより働いてる噂は初耳だったが。それ等のマイナス反応ばかりに少しだけ悲壮感が漂う顔を浮かべるも、計画どおりに進む思惑にリーゼの口元だけは偽悪的に吊り上がる。


 『アルマちゃんへ向いていた意識はほぼ完全に引き寄せられたし……あとは仕上げだな』と、中二力高めの黒ロングコートをはためかせつつ、外連味けれんみというスパイスをタップリ利かせた表情で仰々しくも声を張り、彼らに更なるアピールを声明として伝えた。



「――前作プレイヤーさんの一部は、なんとなーく察した人も居るみたいだねぇ?


 そう、俺はリーゼ。

 前作では全世界に四百万人超のユーザーのうち、世界ランク九位のプレイヤーだ。


 今作はこのキャラでテッペン(一位)狙わせていただくから、ひとつヨロシクゥー!」

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