【Phase.6-Last Encore】Brighter Day、with You
* * * 【β-TEST_DAY 7】 * * *
流石に昨日は寝過ぎたらしく、深夜に目覚めて以降は朝まで目が冴えたまま……いや、寝すぎというよりも、ウンザリする程にゲーム内で狙われ続けた心因の方が大きいかも知れない。
加えて二十四時間以上、一切の食事も摂らずの身体は養分を求めていた。
胃が弱り過ぎてお腹も鳴りやせず、『身も心もズタズタだなぁ』との自覚もあるため、起き抜けの夜中には無理矢理ゼリー飲料を食事代わりとして摂取しつつ夜を明かす。
……こうして起き続けで迎えたβテスト七日目の朝。
現時刻は午前十時ジャスト、テストサーバーのオープン時刻だ。
カーテンの向こうから射し込む
瞼の奥が少し熱を持っているし、節々も悲鳴を上げている……が、再び心が沈まぬうちにリゼはウェアラブル端末を頭部にセットした。
「ふーっ…………≪マテリア、ダイブッ!≫」
未だに不安ばかりが
直後に
▸▸Login……Connected.
HELLO、《MateRe@LIZE Nexus》!!
――その身に
──────────────────────────────
≫≫ 戦闘フィールド_市街地エリア_居住区画 ≪≪
リーゼが今回転送されてきた場所は、既に何度も経験のある市街地。
ここは遮蔽物も程々に配されたバランスの良い戦場として、今やβテスター達からの最も支持率の高いフィールドである。
――さきのログイン後、意を決してエントリーした本日初のランダムマッチング……結果から言えば、リーゼは味方一名・敵二名を含めた計三名から狙われる状況となってしまった。
自分の足で歩き出すためにソロで挑んだ復帰戦は、なんと過去最多の全員が敵状態。
背水の覚悟を決めていたとはいえ、ここでジョーカーを引き当てるヘヴィーな現実に
「生き残る。今はそれだけをイメージしよう」
≫ ≫ ≫
今回ペアとなったのは『ひ♥️な♥️乃 (ヒナノ)』というガーリッシュファッションの女性キャラクターだった。
だが、ゆるふわとした可愛らしい外見に反し、共に放り込まれたブリーフィングルーム内では『ラッキー! コイツは美味しいターゲットじゃーん。狩るぞー!』的な……ひとしおにノーサンクスしたくなる熱い視線を受けていたため、彼女からの襲撃予測は立っていた。
――フィールド転送後はヒナノと早々に距離を取ったリーゼ。
対して彼女は慌てて《合流しましょう!》と《チームチャット》を送ってくるも、リーゼは無視を決め込む。以降も何度か声をかけ続けてくるが、返答の無いリーゼに対し小さく舌打ち。
それから通信を切ったヒナノは、街の動線を無視しつつ真っ直ぐとコチラ側へ向かってる様子がマップ上で把握出来た。
「ガン無視したら無理追い、か」と漏らすリーゼは、そのままヒナノとは真反対へ進行――が、ココで
これを不運と解す理由は、索敵範囲に差異が無いマップへの映り込み……即ち
「流石に三人をマトモに凌ぐのはキツいな……しゃーなし、
≫ ≫ ≫
市街地の外れとなる区画へと到着したリーゼ。
ゲーム仕様で云う処の『フィールド端』に当たるため、これ以上の退路は無きに等しい。
……そして間もなく正面から迫る敵二名とは交戦状態になるだろう。
更に右、三時方向からは遅れてヒナノも来ている。
敵側マップでも既に彼女を捉えている筈だろうが敵二名は初志貫徹。先ずは逃げ場の無いリーゼ(とは現時点では知らずだが)から仕留める狙いらしい。
「こんなモテ方は望んで無いし……ボチボチ皆さんのお誘いをお断りしてくるかー」
機を溢し、物陰へと一時待避したリーゼは『オルタナティブ・アームズ』に設定した
彼らの足音が僅かに聞こえ始めた時、リーゼは囁くように「≪エクシア≫、
それから僅か一秒も掛からず
――リーゼが実行したのは『オルタナティブ・アームズ』の機能……ハンドガンとドローンを一つに組み合わせた武器『
ベースはドローンのため操作は脳波で行うが、テスト運用はエンドゥーらと遊びつつも密かに済ませており、烏の挙動に違和感は無い。愛銃『エクシア』の元色である黒いマテリアルのためか、宛ら一羽の
「っし……叛逆開始っ!」
迫る敵を見据え、リーゼのエヴィエーション・シューターが飛翔を開始した。
一見は本物の烏にも見えるが幾分か流線型でもある。そして最も大きな違いは、翼ではなく無音にも等しいローターで飛ぶ事だろう。
少し離れた建物の陰へエクシアを潜ませると、自身は手元に残った赤銃『アリステラ』一挺だけを携え、迫り寄る相手が見える場所へと一息に飛び出した。
続き、握るハンドガンを天に向けて放てば、夜の市街地に銃砲音が響き渡る……それは「俺はココだ!」と示す一射であった。
「出て来たぞ! 遂に観念しやがったか?」
「おい! アイツの名前とランク……例の賞金首じゃね!? 俺たちツイてるぅ!」
リーゼは思わず「賞金首呼ばわりかよ……」と呆れるも、相手からは構わずのアサルトライフル弾とグレネードランチャー弾が次々に飛来。
対抗するのは代名詞たる攻撃無効化の『ファントムブレイカー(自称)』。
しかし敵方の厚い弾幕全てに対応は出来ずのため、
お蔭で頭部や胴体中央部は無事なのだが、四肢へは幾発も掠めて被弾。リーゼのHPを徐々に奪ってゆく。
「
――ここで遂に物陰より潜んでいた烏型『エクシア』が静かに行動開始した。
並列思考を得意とするリーゼは正面の弾丸たちを打ち落としながらも、個別で脳波からドローン操作を実行しているのだ。
更にエヴィエーション・シューターの最大利点は、何と言っても
武器ならば、
……当然、彼らは斜め後方に浮かび迫る烏、もとい『エクシア』に未だ気付かないまま。リーゼに更なる攻撃を集中させようとした直後、遂に秘密兵器としての役割がスタートした。
死角より烏の口が開くと、内側から覗くハンドガンの銃口が出現。そこより
命中したアサルトライフル使いの男はこの不意打ちで一気にHPが半分を下回る。
「ぬぐぁ!!」
「狙撃か! ……いや、コイツの相方はこの位置からだと射線が通っていない筈だぞ!?」
――この一射で敵サイドは瞬時に混乱状態。
頭を撃たれた男が脳を揺らされて転げ飛んだ瞬間、リーゼは「一気に仕留めるっ!」と敵陣営に踏み込む。
走り向かう先は無傷のグレネードランチャーを持つ少年。
迫り来るリーゼに対して動揺する彼は、不可視の襲撃者の正体に怯えたままリーゼに即座の反応が出来ず、そのまま正面より数射の弾丸を浴びた。
これは堪らんと逃走を試みるも、その先では『エクシア』が待ち受け、開口から追撃の弾雨が少年に降り注ぎ、彼は僅か数秒で『死亡』表示に。
「よっし、チェックメイトッ!」
頭部を撃たれて朦朧とした状態のまま、ヨロヨロと起き上がり出したアサルトライフル男。
そこへ前方はリーゼ本人、死角からは『エクシア』の追撃ヘッドショットが幾つも刺さり、少年同様に彼も『死亡』に至った。
* * *
Congratulations
Winner!
『
* * *
撃ち合いより僅か一分もかからず、リーゼは敵チームを単独で制圧してしまった。
結果、システムよりチームの勝利アナウンスが贈られるも、今は余韻に浸る暇など無い。
ヒナノは直ぐそこまで迫り《逃げんなよ、
そんな声には聞く耳を持たず、早々とロビーへの帰還を果たすリーゼ。ヒナノとは交戦せずに試合終了となった――。
≫≫ 10時27分_ファンタズマ中心部 中央管理棟 広場の片隅で ≪≪
日差しも射さぬ程に重く垂れ込めた灰色の空。
ぼーっ……と中央管理棟に懸かる鉛雲を見つめるリーゼは「まるで自分の心模様だなぁ……」の呟きに添えて、重い溜息をひとつ。
今の気持ちの所為だろうか、広場ではいつもより随分と端のベンチに腰を下ろしていた。
――結局は一日開けたところで何ら変わらぬ状況。
今も対戦申し込みや、誹謗中傷の[ウィスパーチャット]はひっきりなし。
当然の如くヒナノからも届いたので、順にBLに入れて弾いていると、数人のプレイヤーたちがリーゼの目の前に集ってきた。
「お兄さん、ボクらと対戦しませんかー!?」
「挑戦来てますよね? なんで受けないんすかー?」
「ビビってんじゃねーよ!」
今度は直接のご来訪。
随分と三下テイストな安っぽい挑発もあったものだ。
BLや通報するのも煩わしさを感じてるリーゼは『こんなんしか来ないんだなぁ……』と嘆き混じりの瞳で彼らを一瞥。続き「はぁー…………っ」と深く吐き出す。
……それから約十分後。
何を言っても反応を示さないリーゼに、外野たちは次第に白け始めていた。
お陰で今は彼らと少し距離は出来たものの、少し向こうでは未だに言葉汚く罵っている事だろう。
『いや、んな事はどーでも良いや。それよりも……』
彼らはリーゼを倒す事で掴める『QUALIA』というエサが欲しいだけ。当初は「倒されなければ良いんだ」と抗い続けてみせたが、終わりが見えない。
……だが正直なところ、もっと簡単に
「もうログインしなきゃ追われない……ゲーム辞めれば解決するんだよなぁ」
――思わずと呟いたのはこの世界からの
この台詞が聴こえた輩たちは「引退じゃ倒したことにならないじゃねーか!」とか「
『遠藤君たちと仲良くなったけど……βじゃなく製品版リリースしたらまた遊べればいいなぁ。
それにクリヴィスとまた組んで、パートナーも問題無くなるし。
んでトラブル解消したら、キルリアちゃんたちのクランに入ったりとか? そんなのも良いかも。
……ハハッ、案外いいじゃん?』
半ば冗談のつもりだったのだが、口にしてみるだけで随分と気が楽になった。
伴って心中では様々に未来を描くが、その根本は全てに『逃げ』が付いて回る。きっとこの選択をしたら後悔だってするだろう。
だが、終わりの見えない悪意から今後も追撃を躱し続け、再び気持ちを奮い起たせることなど、今の彼には出来るビジョンが浮かばない。
『でも、心残りは一つある。……いや、コレも未練だよなぁ』
あの日の
少し自嘲気味になりつつもログアウトをしようとしたその時――
逃げの意識を押し退けて届いたその香りには、一つの言葉が添えられ、リーゼへと問いかけてきた。
「――辞めるって、貴方の『
聞き覚えのある声。
いつかの
正面は欲望にまみれた悪意たちばかりで、一瞬は幻聴も疑ってしまった。
だが、この香気が現実なのだと導いてくれた……母の祖国の家紋ともなっており、自宅の庭にも咲き誇る馴染みの花香。
――その花言葉は「
信ずるものを失いつつある今、既知とする
「まさか!?」と、リーゼはベンチに腰掛けたままで件の方向を
「やっとこちらを見てくれましたね」
――同じベンチに箱乗りをし、肩越しよりリーゼを見つめる
「……アルマ、ちゃん?」
「ええ、そうです。先ほどから声を掛けてたのに、リーゼさんに無視され続けてたアルマちゃんです」
彼女は頬を「ぷうーっ!」と少し膨らませると、頬筋を伝う長い白銀髪が煌めいて揺れる。
初めて見た時はクールな印象であったものの、今はなんとも茶目っ気たっぷりな姿でリーゼを非難するように見つめていた。
「えぇ!? いつから?」
「十分くらい前の「はぁー……」って所からですね。そこから何度か声を掛けても、地面をずーっと見てましたよ?」
「……ほぼ最初からですやん」
気持ちが外野の音を遮断したタイミングだったらしい。
思わず絡んできた彼らをふと見れば、今はアルマとの話に興じるリーゼに唖然としている様子だ。
……そんな彼女は彼女で、周囲の人間など一切気にせず「まったくもーっ」と言いつつ、ベンチに箱乗りのまま背中を反ってアーチを作り、真横からアンバランスな姿勢でリーゼを覗き込む。
彼女流の不満を訴えるポーズらしいが、リーゼは『良くバランスが取れるもんだ』と
「うひぃっ! 気付かなくてゴメンってば……あ、そうそう! この香りって――」
「――アイリスのパルファムですね。普段使っている『キュヴェレイ』社製のと全く同じのがゲームでもあったので……あ! あそこで貰いました」
言って彼女が指差したのは、雑貨を扱うNPCショップだった。
βでは通貨システムが未実装のため、確かに無料で貰える。それに香水の類もあったのはリーゼも記憶していたが『寧ろ、良く見つけたなぁ』と感心してしまう。
「それで早速使って香りを楽しんでたら……何だか騒がしいので「何だろう?」って覗いてみたらリーゼさんが居たんですよ――」
と、アルマが状況を説明している最中、ふとリーゼは一つの事を若干歪めてリマインドした。
「――あーっ! そういえばデートの約束したよね!?」
「デート? 次回はお話をしましょう、って約束だった気がしますが……まぁどちらにしても、リーゼさんがゲームを辞めるなら出来ませんよね?」
「……うっ、ソレはチョットっ!」
――リーゼは今『デートがなくなる、だと……?』と凄く小さな心配が、脳と心を占有していた。
本人的には全く小さく無いのだが、『βテストを辞めるかどうか』の葛藤をしていた数分程前と比ぶれば、なんと日常のささやかな悩みだろうか。
……ふと、その事に気づいたリーゼは『さっきまであーんな事を考えてたのに……この子は一発で吹き飛ばしてくれたのか』と、
だが、当のアルマ本人はリーゼの視線を受けても何ら変わることの無い態度で「……で、ラストノートも再現されてれば嬉しいんですが……」と、さきのパルファムについて熱く語り始めていた。
『もしかして、今までツマンナイ事で悩んでた? ――だんだん自分がアホらしくなってきたぞ?』
少し前の自分を冷ややかに一蹴するリーゼ。
そして熱が入る彼女のトーク……その温冷ギャップに思わず「プッ!」と吹き出してしまった。
「あっ! 何で人の顔を見て吹き出すんですか……もーっ!」
「いや、違うって……んー、やっぱ
「え、本当に辞めちゃうんですか?」
「んーん、違うってば」
アルマを真っすぐと見つめてリーゼは言った。
「
「言い方! もー、紛らわしい……でも、辞めないなら行きましょうか?」
そう言って彼女は「ん」と、リーゼに手を差しのべた。
リーゼも応じるようにゆっくりと腕を伸ばしながら「ドコへ?」と訪ねる。
「デート、するじゃありませんでしたっけ? 私はこの世界について良く知らないんです。なので楽しい案内をお願いします」
「わっほーっ! ソレならお安い御用ってね。ココは庭みたいなモンよ!」
「ふふっ……調子いいんですから。エスコート期待してますね?」
「おうよっ!」
きゅっと繋がれた二人の手。
彼女の温もりは何故だか
――瞬間。
ふと夢の中で、ひと欠片だけ取り戻した
『……懐かしい気持ち。
や、モチロン勝手に重ねてるだけなんだけどさ……でも今はまた歩き出せそうな自分が嬉しい。
明るく見えはじめた世界が嬉しい。
何よりも……不思議と惹かれた彼女との再会が、
叫び出しそうで駆け出しそうな心。
つられて身体も弾めばリーゼは勢いのままに立ち上がると、アルマの手を更に強く握り締める。
「よっし、行こうっ!」
「はい……って、早いですよ!?」
少し強引なリーゼに合わせるべく、アルマは器用にも手を繋いだまま、宙を
リーゼはその身のこなしに「わぉ!」と賛辞を贈りつつも、そのまま彼女の手を引いて二人は共に駆け出した。
……ここで唖然としていた外野たちは二人が走り始めたのを期に我に返る。
リーゼたちの後方では彼らの
彼らの声を背に走るリーゼたち。
行く先はつい先程まで、重厚な雲で覆われていた筈。
しかし今は
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