【Phase.7-1】激流分離の戦場、地下水路のエンカウンター

 ≫≫ 河川フィールド_ロジスティクス倉庫エリア 第一区画 ≪≪



 雨脚が街を曇らせては地上を叩き、空には星の一つさえも覗けぬ程に暗雲立ち込める夜……今宵はなんとも不機嫌な天候だ。


 フィールド全域の中央ラインを川で分断された此度こたびの戦場は、西に物流ロジスティクス倉庫が立ち並ぶ工業エリアと、東に河川の水量管理をする排水機場と企業ビルのある商業エリアに分かれている。




 ――河川フィールド、戦闘開始時刻は19時、天候は激しい雨。



 リーゼが転送されてきたのは、比較的光量の少なめな西のロジスティクス倉庫エリア。中でも川に程近くの第一区画と称される場所だ。

 眼前には濁流の如きうねる河川の水面。その対岸に目を遣ると東の商業エリアも見え、夜に降る雨の向こうではビルのネオンが自棄に強く主張している様にも見える。



「さて……厄介なマップを引き当てたモンだ」



 降りしきる雨に目を細めて呟いたその理由は、予測される敵側二名の転送位置だ。


 プレイヤーたちは基本的にランダム転送されるシステムではあるものの、味方同士は近くに、敵同士は遠くに……ある程度の転送アジャストがされるのがゲーム内仕様でもある。

 今回の様に中央部がハッキリと区切られているフィールドであれば、リーゼの戦闘経験値からシステムの癖を鑑みて『川の対岸同士で配されてるだろうな』と踏んでいたのだ。


 そこから重要なポイントは、敵陣への切り込み方……詰まり対岸の商業エリアへ渡る方法にある。



 ――選択肢は現状二つ。

 フィールド中央に渡された橋を渡るか、水量調整用に地下を走る予備の排水パイプ内部を抜けていくか、という二択だ。


 メインの下水も走っているため、従来であれば対岸移動ルートは三択だった。

 だが、激しく打ち付ける雨天の現在、下水路内部は水かさも増して水量過多のために実質的な封鎖状態となっている。その上、この降水量ではやがて排水パイプ側にも水が流れ込んでくるであろう。

 もしそう成れば選択肢は無くなり、橋渡りの一択となってしまう。



「橋だと狙撃の可能性アリだし、排水路ルートは時間との勝負……ドッチにするか」



 ふと、空を見上げたリーゼ。

 直後に彼の湛える深緋色カーディナルレッドの瞳へひと雫が落つ。それを瞼が拍手を打つように弾けば、微熱を帯びた水飛沫が世界へ広がってゆく。


「……プルッときたな」


 直後の身震い。

 フルダイブ型VRの世界では、体温を奪われる疑似体験まで享受してしまうようだ。布面積の多い上衣コートに染み込む雨がジットリと肌まで浸透し、まとわりつく感覚には、咽び泣きの空を恨めしく思ってしまった。


 そんな包み込まれる不快感と、冷えゆく身体の感覚質クオリアを振り払うように「よしっ!」と、自身の頬を叩いて気合い一喝したリーゼは、アルマへ向けた《チームチャット》回線を開いた。




 ≫≫ 戦闘時間残29分14秒 河川フィールド地下 西エリア_排水用予備パイプ内部 ≪≪



 戦闘フィールドに転送されてから、僅か三十秒少々。

 現状把握をすべく、アルマは周囲状況を確認中であった。


「ここは……ドレナージ排水路?」


 壁面に『Drainageドレナージ』の刻印文字を見つけて読み上げたアルマ。彼女の現在地は、フィールドの東西を繋ぐ円筒型の予備パイプ内部だ。

 直径にして四メートル程もあるため存外に広く感じられる。加えて五メートル置きに、現実のトンネル同様のLED照明が配されており、視界は比較的見通しが利くようだ。



《――アルマちゃーん。チムチャ(チームチャット)、聞こえるかな?》



 状況確認の最中、ここでリーゼより《チームチャット》通信が入った。

 先程のブリーフィングルーム内にてチャットの使い分けについては聞いていたため「こうかな?」と意識をして、《心の声》で会話する感覚へと切り替える。


《あ、はい、聞こえます。こちらの声も聞こえてますか?》

《うん、大丈夫ー! 問題なさそうだね》

《なら良かったです。でも思ったより、この《チームチャット》って簡単だったんですね》

《だしょー? 脳内で言葉を並べればいいだけ……とはいえ、あんま独りゴトを言わないタイプの人だと、案外気付き難いかも?》

《……なるほど。確かに私は思った事をその場で言うタイプですね》

《わぉ、ツワモノっすな! ……っと、先ずは合流目指したいんだけど――》



 と、希望を伝えてきたリーゼだが、一瞬の間から直ぐに続く。



《――ソコって今、薄暗ーいパイプの中でしょ?》

《良く解りましたね……あ、さっきの部屋で話してたマップに表示されてるんですね?》

《正解っ! アルマちゃんは地下からスタートって訳さ》



 アルマも会話しながらに思い出した様だ。

 プレイヤーの位置はマップ上に表示されている……これもブリーフィング内でリーゼより聞いた内容だったので、自身の視線傍らに半透過表示されたフィールドマップをチェックする。



 「……この場所ね」と対岸へ渡るルートの一つ、地下20メートルを走る排水用予備パイプ内部に現在居ることも把握した。

 この場所から前方に約800メートル地点と、後方へ約200メートル地点とに、地上へ出る梯子ハシゴが設置されてる事もマップには表示されている。



《地下から川の中に通ってるパイプなのですね》

《そーなんだよ。コッチは外でさぁ……雨がかなーり降ってて服ん中までビッチャビチャ。地下が羨ましいわ》

《可哀想に……でも、こちらの場所も水の音が響いててやかましいですよ?》



 『いずれにせよ、雨が原因なのよね』と、轟音響く天井を見上げるアルマ。


 耳を澄まさずとも水の濁流音がパイプ全体に響いており、此処が川の中である事を自ずと認識させてくれる。もし「オープンチャット」で会話してたのなら、大声で耳打ちする様な羽目になったであろう。

 しかし今の《チームチャット》であれば、豪々と水音響く中でもリーゼの声はハッキリとバイノーラルに聞こえる。両耳まで《それはそれで嫌だねぇ》と溢した彼の言葉にと笑いながら、天井からパイプの先へと視線を落とすと――



《――あれは?》



 ……眼前に通ずるパイプの最奥付近で、ゆらり揺れる影二つ。

 彼女は淡い照明光の輝きを湛える瑠璃色ラピスラズリの双眸で、いち早く敵を捉えたのだ。



《リーゼさん、この先に二人居るのが見えました。一人は例の人カムイですね。もう一人は下がりボブ(サイドだけ長いボブヘアー)の小さな女の子で……何かをてます》

《マジ!? 良く見えるなぁ……って、それどころじゃないな》



 半径500メートル以内のプレイヤーを漏らさず捉えるマップ機能――だがリーゼとアルマのマップには敵影未だ見えず。詰まるところ薄暗い環境下でありながら、肉眼で500メートル以上先の相手を視認できた彼女の視力が尋常では無い事を示している。

 確かにアルマの視力にはリーゼも驚いたが、今は其処にある危機こそが最優先だ。


《多分、女の子は武器を持ってるから注意だね。そして――》


 状況的には先日の新仕様となった『コモン武器の』を行ったであろう事は想像に易い。

 このままだとパイプ内部での戦闘が濃厚だろうと判断したリーゼは、排水路入り口の梯子へと急ぎ向かいつつもアルマへ告げる。



《――今回の首謀者『チカ』ってのが、その女の子の方ってワケだ》

《あの人が……今回の元凶になってる――》



 言葉の後半は囁くように言葉を紡ぐアルマ。実際にリーゼへ届いたのかさえも疑わしい程に小さな言葉。

 視線のみがチカを捉えたままに決意を秘めてゆく。



 ――直後、彼女の身体は暗晦あんかいに潜む二つの影へ向かい、しなやかに駆け出していた。

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