➥ Scenery.3_雲間に射す光

【Phase.5-1】新たなる出会いと、仮面の男


「リーゼ氏、さっきは随分と格好良かったじゃないか」

「ま、まぁ……」

「しかも前作のトッププレイヤーだなんて凄いなぁ」



 アルマを見送った余韻に浸る間も無く、面白そうなゴシップを見つけたように歩み寄ってきたエンドゥー。彼は掲げるサムズアップ(親指立て)と共に、リーゼが見慣れつつあった男女五人を連れ立って来る。


「あのさぁ……さっきの、忘れてくんない?」

「安心しろって。あと数年は覚えておくぜ!」

「おぅふっ!」


 カムイとの立ち回りに対する失念を控え目に懇願をしてみたが、エンドゥーはにこやかにリーゼの背中にと手を置き「……んで、アルマ氏に惚れちゃったか?」と一言。

 何となしに色恋沙汰のイメージが無い彼からそんな言葉を聞くと、やはり現役高校生という年齢 (差も)を感じざるを得ないリーゼは溜息を一つ。

 向こう側に見える彼らも何やらヒソヒソと楽しそうにしている。


「さっき観戦してくれてたんだろう? 美人で強くて最高だったろ!」

「なんかオッサンみたい……いやまぁ大体は合ってるけどさ」


 見惚れたのだから間違いは無い。

 だが、これ以上の気恥ずかしさは演じる事を終えた現在のリーゼにとって厳しいモノがあるようだ。早々に話題をシフトすべく本来の目的を促す。



「あっ! それより後ろの人たちが昨日言ってたフレ(フレンド)だよね? 紹介して欲しいんだけど――」

「おっと!」

「忘れそうになってたな……」



「――やー、ウチの鈍感男(エンドゥー)がゴメンなさいねー?」


 責めるリーゼの視線と訴えはエンドゥーに――ではなく、後方より彼を押し退けてズイッと前にきた女性が代わりに引き受ける。


「リーゼさん、で良いよね? 私『@みれい(ミレイ)』って言うの。よろしくねー!」

「ミレイちゃんね、よろしくー! コッチの名前聞いてたんだね。紹介要らずで助かるわ」


 彼女は観戦時分に皆から『委員長』と呼ばれていた女子だ。

 外見はヨーロッパ系の血が混じった外国人風の顔立ちで、背丈は日本女性の平均158センチ程。

 だが、胸が尋常じゃない位に豊満過ぎるワガママボディだ。バランスを取ってか全体的な肉付きも良い……正直言えば、中身(リゼ)が同性でもそこそこ目の遣り場に困るレベル。



「……エンドゥーから事前に色々聞いてたけど、良く見るとホントにイケメンね?」

「良く見ないとイケメンやないんかーい!?」

「あはっ! 案外ノリは良いわねー?」


「次、俺ちゃんの自己紹介! 『Northノース』って言うんだけど、本名をもじだけでぃーす! ヨロッ!」


 ミレイに続いて長髪を後ろに束ねたイケメン男子が前へ出て来る。リーゼが抱いたファーストインプレッションは『自分よりチャラいなー』という自覚を含めた感想であった。


「ノース君、よろしくー……ってか『』って何?」

「んとねー。俺ちゃん達のキャラって、ミレイチャンにキャラの名前と外見をリアルと同じにしろって指定されてるんだよネ。流石に全員ちょっと変えてっけど、俺ちゃんも髪色チョビ変えた位だヨ」

(マジ)!? にしては(ぐるりと見回し) ――美男美女揃いすぎじゃ……」

「名前は一応あだ名だネー。覚えらんないからだって……あ、でもミレイチャンだけはフルスクラッチ。ズルいよネ!」


 エンドゥーの一団は全員が比較的ビジュアルが整っている。

 勿論VRアバターなので、キャラクター外見は盛り放題……とはいえ、リアルに寄せたメイキングをしたとなると、現実ではかなり人目を惹くだろう。中でもノースと、まだ紹介を受けてないエンドゥーの妹 (らしき女の子)などはVR内でも魅力十二分だ。

 『リアル準拠、ってのは話しても良い話題だったのだろうか?』と思うリーゼではあったが……。



「しかもサー、あの胸……リーゼクンも大きい方が――」

「――ノースぅー? さっきから余計な事を言うなぁーっ!」

「ひゃー、許してチョ!」


 未だ挨拶途中というのに、ノースはミレイに追いかけ回され始める。

 学生のノリというものを直に見ることが少ないリーゼには非常に新鮮……というか『だいぶ自由だなー』の所感を抱いてると継いで、さきの戦闘でエンドゥーのパートナーを務めていた中性的な少年が一歩前へ出てきた。


「ハハッ……ミレイちゃんとノース君が済みません。僕は『アオイ』って言います」

「お、さっきの相方だった子だ。よろしくねー!」

「え!? 遠藤って……ヒロ君、もうも教えたの――」

「――アオイっ!」



 ――直後に発したエンドゥーの制止も既に手遅れ。

 『遠藤君』というリーゼの台詞でピタリと動きが止まる彼ら……ここでリーゼは先程のノースが言ってたリアルネームの話へと思い至る。


 そう、エンドゥー = 遠藤という名字を捩っただけなんだ、と。しかもヒロ君というのが多分下の名前(の一部?)であろう事は想像に易い。

 ネットゲームに不慣れだとリテラシー面として時折、この様なケースも往々にして有るだろう。行き着いたリーゼの回答は『……うん、彼らとの関係を良好にすべくスルーだな』であった。



「――アオイ君だね。よろしくー」

「あ、はい! よろしくお願いします!」


「あー、アオイ……リーゼ氏はオレの事を会った時から「遠藤」って呼ぶんだ。あんま気にしなくて良いぞ」

「そうそう。ま、今後も気にせず遠藤君って呼ぶよ」

「構わんぜ」

「そうなんだ? 僕てっきり……あ、何でもないよ!」


 エンドゥーの助け船と、そこに乗ったリーゼが気付かぬていのお蔭あってか、周囲は胸を撫で下ろした様子だ。……もっとも、ミレイは未だにノースを追い掛けていたが。



 一先ず安堵すると、突然リーゼの真横にはと人の気配。

 横目で見たその人物は身長にして190センチは越えた和装の男子。短髪に整え、衣服の上からでも判る程に鍛え上げられた肉体……アバターの外見はカスタマイズ出来るものの、帯びた雰囲気は武芸者のソレであるため、妙なリアリティを醸し出している。


「――失礼します。自分は『ATSUSHIアツシ』と言います」

「アツシ君……うん、よろしく……」

「――ッス!」


 高身長のリーゼが珍しく見上げる形となった彼についつい気圧されてしまった。

 しかし姿勢や礼儀の正しさは立ち振舞いにも出ており、背筋をピッと伸ばして礼まで丁寧に四十五度角で頭を下げていた。平たく言えば体育会系、と云うのだろうか。


 このような手合には接した事が無いため『ほへー』っと、物珍しくアツシを頭の天辺から足元まで見ていく――と突如、彼の袴の横側よりヒョッコリと現れた赤髪ロングの小さな女の子が一人。

 アツシと同じ様な和装を身に纏い、本当にリアル準拠のキャラなら元もかなりの美少女であろう。



「こんにちは……あの、私、『リリィ』です」

「リリィちゃんね、こんにちは! ……キミが遠藤君の妹、かな?」

「あ、はいっ、そうです! お兄ちゃんがお世話になってます!」

「よろしくね。いやー礼儀正しいし、何より可愛いわ!」

「あぅ……ありがとう、ございます……」


 リーゼが素直に賛辞を述べると、照れるリリィを抱えつつエンドゥーは即割り込んできた。


「おいリーゼ氏、己の妹には手を出すなよ?」

「……シスコン発見」


「――ソイツの妹好きは病気よ、ビョーキ!」

「あとエンドゥーちゃん、巨乳好きだヨ!」


「お前ら……己に恨みでもあるのか?」


 いつの間にか近くに居たミレイも会話に参加してきた。

 ノースも彼女に首根っ子を引っ張られつつ、ほんのり頬を腫らし戻ったようだ。

 当然訴えはしないだろうが、きっとノースの目の前には『暴行を受けましたか?』というアラート画面が表示されてるだろう。


「だからミレイチャンも巨に……」

「!! 一言多いのよ!」

「……あでででっ!! そこ顔、イケメンにはダメっ!」


 またも小突かれるノース。

 なかなかミレイのツッコミは激しいようだが、なんとなく狙ってお仕置きを受けてるドMにも見えるのは何故だろうか?


「あーあ……ノース君のイケ顔が台無しに」

「イケメンだよネ? そう思うよネ? 俺ちゃんもそー思う。でもチヤホヤされないのは何でかなぁー?」

「あんたの場合はその軽ーい性格が色々と台無しにしてるのよ! これだからは!」

、俺ちゃんがいつもフラれる時言われるヤツ!」



 ノースを締め上げるミレイを慌ていさめるアオイ。

 それをアツシとリリィが言葉少なに会話を交わしつつも僅かに離れて見守る。

 今の光景を実に楽しそうに眺めるエンドゥーは締めとしてリーゼに語りかけた。


「……とまぁ、コレが己らのクラン『Freikugelフライクーゲル』のメンバーさ」

「フライクーゲル……『魔弾の射手』か。嫌いじゃないネーミングだ」

「改めてよろしくな!」

「コチラこそよろしく。紹介、あんがとね!」



 ――これが彼らの日常なのだろう。

 リーゼは何とはなしに面映ゆさを覚え、前作を始めて間もない頃を思い返していた。


 ふと空を仰げば、先程まで天衝く塔に掛かっていた重苦しい雲は流れ開き、沈み隠れていた陽光が直下の七人を照らしていた。



 ≫ ≫ ≫



「へー、ノース君は前作けっこーやってたんだねぇ」

「そーなんだヨネ。リーゼクン? チャン? の事は、名前や噂程度なら知ってたんだけど……確か女性キャラだったよネ?」

「正解っ! 噂とやらは、まぁ置いとこうか……今作は気分を変えてメンズにしてみたのさ。だから『クン』の方でいいよ」



 ――各々が自由に語らい合う現在、リーゼはノースと会話をしてた。


 彼は前作「キタ★王子」の名前でそこそこプレイしていたヘヴィユーザーで、学生をしながらも日本国内ランキングでは上位100位に入ることも時折あったらしい。確かにリーゼの記憶にも手合わせこそ無かったが、何度か見かけた事のある名前だ。

 ここでスルッと会話へ参入するエンドゥー。


「しっかし、リーゼ氏がそんな有名人だったとはなぁ」

「一応ランカーの世界大会には出てたけど……拠点は海外サーバーだし、オリンピックには出てないし、プロゲーマーでもないからねぇ」

「世界大会っても海外メディアが取り上げて、日本人は案外見て無いヨネ」

「そうそう。ましてや日本ランキングも半端な3位だし、メディア露出は少ないね」

「己も『Li-ZE』ってランカーが居るって程度しか知らなかったし、今のリーゼ氏とは別人だと思ってて接してたなぁ……あの『ファント……なんとか』もこれで頷けるぜ」

「だから『ファントムブレイカー』だってーの!」


 定番ネタになりつつあるリーゼの技術。「コミュニケーション手段としても秀逸な技術なのでは?」とリーゼも錯覚しそうになるも、会話は横へと広がりを見せてゆく。


「そうだ! リーゼクンの相方『クリヴィス』クンはβ来てないの?」

「日本最強プレイヤーだな! 己も一度手合わせしたいんだよなぁ」

「アイツはβ落選してたんだよねぇ……俺だけ当選した時は散々と恨み節を言われたよ」

「おっと、日本ランキング1位でも優遇・救済ナシか。運営厳しいな……否、ある意味で公平って事か」

「かもねー。んでもWebの噂じゃ各分野のスペシャリストを招待した『EX特別招待枠』なんてのもあるみたい――何処まで本当やらだけどねぇ」



 ――瞬間、リーゼはふと視線を感じる。


 直ぐに見られていたと思われる方へと振り返るが、そこにはミレイ、アオイ、アツシ、リリィしか居ない。そして見られている感覚も既に消失していた。

 『……気のせい?』とリーゼが思った時、時刻は丁度十二時を迎えた。


 中央管理棟の遥か上に備えられたレトロスペクティブな洋鐘が『ゴーン!』と十二回、ファンタズマ全域に正午を告げる。延び広がりゆく音色は遠く遠くまでと十二度、鳴り響いた直後であった。

 リーゼ等が高く聳え立つモニュメントを見上げれば、ひとつの大きな空中ディスプレイが展開されており、そこには舞踏会さながらの『仮面』を被った一人の男性が映し出された。



 ≫ ≫ ≫



「βテストに参加中の皆さん、こんにちは。ゲームは楽しんでいただけてますか?

 私は開発元『株式会社リアライズ』の親会社で、今回のフルダイブ型VR技術提供をしてます『キュヴェレイ』日本支部所属……其処で開発を任されている『ゲイザー』と申します――」



 ――ゲイザー、そう仮面の男が名乗る。

 『注視者』という意味を冠する名であった。

 彼は《MateRe@LIZE Nexus》開発の発表時期からメディアに露出していた人物。そのためβテスターのみならず、前作から興味を持つ一般層からも認知度が最も高い運営スタッフの一人だ。


 仮面を被った比較的若い男性、という以外は殆ど謎に包まれたミステリアスな人物像。

 いつも見せる姿は果たしてアバターなのか、当人そのものなのか……?

 だが、彼がβ展開までの告知で語ったインテリジェントな言葉のチョイス。

 そこから生み出される期待感の演出、空気感や間の取り方。

 ロードマップ、実機プレイのビジュアル的なサプライズ感。

 そして、ユーモラスで軽妙なトーク術。


 ……彼は公式サイドの情報発信源として本タイトルに興味を持つ者たちの心を惹き付け、非常に支持率の高い人物でもあった。

 そんな彼が三日目の正午に予告なしの登場だ。

 リーゼ達のみならずβテスター達は会話や手を止め、表示された空中ディスプレイに意識を集中させた。


「おい、ゲイザーだぜ?」

「何だ?」

「いや、わかんないけど……聞いたほうが良いかも。重大発表かもよ?」

「そうだな……」


 先程まで喧噪に包まれていたココ中央管理棟は、βテスト始まって以来の静粛な瞬間を迎えていた。テスター達は彼の継ぐ言葉を静かに待つ。



「――お昼時なので、今は手短にお伝えしましょうか。

 本日のただいま十二時を以って、実装した新仕様があります。


 1.『オルタナティヴ・アームズ』

 2.『オプションスロット』


 其々それぞれの仕様についてはβテスターの公式サイト、または各自のコンソールパネルより展開できる『マニュアル』から確認できますのでご覧ください。

 今回は取り急ぎの告知で申し訳ないですが、新要素を上手く利用した皆さんの創意工夫に期待しています。


 ……それと五日後、また新たなをさせていただきます。

 このパッチはという意味もあるのでお楽しみに。


 それでは皆さん、GoodGame良い試合を!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る