【Phase.4-4】惹かれし彼女の影、紡がれし交叉の刻

★『近接武器』の仕様について


近接武器は射撃武器と比べて射程の不利がある……が、代わりに高い威力を有している。

武器の種別によっては多少当たり所が悪くても、一撃で試合をひっくり返す事もある程だ。


加えて、一部の近接武器は『キャスト(通称:投擲、投げ)』が可能。これは文字通り、武器を相手に投げつける行為だ。

メリットは通常の威力に加え、投擲分の距離が生み出す運動エネルギーが加わる事で威力が加算ないし乗算。普通の手持ちよりも遥かに高威力で、離れた相手を攻撃出来る点だろう。

当然デメリットは武器を手放してしまう事で、回収するまでは使用不可という手痛い状態になる。


現在、βテスト内でキャスト可能武器は以下の種類のみ。


(低火力←)チャクラム、ダガー、ショートスピア、ハンドアクス、ロングスピア(→高火力)



──────────────────────────────



「うっわー……これって、アオイが仕留めちゃったの?」

「いやー、お姉様は生きてるよ? 委員長ホレ、この画面端のほうに参加プレイヤー全員のHPみえるジャン?」

「あーコレかー……って、ノース! 委員長って言うの止めなさいよね!」

「だってさっきアっちゃんだって言っ……痛ってェーっ! 脇腹つねらな……ヒーッ!!」


「……。相手の残りHP、二割くらいだな。少し爆弾を喰らったか」

「でもアっくん、お兄ちゃんたち二人を相手に一人で凄いですよねー」

「ああ、そうだな」

「んー……でもなんでこの『神威カムイ』って人は、ピンチなのに出てこないんでしょうか?」

「……そこは触れてやるな、リリィ」



 炎禍に覆われし憮雑ぶざつなる戦局の中心部。

 赫灼かくしゃくから照り返る夜色は黒檀色エボニ―へと染まり、エンドゥーら戦闘参加者を縁取る。



 ――この現状をファンタズマ中央ロビーより観戦し、さんざめくエンドゥーのフレンド(仮)たちと、少し離れて静かにベンチへ腰掛けるリーゼ。

 彼らの言うとおり、観戦モードでは参加者全員の残HPが一見で把握出来る。確かにアルマが生存している事だけは全員で解したものの、件の彼女は未だに炎の中に居るようだ。



 ……が、戦闘の静観とともにリーゼの心中では、先程からアルマのアクションに対して、との普遍性を憶えていた――いや、既視感と言うのがより近しいだろうか。


 『あの子って……ウチの、ママン? いやいや、それは無いって……』


 即時、頭を振るアクションとともに、反語も添えて思考を否定するリーゼの心。

 惑いの要因はアルマのアバター……その向こう側に居る人物(プレイヤー)に対して、自身の『』を想起していたからだ。

 初見での彼女が走る姿、立ち回り。特に独特な足運びは、母親にして世界的なフランス人バレエダンサー『桐生アレクシア』を追想させられてしまった。



 ――リーゼ(リゼ)自身には、バレエの経験値は殆ど無い。幼少期の数日、母親の真似事を子どもながらに試した事がある。ただそれだけだ。

 二十九歳の現在では一切の運動もせず、床にだって手が付かない程に身体はガッチガチ。


 然しながら、生まれながらに身に付いていた完全記憶能力は、母の活躍する姿を、そして癖まで含めて、余す事無く鮮明にしている。

 お蔭でばかりが養われたリーゼ――そんな自分の内で母親と彼女が、不思議なまでにと重なった。



 『あのムーヴは、多分オンナノコだよなぁ……それに、さっきのジャンプは入り方が違ったけど、ママン得意の『540ファイブ・フォーティ』軌道と同じだったしー』


 アルマの足の運び・手指の動きを推して、女性ダンサー特有の癖であるとアタリを付けたリーゼ。

 加えて想起した『540(正式名:カジョール・リヴァルタット)』は、主に男性のバレエダンサーが使用する大技の一回転半ジャンプだ。身体への負担も大きいため、女性で美しく飛べるダンサーは指折りでもある。


 脳内で改めて先程の跳躍をリプレイするも、彼女の影は母親のそれと画一的なまでの軌跡を再び描く。

 戦場に於いて凛と華やぎ、エンドゥーのフレンド(仮)たちからも耳目を集める彼女に、いつの間にかリーゼ自信も惹き付けられていた。


 ……僅かに黙す。


 「まー、まー……少なくともバレエ経験者、ってコトだよね」と、見惚れた照れ隠しに言葉を漏らしつつ、再度コンソールパネルへ目を落とした。

 映す先は今も火柱は盛っている。その熱波から壁面が剥がれつつある建屋を睨み、画面越しに彼女を探し見つめていたリーゼ。



 ――その時、崩落が進む建屋二階より一瞬動く影を捉える。

 再び戦局が動くであろう予兆に対し、思わずリーゼは口を吐いていた。


「――来るっ!」




 ≫≫ 戦闘時間残_11分59秒 公園エリア 公園運営事務局前 ≫≫



《アオイ、上――来るっ!》

《あの爆発の中で無事なの!?》


 偶然にもロビーで観戦するリーゼと同タイミング・同セリフで、アルマの来襲アラートを相方へ喚起したエンドゥー。

 返すアオイの驚きと同時に、建屋の窓硝子が割れた。

 すると二階部より月光と陽炎、二色の光源を反射する硝子片を纏い、アルマが飛び出して来たのだ。



「――ッ!」


 顔をしかめつつも、再び朧月を背負って宙を舞うアルマの肢体。

 だが、空より降り来る彼女の左腕は焦げて黒ずんでおり、炭化の様な灰色グレイエフェクトを散らしながら月輪を滲ます。


《無事……ではないみたいだな》

《でも、二階から飛ぶなんて……》


 自分では踏み切れぬ選択を実行した彼女に対し《なんて……凄い度胸なんだろうか》と、次ぐ言葉が驚きで続かぬアオイ。



 ――後にアオイが本戦闘をリプレイ(アルマ視点)で振り返って判明したのだが、アルマは建屋内部の家具を踏み台にし、吹き抜けにぶら下がるシャンデリアを掴み、一気に二階へと上がっていたのだ。

 しかし片腕だけは退避が間に合わず、吹き上がる爆風の煽りを受け燃えてしまった……というのが顛末であった。



 だが当の彼女は自身の左腕を心配するでなく、二階からのダイブに怯えるでもなく、ひたすらと前のめりに攻撃を開始した。

 上空からエンドゥーらを捉えると「セアッ!」と、健在な右腕より二筋の煌めきを地上へ向けて投げ放つ。


《何かキャストし(投げ)て来たよ!?》

《急所をガードだ。退がるぞ!》


 この時、彼らのイメージには『アルマのキャスト=脅威』という印象が既に根付いていた。

 それはメイン武器たるアサルトライフルを二本も破壊した実績があるからこそ、入念なまでに刷り込まれた記憶に即して『回避』という選択を瞬時に下したのだ。



 エンドゥーたち二人は背面へと飛び退った直後。

 彼らが立っていた各々の場所には『硝子片』が二つ深々と、そして正確なまでに地へ突き刺さる。


《うわっ!? ダガー……じゃないよね?》

《あれは――オブジェクトのガラスだ。空中からでも命中精度凄いな》

《いやいや、関心してる場合じゃないよ!?》



 ――フィールドに転がる石、硝子、丸太などの『オブジェクト』は、簡易武器インスタントウェポンとしても利用可能だ。

 手持ちの武器ほどの火力は出ずとも、当たり所次第でそれなりな威力も発揮する……が、基本的に取り回しの悪さから実用とまでいかないケースが殆どになるだろう。

 今回はたまたま、ダガー投擲の前例があったからこそ機能したに過ぎない。



 距離を取りながら事実を確認し合うエンドゥー達。


 しかしながら、あたかも予定台本があって、更には練習を重ねたアクションタレントかのように、彼女の動きには後先ともに淀みが無い。

 硝子を擲った後は、建屋周辺を囲むように叢生そうせいする木々の一樹を利用し、側面の樹皮を蹴って側宙一回転。そのまま三メートル程の高さから落下ダメージも一切なく着地し仰せる。


「――ふーっ」


「……すげぇな、アルマ氏」

「エンドゥー!?」

「アオイ、スマンな。……私情で悪いんだがアルマ氏、君との闘いでオレの胸が昂って仕方ないッ!」



 エンドゥーたちとアルマの距離は現在十五メートル程。


 着地早々に息を整えながら立ち上がるアルマを見るや、エンドゥーが感情のままに彼女を称えていた。

 彼の口から出た台詞にアオイが吃驚するも、今エンドゥーは『強者と戦える!』という少年のような眼差しで彼女を見つめている。

 対戦ゲームに興じる一人のプレイヤーとしてのサガであり根幹……『対戦狂バトルジャンキー』エンドゥーの顔が覗けた瞬間だ。


 アオイは直後、《悪いクセがぁ……面白い人を見つけるとすぐ出るんだから》と、諦めの境地にて嘆息とともに項垂うなだれてしまう。

 どうにもこの手のハレーションは、比較的エンドゥーの常習行為らしい。



「……」


 不意の称賛に、至極当然にエンドゥーをいぶかし見るアルマ。


 だが、純粋なる好奇で輝く彼の瞳に一瞬で毒気を抜かれてしまう。刃を交えた者同士に通ずる何か……そんなモノがあったのだろうか。

 それからは一拍置き、エンドゥーに表裏が無い事を察したアルマから「クスッ」と笑みが漏れ聞こえた。今回の戦闘で初めて笑った彼女は、何処か楽しげに彼へとレスポンスを送った。



「偶然、ですね」


「ん?」


「私もそう思い始めてました。昂ぶりを実感しています」


「ハハッ、そいつは光栄だ! ……が、此れはチーム戦。二対一のままだが、悪く思わんでくれよ?」



 エンドゥーはアルマと話しつつも、アオイの責める様な視線を受け『アルマ氏と1vs1をしたい』という欲は流石に抑え切り、此れまでどおり2vs1となる断りを伝える。

 本来は言う必要の無い台詞だが、相手を認めたからこそ彼の律儀さが表に出たのだろう。


 エンドゥーの言葉で、ようやっとアオイも安堵の表情を浮かべつつ、唯一の武器(爆弾)を再度握り締めると、これに合わせたようにアルマは応える。


「元々このゲーム自体、まだ良く解ってませんので構いませんよ。それに――」



 ――引き続き2vs1状況について了承の旨を伝える……と同時に、続く言葉代わりに彼女が駆け出した。


 アオイの爆弾が健在である以上、距離という存在は常に無手のアルマへ不利を与える事となる。

 であれば、一気に詰められるだけ詰める……それこそが『より一層と、この戦いが純粋なものであるように』と努める事。そして彼女の本能が導く選択に他ならなかったのだ。



《うわわっ!! あの人が来たよ?》

《アオイ、楽しくなってきたなっ!》

《もー……これってそーいうゲームじゃなくて――》


「――最後に立っている方を決めるゲーム、ですよね?」



 彼らの《チームチャット》は聞こえない筈。アルマは示し合わせたかのようにわらい、夜を翔けつつ彼らへ尋ねた。

 いや、実際はでは無く、目的の言葉であったのだろう。


 余りに合致したタイミングの一言に《こっちの会話が聞こえたの!?》かと錯覚し、アオイは思わず目を丸くしてしまう。

 対してエンドゥーは、焼け崩れ行く事務局建屋を背にしたまま剣を正眼に構え、「ああ、違いない!」とを肯定しつつ口元を釣り上げる。


 再度迫り来るアルマへ一合を申し伝えるよう、エンドゥーが切っ先を向けた。

 ……瞬間、彼のセイヴァーに伝う朱色ヴァーミリオンエフェクトと連動するかのように、燃え盛る背景は炎を天遥かへと衝き上がってゆく。



 間もなく、戦闘の残時間は十分を切る刻を迎えようとしている。そんな戦いの盤面は、加速的に混沌へと動き出していった――。

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