【Phase.4-1】蒼刃の閃く夜、朧月の向こうにキミを見たんだ

★各プレイヤーの主な戦闘スタイル

《MateRe@LIZE Nexus》の戦闘フィールドは一キロメートル四方と広大なため、大多数のプレイヤーが遠距離から攻撃可能な射撃武器を最低一挺持つのがテンプレート化している。


そのうち六割程のプレイヤーに選ばれている武器が、火力・射程・取り回し全てに高水準の『アサルトライフル』。

次いで単発だが高火力狙撃が可能な『スナイパーライフル』、中距離で範囲攻撃可能な『グレネードランチャー』が人気。


射撃武器以外で支持が高いのは、特殊武器の『爆弾』や、近接武器の各種。

何れも銃より高い一撃必殺の性能があるので、状況を見極めて射撃武器と併用した使い分け……詰まり『オールラウンド』なスタイルが好まれている。

なお下記の二つは他者から歓迎されないスタイルなので、気を付けられよ。


▶『いのしし』……パートナーとの連携を無視して突撃するプレイヤーを指す。野生動物の猪をイメージしたままの呼称。彼らは光の速さで接敵し、光の速さで撃墜されて逝く。『猪』のパートナーとなったプレイヤーは以降2vs1状況を強いられるため、この戦闘スタイルは忌避されている。

極々稀に本当にソロでも強い『猛者もさ』プレイヤーが居るらしい。


▶『ニート』……『猪』の対極に位置し、安全圏に引き籠りながら保身だけを考えて遠距離で撃ち続けるプレイヤーを指す。かと言って遠距離から当てられる凄腕は持ち合わせておらず、お蔭で相方が敵チーム二人からフルボッコに遭っても相方を見殺しにするパターンが多い。

コチラも極稀に遠距離から必殺の一撃で仕留める、本職スナイパーのようなプレイヤーも居るとか。



──────────────────────────────



 ≫≫ 戦闘フィールド_居住区 ≪≪



ぁーに独りで突っ走ってんだ!? チーム戦なんだから俺様の指示に従えよ、初心者ノービス!》

「……どうしてこの人は偉そうなんだろう? 回線コレ、オフにできないかな……」



 噛み合わぬチグハグな男女の遣り取りが、人の気配無き仮想世界をいびつに彩っていた。




 ――フィールド内時刻は深夜零時、天候は霧。


 夜色に染まった居住区画は今宵、上空広くにもやが立ち込める朧月夜。

 と静まり返った街に立ち並ぶマンション群が、深夜の藍より青き彩りに依って墓標の如きにも喩え見えてしまう。



 空の月より見下ろせば、直下そそり立つ墓郡を縫うように疾駆はやがける人影がひとつ。夜映えする白き衣を纏い、降り注ぐ月光を一身に受ける女性だった。

 ……そんな彼女の耳元では今、口喧くちやかましい男の声がヒステリックに鳴り響いていた。



《だーぁかぁーらぁー……俺様の所まで戻れっつってんだよ、ノービス風情が! 『猪』か貴様は?》

「もぅ……」

《ノービス! 返事しろって! 大体何で夜ステージで白い服なんて着てくんだ? 貴様はバカか!?》

《ノービスノービスって耳元でうるさいなぁ》

《うるさ――キサマ! ノービスのクセになんだその態度はーっ!》

「あれ? 今ちょっとだけ会話が通じたけど……なんでだろう?」

《……おい、またダンマリか!?》



 一瞬だけチーム用回線でチャットが成立した事に驚く女性――否、成立と言うには語弊があるかも知れない。

 男は同チーム内に通信が出来る《チームチャット》だが、女は周囲にのみしか聞こえぬ「オープンチャット」で会話を(一方的に)交わしていたため、互いの言葉は男のみの一方通行であったのだ。


 「オープンチャット」はの会話、《チームチャット》はでの会話を実行する事で成立する。

 概念とは言い換えれば《心の声》に性質が近しいため、常用には多少の慣れが必要なプレイヤーも居るだろう……が、彼女はそもそもチャットの仕様自体を理解していないようで、切り替え方法も存じぬままにオンライン対戦へと来たのであった。


 もっと云えば今、視界内に半透過表示されているフィールドマップの見方だって理解不十分。200メートル後方には味方が見え、地形や高低差も表示されているのに、目線自体を向けていない。

 唯一、理解していたのは表示されているHPバー……そこへ並ぶように配されている、互いのプレイヤーネーム位であった。


 彼女は視界に浮かぶ相方『神威カムイ』という口煩い男の名を見て「はー……っ」と、忌々しく溜息を吐くばかりだ。



「このカムイって人、煩いし面倒くさいなぁ……」

《戻って来いってノービ……ノービスって呼ぶのがダメなのか? じゃあ『アルマ』とやら!》

「初めて会った相手に馬鹿バカって言うような人の話なんて聞きません!」



 アルマと呼ばれた女性は、カムイには聞こえぬ「オープンチャット」でと拒否回答を告げ、居住エリアの中央部……そのまま進めば『公園』のある方向へとマイペースに駆け進んでゆく。その手には不釣り合いな大型の『く』の字型短剣ダガーを二つ、握り締めたまま――。




 ≫≫ 戦闘時間残_22分55秒 居住区_中央公園入口 ≫≫



 マンション群に囲まれた場所の中央付近。ココはひらけたエリア……居住区マップ全域の中央部にも位置し、一般的に公園と呼ばれる公共施設だ。


 園内には子ども向けのアスレチック遊具から、大人向けのテニスコート。外周にはランニングコース、公園運営事務局の建物まで配されている管理の行き届いた一帯。

 もし現在が昼間であれば、子連れの父母たちが日中のひと時を過ごすに丁度良いロケーションとなっただろう。



 ……そんな平和的な場所にそぐわぬ物々しい銃器を構えた男性が二名、公園の入口に立っている。


 男性のうち、一人はエンドゥー。

 スタイリッシュに羽織る赤いジャケットは、存外に夜色へと溶け込んでいる。

 青年にも見えるその顔には、夜間でもクリアな可視機能を備えたサングラスを掛け、奥に湛える瞳が一切の隙を作らないよう、周囲を警戒していた。


「そんな緊張すんなって『アオイ』よ」

「だってまだ慣れてないんだから、しょうがないよぉ……」


 哨戒しょうかい状態のエンドゥーが声を掛ける脇には、アオイという名の少年が、アサルトライフルを抱き締める形でオドオドと立っていた。ライフルを抱えたその腕は小刻みに震え、腰に下げられた接触式爆弾を揺らしながら、半ばエンドゥーへ擦り寄っている。


 アオイのランキングは2512位。戦闘を二回程こなしたのみのノービスプレイヤーだ。経験不足という背景がある為か、自信の無さが身体全体から滲み出ている。

 外見的特徴はボブレイヤースタイルの青髪に、少年兵かボーイスカウトの様な出で立ちの細いボディーライン。小心翼々しょうしんよくよくとしたその表情は、小動物的な可愛らしさもあるため、一見しただけではハッキリだと断ずるのは難しい。



 ――そこへエンドゥーは肉眼および表示されているマップを確認しながら、落ち着いた声で怯えるアオイへと警戒を呼び掛けた。



「一人は未だ見えんが、結構足が早いのが一人だけ――何故か単独で公園に向かって来てるみたいだ」

「えぇえっ!? それって、自分の腕に自信ある人の動きじゃないの?」


 アオイの問いへ一瞬のみ思案。


「んー……いや、こういうケースは九割方、実力・状況・後先とか考えないで突っ込む『いのしし』タイプだな」

「『猪』って、無理攻めする初心者を指す隠語だっけ?」

「隠語、というかゲーム用語だな。因みに本当に強い相手だったら『猛者もさ』やら『ブレイバー』なんて呼んだりするんだぜ?」

「覚えておくよ……でもさ、ブレイバーって呼ばれるのは恥ずかしいよね」


 その一言に思わず「プハッ!」と吹き出し笑いが漏れたエンドゥー。


「確かに、だな。……しかし流石さっすがアオイ、ゲーム予習にも勤勉だなぁ」

「エンドゥーたちとゲームする機会なんてあんまり無いんだし、折角だから調べてきただけだよ」

「ほぅ、そりゃあ頼もしい。それじゃ戦闘も頼むぜ?」

「それは……うー、頑張るけど、さ……」



 言葉途切れに自信無く返すアオイ。

 対しエンドゥーは彼の背中をと優しく叩き「大丈夫、オレも頑張るからさ」と、白い歯を見せて最高の笑顔を相方へ向ける。


 自身が上位プレイヤーでありながら、増長せぬ対等な物言いで接するエンドゥー。もしアオイが異性なら頬を赤らめても不思議ではない状況だろう。

 だが、アオイは「アハハッ……」と、緊張で漏れる乾いた声しか上げられぬまま。単独で向かってくる未知の敵に対し、腰の引けた臨戦態勢を整えるしか出来ずにいた。




 ≫≫ 戦闘時間残_19分43秒 公園エリア 中央アスレチック広場 ≫≫



 ――戦闘開始より11分が経過した現刻。


 公園内へ立ち入ったアルマを視認したエンドゥーたちは、鉛玉で彼女を手荒く歓迎した。ウエルカムドリンクならぬ『ウエルカムバレット』とでも呼ぶべきだろうか。


《アオイ! 当てなくてもいい。相手の進行ルートを絞っていこう》

《りょ……了解だよ!》



 直ぐに戦場と化した公園内に響き渡るは、銃撃音と石畳を駆け踏む足音ばかり。

 弾丸は立ち並ぶ遊具へ次々に命中するも、時折に金属部と接触。湿気を十二分に含む夜の空気を切り裂いては、音叉のように跳弾音が反響する。


 件の音響サウンドスポットでは、エンドゥーとアオイが共にアサルトライフルを構え、走りながら銃のトリガーを絞る。

 彼らの放つ弾丸の先には、白銀色の長い髪を揺らす女性。両の手に其々それぞれ一刀のダガーを携えて疾走するアルマが居た。



 ――彼らと彼女は園内に自生するシソ科のハーブ植物『フォックスリータイム』の植え込みを一列に挟んだまま、互いに15メートル程の距離を保ちつつ並走している。

 少し背の高い植え込みが物理的障害となりに助けられているが、もしこれ以上の距離を詰める事が出来たのなら、一瞬でアルマの身体が蜂の巣となるデッドライン……その際で鉛玉と彼女は踊る。



「コレって街で自由に遊ぶとかじゃなくて、こういうゲームだったのね」



 火急の事態に反して、なんとも悠長な彼女の台詞。ここで本作が『対戦型ゲーム』である事までも、今時点で初めて知ったアルマ。

 ダガーにしても、ブリーフィングルーム内にて、偶々たまたま使用経験のあったものと同じダガーを見つけ、懐かしさから手に取った直後の転送となったため、運良く武器を携行して参戦する事が出来たのだ。


 そして現在、馴染みの得物を手にしているからだろうか?

 彼女は現状に絶望するでもない。

 寧ろ『打破してやろう』と、その瞳には信念とも言うべき力が宿っていた。



これ(ダガー)があれば……いけるかな?」



 ここで植え込みエリアが途絶えた。


 代わりの生命線として、アルマは緩急や進む角度も変えつつ、器用に遊具を盾にして走る……アスリート界でいうところの『チェンジ・オブ・ペース(緩急変化)』および『チェンジ・オブ・ディレクション(進行角変化)』の技術を巧みに使い、弾丸の直撃を躱してゆく。

 ……とはいえ、二人からの弾幕を前にして、当然被弾ゼロとはいかず。既に幾発かはその身を掠めており、アルマの現在HPは七割を下回っていた。

 白い服の端々からは所々より赤い流血エフェクトが零れ落ち、擬似的な痛覚はロジカルに彼女の身体へと伝う。



「痛みはそれなりに有るけれども、これは仮想……それに――」



 勿論ゲーム内ショック死を回避すべく、実際の痛覚よりも緩和されている。しかし被弾状況からして擦過傷レベルには痛みを感じている筈。

 ……なのに、自身の流血を何処か他人事のように見つめ呟くアルマは今、静かに右手に持つダガーを胸元へ構えた。



 ――その直後、エンドゥーの放った弾丸がアルマへの直撃コースを描き飛来し迫る。


 来襲せし朱色ヴァーミリオンエフェクトを帯びる無情の一射は、現実界であれば音速を超える速度――だがゲーム内ならではの華美なマズルフラッシュや光弾エフェクトを帯びて明瞭な可視化もされており、且つ幾分か実弾速よりも遅い。

 事前に何等かの反応リアクションするだけであれば、熟練プレイヤーや反射神経の高いプレイヤーにも可能……が、彼女の瞳には弾道はおろか、までも確実に捉えていた。


 彼女の蒼み掛かった瞳の虹彩が光を湛え、弾丸に刻まれた線条痕のひと筋に狙いを付けた。



「――何も出来ないわけじゃないのっ!」



 瞬間、アルマの胸元よりダガーの閃きがはしる。

 刃の切っ先を辿る蒼色ブリューエフェクトが弧を描くと、エンドゥーの放った弾丸を先端部から真っ二つに分かち、朱の粒子が彼女の眼前に散った。



《弾をパリィ! マジかっ!?》

《……攻撃が消された!?》



 想定の上を行くアルマのリアクションに、一瞬動きが固まるエンドゥー達。

 この間隙を衝き『距離』というイニシアチブを握っていたエンドゥー達とアルマの攻守が入れ替わった。



「今っ! ――セアッ!」



 アルマはエンドゥー達のフリーズを見るや、即時方向一転。

 並走から足を停めてアオイへ身体を向けると、先程銃弾を斬って落とした右手のダガーを一切の迷い無く彼に投げ放った。


 空を飛翔するその刃の行方は、直線上に設置されてたジャングルジムの複雑な金属フレームへ掠る事も無く見事に抜けていく。そのままダガーは再び彼女に配された蒼色エフェクト光に包まれ、アオイ本体へと吸い込まれてゆく。



《――このタイミングで武器をキャスト(投げ)できるかよっ!?》

《こっち? ……えっ!?》



 ――2vs1の劣勢状況の中で、たった二つしかない武器の一つを投げる行為。後々を考えてしまうと、多くのプレイヤー達は踏ん切りを付けられない選択だろう。そのうえに重なるのは、幾重にも交差する障害物が立ちはだかる劣悪環境下。

 先にある勝利を盤石にするためでは無く、まさにゲームとしてのセオリーを無視した、という刻を生きるための選択……だからこそ、上位ランカー特有のセオリーが固まりつつあったエンドゥーらの想定を飛び越える一擲いってきに至った。



《クッ! ――アオイ、ライフルを前に突き出して屈めっ!》

「僕!? ……うわぁあっ!」



 結果、アオイへの警戒コールが一拍程遅れた。


 伴って迫る蒼光の一撃に面食らったアオイは「ひっ!」と身体が竦むも、何とか目の前にアサルトライフルを掲げて盾のように差し出す防御法だけが辛うじて間に合う。

 相方の言葉には反応できたものの絶叫チャットが「オープン」となってしまったのは、アオイの窮した心情の表れであった。



 ――直後、投擲とうてきされたダガーと接触したアサルトライフルは、アオイのパーソナルカラーである水色スカイの粒子を散らし一瞬で消えた。

 アオイ自身はダメージこそ負わなかったものの、今後の戦闘には手痛いメイン武器のロストとなってしまったのだ。


 もしかし、もう一拍反応が早けアオイのライフルは無事だったかもしれない……しかし戦いに於いての『~、~』は反省でのみ活きる言葉でしかない。

 エンドゥーも痛い程その事は理解しているため、眼前に居るノービスを「一人の強者」と認めて立ち合う腹を決めた。



「この姉さん……九割の『猪』じゃなく、残り一割の『猛者』だったってワケだ」



 塵ひとつも見逃さぬ程に、油断なく彼ら両名ともを見据えるアルマ。


 その穿つ様な彼女の視線を受けるエンドゥーは、無意識であったものの何処か楽しそうに微かな笑みを口元に浮かべていた。



──────────────────────────────



 ≫≫ 10時31分_ファンタズマ中心部 中央管理棟 ≪≪



「うわぉ! 遠藤君ってば、バッリバリに戦闘中じゃないのー」



 サーバーオープンより三十分程遅れてリーゼがログインして来た。

 接続が遅れた理由は、昨夜に作成した『MR機構』を利用した武器準備に起因する。


 具体的な遅刻内訳として、左右のハンドガン配色にそれぞれ赤と黒で染め、羽根の意匠を凝らしたヴィジュアル系デザインに仕上げる作業を実施。

 加えて武器名称を登録出来るので、左の赤いハンドガンは邪悪なる左を表す『アリステラ』、右の黒いハンドガンに人々を導く能天使の意『エクシア』と命名するも、中二力全開ネームを決定するまでに実に二時間を要した。


 八時過ぎに起床したにも係わらず、まさかのネーミングに最も時間が掛かったというパターン。こういうフィーリング要素では稀有な『並列思考』も大して機能しないらしい。

 更には弾丸グラフィックをレーザータイプに変更する拡張アドオンプログラムまでも組み込む始末。



「やっぱ外見重要だしねぇ……っと、いけない。観戦せにゃ勿体ない」



 呑気に言いつつも、リーゼは近くのベンチへと腰掛けてコンソールパネルをオープン。

 フレンドリストより『エンドゥー』の名を選択すると、各種メニューが表示される。更にその中より『▶▶ 観戦』の文字をタップ。

 コンソールには観戦ウィンドウがサブ表示され、現在エンドゥーが参加している戦闘シーンが展開された。


 付記された参加プレイヤー名・フィールド・残時間等の情報を目でひとさらいしつつ、丁度銃撃が開始される場面を迎えた。



「ええとー、始まって十分くらいだねぃ……ん? んんーっ!?」



 各種情報の次に見たのはプレイヤー達。最初にアサルトライフルを構え走る『Rank.18』のエンドゥー。次いで疾走するアルマという名のノービス女性を見た……瞬間、リーゼの視線が止まる。



「このは――」

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