【Phase.4-3】月夜に咲く華、陽炎に揺れて

★観戦モードってどうやるの?


《MateRe@LIZE Nexus》の戦闘観戦は、ファンタズマの何処にいても手元のコンソールパネルの『観戦ウィンドウ』より閲覧可能。

ただし、試合は無数に同時開催されているので、基本的にはフレンドが参加している試合を検索して見る事になるだろう。


また、後から動画をサイトにアップする事が可能なので、上級者のスーパープレイ等も追々研究できる……だが、βテスト中は外部への情報漏洩が禁止約款やっかんとなっているので、βテスター専用サイト内だけのアップに留めておこう。(約款を破ると当然処罰が下るのでご注意を!)


因みに戦闘中のフレンドにはメッセージを送れない仕様となっている。

これは対戦相手の情報を、観戦者がフレンドにリーク出来ないよう配慮したものだ。

本当に急ぎの用事がある場合のみ、『!』マークのアラートを一度だけ送れるよう設計されているが「成るべくなら前後時間に余裕を持ったプレイングを」と、運営は推奨している。



──────────────────────────────



 ≫≫ 10時35分_ファンタズマ中心部 中央管理棟 広場 ≪≪



 ――エンドゥーの握るセイヴァー(長剣)柄上に、アルマがという信じ難い光景より僅か一分前。

 刻はアオイのアサルトライフルが破壊された直後まで少し遡り、場所も戦闘フィールドへと移る。



「うわー……これちゃんたち超ヤベくねー?」

の銃が壊されちゃったのが痛いわねぇ」


 此処は現在リーゼが観戦している場所……即ちβテストプレイヤー達が集う中央管理棟、その受付カウンター前だ。

 元々が昼夜問わず収まること無き喧騒で賑々しいばかりの場所だが、リーゼの耳には極々最近に聞いたばかりのが届く。

 反射で「ん?」と、ふと顔を上げて声主たちを目で探すと――居た。


 リーゼの左斜め前方八メートル程。当該ポイントでは男女の一団が、共有展開された一つのコンソールパネルに注目している様子。一種のカクテルパーティー効果が働いたので、彼らの発見まで時間は不要であった。

 彼らの会話は続いているようなので、リーゼは彼らの会話から正体を伺う、という選択をチョイスした。



「この女のひと凄いね! お兄ちゃんたちピンチかも?」

「はー……速い動きって以外、腕前云々はわたしゃ良くわかんないけど……前作やり込んでた人なんじゃないの?」

「委員長、そうとは言い切れん。これは相手の身体能力そのものだ。良い鍛錬をしている」

「アっちゃんが褒めるの珍しいじゃん!? でも……近接肉体派のお姉さま系か~俺ちゃん好みだネ!」



 聞こえてきた会話の順に、リーゼが抱いた彼らの印象――



 最初は小柄な可愛らしいロングヘアの少女。

 エンドゥーと同じ赤系の髪色をしており、先程の「お兄ちゃん」という台詞からも、恐らくは件の実妹と思われる。


 次に、この四人の中ではリーダーシップを執っているであろう、栗色ゆるふわボブの女性。

 「委員長」と呼ばれる彼女は気が強そうで、胸の主張もだいぶ強め……いや、寧ろ暴力的なレベルに揺れていた。


 少し引いた位置に、腕を組んで仁王立ちする無骨かつ屈強そうな筋肉系黒髪男子。

 「アっちゃん」と呼ばれていたのは一等と背の高いこの男だが、まるで武芸者のような雰囲気を帯びている。


 最後に、盛った金髪から一見チャラそうな垂れ目系の美形男子。

 丁度、胸の大きい子に「ノースのスケベ!」と小突かれた瞬間を見てしまうが、「ノース」というのが彼の名前であろう。



 ――等々。

 なんとも尋常一様に当てはまらず、クセの強そうな男女たち四名だ。


 しかし印象こそ個々で際立つものの、醸し出す雰囲気やノリ的には共通して、何処と無く学生のあどけなさを感じたリーゼの所感。彼らが話す内容とも突合すれば、やはりエンドゥー(と、アオイ)の知人らの可能性は高いだろうと思えてくる。

 この予測に釣られてリーゼの視線は今、ついつい彼らへと無意識に注がれてしまった。


『あの子たちが遠藤(エンドゥー)君の言ってたクラスメート……プラス妹ちゃんかな?』


 先日の「紹介しようか?」というエンドゥーの提案もあったので、まず間違いないだろう。タイミング的にも人数頭も一致している。しかも口々からは其れなりに前作をプレイしている人物も居そうだ。

 ……りとて、現在は紹介の前段階。

 今は『戦闘が終わればエンドゥー達はロビーへ帰還するので、そのときに紹介をして貰えばいいだろう』と、リーゼが視線を再度コンソールパネルへ落とすその時――


「「あー!!」」

「そう来るか!」

「今のヤッベェーぞ!?」


 彼等より感嘆にも近しい驚きが、男女声々に張られた。

 この声に弾け、急かされるようにリーゼが観戦再開をした光景こそが、アルマの変則背面ダガー投げに因って、エンドゥーのアサルトライフルが砕け散る瞬間であったのだ。


 リーゼはこの武器破壊シーンを見るや、思わず「神経が図太い子だ」と手放しにアルマの胆力を褒め洩らしていた。

 確かにβ版での戦闘に慣れつつあるリーゼの目から見ても、一見では無謀にも思えるが、近接武器で銃とのトレードオフは『勝ち筋として、有り寄りのアリだ』と断ずる行動――何よりも武器を手放すという、リスクを恐れずに即決した判断力――こそが何より秀逸だったのだ。

 エンドゥーのフレンドたち(と思われる)が唸るのも頷ける。



 続き、観戦者たちが再度注視する画面の向こうでは、 いやましなる攻防が始まった。

 両者共に退く選択肢など無く、終結に向けての一歩を踏み出す。



 アルマは無手のままに高速で駆け出すと、迎えるエンドゥーは散ったライフルのエフェクト越しから、セイヴァーの居合にてカウンターを狙っていた。

 戦場で向かい合う二人は朱光のカーテンに遮られ、互いを視認出来ない状態。

 だが、中継カメラのTPS第三者視点を利用するリーゼたち観戦者らは、双方の様子が全て俯瞰ふかんでき、相討つその行く末を見守る。



 先ずはアルマ側。

 十メートル以遠よりホッピング(小ジャンプ)からのロンダート(側方回転捻り)にて、体操選手の床演技にも似た前方移動でエンドゥーに背中を向けたまま、六メートル付近に片足着地。

 この時、生じた斜め横ベクトルの等速直線運動……いわゆる『慣性』を乗せつつ踏み切り、一足のまま光の向こう側へ一回転半するを仕掛けた。

 そこからは残る六メートルを見事に飛び越える軌道を描くも、この実現には鍛錬を重ねたアスリートの肉体フィジカル技術テクニックの双方を用い、更には慣性法則のシナジーまでも利用して初めて成し得る跳躍距離であった。


 対して待ちを選択したエンドゥー。

 視覚ではなく聴覚にてアルマの接近を感知していたが、失念しつつあった敵側パートナーの存在――カムイの狙撃が足元すぐ傍へと着弾。

 一瞬だけであるものの、エンドゥーに生まれた惑いがカウンターのタイミングと判断を崩す。

 そのうえアルマの攻撃は上方向からの打ち下ろす蹴りであり、イメージには無かった上方からの急襲も手伝って、抜刀の反応が遅れてしまったのだ。


 これを見守るアオイは、迂回してエンドゥーへのサポートができる範囲へ移動。

 加えて更なる狙撃がされぬよう、射線上付近の遮蔽物に爆弾を放って石壁を爆破。伴い発生した粉塵が宙に立ち込め、カムイの射界を石霧で塞ぐという巧者っぷりを見せた。


 残るは一人、五百メートル程向こうのビルに潜み続けるカムイ。

 身に付けている暗視装置ノクトビジョンでその表情は伺い知れぬが、アオイの行為に対して次弾発射を一時中止し、唯一覗く口元からは苦々しく下唇を噛み締める様子が映る。

 また、無意識であろうが「チッ……ウゼェな」と苛立ちを「オープンチャット」にて一言だけ漏らす。



 ――各々が立ち回りから迎えた、朱色ヴァーミリオンのエフェクト幕をこぼつ交差の刻。

 アオイの放った爆破の音に動ずる事もなく、先んずるアルマの蹴りが、後手になったエンドゥーへ命中した――と、観戦者含め全員が思った瞬間。



 結果はアルマ自身がエンドゥーの握るセイヴァーを強制的に納刀させたうえ、その柄に乗り立つという意想外のアクションだった。



 ≫ ≫ ≫



 理外とも云える彼女の選択に対し、全者の思考が止まる。

 平素であれば無きに等しい刹那の停滞。


 だが、当のアルマだけは淀みなく次なる仕掛けへ移った。


 エンドゥーの腕から肩へ、人体という階段を唯々登ってゆく。

 観戦者たちからすれば『予め互いが示し合わせた演目ではないのか?』と錯覚してしまう程の非現実さ……だが当のエンドゥーも乗られている感覚が無い程に彼女は軽やかで、一瞬だけだが反応できずに居た。


 そして登頂に至った彼女は、質量という理論を覆すように彼の肩より――軽々と夜空へ飛翔する。その先には、先程エンドゥーのアサルトライフルを破壊し、舞い上がったダガーが落下を始めている。



 虚空には真円に近しい月――。


 月輪の内では踊る彼女の影――。



 煌々こうこうと照る月の宙を舞い、天に架かる十六夜目の月へと手を伸ばすアルマ。

 指先からてのひらへ、ダガーを廻々くるくると一刀。さながを象り円を描く。

 飛翔が落下へと変わる時――同時に彼女の手が添えられたは瞬間でへと姿を変え、把持はじしたままにエンドゥー目掛けて降り注いだ。



 直後、彼の目の前にと閃きの蒼い華が咲く。

 重力の勢いままに振るわれたダガーが生み出すは、流派や型の概念などを一切持たぬ、何処までも自由な縦横高速の四連斬だ。


 描かれた華型の斬撃に対し、エンドゥーは殆ど反射的に抜刀を実行。

 セイヴァーの刀身で急所をガードした直後、次々と刃がわざわいとなり襲い来る――リーゼの感性的にはさしずめ『華刃ブルーム・エッジ』とでも言おうか。

 最初の二撃は防いだものの、残る二撃はまともに食らってしまい、HPは二割ほど減少。伴って彼の右側頭部と左肩より流血エフェクトが生じた。


 ……が、実のところ、この攻撃を受けたエンドゥー。


 その見返りとして享受したチャンスは、空中という自由の利き辛いアルマへのカウンター敢行。『軽量なダガーでの複連撃ともなれば、一撃の威力はそう高くない筈』と値踏みをしたのだ。

 狙い澄ませて最後の四撃目でタイミングを合わせたエンドゥーは、刃の交差を以てアルマの白い痩躯を自身の腕力で押し飛ばした――




≫≫ 戦闘時間残_13分51秒 公園エリア 公園運営事務局前 ≫≫



 ――再び攻防の視点はロビーから戦闘フィールド内へ。

 天地、一合を交えた当事者たちへスポットが当たる。



「――ヅェイッ!!」

「うっ……ぐっ!」



 攻防一転。


 エンドゥーのカウンターで予測せぬ空へと放られてしまったアルマの身体。

 衝撃は腹部へと強襲するも、くの字ククリダガーの片刃・鉤形状にたすけられ、セイヴァーの直撃だけは免れる事が出来た。


 しかしながら完全なガードとはいかず。ダガー鉤部の背となるとつ部分が、彼の剣圧を受けて腹部に滅り込むと、彼女の短い呻きと共にHPが一割ほど減少。

 生じたインパクトのまま放物線を描き、後方にある二階建て建造物……公園運営事務局の建屋前まで吹き飛ばされてゆくアルマ。



 ――宙を泳ぐ身体は地面へと叩きつけられ、更なるダメージを負うだろう……そう思われたが彼女は器用にも空中で身を捻り、地を滑りつつも無事に両の脚で着地を果たす。

 実に十メートル近くを飛ばされるも、辛うじて落下ダメージを防ぐ事に成功したその姿には、思わず猫目猫科をイメージしてしまう。



「ふーっ。此れ迄も凌ぐかよ……」


「……ごほっ!」


 無事に着地、と云えどもトータルで手痛いダメージを負っているのはアルマ側だ。

 残りHPは三割程。口の端には僅かに赤いエフェクトが流れ、白い肌を伝う。


 更に彼女の手からは、今の今まで握り締めていたダガーが失われてた――その刃の行方は、後方に控えた建屋の二階壁面に深々と刺さっている。

 ガードの際、空中でエンドゥーの剣撃を御し切れず後方へと飛ばされてしまったのだろう。まず以って回収は難しい位置だ。



「コホッ……んっ――まだ、やれる!」



 口許を手背で拭い、気付けの一声で自らを奮い立たせるアルマ。

 だがそこへ、再び武器を失った彼女に飛来せし危機が、またひとつ。


《だが、此方もまだ行くぜ……アオイ、頼んだっ!》

《準備はOKだよ、任せて!》


 彼らは《チームチャット》でいわんや、アオイの手より放たれしは、彼のサブ武器である爆弾……先程の石壁破壊にも使われた、接触式のモノであった。



「あれは……さっきの?」



 さきの攻防にて爆発の音響にこそ驚かなかったものの、破壊力に関しては横目でハッキリと捉えていたアルマ。石を穿つ程の広範囲攻撃は非常に脅威であり、直撃は即時敗北も想定される……が、武器無き現在の彼女には対処方法など皆無に近しい。


 そんな代物がアオイの手を離れ、向かい迫る絶望に等しき今――


「――ううん、終わらせないっ!」



 即断の決意を下すアルマ。

 直後、彼女のトレードマークとも言うべきロングテールの白銀髪が半弧を描くと、身体とともに翻る。

 そのまま眼前に捉えた公園運営事務局の建屋……一階の窓ガラスひとつへ狙い定め「間に合って!」と、一足跳躍のままに蹴破りながら飛び込んだ。



 ……それから僅か三秒の後。

 爆弾がアルマを追う様に放物線を描き、先ほど彼女が侵入した窓ガラス無きサッシへと接触。

 瞬間、窓ガラスはおろか建屋の一階部分までも巻き込む爆発エクスプロージョンが生まれた。

 伴って発生する衝撃波は建屋に備え付けられた窓ガラスを次々と破り、建屋内部は爆発の引火から一気に炎が満たされ、公園内エリア全域を照らす一柱の篝火が立ち上る。



 ――揺らぐ陽炎が夜を朱く染めてゆく。

 このときアルマの姿は、エンドゥーたちだけでなく、観戦者のリーゼ達からも視認するに及ぶ事が出来なかった。

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