【Phase.2-2】先手は敵サイド、上る叛逆の狼煙

★戦闘フィールドについて


フィールドの広さは一平方キロメートル(一部フィールド除く)。味方チームと敵チームは対角線上に約一キロメートル程離れた状態でランダム転送され戦闘が始まる。チームメンバー同士は比較的近い距離となる仕様なので、一人だけ敵側へ孤立する事はまずない。


戦闘は三十分制。最初十分で相方と合流して侵攻、次の十分で牽制しつつ相手HPを削り、最後の十分で決着をつける総力戦――というのがおおよその目安配分だ。

先に相手チームを殲滅した側が勝利となる。もしタイムアップしても決着が付かなければDrawとなり、勝利ポイント(ランキングに影響する)は貰えない。


敵を直接視認することで、名前・ランキング・残りHPバーが相手頭上に見えるようになる。

フィールドは現在十種類用意されており、システム側がランダムで場所を決定するが、極稀に各フィールドでは不測事態トライアルが発生することもあるらしい。



──────────────────────────────



 静まり返る夜の街は、雰囲気だけで体感温度を二度ほど下げてくれる。フルダイブ技術のリアリティーを享受し過ぎて、闇に対する恐怖を掻き立ててくれる所為せいだろうか。


 夜闇の中、風を纏って街のアスファルトを駆けるリーゼの足音が、踏み出した歩の数だけ周囲の建物に跳ねては反響して耳に返ってくる。

 この一歩一歩の音が、VR内に存在するリーゼの自己認識とリンクしてロジカル化。すると恐怖心にも勝る、好奇心と高揚感が込み上げてきた。

 走る身体と心、そして昂ってくる気持ちとともに、パートナーへの《通信回線チームチャット》を開く。


《――最初は暗くて結構怖かったけどさー、なんか段々楽しくなってきたよ! いやー、フルダイブってスゴいね!》

《暗いと怖くなるタイプなんですか?》

《そーいうワケじゃないんだけど……こう、ゴーストタウンみたいだと、ねぇ》

《それが楽しいんじゃないですか》

《……セレスちゃん。アンタ、台風来たらワクワクするタイプでしょ?》

《さて、どうですかね》

《んまぁ! この子ったらっ!》


 即答の素っとボケが肯定を意味しているに違いない。嵐の夜は本当に田んぼや川を見に行かないかだけが心配となったリーゼ。

 当のセレスは通信向こうで、と笑っているような呼吸音が聞こえた。


 落ち着いているように見えて、セレスは結構ヤンチャな性格なのかもしれないな、と思いつつもリーゼはシッカリと通り過がる建物や、現在向かっている繁華街方面……目に見える範囲は『記憶』してゆく。もし後々に隠れたり、退路として利用する場合にも便利に事が運べるであろう保険として。

 ……とはいえ、試合形式はなんといってもバトルロイヤル。総力戦で敵を全滅させないと勝利にならないため、『逃げ』という選択は基本的には無い。


「ま、こんな記憶は使わないに越した事ないんだけどねー」


 セレスに聞こえぬよう、独り言もしっかりと個人用「オープンチャット」モードに切り替えてボソリ。戦闘への集中力は研ぎ澄まされ、呟き一つにも手抜かりが無いリーゼ。

 そのまま目的の場所へと高まる気持ちを足音に乗せ、夜の街へ長靴ちょうかを鳴らし走り抜けて行く。



 ≫≫ 戦闘時間残_22分13秒 市街地中央 繁華街入り口エリア ≫≫



 一戦闘あたりのプレイ時間は最大で三十分。一平方キロメートルの広いフィールド内へ転送されると同時にカウントは刻まれ出す。

 リーゼとセレスが住宅区画を駆け抜け、繁華街入り口付近にて合流した時点で約八分弱の時間が経過していた。


《お待たせー!》

《どうも。リーゼさんの転送場所は少し遠かったみたいですね》

《コレばっかりはランダムだし、しゃーなしだね。……ところで敵さんたちは?》

《まだ見えませんので、コチラへ襲撃に侵攻して来ている訳ではなさそうです。恐らくはこの先、ショッピングモールで鉢合わせると思います》


 ――刹那の思惟しいからベクトルを定めて行く二人。


《突っ込んで来ない、か……となると、二人ともアサルトライフルとかで立て籠もり迎撃するタイプかなぁ》

《可能性は高いですね》

《……よっし! んじゃ、襲撃のスリルってヤツを味わわせて差し上げよう》

《いい性格してますね》

《誉め言葉、って事にしとくね?》

《相違ないです》


 同時に二人は苦笑いをした。

 存外にリーゼとセレスは気が合うらしい。若干の含みのある話し方も互いに上手く受け流しつつ、シッカリと先々を見据えている。若しかしたら思考の波長が似ているのかもしれない……このまま合い過ぎて、にならない事を祈りたいばかりだ。



 ≫≫ 戦闘時間残_20分22秒 繁華街内部エリア ≫≫



 リーゼ達は繁華街の中へと侵攻を開始。ショッピングモール入り口には、店内のフロアマップが壁に掲示されていたので、リーゼは抜かりなくすべてを完全に『記憶』した。


 ……更に入り口から僅か五十メートル程進むと、フィールドマップ上に、赤い光点が二つ表示された。

 敵が五百メートル以内にいる場合、現在地がマップ上に表示されるシステムの仕様であり、赤色の光点は敵プレイヤーを指し示すマークだ。


《捉えたね。あー……こりゃモール内のド真ん中だわ。催事スペースだね》

《ええ。だとすると、向こう側にもこちらの光点が出たってことでしょうし、狙撃警戒でいきましょう》

《OK》



 ≫≫ 戦闘時間残_18分55秒 ショッピングモール内部 ≫≫



 続いて前方のクリア状況を確認しつつも、市街地中央に陣取るショッピングモール内へと侵入しおおせたリーゼたち。ここからは遮蔽物を利用して、狙撃を警戒しながらの行軍となる。

 二人の進む先にはアパレル・インポートブランド・旅行代理店・音楽ショップ・書店……普段良く訪れるような店舗が立ち並ぶも、やはり人の居ない店というものは普段見ることが無いので、何処と無く非現実的な世界だと改めて認識してしまう。


《そろそろ、ですね》

《だねぃ……気合い入れますかぁ》


 警戒を維持しつつフードコート脇を抜けると、催事スペースへと向かう通路へと出た。

 これよりは成るべく足音を立てずに静かに、そして確実に距離を詰める――と瞬間、向かう先の闇間やみまより、仄かな火花のエフェクトが揺らめく。


《――狙撃! 戻って!》


 銃口からのマズルフラッシュだ。

 リーゼがセレスへエマージェンシーを告げる。流石に銃弾到着までに返答する猶予はないため、セレスは無言でバックステップを踏み、元いた物陰へと退避。遅れて《被弾なしっ!》という勇ましい言葉が、可愛らしいメゾソプラノの声で聞こえてきた。

 リーゼ自身も危険を報せると同時に、飛び込むように前方へとダイブ。行く先は幼児用カートのオブジェクトが並べられた一角だった。激突するだろうが、逡巡の余地は無い。


 ――退避直後に二人の中間地点、その床面には眩い火花が咲く。直ぐに立ち消えた輝きの跡にはモグラの住処のような形状で地面が抉られていた。


 リーゼ達から未だ敵影は視認できず。敵側はマップを見て方向だけを合わせて撃った牽制射撃のようなものだろう。危うく牽制だけで大ダメージを被る所だった。


《薄暗いと発射エフェクトは見易いんだけど――》

《――弾道が見づらいんですよね》


 リーゼの台詞を引き継ぐように零すセレス。二人の思考が完全一致し、互いが顔を見合わせてニヤリとしてしまう。


 ……本当に気が合うように思えてならないリーゼ。だがココでセレスから突如として不敵な笑みが消え、代わりとして俄かにと笑いだす。

 その綺麗な美少女フェイスは演技ゼロ、本当に腹から笑っているようにしか見えない。


《え……何? 急にどったの?》

《ぷっ……いや、その……リーゼさんが……赤ちゃん用カートに、嵌ってるので……》

《ナヌッ!?》

《赤ちゃんに……大人なのに……ぷっっ!》


 現状を確認するリーゼ。


 確かに上半身がガッツリと幼児用カートに挟まっており『ちょっとヤバめな大きなお友達の幼児プレイ』的な状態になっている。

 流石にコレには恥ずかしさで顔を真っ赤にし、いそいそとカートから手間取りながらも脱出をした。


《くっ……屈辱だっ!!》

《そう、です、ね……いや、事故なのに、失礼しました》


 そう言って笑いを止めたセレスだが、肩は未だに震えていた。途切れ途切れな言葉の隙々にはチョイチョイと声が吐息とともに「……クククッ」と漏れて聞こえる。

 このやるせない気持ちの行き場を、一体何処に向けたらいいのだろう……そんなもの、勿論決まっている。


《~っ! ……アイツら、赦さん!》

《九割くらいは八つ当たりですね》

《十割だろうが零割だろうが何でもいいから、ウサを晴らしにお礼参りしてやらないとっ!》

さ晴らしって言っちゃってるじゃないですか……ま、ボクは彼らのお蔭で良いモノも見れましたし、お礼をする事に賛成ですよ》


 まだセレスは込み上げる笑いを懸命に堪えつつも、既にその目は敵を狙う獣のような眼差しをしていた。美少女の刺す眼光は、なかなかに背筋へ冷たいモノを走らせてくれる。


 リーゼの方は気持ちに若干のわだかまりもある……が、互いの目的はただ一つ。


《よっし、叛逆開始だっ!》

《了解です》

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