【Phase.6-Extra】わたしが出会った人、アタシが出逢えた人

 楽しい筈だった仮想世界。

 だが突如として訪れた悪意に心はくらきへ沈み、光溢れた世界を閉ざす。


 そんな闇の中をと俯いて歩くリゼ。

 だが、此処は何処なのかは知っている……自分の感覚質クオリアが教えてくれる。


 今はある記憶の内側――その断片たちが紡ぐなのだ、と。



──────────────────────────────



「アタシに恨みを持ってる人物かぁ……。少なくもないケド、実はそんなには多くもないハズ。だって……」


 感覚質クオリアが見せる夢の世界では、リゼの刻が三年ほど遡って流れ始めた――



 ≫ ≫ ≫



 ――始まりはシリーズ前作 《MateriaLIZEマテリアライズ》のプレイ初日。


 そこから早送りで映し出される思い出たち。

 つい数日前までログインしていたというのに《MateRe@LIZE Nexus》に慣れた所為だろうか、フルダイブ型ではない前作のVR描写が妙にチャチく見えてしまった。


「あ、そうそう! この頃はメッチャ人見知りだったっけ……いや、今もあんま変わんないか」


 思えば確かに。この頃は今以上に自ら人と交わる事が出来なかった。流れる映像の向こうでは常に挙動不審に街を彷徨く、前作『Li_ZEリーゼ』のマニッシュな女性アバター。


 そのまま日々がズルズルと過ぎ、根無し草のソロプレイが続いてゆく。

 相手から声を掛けられる機会なぞプレイ初期のみ。特にクラン・フレンド勧誘に熱心な時期を過ぎれば一気にチャンスは無くなるのだ。これは全オンラインゲーム共通の話であり、何十年前のゲームであろうと変わることは無い。



 ……程なく独りで遊ぶゲームに少し飽き始めた頃。

 この時に出会ったのが「姉さん、暇そーだな! ちょっと一戦だけ一緒しないかい?」とナンパ的に切り出してきた『クリヴィス』なる男性プレイヤーだった。


「相方登場だ! ……そいやぁ、すこーしだけ遠藤君に雰囲気が似てるかも? ホント少しだけね?」



 ――そこから少しずつ織り上げられてゆく彼との思い出たち。

 彼は内向的なリゼをグイグイと引っ張ってくれ、互いにこの世界にのめり込んでゆき、そして気付けば『クリヴィス』と『リーゼ』は世界ランキング上位へ名を連ね、国内では最強のペアとなっていたのだ。


「コッチはNEETだし、クリヴィスも『ウチは農家だから一定時期以外は自由だ』とか言って、ゲーム時間をガッツリ確保できてたからなぁ……オンゲ(オンラインゲーム)はやっぱ掛けられる時間が強さに繋がるトコあるよね」


 そしてトップランカーとなった現在。

 外国サーバーがメイン拠点であり、つ日本サーバーでは相も変わらず他者との交流は殆どゼロ……寧ろ、対戦相手のプレイヤー以外は恨みを買ってくれる相手さえロクにいないままの三年間であった。



 ――早送りの三年は、長いようで短いような。

 やがて思い出の記憶は終着点である数日前の……βテスト当選の発表日を映し出していた。


「――くっそぉー、βハズレたわ。リーゼは?」

「うほぉー! アタシは当たり! ……あー、いや、なんかメンゴ……」

「悔しいが、しゃーねぇ! んじゃ悪いと思うならβで1位になって来い。そしたら許してやろう」

「国内ランク1位さまに言われた!? ……まぁガンバリマスか――」



 ――――。



 ココで再度、視界は暗転。

 面映おもはゆくも愉しかった思い出たちの再生リプレイはフェイドアウトしてしまった。


 それから間断なく、記憶情報を持つ脳内ニューロンはシナプスの架け橋を辿り、次の新たな場面シーンへと接続を果たす。


 次第に暗闇を切り裂いて向こう側に見えてきたのは、』の一日だった――



「2009年、7月15日……また、だ」



 ≫ ≫ ≫



 ――現在から約二十年前。


 当時九歳であるリゼの幼い身体は、現在ストレッチャー上にあった。

 横たわり揺られ続けていたこの場所は、囂然ごうぜんとサイレンを鳴らして疾駆する救急車の中だ。



 ……そしてリゼは今、目覚めたばかりなのだろうか。

 自身の現状を把握し切れず、朦朧とした意識の向こうに目を凝らす。

 ボンヤリとそこに見えたのは救急隊員が二人……それと見知らぬ女性が一人。


 『この女性ヒト、誰なんだろう?』幼いリゼと、俯瞰する現在のリゼ、二つの意識が一致する。


 彼女は一見して見目麗しく、にモテそうな顔立ちだ。眉目秀麗やハンサムといった使い古された言葉も似合い、王子様などと喩えるのも良いかも知れない。


 なのに何故、だと直ぐに判ったのか?

 理由は彼女がアスリート並みに鍛え上げられた身体であるのに、していたため――これはリゼの母親であるアレクシアが、弟を出産した時と同じ――つまり妊婦であるからだ。



 未だ虚ろな視線で彼女の腹部へと視線を泳がせているリゼの半覚醒状態に気付くと、イケメンな彼女は良く通るアルトの声で心配そうに語りかけてきた。


Hear聴こえる? How do you feelキミ、具合はどう?」

「だれ……?」

「あら、日本語わかるのね? キミは道で倒れてたのよ。私が病院に行く途中で見つけたんだけど、今はもう臨月だから支えてあげられなくて……あ、臨月ってのはもうすぐ赤ちゃんが産まれるって事よ」

「赤、ちゃん……?」



 ――ここで救急隊員たちは、気が付いたリゼに急ぎ意識レベルをチェック。現状は頭部等にも外傷が無いため、隊員たちは一先ず安堵をした。

 だが引き続き彼らは「少女が……持ち物から名前は桐生……」や「同乗された奥さまは臨月……ご主人は……」と、双方のために慌ただしくも狭い救急車内を動きまわり、病院医師らとも連絡を取り合っている様子。


 その救急活動に支障が無いであろう範囲として、彼女は引き続きリゼを安心させるべく会話を続けた。


「そう、赤ちゃん。だから救急車を呼んで病院に向かってるの。実はそろそろ産まれそうだから相乗りしちゃった……って良く解らないわよね――あーっ! ったたたっ!」

「……!」



 寧ろ現在危険なのはリゼよりも、今「あー……くるかも……痛ッ……!」と陣痛の兆しを見せた彼女の方かも知れない。


 痛みを堪える彼女を心配そうに見つめるも、当然として患者側であるうえ、若干九歳のリゼには何ら手伝いなど出来るわけもなく。「せめて……少しでも」の気持ちだけが、普段は内気の背中を押す。

 ストレッチャーから半身を傾け、弱々しくも伸ばした掌がと彼女の腹部へ触れた……



 ――瞬間、心にまで染みる温もりが、を包む。


 直後、リゼの人指し指にはが添えられと掴んだ……いや、実際には彼女の腹部に手を触れただけ。しかし確かに優しく・力強く・温かな手に包まれた感覚がリゼの中に刻まれてる。



 少し振り返れば救急車に乗る直前の記憶……いや、「倒れていた」という事に一切の憶えが無いリゼ。今も緊張と不安が渦巻いていた心の内側。


 ――すると、


 お腹の中の赤ちゃんが中から蹴ったのだろう。まるで「大丈夫だよ」リゼを慰撫いぶするかの様に。

 ……強張る身体は次第に弛緩してゆく。



「……この子って良く蹴るのよ。きっと凄く元気な女の子ね。産まれたらこの子とお友達になってくれる?」

「女の子? わたしと? ……うん、わかった。あ、この子の名前は?」

「旦那と私の名前を一文字ずつ付けててね――あっ! やっ……きたきたきたっ! 痛ッッ!!」



 ここで突如、陣痛の第二波が来たらしい。

 脂汗を額に滲ませた彼女は救急隊員に支えられた。


「『白波瀬しらはせ』さん、大丈夫ですよ! 次の角を曲がれば病院に着きますから!」

「ご主人が先に病院で待ってますよ!」

「えっ――痛っ!」



 白波瀬、というのが彼女のファミリーネームらしい。

 リゼが車外へ視線を送ると、確かに病院のマークを掲げる建物が視界に映った……と、同時に救急車はサイレン停止とともに停車。救急・救命用窓口は存外と手前にあったようだ。


 殆ど同時に救急車のリヤハッチも開き、医療スタッフたちが幾人も出迎えてきた。

 その中には私服の男性が一人だけ混じっている。先程聞こえた彼女の主人なのだろう。



「『一華いちか』ちゃん! 大丈夫かい!?」

「……もぅー! 『音遥おとはる』クンが出産するワケじゃないでしょう? 役に立たないんだから、家で作曲の仕事でもしてなさい!」

「えぇー……」

「ここから先は私の仕事なの! センセ行きましょう! あ、キミも治療頑張ってね――痛ったた……」



 ……なんとも元気な陣痛中の妊婦が居たものだ。


 音遥と呼ばれていた男性は、一見して海外の血が混じった西洋系の顔立ち。ハーフのリゼを見ても特に言及しなかった理由はココにあるかも知れない。

 彼は一華と呼ぶ妻よりハンドサインで「シッシッ!」と告げられ、ションボリと青色の瞳を潤ませていた……とはいえ、このまま帰宅する訳にもいかず。それからは無言でロビー方面へ回って行った。

 きっとこれから彼にとって長ーい待ち時間になるであろう。


 一華はリゼにも手を振ったが表情に余裕は無い。

 彼女の言葉や態度とは裏腹に、今にも産まれそうなのだ。


 周囲の医師と助産師たちも「急いで!」と事態の緊急性を共有し合う。

 奥から来た医療スタッフたちは院内よりストレッチャーを一台用意し、一華を乗せると足早に分娩室へと運んでゆく。



 ――すると、一華と入れ違いで救急窓口から「リゼッ! 大丈夫なの!?」と日本語で叫びながら出ていく外国人女性が一人、現れた。



「ママン!」

「――アレクシア!?」



 記憶を覗くリゼと、運び出された一華か同時に叫んだ。

 これに吃驚びっくりしたリゼは、「え!?」と一華の方を見てしまう。


 確かにリゼの母親は有名人ではあるが、それは飽くまでバレエ界でのみ。

 一般層……特に日本国内ではそこまで有名ではない筈だ。



「……フランスの至宝がなんでココに――痛っ!!」

「白波瀬さん喋らないで! 舌噛みますよ!」

「センセ、待って! 今……アレクが! 私の青春があそこにっ!」

「後にしてください! 貴女が思っている以上に事態は逼迫ひっぱくしてるんです!」

「そうです! お子さんが最優先ですよ!」

「アレクぅー……――」



 ――――。



 これより先の会話は再生リプレイされず、遠退く一華の声とともにプツリと映像も消えてしまった。



 ……思い返してみるも、やはり今のシーンは初見にしか思えない。

 一度見たものは余すことなく記憶してしまうリゼの『完全記憶』能力が、そう答えを導き出しているのだ。


「初めて見た……いや、でもコレってホントは見ている筈のアタシの記憶、なの?」


 答える者も無く問うリゼ。

 深層の真相を照らす光は未だ見えず。



 ――けれども、たった一つだけ事がある。

 それは紛れも無く確かな事。


「あのお腹の赤ちゃんに握り締められた感覚……温かさをアタシは



──────────────────────────────



 ≫≫ 00時04分_リゼ自宅_二階自室 ≪≪



 ――リゼの赤みがかった瞳が開かれる。

 ベッド上から見慣れた天井が視覚を占有し、傍らでは眠る愛猫ホームズの寝息が聴覚を独占した。


「夢……か」


 逃げたい気持ちが見せたであろう夢から覚め、現実への帰還を果たしたリゼ。

 しかし共に見た過去は何だったのか……?


 夢の中の映像はつぶさに『記憶』しており、今し方見たばかりの情報たちを反芻する。


「あれがアタシの失くした過去の一部、なんだよね?」



 答え合わせも出来ず、ぼんやりと考え込むも考えだってまとまらず。

 ……この時ふと、ウェアラブル端末の通知ランプが明滅している事に気が付いたのでチェックしてみる。


「遠藤君、ミレイちゃん、キルリアちゃんのDMダイレクトメッセージか――」



 ――現在の時刻は深夜零時を少し回っていた。

 今更に日付を確認すれば丸一日以上を寝ていたらしく、βテスト六日目がちょうど終了したところであった。


 メッセージは何れも本日接続をしなかった自分リーゼに対し、気遣ってくれる言葉ばかり。

 伴って『フライクーゲル』の皆や、グライロウ、会えずの彼女アルマの顔も思い浮かんだ。


 短い付き合いでありながらも支えてくれた彼らへの感謝……その気持ちだけが、今のリゼを奮い立たせてくれる。あと一歩の力を与えてくれる。



「もう一度……。今日、もう一度だけ頑張ってみよう……」

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